073 ツンデレ絵理沙
俺は絵理沙の投げてきた紙に《野木に何も聞いてないのか?》と書いて投げ返した。
絵理沙はすぐに紙の内容を見て、またこちらに紙を戻してくる。
《何も聞いてないわ。いきなり朝帰りしたかと思ったら、それからずっと家で寝てるも。何があったのか教えてよ》
ずっと寝てるだと? あの日からずっと寝てるってどういう事だよ!?
確かに野木が俺の部屋から出ていった時、野木の表情はすごく疲れていたように見えた。
北海道に行ったから疲れたのか? でも、学校にこれないってどういう事だよ?
俺だって疲れたけど現に学校に来ているんだぞ?
もしかして、あいつは魔法を使ったからか? 飛行魔法とか使ったから、だからなのか?
脳内で色々な考えが渦まいて纏まらない。こうなったら仕方ない。俺ひとりで考えても想像の範囲から出る事はないだろ。
俺は野木と北海道に行った事実を紙に書いて絵理沙に向かって投げた。
絵理沙はその紙を取るとすぐに読む。そして読み終えると小さく溜息をついた。
絵理沙はこちらをちらりと見ると、今度は新しい紙にまた何かを書き始めている。そしてまた俺の机の上に投げた。
《教えてくれてありがとう》
俺は紙を読み終わってからすぐに絵理沙の方を見た。しかし、絵理沙はもうこちらを見てくれなかった。
なんだよ、俺と何をしてたかわかれば、俺はもう用なしなのかよ。
しばらく経って、ふと絵理沙を見た。
絵理沙の表情は険しかった。そう、何かの問題でも発生したかのような険しい表情になっていた。
絵理沙はそこまで野木の事が心配なのか? いや、兄妹だしそれが普通か。
俺だって綾香が病気になったりすれば心配になる。
そうだよ、あいつだって人間だ。疲れただけじゃない。あんなに寒い北海道なんだぞ? 野木の奴、風邪を引いた可能性だってあるだろ?
もしかして、疲れからくる腹痛とかかもしれないし。
やっぱり病気なのか? あいつが学校に来ないって事は……。
なんだか俺も野木が心配になってきた。
俺はおもむろに机からノートを出し、それを千切ると《野木が心配だから家に行ってもいいか?》と書いて絵理沙の机の上に投げた。
絵理沙はこちらを見ていなかったが、流石に紙には気が付いた様子で転がった紙を手に取る。そして、やっとこちらを見た。
俺は絵理沙に読めという仕草をすると、絵理沙は紙を広げて読み始めた。そして読み終えるとなんとも言えない表情でこちらを見た。
そう、なんとも言えない、しかし、とてもじゃないが歓迎している表情じゃない。
俺は口だけを動かす。【いってもいいか?】
しかし、絵理沙はすぐに首を左右に振りやがった。そして、右手と左手の人差し指で小さいバツをつくった。
どうやら野木に逢いに行くのは駄目らしい。
しかし、ダメと言われると余計に逢いたくなる。
絵理沙、俺はな? 【はいそうですか】と簡単に引き下がるような性格じゃないんだよ。
よし、今日の放課後にでも野木に逢いに行こう。
俺は第二校舎の書庫からあいつのマンションまで飛べる事は知っているんだ。
野木が休んだ原因は、俺にもあるかもしれないんだしな。
絵理沙が駄目でも野木は俺が行けば喜ぶだろ?
☆★☆★☆★☆★☆
放課後になった。
よし、絵理沙がいなくなったら早速あいつのマンションに向かおう。なんて思っていると、なんと絵理沙が声を掛けてきた。
速攻で帰るはずの絵理沙が何で俺に声を?
そっか、俺が野木に逢いに行くのを阻止するつもりなのか?
「ねぇ、綾香ちゃん」
絵理沙はキリっとした表情で俺を睨む。
ちょっと迫力があって、一瞬だが怯んでしまった。だが、負けない!
「な、何ですか?」
「今日は本当に来たらダメだからね?」
予想通り絵理沙は俺にマンションにくるなと言った。そう言うと思ってたよ。
「行かないよ」
「本当に?」
「本当だよ。私が嘘をつくとでも思ってるの?」
「うん」
即答すぎた。俺の信用度なさすぎだろ!
「信用しなさい!」
「……信用できない」
「……いい、もう帰るから」
俺はそう言うと鞄を手に持った。
帰るふりをして後から行けばいい。絵理沙は俺がここにいる限り疑っているだろうからな。
「そう言って後から来るつもりでしょ? 本当にダメだからね!」
くそ、ばれてるだと!? 今日の絵理沙はするどいぞ? 野木みたいに心が読める訳じゃないのに。
「行かないって言ってるでしょ?」
「本当に?」
「本当だよ」
「……じゃあ、信じるわよ?」
「信じなさい」
「……」
唇をつんと尖らせた絵理沙は、不満そうに俺をちらりと見た。
いや、なんだその表情は? 彼氏に今日は来ちゃ駄目だよ? って言ってる訳じゃないんだぞ? ちょっと可愛いじゃないか。
「それじゃ私は帰るからね? 本当に駄目だからね? 今日は駄目だからね?」
うーむ……なんだかなぁ……。ここまで言われるとちょっとなぁ……。
よし、こうなったらちょっと絵理沙をからかってやるか。
「絵理沙さん、ちょっと耳を貸して」
「えっ?」
俺は絵理沙に近づく。そして絵理沙は耳を俺の方に傾けた。
「俺は野木に逢いに行くって言ってるけど、本当は絵理沙に逢いに行きたかったんだよ」
俺が冗談でそう言った瞬間、絵理沙は鞄を落とした。そしてゆっくりと俺の方を見る。
その表情はすごく真っ赤で、冗談をどう受け止めたらそんな真っ赤になるのかと聞きたくなる位だ。
「な、何を言ってるのよ! そ、そんな事を言ってもダメなんだからっ!」
なんかツンデレっぽい対応になったし。
「ぜ、絶対ダメだからね!? ほ、本当に駄目なんだからねっ!?」
絵理沙は真っ赤な顔のまま床に落ちた鞄を拾い上げる。そして鞄を胸に抱くと、一度は教室を出ようとした。が、再び俺の前に戻ってきた。
「どうしたの?」
「あ、綾香ちゃん、耳をかして」
何だ? さっきのお返しか?
俺が耳を絵理沙に向けると、耳元でそっと絵理沙がつぶやく。
「え、えっとね? あのね? 今日は駄目なの……。今日は……だから。 だからあのね? また今度なら……良いって言うか……。今度……来て。そういう事だから……」
「な、なっ!?」
絵理沙は真っ赤な顔のまま駆け足で教室を出て行った。
あまりの予想外の言葉に俺の顔まで熱くなったじゃないか。
今のは何だよ? 俺は軽い冗談で言ったのに、絵理沙は何でそんな反応するんだよ?
いや、今のってあれだよな? 今日じゃなかったら遊びに来てもいいって意味だよな?
何で? 何で俺にそんな事を? なんであんなに真っ赤に?
ここで俺の中には一つの考えが浮かぶ。それは前から少しは思っていた事。
まさか、絵理沙は俺の事を好きなのか?
しかし、俺は否定する。
……ない。ないだろ? ないよな?
あいつは俺を殺した魔法使いだ。あいつが俺を好きなんてありえない。だいたい俺を好きになる切っ掛けも理由もない!
しかし、ドキドキと脈拍を早めた心臓が俺の思考を邪魔する。
今の俺は凄まじく冷静じゃない。
おかしい、どうしてこうなったんだ?
さっきの真っ赤な顔でツンデレ台詞を吐いていた絵理沙が頭に浮かぶ。
マジで普段の絵理沙じゃなかった。
まるで俺を男だと意識したような対応だった。
本当にあいつは……。
いや、ない! ないって言ってだろ! 俺の考えすぎなんだよ! あいつだって俺が冗談を言ったのを察して、俺にも冗談をかましてきたんだよ!
「くそぉぉぉ!」
俺は両手で顔を押さえたまま机に突っ伏した。




