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ぷれしす  作者: みずきなな
十月
90/173

090 北海道からの手紙と想定外の展開 後編

 北海道に行きたい母さんをどうにかしないと。

 いや、考えてみれば警察に北海道にいるから探してとか言われるのもヤバイ。

 ここは俺がどうにかしないと……。


「い、いや、でも、お兄ちゃんは北海道のどこにいるのかわからないんでしょ?」

「うん、そうなの」

「で、お兄ちゃんは戻ってこないって言っているの?」

「ううん、お兄ちゃんはいつか戻ってくるって……」


 俺はぐっと母さんの体を引き離し、今度は母さんの両肩を持った。

 そして、とてもとても力づよく言い切った。


「私はお兄ちゃんを信じてる! 絶対に戻ってくるって! だからお母さんも信じようよ! お父さんとお母さんと私とで、お兄ちゃんを待とうよ!」


 母さんはきょとんとした表情で俺を見た。


「ねぇお母さん、一緒に待とうよ!」


 母さんは笑みをつくると、ゆっくりと頷いた。


「うん、わかった。私も綾ちゃんと一緒にお兄ちゃんの帰りを待つわ」


 やっと母さんに笑みが戻った。そして、俺の帰りを待つと言ってくれた。


「か、母さん……ありがとう。一緒に……まと……あれ」


 俺の頬を何かが伝わった。俺の胸には熱いものがこみあげている。


「綾ちゃん、なんで泣くの?」


 両手を頬に当てると、俺は泣いていた。


「わ、わかんない……でも……何でだろ?」

「もう、綾ちゃんったら……お兄ちゃんが無事だったの知って、嬉しくって泣きたかったんじゃないの?」

「ち、違うよ」

「大丈夫だよ? お母さん、もう大丈夫だから。だから、綾香はいっぱい泣いてもいいんだからね?」


 母さんは立ちあがると俺を胸に抱え込んだ。

 母さんの匂い。

 母さんの温かみ。

 どれくらい久しぶりだっただろう?

 こんな愛情を感じたのは……。


 俺は母さんをギュっと抱き返すと、安心感からか涙が止まらなかった。

 これは作戦が成功したから嬉しかった訳じゃない。

 俺は、母さんの本当の微笑みが見られたから嬉しかったんだ……。


「綾ちゃん、母さんね? 捜索願いも一旦取り下げて貰う事にするわ」

「えっ?」


 俺が顔を上げると、母さんはにこりと微笑んでいる。


「お兄ちゃんは約束をやぶったりしないもんね」

「……うん」


 破らない。

 俺はいつかきっとここに戻る。

 綾香も絶対に見つけ出すから!


「だから……」


 ポタポタと俺の頬に水滴が落ちてきた。母さんの涙だ。


「やだ、なんでまた涙が……」

「お母さん……」 

「ごめんね綾ちゃん……」

「ううん、いいの。いいの……」


 そしてしばらく俺は母さんと抱き合って泣いていた。

 まったくもって俺も涙脆くなったもんだなぁ……。


 

 ☆★☆★☆★☆★☆



 リビングの壁掛け時計が18時の時報を鳴らす。

 すっかり泣き疲れた俺と母さんは、リビングのソファーでだれていたが、時報を聞いた母さんが大慌てで飛び上がった。


「もうこんな時間! 大変だわ! 晩御飯の準備しなきゃ!」


 母さんは慌ててエプロンを装着すると、ダイニングに駆けていった。


「綾ちゃんごめんね! 晩御飯までにちょっと時間かかるかも!」


 そう言いながら冷蔵庫を開ける母さん。

 母さんは相当に慌てていたのか、冷蔵庫を探っている途中で豆腐を床に落とした。

 見事に床で砕け散った豆腐。床がグチャグチャだ。


「もう…、私ったら何してるのかしら」


 母さんは冷蔵庫の扉を閉めると、床にしゃがみ込み壊れた豆腐をビニール袋に入れ始めた。


「私も手伝うよ」


 俺は母さんの横に駆け寄る。

 今の母さんはどうみても冷静じゃない。

 慌てん坊の母さんがこのままの調子で料理をしたら、下手をすると怪我をするかもしれない。

 だから、俺は久々に料理を手伝う事にした。


「綾ちゃんどうしたの? 別に手伝ってくれなくっても大丈夫よ?」

「ううん、手伝う。エプロンある?」


 母さんは不思議そうな顔で予備のエプロンを俺に渡してくれた。

 それもそうだ。俺は綾香になってから一度も手伝いなんてした事がなかったからだ。

 それは、本当の綾香が手伝いをしていなかったという訳じゃない。

 綾香はちゃんと家事のお手伝いもしていた。毎日とはいえないけど手伝いはよくしていた。

 だけど、俺はぶっちゃけ料理もできないし、手伝うとそのぶん綾香とのギャップが生まれると思っていたからだ。

 だけど、別にいいじゃないか。俺と母さんは本当の親子なんだから。

 それに、記憶を失った事にして、手伝いをやめていた事だって、料理を忘れた事だって、そんなに大差はないだろうしな。

 今更だけどそう思ったんだ。


「掃除終わったよ? 他に手伝える事ある?」

「本当に今日はどうしたの?」

「うん、今まで記憶がなくなって料理できなくなってたから手伝わなかったけど……1からでも料理も憶えてみようかなって思って」


 なんてなんとなく言ってみたら、母さんの瞳がまた潤んだ。


「もうっ、綾ちゃんは前から料理あんまり出来なかったでしょ?」

「えっ? そうだっけ?」


 と返事をした時に思いだした。

 確かに、綾香は料理のセンスがなかったんだ。すっかり忘れてた。


「でも……これを機会に一緒にお料理しましょうか?」

「あ……うん」


 流石に毎日は勘弁してほしいけど、たまにはいいかな。


「じゃあ、わかめを水で戻してもらえるかな?」

「あ、うん! お父さんの髪の栄養素だね」

「あはは、それはお父さんには言っちゃだめよ? ああ見ても気にしているんだから」

「あ、そっか! うん!」



 笑顔の母さん。

 本当に素敵な母さん。

 ちょっとボケてるけど、だけど楽しい母さん。

 俺、絶対に母さんを悲しませるような事はしないから。

 今はいっぱい嘘をついているけど、だけど、そのうち絶対に綾香も一緒にこの家で家族4人で暮らせるようにするから。


 俺は腕まくりをしてキッチンに立った。 

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