088 北海道からの手紙と想定外の展開 前編
俺は夕暮れの西日の差し込む田んぼ道を家へと向かって自転車を漕いでいた。
家に近づくにつれて俺のテンションはどんどんと下がる。
本当は、今日届いている北海道からの手紙を気にしなければいけないのだが、それよりもさっきの屋上での出来事が頭から離れなかった。
それはもちろん絵理沙の告白だ。
俺の頭の中で、何度も何度も絵理沙が告白したシーンがリピートされる。
「マジで何でだよ……」
無意識に溜息が出た。
俺はこれまでに何度となく絵理沙が俺に好意を抱いているかなって思っていた。
だけど、それは俺の思い込みで絵理沙が俺に本気で好意を抱くなんて思っていなかった。
でも違った。俺の考えた事は見事に悪い方向にあたっていた。
そう、絵理沙は俺の事が好きだった。
でもどうしてなんだよ?
絵理沙が俺を好きになった理由がわからない。
確かに二学期に入り、絵理沙がクラスメイトとして入学してきてから一緒に居る時間が増えた。
前よりもずっと会話をするようにはなった。
だけど必要最低限の話をする程度で、そんなに積極的には話もしていなかったはずだ。
あの程度で俺を好きになるのか?
普通ならありえない。
あの程度で人を好きになれるのなら、俺はクラスメイト全員を好きになってる。
でも、考えてみればあいつらは魔法使いだ。
人間と魔法使いは恋愛のシステムも違うのかもしれない。
……って、あいつらだって人間だよな。
見た目だって俺たちと変わらないし、動作や仕草だってかわらない。
恋愛だってそんなに違う訳がないよな?
俺は色々な事を思い付いては否定した。
そういえば体育祭の前くらいから授業の合間の休み時間にも話すようになったな。
……あれは好きになった要因じゃないな。
あの時からなんか俺に対する態度が違った。
という事は、あの頃から絵理沙は俺が好きだったのか?
だめだ、好きになった事実はわかったけど、俺を好きになった理由はわからない。
気が付くと家の前まで戻って来ていた。
考え耽っている間に家に戻っていたらしい。
人間ってすごいな。周囲を見ていなくても家まで戻ってこれるんだな。
変な事に感心していると、目の前のポストが視界に入った。
ここで現実に引き戻される。
そうだよ、絵理沙の事ばっか考えて、まったく手紙の事を考えてなかったじゃないか。
……絵理沙か。
うーん……俺は絵理沙の事を本当はどう思っているんだろうな?
女性からの告白は絵理沙からが初めてだった。
そりゃ、妹から好きだとか言われた経験はある。
それと、茜ちゃんが俺を好きだという事実も知っている。
だけど、面と向かって女性に告白をされたのは生まれて始めてだったしな。
「おい、姫宮悟、お前は絵理沙をどう思ってるんだよ?」
俺は自分に質問をした。
絵理沙は俺を殺した魔法使いだ。
絵理沙は俺の人生を狂わせた魔法使いだ。
でも……俺は絵理沙は嫌いじゃない。絵理沙が憎いなんて思っていない。
じゃあ、俺は絵理沙が好きなのか?
…………。
やっぱりない。それはない。
俺は絵理沙を恋愛対象としてみていないんだ。
それは事実だ。
でも……こんな状況になったらどうなんだよ?
俺は単純に絵理沙を恋愛対象にならない相手だと思っていただけじゃないのか?
まぁ……そうかもしれない。
証拠に、俺の心臓は緊張でドキドキと今でも脈をうっているし、あの告白は嫌じゃなかった。
そして俺は今、絵理沙を女性として認識しているんだからな。
俺はしばらくの間、家の前で考え耽っていた。
すると道路を挟んだ向かいの家に夕刊を届けるバイクがやってきた。
配達員は夕刊をポストに投げ込むとブゥゥゥンと音を出しながらバイクを走らせて何処かへ消える。
そこでまた現実に引き戻される。
何考えてるんだよ! 俺は手紙の事を考えようと思ってたんだろ?
ついつい絵理沙の事ばっか考えてしまった……。
もうやめよう。もう絵理沙の事は考えるのはやめておこう。
今は手紙だ。手紙なんだよ。
きっとポストには手紙が来ているはずだ。その手紙の事を考えろ。
俺はそそくさと自転車を駐車場に置くとポストの中を確認した。
「あれ?」
しかしポストの中には何も入っていなかった。
「今日じゃないのか?」
普通に考えれば今日とどいてもおかしくないはずなのに……。
俺は玄関ドアをゆっくりと開けて家の中へと入った。
「ただいまぁ…」
玄関はいつもいつているはずの照明がついていない。
薄暗い玄関からリビングの方を見れば、リビングのドアのガラス部分も暗い。
誰もいないのかな?
俺はそっとリビングのドアを開けた。
「母さん居ないの?」
しかし、返事は無い。
俺はリビングへと忍び足で入った。
「お~い、母さ~ん?」
「ぐすっ」
何かをすする音がキッチンの方から聞こえた。
するとダイニングテーブルの上に突っ伏した母さんがいた。
背中を少し震わせて……泣いているのか?
「母さん? どうしたの?」
母さんの体を揺さぶると母さんはゆっくりと顔を上げた。
薄暗くて表情ははっきりと見えないが、元気はなさそうだ。
「体調でも悪いの?」
「あ、綾ちゃん……あら、帰ったのね……母さん寝ちゃってたみたい」
「寝てた!?」
「うん……お母さんね、お兄ちゃんからきた手紙を読んで……泣きつかれて寝ちゃってたの」
「えっ?」
俺の心臓が跳ねた。そして額から変な汗が出た。
見れば、母さんが突っ伏していた所に、涙でぐちゃぐちゃになった手紙があるじゃないか。
どうやら手紙は午前中に家へ配達されたみたいだ。
っていうか、俺のシナリオにそういう展開はないぞ!?
「て、てがみ?」
予想外の事態に俺の声が裏返った。




