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ぷれしす  作者: みずきなな
十月
60/173

060 窮地を脱する方法とは? 前編

『特別実験室』

 俺は入口の扉の前で唾を飲み込んだ。


「ここまで来たんだろ……」


 俺はそう自分に言い聞かせて覚悟を決めた。

 まずは考えておく事。

 もしも野木が俺の胸を触ろうとしたら、まずは叩き落とすんだ。

 触れようとしたら後ろに逃げる。そして、追いつかれそうになったら絵理沙に言いつけるぞと言い放つんだ。

 よし、OKだ。って、その前に野木は中にいるのかな?


 俺はゆっくりと扉を開いた。

 すると、開けた瞬間に部屋の中から野木がこちらを見ているじゃないか。

 突き刺さるような視線。俺の特に胸に感じる。

 そう、視線を感じるとはこういう事を言うんだなと初めて察した。


「おお! 綾香君じゃないか! 僕にわざわざ逢いに来てくれたのかい?」


 やっぱり野木は相変わらずの反応だった。

 普通ならば誰か野木なんかに逢いに何か来るかよ! と言い放つ所だが、今日は違う。そうだ、俺は今日は野木に相談があって来たんだ。


「ああ、今日は野木に逢いに来たんだよ。嫌だったけどな」


 俺はそう言って野木の反応を伺った。

 野木の野郎は俺が来たからきっとすごく嬉しがるかと思っていた。だが、俺の予想を覆して先ほどまでのニヤついた顔が消えた。

 野木は真面目な表情になったのだ。


「綾香君、どうしたんだい? 何かあったのかい?」


 こいつ、まさか俺がここに来た用事がただ事じゃないと察したのか?

 だとすれば、流石は魔法管理局の魔法使いというだけはあるな。

 普段の変人ささえ無ければ、こいつは結構いいやつかもしれないのに。そんな風に思ってしまう。


「あのな、絵理沙に行方不明にしてもらった俺なんだけど、いま両親が捜しているんだよ」


 俺がそう言うと野木は首を傾げた。


「えっと、君のご両親が行方不明の悟君を捜していると言うのかな?」

「そうだ。今日も警察に行っている」

「そうか。でも、それは当たり前の事じゃないのか? 悟君は行方不明になってるのだからね」


 平然とそう答える野木。まったく動揺の色は見えない。そして言っている事も正しい。


「それはそうだけど、でもな? このまま俺を探し続けられるのは何かやばい気がするんだよ」

「やばいと言うと?」

「もし、全国区で行方不明の手配書が回ったり、ニュースになったりしたらどうするんだよ?」

「それはその時じゃないのか? 今の状況からしても、そうなっても仕方ないと思うんだが」


 相変わらず冷静に答えを返される。そして相変わらず言っている事は正しい。でもな?


「俺は事を大きくしたくないんだよ。ニュースにもなりたくない。出来れば、両親の事を考えても、行方がわからない俺が生きているって証拠を……えっと」

「証拠を? どうしたいんだい?」

「……証拠を両親に……。うまく言えない。けど、両親を安心させたいんだよ。捜索を打ち切ってもらいたいんだ」

「ふむ……。まぁ、言いたい事は理解した。しかし、いまさらだよね」


 確かに野木の言う通りだ。大分前から両親は俺の事を捜していたはずだ。

 くそう、俺は自分の事ばっかり考えていて両親の事を考えてなかった。行方不明の自分の事すら考えていなかった。

 そう、いまさらだ。


「でも! でも俺は……」

「まぁまぁ、コーヒーでも飲んで落ち着きなさい」


 野木は自分の机の上にあるポットからコーヒーカップへとコーヒーを注いだ。そしてそれを中央にあるテーブルに置く。


「綾香君、そんな顔をしないでくれ。ちゃんと話を聞いてあげるから。ソファーに座ってコーヒーでも飲んで落ち着いて」

「…………」


 俺は何も答えられずにソファーに座った。そして目の前にあるコーヒーを手に持った。

 待てよ? なんでコーヒーが準備されているんだ?

 野木のコーヒーはドリップからする奴だ。俺が来てから準備したんじゃこのタイミングで出すのは無理だろ?


 俺は野木の顔をじっと見た。すると野木はニコリと微笑みかえした。

 一瞬、その笑顔に俺の心臓が飛び跳ねた。も、もしかして……。


「野木、お前は俺の心を読んでいたのか? ここに俺が来るのがわかっていたのか?」


 その質問に野木は落ち着いて答える。


「いや、心なんて読んでいないよ。それに君がここに来るなんてわかってた訳じゃない」

「じゃあ、どうしてこうも準備がいいんだよ?」

「それは、前にも言わなかったっけ? 僕はいつでも君を受け入れられる体制にしているからって。それは遊びに来た場合でも、今回のように相談に来た場合でも大丈夫なようにね」


 野木は真面目な表情でそう言うとポットの置いてある机まで戻った。

 そして、自分のコーヒーカップにコーヒーを注いだ。

 俺は不真面目な野木に慣れてしまったせいもあって、何だかこういう野木には違和感を感じてしまう。


「そ、そうか……」


 野木はコーヒーを入れたカップを持って再びソファーの横まで来た。


「で? 証拠とか言っていたけど、綾香君はどうしたいと思っているんだい?」


 野木はとても落ち着いた表情で俺に向かって言った。

 しかし、俺は何も答えられない。ただカップの中のコーヒーに映る自分を見るだけだ。

 俺が言葉に詰まっていると、なんと野木から話を始めた。


「じゃあ、僕からの提案だ」


 俺は再び顔を上げた。ニコリと微笑む野木。


「そうだな、君は証拠と言ったよね? 僕もそれでいいと思うよ。綾香君のご両親を安心させてあげたいのなら、悟君が生きているけど何らかの事情で戻れないという証拠を見せてあげればいいんじゃないのかな?」


 なるほど。俺は心の中で同意した。

 そうだ、確かにそうだ。野木の言うとおりだ。


「でもどうやってその証拠を両親に見せるんだ? まさか写真を送るとか手紙を送るとかする気か?」


 野木はニヤリと笑みを浮かべた。


「それでいいんじゃないのか? 写真と手紙を送るので」


 野木は簡単に答えたが、


「待てよ! 手紙と写真を送れるって事は、家に戻れないのはおかしいって事になるんじゃないのか? そこはどう説明するんだよ?」


 俺の質問に、野木は微笑を浮かべたまま部屋の一番奥にある自分の机に歩いてゆく。そして椅子に座ってこちらを見て言った。


「そうだね。ではこうしよう。悟君は記憶喪失だった。そして最近になって記憶が戻った。しかし、記憶は戻ったが帰れない理由がある。だがその理由は両親にはちゃんと伝えておきたい。だから手紙を送った」


 また記憶喪失か。そんな理由でいいのか?

 だがしかし、このままほっておいても俺(悟)は見つかるはずなんてないし、解決なんてしない。

 両親にはこれ以上は心配をかけたくないし、警察沙汰になっているから、これ以上は大きい騒動にもしたくない。

 確かに、野木の言うとおりにする方がいいのかな。


「じゃあ、それを実行するにはどうすればいいんだ? その記憶喪失だった俺が何処から手紙を送るんだよ? まさか海外からか?」


 野木は両手のひらを天井に向けると、呆れたようにため息を吐いた。


「馬鹿だね、海外から手紙なんて出してどうするんだい? 君が自力で戻れる距離じゃないと説得力が無いんじゃないのか? 逆に心配させてしまう事にもなりかねない」


 馬鹿とか言われた!


「じゃあどこがいいんだよ! 言ってみろ」

「まぁまぁ、怒らない怒らない。折角の可愛い顔が台無しになるよ。そうだね、場所は北海道なんていいんじゃないか? 手紙の内容は……」


 そう言うと野木は引き出しから便箋を取り出して手紙を書き出した。

 手紙の内容を考えながら書いているのだろう。それにもかかわらず、ものの数分で野木は手紙を書き終わった。そして俺に手渡す。

 俺はその便箋に書かれた手紙の内容を読んだ。


 父さん、母さんへ

 悟です。急に居なくなってしまって心配をかけてごめん。俺は何故だか知らないけど俺は今北海道にいる。

 先日まで記憶があやふやで記憶喪失だったらしいのだが、今になって記憶が戻ってきた。

 本当は電話でもすればいいんだが、ごめん、直接話すと何も言えなくなりそうだから手紙にする。

 今、俺はとある牧場の手伝いをしているんだ。記憶がなかった俺を暖かく迎えてくれた人がいる牧場だ。

 ここの家族はとてもよい人達で、俺はここで色々な事を学んだ。そして記憶が戻った今も俺はここにもうすこし居たいなと思っている。

 妹の綾香の事は心配だけど、でも俺は綾香がどこかで生きていると信じている。

 それにここにいると、綾香の事でもそんなに落ち込まないでも済んでいるんだ。

 父さん、母さん、きっと大丈夫だ。きっと綾香は戻ってくる。そして、俺の事は心配しないでいい。

 安心できるように写真もつけておくし、また手紙も出すから。

 そして、俺自身が成長したらきっといつか戻るから。それじゃあまたな。

 姫宮悟


 俺が読み終わったのを察したのか、いつの間にかまた目の前のソファーに野木が座って俺に手紙の内容を聞いてきた。


「どうだい? 内容はおかしくないかい?」


 いや、なんだこのドラマのような展開の手紙は。

 俺はこんなキャラじゃない。と思うが……。でもまあいいのか?


「いや、いいんだけど、なんか違和感がないか?」

「仕方ないよ、このくらいの内容にしないと説得力もないからね」

「う……まあ、そうかな……。で、手紙に内容はこれでいいとしてもどうするんだ?」


 野木は便箋とボールペンを俺の目の前に置いた。


「じゃあ、これをこの便箋に写してもらえるかな?」

「え? 俺が!? 俺は今は綾香なんだぞ!?」

「そうだね、でも中身は悟君だよね? じゃあ書き方も悟君のまんまだと思うんだ」


 確かに言われてみればそうかもしれない。綾香の字を知っているが、今俺の書いている字は綾香の字じゃない。俺の字だ。


「解った…」


 俺は野木の書いた手紙を便箋に書き写した。

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