063 あの箒にのって 後編
薄暗くなった住宅街の裏道で、箒に座る女子高生。なんて滑稽な姿なのだろう。
そして、その箒にまたがるのが白衣の男性。これまたなんておかしな格好なんだろう。
「ちゃんと座ったかい?」
「あ、えっと、大丈夫だ」
俺は自転車の後ろとかに横向いて座るやつをやっていた。
たぶん、野木の言っていた座り方はこの座り方のはずだ。
しかし、これはこれで何だか恥ずかしいが……。
「じゃあ出発だ!」
「ちょ、ちょっと待って! やっぱり普通に座るから!」
「ん?」
やっぱり落ち着かない。横向きに座るとか慣れてないしな。と言う事で、俺は普通に跨った。
魔法のクッションのおかげなのか、普通に跨ってもまったく痛みはないし、違和感もない。
そして、この方がかなり落ち着く。
「よし、OKだ」
「よし! じゃあ行くぞ! ゴー!」
野木のかけ声と同時に箒はすごい勢いで高度をあげた。
町がどんどんと小さくなる。すごい、これってすごすぎる!
家に戻るまでの高度とはまったくもって別世界だ。
ジェットコースターに乗っても、観覧車に乗ってもこんな高度は味わえない。
飛行機とかヘリコプターだと可能かもしれないが、この魔法の箒は無音で飛行している。
まったくエンジン音とか、羽根の音がないんだ。
すごい、すごすぎる!
俺って結構すごい体験してるのかもしれない。
☆★☆★☆★☆★☆
出発してから約一時間が経過した。
最初は飛行がどんなに苦痛かと思ったが、野木の用意したクッションの座りごこちがかなりいい。
それにバリアのお陰なのか、風などの影響がまったくない。要するにバリアの中は無風で、空気抵抗が無いのだ。
寒さも感じないし、快適そのものだった。
しかしここはどこだ? 下を見ても真っ暗で何もわかんねーし。
あ! そうだ! どこでもド○の事を聞くの忘れてた!
「野木!」
「何だい?」
「出発してから言うのもなんなんだが、何で箒で飛んで行く必要があるんだ? あのどこで○ドアみたいな魔法じゃダメだったのか?」
「ああ、あの魔法かい? あの魔法は移動距離制限があるから北海道とか遠い場所だと無理なんだよね」
なんと移動制限がついていたのか。
魔法の道具は俺にはよくわかんねーけど、制限つきのものも結構あるのかな?
「そうなのか」
まあそうだよな、あの魔法で北海道とか行けるのなら、野木もあの魔法で北海道に行けるって教えてくれるだろうし、行くだろうしな。
「しかし、綾香君の側にこんなに居られるなんて。この世界に来てから初めてだね」
そう言う野木の声はとてもやさしく感じた。いつものイヤラシイ口調がうそのように。
ここで俺は、野木の声が絵理沙の声の優しさに似ている事に気がついた。
兄妹だし、似ていても当たり前なのかもしれない。が、性別も違うのに性格が似るとかあるのか?
俺と綾香はまったく似ても似つかないのにな。
だが、まだ確実に野木を信用した訳じゃない。長時間一緒にいれば何があるかわからないからな。
俺は死ってるんだ。男は狼だってな。
こいつは、俺が寝たら襲う可能性だってあるだろう。注意をしよう。そして寝ないようにしよう!
「おい、変な事をしたら殺すぞ?」
「あはは、僕は信用ないんだね」
何を今更。信用されないような事を今までしてきたのは野木じゃないか。
☆★☆★☆★☆★☆
出発してから二時間が経過した。さすがに俺も疲れてきた。
野木の胴を持っている腕もしびれてきている。
ただ乗っている俺がこの状態なのに、魔法で操作している野木は大丈夫なんだろうか?
背中はしっとりだけど汗もかいてきている様子だし、大分つかれているんじゃないのか?
って、何で俺はこいつの心配をしてるんだよ。大丈夫に決まっているだろ。
自分から北海道まで飛んでゆくって言ったんだからな。
「綾香君」
「な、何だよ」
「もうすこしで北海道だよ?」
びっくりした。心を読まれて、心配してくれてるんだね! とか言われるのかと思ったじゃないか。
でも何だ? もう北海道とか飛行機なみに早いじゃねーかよ!
魔法すっげー!
「おい、ちょっと早すぎないか?」
「ふふふ、僕の魔法力はすさまじいからね」
何だこの自信満々の態度は。こいつマジですごい魔法使いなのか!?
しかし、こんな早くついてどうするんだ? 真夜中で真っ暗すぎて写真も取れないだろうし……。
あと、どうするんだ? 今晩の宿とか……。まだ十一時だぞ?
さすがに野宿はないだろうし……。って、まさか! この時間から泊まれるホテルって言ったら……。
ラ、ラ、ラブ?
しまった! そこまで考えていなかった! いくら俺が元男だと言ってもいまは女だった!
力づくでホテルに連れ込まれたら、いくら俺でもぉぉぉ!
やだ、俺の初めてが野木に奪われるのはやだ!
「どうした綾香君? 顔が赤いぞ」
うわー野木! 何でこっちを見てるんだよ!くそー俺の馬鹿!
本気で俺が変な事を妄想している時に振り向くなよ!
女性の気持ちに立て! 例え顔が赤くても気にしないとか、気配りしろよ!
待て、俺は男だろ……落ち着け……悟、落ち着けよ。
最近の俺はおかしいだろ。たまに自分が乙女とか思う時があるとか、俺の中の何かが変わってしまったのか? それとも姿が女だと心も女っぽくなるものなのか?
と、取りあえず何か言い返さないとな。
「き、気のせいだろ」
なんという言い返しだ……。
「あははは」
俺の反応が面白かったのか野木が笑い出した。笑うなよ野木。
「綾香君、【おい、こんなに早く着きすぎてどうするんだよ? 夜だし写真も撮れないし、今晩はどうする気なんだよ! まさか二人でどこかに泊まるとか考えてないだろうな?】なんて思ってるのかな?」
こいつ、俺の心を読みやがった?
「ああ、言っておくけど、僕は君の心を読んでないよ? 飛行魔法は結構な魔法力を使うからね。飛行しながら他の魔法効果を維持するのは結構辛いんだよね。この姿を維持するのもつらいのに……」
読んでないのに俺の考えはバレバレなのか!? っていうか、一語一句当てられた俺の立場は……。
まあ、顔を赤らめてれば変な想像をしているのってばれそうだよな。
しかし、何だよ? 飛行魔法ってそんなに大変なのか?
アニメとかで魔法使いはそんな大変そうに空なんて飛んでないぞ?
それで、飛行しながら他の魔法を維持するのは大変なのか? 変身も大変って事か?
野木は俺が顔をあげると、すでに前を向いていた。
確かに、背中からは熱を感じる。まるで風邪をひいた時のように、マラソンを走り終えた時のように熱っぽい。
そして、考えてみれば、絵理沙が北本先生になってた時のように野木も変身しているんだ。
……本当の野木ってどんな姿なんだろう。
「大丈夫だよ。変身魔法を解くような事はないからね」
ぐ……俺はそんなに考えを読みやすいのか? 魔法で心を読まなくても余裕なのかよ。
「で、マジで早く着きすぎるけど、どうするんだよ」
もうこうなったら素直に聞くからいい。
「ん? 言ったじゃないか、天体観測をすって。今日は良い天気だし星も綺麗だ。北海道は空気も澄んでいて綺麗だから星がよく見えるよ?」
天体観測!? 天体観測は単なる外出する為の言い訳じゃないのか?
本当に天体観測なんかする気なのか?
しかし、俺の問いに野木は「本気で天体観測をするんだよ」と答えた。
俺はふと下を見た。そこには細かい光がちらちらと見える。もうここは陸地の上らしい。
まるで麦球のような薄いオレンジの光が、真っ暗な地面に無数に散らばっている。
そして、見上げれば、そこは満天の星空だった。
無数の星が、煌びやかに光を放ち、そんな夜空に吸い込まれそうになる位に美しい。
「ほら、綺麗な星空だろ?」
「え、えっと……天体観測って言い訳なんじゃ?」
俺の問いに野木は即答する。
「半分はね。でもほら見てごらんよこの星空を。手を伸ばせば届きそうな距離に見えるこの無数の星たちを。こんな美しい星たちを観察しないなんて、罰があたるよ。綾香君は星は嫌いかい?」
「別に……そんな訳じゃ……」
「だろ? 僕も星は大好きなんだよ……」
野木は意外に乙女チックだと知った。
しかし、すごいな。本当にすごい星空だ。埼玉にいたときなんてこんなに綺麗な星空を見た事なんてなかった。
「もう少しで富良野だよ。そこで僕と二人で天体観測をしよう」
もうすぐ富良野って、いつの間に!?
さっきはもうすぐ北海道だって言ってたから、まだ函館くらいかと思っていたのに……。
そんな事を考えていると箒はゆっくりと下降を始めた。
「よし、下りるよ」
「えっ? うわぁぁ!」
箒はまるでジェットコースターの急降下のように一気に落下していった。




