086 それぞれの想い 茜と先輩 前編
私は部活を終えて着替え終わると、部室から出ようとドアまで歩いた。
「お疲れ様でした! お先に失礼します」
まだ部室に残っている先輩や他の部員に挨拶をしてからドアに手をかける。すると、
「あ! 茜! ちょっと待ってくれ!」
部室から出る寸前で野田先輩に声をかけられた。
「野田先輩? どうしたんですか?」
野田先輩にそう聞くと野田先輩は苦笑を浮かべている。
何だろう? 何かやり残した事とかあったっけ?
そんな風に考えてみたけど、思い当たる節はなにもない。
だったら何の用事なんだろう? なんて考えていると野田先輩が私の横まで来ていた。
「茜、あれだ、綾香さんはどうだい?」
そこで、野田先輩が私を引きとめた意図を理解した。
そうだ、そうだった。
「バレー部に綾香が入らないかって件ですよね?」
「そう! 綾香さんバレー部に入ってくれないかな?」
前の体育対抗祭で、私の親友の姫宮綾香という子がすごい活躍をした。
野田先輩と私と一緒にバレーの試合をして、その小さな体からは想像の出来ない程の跳躍を見せてアタックまで決めた。
それだけじゃない。綾香は私の怪我もあり、バラバラになりかけた即席チームを再びまとめあげた。とっても男らしく。女の子なのに……。
その姿を見て、うちの野田部長が惚れ込んでしまった。
そして、私に綾香の勧誘をずっとお願いしている状況だったりする。
でも、私でも綾香は説得できなかった。というか、無理やりにバレーを一緒にやろうなんて言えなかっただけなんだけど……。
綾香はずっと部活はやっていない。それは中学校からだ。
何故かって一度聞いた事がある。
すると綾香は言った。
お兄ちゃんを出迎えたいんだって。
なんてシスコンなんだろうって思ったけど……。
でもちょっと羨ましかった。
私には兄弟も姉妹もいないから……。今は……。
確かに、綾香と一緒にバレーをしてみたいという願望はあるけど、私は今の綾香を無理に部活には誘えない。
姫宮先輩の事だってあるんだから。
もし、姫宮先輩が戻ってきたら……私はちゃんと綾香を部活に誘うかなって思ってる。
「ちょっと無理そうでした」
だから、私はそう答えた。
すると、野田先輩はすこしがっかりした表情で息を吐く。
「そうか、茜が頼んでも無理かぁ……」
「先輩、まだバレー部に入らないって決まった訳じゃないですし、そんなに気を落とさなっくてもいいじゃないですか」
「そうか、そうだよね? よし、持久戦になってでもいい。いつかは綾香さんにバレー部に入部して貰うぞ!」
これこそが野田部長の得意なポジティブシンキングだ。
佳奈にも似てるけど、佳奈は意味無くポジティブなんだけよね。
「はい、私も綾香とは一緒にバレーをしてみたいです」
「だろ? だよな? 私もだ!」
野田先輩は胸の前でぐっと拳を握った。
そして、ニコリと白い綺麗は歯を見せている。
うん、まさにイケメンだなぁ……。
「茜、引き留めて悪かったな」
「あ、いえ、それじゃあ失礼します」
「お疲れ様! 気をつけて帰れよ?」
「はい!」
私がドアに手をかけた時だった。
「ねぇねぇ、今日、彼とデートなんだ~」
「えっ? いつの間に彼氏なんて出来たのよ!?」
部員の会話に今朝の綾香との会話を思い出した。今朝の会話というのは桜井先輩の件だ。
そうだった! 綾香と桜井先輩の件を野田先輩に伝えておかなきゃいけなかった。変な噂が立っているって伝えておかないといけなかったんだ。すっかり忘れてた。
「野田先輩!」
私は振り替えると、すぐに野田先輩を呼んだ。
野田先輩を呼ぶと先輩は「え?」と声を出して私の方へ振り向いた。
「茜、どうしたんだ?」
「あの、綾香と桜井先輩の件なんですが」
「ん? 何だ? 聞こえない。もうちょっと大きな声でたのむ」
他の部員の会話が少し煩いのもあって、野田先輩にはちゃんと聞こえてなかったらしい。
「えっと、綾香と桜井先輩の事なんですけど!」
そして、私は思わす大きな声を出してしまった。すると、部室にいた全員が私の方を向く。
私は思わず右手で口を押さえた。
私はなんで大きな声で……。しかし後悔先にたたずでいた。
「い、今のは別に綾香と桜井先輩が付き合ってるって事じゃなくって!」
言い訳を思わず口ずさんだら、
「えっ? そうだったの?」
思ったのと違う反応がきた。やっちゃった……。
「あーそれか! 二人がつきあってるとかいう奴だろ? 大丈夫だって、噂だって知っているよ?」
私はやっちゃったと思っていたら、野田先輩は周囲を気にする事もなく大きな声でそう言い返してきた。
周囲の部員も野田先輩の話に、ああ、そうなんだとすぐに興味を無くしてくれた。
そして、私は先輩の返事を聞いて心の中で「えっ?」という疑問が沸く。
確か昨日ここで野田先輩が桜井先輩と綾香が付き合ってるって言ってたはず。
なのに今はあの二人が付き合っているのは噂だという理解をしているって?
誰かが先に先輩に伝えたのかな?
「先輩、噂だって……どこで聞いたんですか?」
「桜井本人に直接聞いたんだ。私がな!」
「えっ!? 直接本人に聞いたんですか?」
さすが先輩だった。本人に聞くとは思っていなかった。
「当たり前だろ? あの二人だぞ? 気になるじゃないか」
「ですけど、本人に聞くとか……」
「馬鹿、噂かどうかは本人に聞くのが一番早いだろ?」
「そ、そんなものですか?」
よくストレートに聞けると思う。私はとてもじゃないけど聞けないよ。
「大丈夫! 大丈夫! ああいう噂はすぐに消えるよ。茜が心配しなくても大丈夫だ。おい! みんなも聞いただろ? 昨日私が言ったあの二人の噂はごめん! 嘘だったから! 噂を広めないでくれよ?」
私が周囲を見渡すと、部員の半分は苦笑していた。
「あの……先輩?」
「これでいいだろ? あははは!」
「せんぱ~い!」
「あははははは!」
野田先輩は笑いながらロッカーへ戻ってしまった。
すると、副部長の柏先輩が私の所にやってきた。
「茜ちゃん」
「柏先輩」
「噂はもう広まってると思うけど、後でここのみんなにも、もみ消しておくように言っておくから」
「えっ?」
「姫宮さんだっけ? 茜の友達なんだよね?」
「あ、はい」
「大丈夫。だから安心していいわよ?」
「は、はい! ありがとうございます」
ポジティブシンキングの野田部長。
それをサポートするのが、三年生で副部長の柏先輩だ。
柏先輩は暴走ぎみになる野田先輩をいつでも制御してくれる。
こういう時もとても頼りになる先輩なんだよね。
私は柏先輩のおかげで、少し安心した気持ちで部室を後にした。
そして体育館の横の通路を経由して本校舎へと戻る渡り廊下へ向かって歩いてゆく。
私が渡り廊下から本校舎へと入った廊下で桜井先輩を見つけた。
あれは桜井先輩かな? なんでこんな時間にここに居るんだろ?
声をかけようかとは思ったけど、野田先輩の話や、柏先輩の話を聞いていて、声をかける必要もないかなと思って、私は下駄箱に向かおうとした。
しかし、数歩進んだ時に私の頭の中に少し疑問が浮かんだ。
桜井先輩は噂を消してまわってるのかな?
よく考えれば野田先輩は、桜井先輩に直接聞いたから、それであれが嘘だってわかったんだよね?
私は後ろを振り返った。
すると私の後ろ数メートルの所を桜井先輩がこっちへ向かって歩いて来ている。
多分、私と同じで下駄箱に向かってるんだろう。
私が桜井先輩をじっと見ていると、桜井先輩と目が合ってしまった。
思わす私は目を逸らしてしまった。
何でといわれると答えられないけど、私の心臓は今朝の清水先輩の前に飛び出した時以上にドキドキしている。
駄目よ。ちゃんと桜井先輩にも噂を消してって言わなきゃ。
私は数度深呼吸をして顔を上げた。
すると目の前に桜井先輩が立っていた。
「うわぁ!」
私は思わずビックリして声を出してしまった。




