061 窮地を脱する方法とは? 後編
俺は便箋を書き終えて、肩をぐるんとまわした。
普段から文章に書き慣れていない俺は、もちろん何度か失敗をしてしまった。
でも、この手紙はラブレターじゃない。だから別にそんなに綺麗に書く必要はない。
俺はどう見ても汚い手紙を片手に野木に書き終えたと宣言をした。
言っておくが、決して書き直すのが面倒だった訳じゃない。
「綾香君、一応確認させてもらっていいかな?」
俺は野木に便箋を手渡した。
野木は手紙の内容を確認するために文章に目をやる。すると眉間にしわが寄った。
「なんというか……汚い字だね。女性らしさの微塵もないよ」
酷い言われようだ。そして俺は男だ。
「何か文句あんのかよ!」
野木は「ないない」なんて言いながら、どう見ても笑いながらソファーから立ち上がった。
そして、部屋の隅にある掃除用具入れの前まで行った。
その場で立ち止まって掃除道具入れに手を伸ばす野木。
「おい、掃除道具入れがどうかしたのか?」
「んっ? 気になるのかい?」
「気になると言うか、掃除道具と手紙は関係ないだろ?」
そう、手紙と掃除道具はどう考えても関係無い。
しかし、野木は掃除道具入れの扉をあけると中から箒を取り出したじゃないか。
「ほ、箒だと!?」
「うん、箒だよ?」
魔法使いに箒?
そこで俺はピンときた。って言うか、まさか箒で空を飛んで北海道まで行くなんて馬鹿な事は言わないよな?
しかし、野木は俺の思考を読んだのか、ニヤリと微笑んでいるじゃないか。、まさか、まさかそうなのか?
「綾香君、今から箒で空を飛んで北海道に行くよ」
正解かよ! しかし、
「マジで箒で行くのかよ?」
って思うよな? マジで。
「あれ? 魔法使いが箒で空を飛ぶのは人間界の定番だと思ったんだけど?」
野木は箒を見てからもう一度俺を見る。って、その定番ってなんだよ?
もしかして、魔女は箒で空を飛んでいるようなおとぎ話の事か?
「いやいや待てよ。箒なんて昔の時代の定番だよな? 今の時代の魔法使いって箒で空を飛ぶなんて無いだろ?」
「そうなのかい? 魔法使いは箒で飛ぶものだと思っていたよ」
「って、お前は魔法使いだろ!」
「ああ、そうだ!」
こいつ、わざとだろ! しかし、
「マジで箒でしか空を飛べないのか?」
「いや、別に箒じゃなくっても飛べるんだけど、今現時点で飛行できる魔道具はこれしかないんだよね」
なんだそれ……。
「と言う事で、さぁ出発だ!」
えっ? 出発? 出発だと?
「ま、待て! 今からか? もう夕方だぞ? 俺が家に戻らないと両親が余計に心配するだろ?」
野木は笑顔で俺の横まで来るとぽんと頭を叩いた。
「大丈夫だ、綾香君の家には寄るから。そしてご両親にはちょっと綾香君をお借りしますって言うから」
え、いや違う、そういう事じゃない! 何だそれ? 俺は物か!
だいたい両親がそんなんでOKするはずないだろうが!
野木は俺がそんな事を考え込んでいる途中で、いきなり俺の背中から右脇へと手を回すと軽々と片手で俺を抱きかかえた。そして、そのまま箒に跨がった。
「ちょ、ちょっと待て! この体制はやばい!」
「大丈夫だ! 問題ない!」
「バカ! 問題ある! お前の手が俺に胸にひぃいいいいいいい! うわぁぁ!」
箒はいきなり窓へ向けて、まるでロケットのように一直線に突き進む。
「うわぁぁぁl! 野木ぃぃぃ! 窓ぉぉ! 窓にぶつかるぅぅ!」
「大丈夫だ! 問題ない!」
「問題あるうううう!」
俺は窓にぶつかりそうになって目を閉じた。が、ぶつかった衝撃などまったくない。
「……あれ?」
「ほら、大丈夫だったらろう?」
野木の声に恐る恐る目を開けると、既に学校の外に俺はいた。
よく見れば空中じゃないか!? お、俺は空を飛んでるのか?
見下ろすと、地上までは軽くビルの五階分くらいの高さがある。
本気で俺は空を飛んでいた。
「じゃあ、急ぐよ?」
「ひゃあぁぁ!」
俺は野木に出会ってから野木の魔法をまともに見た事がなかった。
絵理沙の魔法は見た事はある。再構築は見てないが、俺のコピーを作る魔法を見た。そして竜巻も。
「今日は調子がいい!」
「ひぃぃ」
そして、俺はついに野木がまともな魔法を使うのを目にしてしまった。
それも箒て空を飛ぶといういかにも魔法使いらしい魔法を……。
「そう言えば、綾香君は箒で空を飛ぶのは初めてかい?」
「当たり前じゃないか! 人間は箒で空なんて飛ばない! じゃない……普通の人間は箒じゃ空を飛べないんだよ! あと、なんで箒なんだよ! 箒じゃないと空を飛べないのかよ!?」
「ん? ああ、確かさっきも言ったよね? 別に箒じゃなくても飛べるって?」
「……え? 言ったっけ?」
「言ったよ? そしてこれも言ったよね? この世界だと魔法使いは箒で空を飛ぶように設定されてる。だから、僕もその期待に応えて箒を魔道具にして来たんだ。気に入らなかったかい?」
この正解だと魔法使いは箒で空を飛ぶって誰が決めたんだよ!
最近の魔法少女ものなんて素で空とんでんじゃん!
「気に入ったとか、そういう問題じゃない! 俺はこんな抱えられていつ落ちるかわからない状態よりは、絨毯とかの上に乗ったほうがいいって言うんだよ!」
宙ぶらりんの俺は、とても危険な状態な気がしてならない。
確かに野木の手が俺の胸を触っているのも危険なのだが、それ以上に万が一でもこの高さから落ちれば、間違いなく死ねる。まさに危険そのものだ。
そう考えると、ぶるっと身震いがきた。
「ああ、大丈夫だよ。君を持っているこの手を離しても君は落下しないから」
「えっ?」
「この箒の周りは一種のバリアみたいなもので覆われているんだ。それは、外部から僕たちは見えなくしているし、代わりに中からも出られないんだよ。そう、ここは完全なる密室だ」
そうなのか? そうなのかよ? バリア?
でも、見た目が透明だと、本当にバリアがあるとかわかんねーし!
まともに地面が見えていると、体に震えがくるほど怖いだろうが!
離してもOKとか言われても、野木が抱えてくれていないと不安で仕方ない。
もう胸なんていくらでも触らせてやるよ。だから離すなよ? なんて思ってしまった。
もしうっかりでもバリアがなかったら俺は地面に向かって落下って事だよな?
そうしたら俺は地面に叩きつけられて……。想像するだけでも恐ろしい。
しかし、最後の完全密室という言葉も、ある意味恐ろしくもあるんだが……。
「言っておくけどな! 絶対に離すなよ! あと、絶対に手は動かすなよ!」
「ああ、大丈夫、十分に膨らんでるよ」
「ちょ!? セ、セクハラだ!」
「あははは!」
野木は笑顔で俺を見ている。そして何げに指が動いただろ……。
やばい、俺はもしかして自爆したのか?
「胸を触るな!」
「じゃあ、手を離してもいいのかな?」
「や、やめろ!」
し、仕方ない。減るものじゃないし、我慢してやるよ! うぅう……。
「いいね。綾香君と空中デートができるなんてね」
「な、何がデートだ! 俺は嬉しくもなんともない!」
「あははは! まぁいいよ。僕が満足できれば全てOKだ」
なんて奴だ。こんな調子で北海道まで? 考えるだけでもぞっとする。
この姿勢だって無理がありすぎる!
「このまま北海道とかないよな?」
「言っただろ? 君の家に寄るって」
「あ、ああ、言ってた」
そっか、そう言ってた気がする。と言うことは、家までか、この姿勢は。
そうだ、そう言えば俺は今綾香の姿だけぞ? 北海道で写真を撮るって言っていたけど、どうするんだ?
「おい、俺は今綾香の姿だけど、悟の姿で写真がいるんだろ? どうするんだよ」
野木は不思議そうに首を傾げた。
「ん? ああ、それは大丈夫だよ?」
「大丈夫?」
「現地で話すよ」
「現地!? 現地って北海道か?」
「ああ、そうだよ」
何で今ここで言えないんだよ!




