085 それぞれの想い 双子の姉妹 後編
「絵理沙、少しは落ち着いたかい?」
私は小さく頷いた。
「冷めないうちに飲みなよ?」
そう言われて、やっとティーカップを持つ手に紅茶のぬくもりが伝わってきているのに気がつく。
私は輝星花の用意してくれ紅茶を口に運んだ。
……おいしい。
輝星花のいれてくれた紅茶は絶品だった。
「ねえ、輝星花」
「何だい?」
「私はどうすればいいのかな? 悟君に告白しちゃった……」
輝星花は私の方を真剣な眼差しで見詰めてきた。
「絵理沙、僕の意見を言ってもいいのかい? もしかすると絵理沙を傷つけるかもしれないよ?」
何となくだけど、輝星花の言いたい事が想像できた。
たぶん私は輝星花の言葉に傷つくだろう。でも……。
「言って、私は何を言われても大丈夫だから」
なんて強がりを言った。
だって、輝星花の意見はきちんと受け止めないといけないと思ったから。
「本当にいいのかい?」
私は小さく頷いた。
「そっか、わかった、じゃあ言うよ」
輝星花はすこし緊張した表情で口を動かした。
「まず最初に、僕たち魔法世界の人間は人の本質を見抜く能力を大なり小なり持って生まれてきている。解っているよね?」
「うん」
「だから僕たちは人の容姿で好きになるのでは無く、その人の本質を好きになるんだ。これも理解しているよね?」
「うん」
「だから、絵理沙が悟君を好きになったのは、悟君の本質を好きになったという事なんだよ」
「やっぱりそうなのかな…」
「そうだよ。だから綾香君の格好なのに悟君という人間を好きになったんだろ?」
「……だよね」
そうじゃなきゃ、ただの同性愛者だ。
「だから僕は絵理沙が悟君に抱く恋愛感情は否定しないし嫌いになれとも言えない」
「うん…」
「だけど、絵理沙が抱く恋愛感情をこれ以上悟君に対して表に出さないようにしたほうがいいと思う」
「えっ?」
「これはきちんと理解しておいてくれ。僕たちは魔法世界の人間なんだ。だからこの世界の人間とは何があろうと結ばれる事など無いんだよ」
返す言葉もなかった。
私はこの世界に来る前に、同じ事を講義で習っていたからだ。
そう、魔法世界の人間はこの世界の人間と恋をしてはいけないって習ったんだ。
「絵理沙の悟君に対する気持ちが大きくなればなるほど、後で絵理沙の受けるショックは大きくなるんだよ?」
「……」
わかってる。そんな事は……。
「まだ悟君は絵理沙に告白されただけだ。悟君が絵理沙を好きだと言っている訳じゃない。要するには相思相愛の関係ではないという事だ。それに越谷茜という悟君を好きな女性が存在している。もちろん絵理沙が知っている通りで悟君も越谷茜が好きだ。要するに悟君には相思相愛の相手が存在しているって事なんだ」
胸が痛くなった。何かが刺さるような痛みが走った。
「わかってるよ…」
「解っているなら尚更だ。絵理沙、辛いかも知れないが悟君に対する恋愛感情は心の奥に仕舞い込んでおくべきだ。まだ絵理沙は好きだと言う気持ちに気が付いたばかりだ。だから気持ちの持ちようでどうにかなると思う」
輝星花は厳しい表情のまま私の方を見た。
私は目が合った瞬間、つい目を逸らしてしまった。
「もしも……もしも本当に辛いのならば、絵理沙は先に魔法世界に戻ってもいい。いや、本当は戻って欲しいんだ」
「……」
「僕の考えは以上だ。僕は悟君とは割り切って付き合うつもりだ」
私は輝星花の目を見つめた。
すると、輝星花は先ほどの厳しい表情からやさしい笑顔に変わった。
「絵理沙、解ったかな? 僕の言いたい事が」
「わ、私は……」
輝星花の言いたい事はよく解かった。
私を心配している気持ちもよく解った。
私だって輝星花と同じ事を思っていた。
でも、私は悟君と出合った時から今までの思い出を、短い間だったけども私なりに楽しかった日々を忘れたくない! ううん、もっともっと一緒にいて、思い出をつくりたいの!
私のこの悟君を想う気持ちを裏切りたくないんだもん!
って……駄目なんだよね。これが駄目なんだよね……。
これだから私は駄目なんだよね。
「絵理沙?」
「あははは……輝星花、私はダメみたいね……やっぱり私は悟君が好きなの。私は悟君を想うこの気持ちを心の奥になんて仕舞えないし、悟君を残して魔法世界にも戻りたくないの」
すると、輝星花の顔色が変わった。
「何を言ってるんだ! 駄目だ絵理沙! 僕の言ってる事が本当はよく解ってるんじゃないのか?」
「解ってるよ!」
「だったら! だったら……ぐっ」
輝星花は話している途中で私の表情を見て言葉に詰まった。
私の顔を何かが伝ってゆくのがわかる。
そしてそれはポタリと床に落ちてゆく。
「やっぱり絵理沙はこの世界に残るべきではなかったんだ。今からでも遅くない、魔法世界に戻れ」
輝星花は私に向かってそう言った。
でもいくら輝星花がいくら私にそう言っても私は戻るつもりなどない。
「嫌だよ……」
「嫌じゃない! 言う事を……言う事を聞いてくれ!」
「だから嫌だって言ってるでしょ!」
私はハンカチを取り出して瞳から溢れ出てくる液体を懸命に拭いた。
「僕は……僕はそんな辛そうな絵理沙を見たくないんだ! お願いだから戻ってくれ! いや、戻れ!」
そうだ、思い出した。
前からそうだった。
いつも何かある度に輝星花は私に命令をするんだった。
結局は最後には自分の考えを私に押し付けようとするんだった。
人前では私より弱い素振りを見せても結局は私より強くでる。
心を読んでは人の弱みを突いてくる。
そして、いつも私はここで負けていた。
結局は輝星花の意見に従っていた。
でも今回は輝星花の言う事は聞かない。
「輝星花はいつもそう! 最後にはそうやって私に命令する! でもね? 私の事は私が決めるから! 私は輝星花の物じゃない! もう輝星花の意見には従わないから!」
輝星花は私が怒鳴ると驚いた表情で私を見た。私が反抗した事にかなりびっくりした様子だった。
「え、絵理沙? 我侭を言ってどうするんだい? 自分でも解ってるんだろ? このまま居たらもっと深みに嵌ってしまうって。一番苦しむのは結局は絵理沙なんだぞ?」
先ほどとは打って変わって輝星花は悲しそうな声でそう言った。
「輝星花、私だってそんな事は解ってるって言ってるでしょ……」
「じゃあ尚更……」
「言ったでしょ……自分の事くらい自分で解決する! だからもう輝星花は私に構わなくっていいから」
「絵理沙、僕は……僕は……」
輝星花は再び言葉を失った。
「ありがとう、輝星花。いつも私を心配してくれてるのは解ってる。でもね? もう私も大人なの。余計な気を使い過ぎないでいいから、自分の責任は自分で取るから」
「……そうか」
「大丈夫だよ、私は悟君を好きだけど、それでも大丈夫。深みに嵌ったりはしないわ。私は悟君が元の姿に戻るまで見守りたいだけなの」
「出来るのかい? そんな事が」
「解らない。でも、今は悟君のいるこの世界に私も残りたい」
「絵理沙がそこまで言うなら……でも、もしも絵理沙が……」
「いい! 言わなくてもいい! 解ってるから。もしも無理だと思ったら魔法世界に戻るから」
「そうか、わかったよ」
輝星花は優しく私に微笑んだ。




