064 星空の見える場所から 前編
俺はなぜか北海道の富良野まで来ている。そして、野木と二人で天体観測をしている。
おかしい。北海道に来た理由は俺が生きている証拠の写真を撮り、それを手紙と一緒に両親宛に投函するためだったはずだ。
なのに、なぜか俺は野木と二人で本当に天体観測をしている。
ちらりと横を見ると、野木は笑顔で俺を見ていた。
思わず目が合う。
いつもは見せないような優しい笑みに、俺はドキッとしてしまった。
男相手にドキッとするとか馬鹿か俺は! 心の中で自分に怒鳴りながら視線をはずした。
しかし、俺の心臓は普段よりも心拍数を高めてしまっている。
ドキドキして、まるで恋する乙女じゃないか。って! マジで馬鹿か俺は! 相手は野木だぞ? 相手が茜ちゃんならまだしも、野木を相手にドキドキするとかマジで馬鹿だろ!
俺はぎゅっと両手で握り、俯いて目を瞑った。
「綾香君? どうしたんだい? 俯いてないで見てごらんよ、とても星が綺麗だよ?」
とても優しい声が野木からかかった。しかし俺は野木の方を向かない。
ドキドキはしたが、別に野木が凝視できないくらいに緊張している訳じゃない。
だが、俺は知っている。俺の顔が熱くなっている事に。そう、俺はきっと真っ赤になっている。
暗くてわからないかもしれないが、こんな姿を野木に見られたら何を言われるか解らない。
俺はちょっとでも野木を意識したと悟られたくなかった。
「綾香君? 何をしてるんだい?」
「き、聞こえてるよ!」
しかし、何でお前は何も感じないんだ? 普通なんだ? こんなの不公平だろ!
「埼玉だとこんなに星が綺麗には見えないよね。だから、よくここで見ておくといいよ」
「わ、わかってるよ」
「じゃあ、顔を上げてごらん……」
「……」
「ほら……見てごらんよ……」
俺はゆっくりと星空を見上げた。
すると、雲ひとつない空には星がちりばめられた宝石のように輝いているじゃないか。
それは本当に埼玉では見られない星の海。
「わぁ……」
俺は思わず声を出してしまった。
本気で手を伸ばせば取れそうなところに星がいる。
今までこんなに綺麗な星空は見た事がない。
「すごい……」
俺は空へ向かってゆっくりと手を伸ばした。
「本当に手を伸ばせば取れそうだよね……」
野木の声が聞こえた。
ふと横を見れば、また笑顔で俺を見ているじゃないか。
俺はまたしても素早く視線をはずした。だが、さっきみたいには緊張はしない。
星空が俺の心を穏やかにしてくれてるのだろうか?
「ああ、本気で手を伸ばせば取れそうだな」
「……うん、そうだよね」
俺と野木はしばらく星の海を眺めていた。
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どのくらいの時間が経過しただろうか?
ずっと星空を眺めていて、ぶるっと身震いがした。
先ほどまでは感じていなかったが、寒さを感じているのか?
そりゃそうだ。考えてみればここは北海道だ。十月の北海道が寒くない訳がない。
だが、しかし、俺はそんなに寒くないのは何故だ?
「綾香君、ちょっと寒くなってきたかな?」
「えっ?」
背中にふわっと何かがのる感触が伝わった。
見れば、野木が俺に羽織っていたコートをかけてくれているじゃないか。
「な、何だよいきなり?」
「いや、魔法で暖めるにも限界があるからね」
「魔法だと?」
「そうだよ?」
ああ、そうか。俺が寒くなかったのはこいつが魔法で俺を暖めてくれていたからか。
「俺を魔法で暖めてくれているのか?」
「そうだよ。先ほどまで張っていたバリアを今も継続して張っているんだ」
先ほどまでって、箒の上に乗っていた時の? なるほど、あれはこういう効果もあるのか。
俺は妙に納得した。しかし、
「野木、コートはいらない。まだそんなに寒くないからさ」
俺がコートを取ろうとすると、野木はそのコートをもう一度俺にかけた。
「だから、いらないって!」
しかし、野木は「君が風邪でも引いたら困るからね」とか言って、コートを戻す事を許してくれなかった。
「別にこんな事をしなくっても俺は平気だって言ってるだろ? お前の方が寒そうに見えるぞ?」
コートを取った野木はカッターシャツ一枚だった。
北海道でそれはないだろ? なんて思う格好だ。
「大丈夫だよ。僕は体内から魔法で暖めているからね。それに……」
暗い中でも野木の表情から笑顔がなくなったのがわかった。
「それに?」
「僕は暖める魔法を使う事で君の心を読まないようにしているんだ」
俺はその言葉に動揺した。
こいつは確かに俺の心を読まないようにしていると言った。
それはどういう事だ? どういう意味だ? 暖める魔法を使うと心を読まないで済むのか?
「なんだい? そのハトが散弾銃をくらったような表情は」
「ちょっと待て! 散弾銃を食らったら死ぬわ!」
「じゃあ、火炎魔法でいいかな?」
「焼き鳥になる!」
野木は声を出して笑った。
「お前、ふざけてるだろ?」
「いや、ふざけてるよ?」
「まったく……」
何が散弾銃だ! 何が火炎魔法だ! 俺はそんなもの食らった事ないし、そんな表情が出来るはずないだろうが!
だいたいなんでいきなり魔法なんだよ! って……魔法? そうだ! 魔法だよ。
「お前、さっき魔法を使って俺の心を読まないようにしてるって言ったよな?」
俺がそういうと、「あちゃー」と口から出そうな表情で、野木は頭をかいた。
「説明してくれよ。魔法を使って俺の心を読まないってどういう意味だよ」
「う~ん……気にしないでいいよ?」
「普通に気になるわ!」
「気になるかい?」
「気になる!」
野木は仕方ないなぁという表情でため息をついた。
「えっと、さっきのは言い方がまずかったね」
「言い方がまずかった?」
「まず、正確には僕は君の考えを読んでいない。僕に中に勝手に流れ込むんでくるんだ」
野木は真剣な表情でそう言うと、息をふぅと吐く。
「おい、流れ込むって何だよ? 心を読むのっていうのは魔法じゃないのか?」
野木は溜息をついた。深く、とても深く。
「この能力は本当は魔法なんかじゃない」
「魔法じゃないだって? それじゃあなんなんだよ?」
「これは僕の素質なんだ。生まれもって所有していた能力なんだよ」
野木は再び溜息をつくと、ゆっくりと星空を見上げた。
「それって……どういう意味だよ?」
「そうだね、君にわかりやすく言えば、ロールプレイングゲームで言うパッシブ能力かな。意思に関係なく常時発動する能力なんだよ」
「パッシブ能力だと?」
「そう、この能力は魔法であって魔法じゃない。魔法だけど他の魔法使いがこの能力を使う事は出来なし、僕も意識して使う事ができない魔法なんだ。僕の専用魔法なんだ」
「なんだそれ……」
自分の意思でコントロールできない魔法なのか? 魔法にもそういうのがあるのか?
「僕はね……周囲の人々の考えが自然と思考に流れ込んでくるんだ。よほどの高レベルの魔法術者でもない限り、僕の中には近くにいる人間の思考が自然に入り込む。だから、僕はできるだけ思考を読まないように努力をするんだよ。そうしないと、僕の頭の中は他人の思考でいっぱいになる。僕は普通じゃいられなくなるんだ……」
おい……おいおい……なんだそれ!
「それって大変な事だろ!」
俺は思わず強い口調で怒鳴ってしまった。
すると、野木は俺の言葉にピクリと反応し、こめかみにしわを寄せて唇を噛んだ。




