089 北海道からの手紙と想定外の展開 中編
そりゃ、世の中はすべてがうまくいくなんてありえない。
思っていた通りに物事が運べば、誰だって大金持ちになれる。
スーパースターにだって、プロ野球選手にだって、アイドルにだって出来る。
ちょっと今の考えは大げさだけど、だけど、手紙くらい俺の予想通りに届いてもいいじゃないか。
今、俺の前には母さんがいる。
ダイニングテーブルの椅子に座った母さんがいる。
そして、テーブルの上には手紙。
俺が北海道から出した手紙があるんだ。
「綾ちゃん、どうしたの? あ、今電気つけるわね」
母さんは硬直した俺をそのままにして、ダイニングの灯りを点した。
俺はテーブルの上の手紙に視線をやる。
周囲が涙だと思われる液体でぐちゃぐちゃになった手紙。
もう完全に読み切られているのは間違いない。
心臓がすごくドキドキと鼓動を強めている。
どうするんだよこれ?
俺って駄目すぎだ。こういう場合を想定してなかった。
でも、ここで何もしない訳にはいかない。
母さんを心配させないように、警察の捜索願いを解除してもらえるようにしなきゃなんだよ。
「か、母さん」
「なあに?」
母さんの目のまわりは真っ赤だった。
相当泣いたみたいだな。
「どんな手紙だったの?」
そうだ、まずは内容確認だ。
「ああ、そうね……じゃあ、綾ちゃんも読むといいわ」
母さんはそう言いながら椅子に座った。
そして、目の前の手紙を広げるとしまったといった表情で眉間に皺をよせる。
「あっ、私の涙で字が滲んじゃったみたい……」
母さんが手にした手紙はもう読めないくらいに滲んでいた。
やばい、俺は内容は理解してるけど、この状態の手紙から内容を読み取るとか出来ないだろ。
ここは……あれだよな。
「内容はどんなのだったの?」
内容確認を再びだ。母さんの記憶力に頼る!
「お兄ちゃんは生きてたわ……」
どうしてそういう返事!?
いや、俺が求めてるのはそうじゃない。
「そうだだよね? 手紙がきてるんだもんね? そうじゃなくって内容はどうだったの?」
内容なんだよ! 内容。
「今は北海道に居るみたいね」
だから、場所は聞いてない!
そりゃ北海道にいる事は内容といえば内容だけど、そうじゃないんだよ、母さん!
「北海道にいるんだぁ? で、何をしてるの? 何で戻ってこないの?」
母さんの対応力の無さに、思いっきり驚く予定がなぜか冷静になってる気がする。
「うん」
「それで何をしてるの? どうして北海道にいるの?」
こうなったら質問攻勢だ。俺(綾香)が心配してるって表現してやる。
「北海道で牧場を経営してるみたいね」
経営してないだろ! それって違うだろ!
だけど俺は手紙の内容を知らないんだ……。くううう。
「ぼ、牧場の経営を……し、して、るの? 本当に?」
お願いだから間違いに気がついてください。
「えっと? ああ、違ったかもしれないわ」
そ、そうだよ! 違うんだよ。
「違うんだ? じゃあ何をしてるの?」
「えっと、あれよ、ええと、なんだっけ? ええと、ニートかしら?」
俺がいつニートになった!
やばい心の突っ込みで精神力を消耗しまくってる。
「ニ、ニートなの? お兄ちゃんって、北海道でニートしてるの?」
「えっ? 違うかしら?」
「…………わ、私は手紙を見てないし」
違うよ! 違うって……。ちゃんと内容を理解しててください。
父さんにも説明しなきゃなんでしょ? もうその手紙は使えないんだから。
「綾ちゃん……」
「な、何?」
「ええとね? ニートってアルバイトしてるって意味よね?」
……ニートの意味を理解してなかった。
「違うよ! ニートは無職てことだよ!」
「えっ? そうなの? じゃあ違うわ。お兄ちゃんは働いてるの。北海道の遊牧民で働いてるの」
遊牧民ってなんだよ! 俺はジプシーじゃねぇ!
「お母さん、遊牧民じゃなくって、牧場かなにかだよね?」
「あ、そうそう! それだわ! 確か万本松牧場?」
それは那須の牧場だよ! 北海道は違うよ!
「あら? お花畑牧場だったかしら?」
何か馬鹿がいっぱいいそうだよ! っていうか、牧場名を書いた記憶はない!
母さんの天然さがここまでなんて、思ってもいなかった……。
しかし、この展開からなんとかするしかないんだよ。
「そうなんだ……そっか、お兄ちゃん生きてたんだね」
よし、ここで……。
「うん……生きてたよ」
俺は母さんをぐっと抱きしめた。
すると、母さんが俺をぎゅっと抱き返してくる。
そして、震える声で言った。
「よかった……よかったわ……お兄ちゃんが……生きてた……生きてたよ……」
俺は自分の胸元が母さんの涙で湿ってゆくのを感じた。
母さんも父さんも本当に俺の事を心配してくれていた。
本当に俺を探そうと一生懸命だった。
だけど、そのせいで最近すごく疲れていた母さんと父さん。
これで少しは……父さんや母さんの気持ちが楽になるかな?
「綾ちゃん、母さん、悟に逢いたいよ……」
「へ?」
「お母さん、悟に逢いたい……」
いや、ちょっと待って……。
俺の顔が急激に熱くなったのがわかる。そして嫌な汗を手の平かき始めたじゃないか。
またしても展開が予想外だった。
そうか、そういう展開もあったのか?
この手紙を見て母さんが北海道に行きたいと言う可能性が!




