008 想定外の急展開
『ブィィィン』
ドライヤーの熱風が俺の頭を灼熱地獄にしている。
冷風でなんとかなると思ったけど髪の量的にも選択肢に冷風はなかった。
髪が長すぎて洗うのも大変だったけど、髪を乾かすのも大変だなこれ。
俺はさっきから五分はドライヤーをかけている。
もし、これが俺の髪だったらこの時間内で三回は乾いてる位の時間だ。
これが毎日続くとなると、もういっそバッサリと髪を切ってしまった方がいいんじゃないか? なんて考えてしまう。が、結論は無理だ。
俺はこの綾香の髪が好きだし、綾香が戻ってくる事を考えると、俺がイメチェンしてどうするって事なんだよな。
そして、面倒な事がもう一つあった。
女性ものの下着の装着だ。特にブラジャーとかいう胸の防具。
外すのも下手だったが、付けるのなんて無茶くちゃ大変だった。
でもまぁ…慣れれば大丈夫かもしれない。でも、男なのにこういうのに慣れなきゃいけないっていのは…なぁ…
……この装着スキルがどこかで役に立つ日がくるのだろうか?
……深く考えちゃ駄目みたいだな。
『ブィィン!』
しかし、二日目にして既に女として生きる事が大変だと感じまくってる。
色々と男の時とは違うからだ。
当分は女として生きていかないといけないんだし、多少は女性についても勉強も必要なのかもしれない。
服装もそうだけど、化粧だってそうだ。俺は化粧は出来ないけど、綾香は…してたのか? でも、道具はあったから、多少はしてたのかもしれない。と言う事は、俺も化粧が出来なきゃオカシイって事だ。
で…ここで関係ないが言っておこう。
化粧をして逢わなきゃいけない相手って誰だ!
…はい。以上、兄の叫びでした。
っと…そう、化粧とか服装とかだが…真っ先に浮かぶ女性は母さんだ。
でも、まさか母さんになんて聞けないしなぁ…
そして次に浮かんだのは隣に住んでいる幼なじみのくるみだ。
でも、あいつとは疎遠になってるし、今更綾香で教えてっていうのもオカシイよな…
こなると仕方ない。そこらは北本先生にでも聞いてみるしかない。そういう結論になった。
『ブィィィィィィィゥゥン』
よーしやっと終った。
これで綾香のさらさらの髪が綺麗に整った。うむ、我ながら良い出来だな!
次は…服っと…
俺は綾香のクローゼットを開いて物色した。
すると、気がついた。パンツない。ジーンズもない。あるのはスカート系ばかりだった。
何故にスカートばっかり? なんて思った時、ふと思い出した。
そうだ、俺がスカート姿の綾香が好きだとか言ってたからスカートばっかりなんじゃないのか?
しかし、そうだとすれば、なんて素直な可愛い妹なんだろう。
仕方ない。俺が原因ならば、慣れていなくて嫌だがスカートを履くしかないな。
取りあえず、俺は頑張るからな!
何故か無意味に拳を握った。
早速、俺は膝まであるスカートを履いてみた。
やはりというか、相変わらずの低防御力だ。そして何かすーすーして仕方がない。
しかし、このすーすー加減がスカートというものなのだ。
よし、これでいいか。俺はすべての衣服の装着を完了した。
ちなみにコーディネイトの方法だが、妹の写真を参考にした。
なんて俺は頭が良いんだろう! まさに自画自賛だ!
妹のしていた格好をしていれば、まず母さんには怪しまれないだろうしな。
そして、一応は自分の格好に問題が無いかを確認する為に姿見の前へ。
うわぁ…すげぇ可愛い…綾香ってやっぱりかわいいな…
俺は思わず綾香の可愛さに見とれてしまった。
だが…鏡の中の綾香がにやけて自覚する。これは俺じゃないか!
まさか、俺って綾香の前でこんなにニヤニヤしてたのか?
こんの事じゃ、悟に戻った後が心配になるじゃないか。
「綾ちゃ~ん。綾ちゃ~ん」
下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。
母さんが俺を呼んでる? 何だろう…
俺はドアを開いてから叫ぶ。
「何? お母さんっ」
「綾香に先生から電話よ~」
ん? 先生から? 先生って…誰だ? まさか、北本先生か?
「は~い、わかった! すぐいくね~」
何だよ? 家に電話とか…
取りあえず俺は一階へ。
「ほら、保留にしてあるから」
一階に下りると、コードレス電話をもった母さんが待機していた。
俺はその受話器を受け取ると保留を解除する。
「もしもし? 姫宮ですけど…」
「あーもしもしー? 北本です」
やっぱりな。まぁ多分そうかとは思ったんだけど。
横では母さんが俺を心配そうに見ている。
ここは馴れ馴れしく話をするのはまずいかな…
「あ、はい…なんでしょうか?」
「あのね…ちょっと学校に来てもらえるかな?」
先生の声のトーンがちょっと低い。何かあったのか?
「ええと、学校にですか? 今からですか?」
「そうよ。申し訳ないけどすぐに来てくれる? すっごく重要な事を伝えたいの」
すっごく重要な事? この低い声のトーンからして良い事があったとは思えない。
しかし重要って言うなら行かなきゃいけないだろな。
「はい…わかりました…すぐ行きます」
「じゃあ、特別実験室で待ってるわね」
『ガチャ!』
「えっ? 特別実験室ですか?」って…電話がもう切れてるし…切るの早すぎだろ!
でも…一体なんだ?何の用事なんだ?
重要な話。取りあえずは行ってみるしかないな。
「どうしたの綾ちゃん? 先生は何ですって?」
「あ、うん、ちょっと学校に行ってくるね」
「え? 今から?」
「うん、先生が急用なんだって…急いで行ってくるから」
「先生が急用? あら? 何で綾香が戻って来た事を知っているのかしら?」
俺はその一言で心臓が跳ね上がった。
げげげげげ! 母さん、綾香が戻ったって連絡してないのか?
っていう事は…まずい? やばい?
嫌な汗が全身から噴き出す。そして全身が熱を帯びた。
「え、えっと? あれ? 何でだろうね?」
マジで連絡してなかったらどう言い訳すればいいんだよ?
なんて緊張の極致の俺、
「ああそうだわ! 昨日、確か学校に連絡したわ!」
母さん…
でも助かった。
俺はすぐに準備をすると綾香の自転車に乗り学校へ向かった。
そして、自転車で走る事十五分。俺は学校に辿りついた。
北本先生もいきなり家に呼び出し電話をするとは何を考えてるんだ! まったく…
俺はまだしも、一年生の綾香と北本先生との接点なんて無いだろ?
って…まぁ、綾香は携帯も持ってないし、ああするしか連絡方法が無かったんだよな。
それにしても…声が暗かったな。重要な事って言ってたけど…本当に何かあったのか?
まさか、もう悟には戻れない! とかいう事実を伝えたいとかないよな?
うわー想像するだけでも嫌だな。
『シャー…カシャン!』
俺は無意味に軽快に格好よく駐輪場に自転車を置くと周囲を見渡した。
正直、今は知り合いには逢いたくないからだ。
俺の知り合いはどうせ綾香を知らないし、どうでもいいが、綾香の知り合いには絶対に逢いたくない。
もし、声を掛けられても、俺は綾香の友達とかほぼ知らないからだ。
俺は誰も居ないのを確認してから校舎に入った。
校舎の中でも周囲を見渡して誰もいない事を確認する。
そして人気の無い廊下を歩き、昨日のあの事件が起こった特別実験室の前まで来た。
実験室の前に来て俺は驚いた。あんなに大爆発を起こしたのに何も壊れてなかったからだ。
いや、もはやその形跡すらないと言っても過言じゃない。どうなってるんだ? まさか魔法で直したのか? なんて考えながら特別実験室の扉に手をかけた。
扉はスライドして簡単に開いた。鍵はかかっていないようだ。
俺は入口から実験室の中へ顔だけ入れて見る。そして再び驚いた。
実験室も外と同じで、中までまったく壊れた形跡がなかった。
昨日の事件はガス爆発のせいにしたっていってたけど…これじゃ何もなかったのと同じじゃないか。せめて壁を黒こげにするとかの演出は必要だろ? 俺が廊下に倒れていた設定なんだろ?
そんな事を考えていると、教室の中から声が聞こえた。
「早く中に入って、姫宮さん」
北本先生の声だ。
「早く。人が来たら困るから」
おっとっと…誰かに見つかったら一大事だよな。
俺は実験室に入ると扉を閉めた。
教室の中には北本先生の姿があった。まぁ、それは当たり前だ。先生が俺をここに呼び出したのだから。
そして、よく見ると北本先生の横にもう一人誰かがいた。白い白衣を纏った男がいた。
何でここに北本先生以外の人間がいるんだ? それも白衣?
「そこに座って貰える?」
北本先生は元気のない声で言った。
俺は言われる通りに椅子に腰掛けた。そして北本先生を見る。
北本先生の横には怪しい白衣を着た男性が立っている。身長は175センチくらい。痩せてて黒縁の眼鏡をかけている。ちょっと格好いい感じだが、何処か冷たいイメージの男だ。
誰だ? 見たことないぞ? この学校の先生じゃないな。
俺は視線を男の顔に向けた。するとその男と目が合った。
男は俺の事をじーと見ながら笑みを浮かべる。俺は思わず視線をはずした。
な、何だよ? すっごい見られてるんだけど…おまけになんだあの笑み。
でも、本当に誰だよ? 確かこの世界の人間に魔法がばれちゃ駄目なんだろ? ここに人がいてもいいのかよ?
「北本先生、この方は誰だ…じゃない…どなたですか?」
危ない…いつもの話し方をする所だった…
「ああ、この人はね……私の知り合いよ」
そう言いながら北本先生は溜息混じりにその男を見た。
「えっ? 先生のですか?」
「ええ…そうよ」
北本先生がそう言うと、その男はようやっと口を開く。
「なるほどね…君が姫宮悟君か。いや、今は綾香さんだっけ?」
何だ? こいつ俺の事を知ってるじゃないか? じゃあ一連の話も全部知ってるって事だよな? という事は、俺は普通の話し方でいいんだよな。
って違う! そうじゃない! こいつが俺の事を知っててもいいのかよ?
他人に魔法がばれたら俺まで追放になるとか北本先生は言ってなかったか?
これってすごくまずいんじゃないか?
「北本先生、これはどういう事ですか? 何で私の事を知っているんですか?」
北本先生は大きな溜息をついた。
「ちょっと説明して下さいよ!」
北本先生は再度白衣の男性の顔を見た。
白衣の男も北本先生を見返した。そして何かの合図なのか小さく頷いた。
「えっとね…あのね…ばれちゃったんだよね…」
北本先生はとても残念そうな表情で本当に残念そうに言った。
そんな予感はしたんだよ! 悪い予感がしてたんだ! だいたい悪い予感って当たるよな…くそっ!
「ばれちゃったって…どういう事ですか?」
じゃあ俺は…追放なのか? くぅぅ…
「ええと…魔法管理局にばれちゃったんだよね」
「んっ? 魔法管理局って? 何ですか? その魔法管理局って」
何だ? 魔法? 管理? 局? 魔法を管理する局?
もしかして、そこに立っているのも…
「この世界の警察みたいなもんかな…」
「警察って…それってかなりやばいんじゃないのか?」
「そうね…やばいわね」
そのやばい魔法管理局にばれたって事は…もしかして、俺も先生もこの世界から追放なのか?
いやいや待て! 俺は何も悪い事なんてしてないぞ?
それに俺はまだ青春をエンジョイしてないんだぞ?
恋愛するとか、彼女をつくるとか、デートするとか、全部まだなんだよ!
って言っても無駄だよな…くぅぅ…
「そんなに強張った顔をしなくても大丈夫だよ、姫宮綾香君」
白衣の男は俺の目を見ながらニコリと微笑んだ。
「へっ?」
「大丈夫。君には危害は加えないよ。ただ…」
ニコリと微笑んだ男はじっと俺を見詰めた。