056 手紙の内容とは 前編
ホームルームがやっと終わった。
「部活、部活っと! あっ、じゃあまた明日ね、綾香ちゃん!」
「あ、うんまたね~」
クラスメイトの女子が俺に声をかけてガタガタと鞄を抱えて出口に向かった。
まるで予約してあるゲームを取りにゆくような勢いで出て行こうとするクラスメイトを見て、俺はふっと息を吐いた。
いったいあの子は部活で何かするのだろうか?
そんなに慌ていかないと駄目なのか? そんなに楽しいのか?
そんな事を思いながらその子を目で追っていたら、その子よりも早く教室を出てゆく人影を見つけた。
絵理沙だ。
絵理沙は今日もクラストップで教室をでて行こうとしていた。相変わらず速い。
前からだが、絵理沙は授業が終わるとすごいスピードで教室から消え去る。
こんなに早く帰ってなにをしてるんだ? なんて疑問が沸かない訳じゃない。
しかし、今日の俺はそんな事に気を取られている暇は無かった。
「問題はこいつらだ」
そっと鞄をあけると、中に見えたのは今朝、下駄箱に入っていた手紙の数々だ。
カラフルな手紙が鞄に入っている。
俺は手紙の内容が気になって仕方なかった。授業も手につかなかった。
正直、悟の時には手紙なんて貰った事はない。だから、早くこの内容を読んでみたい。
そわそわしながら俺は教室を見渡した。
周囲を見渡すと、教室にはまだクラスメイトがいっぱい残っている。
この状況でここで確認とかまずありえないな。
さて、じゃあどこで確認するかだ。
家まで持って帰るという選択肢もない訳じゃない。
でも、気になったらすぐに見たいというのが人間だ。俺もそうだ。だから、今すぐにでも中を見たいんだ。
そうだな、やっぱり人が来ない場所がいいよな。
俺は腕を組んで思考を張り巡らせてみた。学校で人気がない場所はどこか。
すぐに思い浮かんだのは第二校舎。
しかし、あそこは文化部が使っているし、まったく人気が無い訳じゃない。
結論、駄目だ。
じゃあ同じ第二校舎でも、書庫はどうだ?
駄目だな。あそこは暗くて手紙が見えないし、絵理沙とであるリスクもある。
だからと言って、絵理沙に見られても問題ないんだけど……。
人気がなくって良い場所はどこかなぁ……。
例えばトイレは?
いやいや、普通に一人になれる場所だけど……。そこで手紙を確認とかないか。
じゃあ何処だ?
正面で黒板を消している男子生徒をじっと見ながら考えていると、その男子生徒と目があった。いや、無意識にそいつの目を見ていたらしい。
男子生徒はすぐに視線を外すと、挙動不審に咳払いなんかしていた。
俺は意識をしていた訳じゃないが、女子と目が合うとか緊張するに決まってるよな。
下手をすると、『こいつ、もしかして俺に気があるんじゃいのか?』なんて都合よく思われてしまう可能性もあるな。
男子生徒をじっと見るのはやめよう。とは思っても、俺は男だから女子をじっと見れないし……。
誰も見ればって……違うだろ。今はそんな事を問題にしているんじゃない。
このラブレターという名の紙を、どこで確認するかを考えていたんだ。
特別実験室とか……。
ない……なさすぎる。ありえない。あそこに行くくらいならここで読んだ方がましだ。
……あっ。
俺は後ろのドアから廊下に出ると、第二校舎の屋上が見える位置まで廊下を移動した。
第二校舎の屋上には人気はなく、屋上から掲げてある校旗もゆらいでいないので、風もつよくなさそうだな。
そうか、あそこなら大丈夫だろう。
俺は屋上に移動する事にした。
教室から出た俺は第二校舎へと向かう。
二階へ階段で移動して、二階の渡り廊下を渡って屋上に向かおうと思う。
なぜ一階の渡り廊下を通らないのか? それは、一階の渡り廊下を移動するとクラスメイトに屋上に行くのがばれる可能性があるからだ。
何気にだが、俺がいっぱいのラブレターを貰った事をクラスメイトは知っているからな。
俺が二階へと上がる階段へ差し掛かった時だった。ちょうど、二階と一階の間にある踊り場で、二年の女子生徒とすれ違った。
「姫宮さん!」
そして、俺はびっくりした。背中越しに女子の声が聞こえたからだ。
振り返ると、さっきすれ違ったはずの二年生が笑顔で俺に声をかけてきているじゃないか。
「え? はい?」
顔を見たが知らない生徒だ。悟の時にも接点はない生徒のはずだ。
俺に何の用事だ?
「私は二年B組の羽生っていうんだけど、ねえ! 私の手紙を読んでくれたかな?」
何だ? 手紙だと? って、もしかして今朝のあの手紙の事なのか?
あのラブレターの一つが、この羽生って子のやつなのか?
だが、俺は読んでない。うーむ……。どうしようかな。正直に読んでないと応えるべきか?
「なんだ、まだ読んでないんだ?」
どうしようか考えていたら、読んでいないのがバレた。なんて奴だ。が、読んでいないものは読んでない。だから、
「すみません」
謝った。が、羽生さんはニコリと微笑んでいる。怒ってないのか?
「ううん、別にいいよ! で、手紙には書いたんだけど、ここで率直に言うとね?」
「えっ?」
何だ? ここで手紙の内容を言うのか?
ま、まさか手紙の内容は告白とかないよな?
この羽生って子は……。お、女の子が好き系!?
勝手な妄想が暴走する。俺って駄目な奴なのか?
「こ、ここじゃちょっと!」
一応は静止しようとしたが、間に合わなかった。もう羽生さんの口が開いている。
「私は上級生だけど姫宮さんとお友達になりたいの! 体育対抗祭で貴方の事見てたら気に入っちゃったんだ! ねえ? いい? だめ?」
「えっ? お友達ですか?」
愛の告白じゃなかった……。いや、ないよな、普通に考えろ俺。
「あ、うん……。お友達だけど?」
ほら、首を傾げてるじゃないか!
「あ、ああ! そうなんですか!」
やばい、俺の勝手な勘違いだった。
そうか、あの手紙は全部がラブレターって訳じゃないのか……。と言う事は、全部がただのお手紙って可能性もあるんだな。
ちょっと気が楽なった。
で、返事だけど、ここで拒む必要もないよな。というよりは拒むと後が面倒な気がしてならない。ここは素直に受けておくか。
「あ、はい、いいですよ」
「うわ! やった! これからよろしくねー! じゃあまたねー」
女子生徒は両手を挙げて喜んで、そして嬉しそうに廊下を歩いて行った。
「ま、また~」
なんて言ってみたが、その女子生徒はもういなかった。喜んだ割には撤退が早いだろっ!
「まぁいっか……」
俺は再び階段を上る。
「綾香さん!」
二階へと上りきった所で野田さんが現れた。
「あ、野田さ……先輩」
やばい、思考でだけ『さん』づけだと、呼び名も間違えそうになる。
先輩は先輩として認識して、呼び名も先輩に統一しよう。
「どうしたんだい?」
「いえ、と言うか、野田先輩こそどうしたんですか?」
「いやいや、綾香さんこそ二階に何か用事でもあるのか?」
あっ……。そうか、そうだよな。二階には一年は用事なんてないはずだ。ごもっともな質問だな。しかし、俺は無いとは言えないし。
「え? いや、ちょっと用事があって」
「ちょっと用事?」
「はい」
「ふ~ん……」
何で目を細めるんだ!?
「た、大した用事じゃないんです」
やばい、怪しまれたか?
「まあいいか」
怪しまれてなかった?
「ああ、そうだ! 下駄箱に入れておいた手紙って、見てくれたかな?」
「えっ?」
野田先輩がまで俺の手紙を入れていたのかよ。でも何の手紙だ? まさか、部活勧誘の手紙か? ラブレターは無いだろ。
「えっと、まだ読んでないんです」
すると、野田さんは笑顔で俺の手を取った。
今日はよく手を取られる日だな。
「綾香さんとバレーが出来る日を、私は心から待ち望んでいるよ!」
「えっ?」
まさか、マジでバレーの勧誘の手紙?
「手紙の内容はバレーの勧誘と、私の自己紹介だから!」
やっぱりというか、勧誘の手紙だったのか。っていうか……。
「自己紹介って何ですか?」
野田先輩はちょっと顔を赤らめて視線をそらした。
「よ、読んでくれればわかるよ。内容はここじゃ言えないから」
俺の頬肉がひくりと動いた。
いや、その表情でここでは言えないって……どういう内容なんだよ。
「べ、別に私は女の子が好きって訳じゃないんだぞ? 本当だぞ?」
そんな事はまったく聞いてないのに、何を言っているんだ。
「そりゃ……綾香さんは魅力的な女子だけど、だからって、いくら何でも……」
だから、何の話になってるんだよ!
「い、妹は欲しいとは思うよ? だからって私たちはまだそういう関係じゃないと思うんだ」
野田よ、頭は大丈夫か? あ、あまりに言動がおかしくって呼び捨てにしちまったじゃないか!
「ま、まぁ、そういう事だから!」
どういう事かさっぱりわかんねぇけど、危ない内容だとは悟ったよ。
野田先輩は赤い顔のまま、階段を駆け下りて行った。真っ赤な顔で。
何か野木以外にも注意しなければいけない人物が増えた気がする。
こっちは実害は無いんだけどな……。
そして、ここまでに手紙の内容が二つ確定したな。
一つは羽生さんのお友達になってのお手紙。
一つは野田先輩のバレー部勧誘と自己紹介?
まぁ、まだまだ内容が不明な手紙が多いし、早く屋上に行って確認すっか。
俺は急いで屋上へ向かった。




