055 秋だ! 手紙大作戦!?
俺は何が起こったのかよく理解が出来ていない。
わかっているのは俺の下駄箱の中に大量の封筒や手紙が入ていた事。
そして、それが、いま俺の足元に散らばっているという事だ。
「な、なにこれ?」
俺は動揺のあまり、下駄箱を開けたまま硬直してしまった。そして、周囲の学生が驚きの表情で俺をみている。
「あ、綾香? 何その手紙? すごいね量だね」
横を向くと、茜ちゃんは目を点にして落ちた大量の手紙を見ていた。
「いや、意味がわかんないんだけど? なにこれ?」
何だよマジこれ? 何で手紙? これってまさかラブレター? 下駄箱に入れる手紙ってラブレターだよな? だとしても何でこの量なんだよ? 多すぎるだろ!
「おお! 綾香すっごーい! すごい量のラブレターだ!」
背後から佳奈ちゃんの声がしたかと思うと、いきなり後ろから抱き付かれた。
背中にふにゃりとした感覚が広がる。って! ちょっとまって! 背中に胸があたってるって!
夏よりは感触は薄い。ブレザーシールドが発動しているからだろう。しかし、確実に佳奈ちゃんは自分の胸を俺に押し当てている。そして、その感触がバッチリわかるじゃないか!
「か、佳奈ちゃん! 離れてよ! 離れてってば!」
「え? なんでー?」
「お願いだから、そんなに胸を……(じゃない)体を押しつけないでって!」
しかし、佳奈ちゃんはまったくもって離れてくれない。
床には相変わらず封筒と手紙が散らばったままだ。そして、周囲には生徒が集まりだしている。
このままじゃ、また俺が注目されてしまう! これ以上は目立ちたくないのに!
「えー? 何でー? で、綾香の顔が赤いんだけど、もしかして私が重いのかな? それとも、ラブレターの多さにはずかしくなった? まさかだけど、私のおっぱいが気持ちいいとか?」
そのまさかです……。なんて言えない!
「い、今は床に散らばった手紙を……」
気が付くと、茜ちゃんが慌てて床に落ちた手紙をかき集めくれているじゃないか。
「お願い! 佳奈ちゃん! 離してよ! 私も早く拾わないと!」
俺は体を左右にくねらせて強引に佳奈ちゃんから離れた。
「あ! 綾香が逃げた!」
「逃げてない!」
俺は文句を言いつつ、あわてて手紙を集めるために屈んだ。
「ご、ごめんね、茜ちゃん」
「いいよいいよ。でも、すごい量だね……」
「いや、もう何がなんだか……」
「と言う事で、はい、これ」
「あ、ありあがとう」
しまった…・・。結局は茜ちゃんにほぼ全部を拾ってもらってしまった。
「モテモテだね」
なんて言いながら笑顔で俺に手紙の束を渡してくれる茜ちゃん。
俺は茜ちゃんから手紙を受け取ると周囲の視線も気になってしまい無造作に鞄の中に詰め込んだ。
それを見ていた佳奈ちゃんは腕組みをしながらこくりこくりと頷いたいた。で、佳奈ちゃんは何を納得してるんだ!?
「やっぱりあれよね。二学期から綾香って良い意味で変わったしさ、最近目立ってるし、男子の注目も集めてるし、体育対抗祭の時の活躍とか、そのちっこくてかわいらしい見た目とのギャップがうけてるみたいだし……モテモテ納得だわ!」
モテモテに納得なのかよ!
俺は別に綾香でモテモテになってもまったく納得できないし、意味がない!
「モテモテじゃないから!」
「いや、そのラブレターの量が証明しているじゃないですか! 綾香お嬢様」
俺はお嬢様じゃねぇし!
「佳奈、ちょっと綾香をからかいすぎだよ?」
茜ちゃんの言葉に佳奈ちゃんは声を出して笑うと、俺の手を両手でいきなり持った。
「おめでとう!」
「えっ?」
「十月一日のラブレターの日に、大量のラブレターゲットおめでとう!」
「ラ、ラブレターの日?」
「うん!」
楽しそうに俺の手を持つ佳奈ちゃん。そんな佳奈ちゃんを横目に、俺は茜ちゃんの方を見た。
「佳奈、綾香はそういうのに興味が無いんだから、この学校で十月一日がラブレターの日とか知らないわよ」
「茜ちゃんは知っていたの?」
「うん……まぁ、一応ね……」
ラブレターの日だと? 何だそれは……。誰がそんな事を決めたんだよ!
十月一日はラブレターの日とか、二年間この学校に通っていた俺すらそんなのは知らないし初耳だぞ?
「そ、そんなのあったんだ?」
「うん! あったんだよ?」
「知らなかった……」
「綾香って恋愛に興味なさそうだもんね」
いや、そういう訳じゃないけど……。
「では、私が少しだけ説明しましょう!」
佳奈ちゃんが俺の手を離すと、今度は両方の腰にもってゆく。
「佳奈、こんな所で説明とかいらないでしょ」
「茜、駄目ね! こういうイベントは早く理解しておかないと駄目なんだから」
「でも、早く教室に行かないと……」
なんて茜ちゃんの心配を余所に、佳奈ちゃんのラブレターほ日の説明が始まってしまった。
俺も聞いているうちに、何となくだがそういうイベントがあったのを思いだした。
数年前に卒業した生徒たちがつくったイベントで、十月一日は告白の日にしたらしい。
なぜ十月一日なのかはよくわからないが、多分、一学期で互いを知り、夏休みで色々と遊んだりして、文化祭や体育対抗祭で協力しあって、十月に告白なのだろうか?
いや、しかし、このイベントはラブレターを好意のある人間に送るというものだ。
そう、この日のラブレターは異性ではなく、同性からもやってくるらしい。
俺は手紙をまだ見ていないが、二十通くらいはあった手紙の全部が男からだとは思えない。
きっと女生徒からもきていると予想される。
しかし、まったくもって俺には不要なイベントだ。
好きなら好きと正々堂々と言えばいいのに、イベントに乗じて告白とか……。
……まぁ……俺も正々堂々と告白は……。出来ないかもだけど。
さっき、生徒のそわそわ感が何かの日に似ていると思ったが、あれはそうか。バレンタインデーだな。
「茜! 早く下駄箱あけてよぉ!」
佳奈ちゃんの声に我に返った。そして、茜ちゃんの方を見ると、佳奈ちゃんが茜ちゃんの背中に抱き付いていた。
「ちょっとぉ……佳奈っ! やめてよ!」
「茜はどうかな? 入ってるかもよー? 見てみて!」
「え? は、入ってないよ、私はモテないし!」
「わかんないよぉ?」
「入ってないったら……」
茜ちゃんは苦笑しながら自分の下駄箱を開けた。すると、下駄箱を開けたところで茜ちゃんが固まった。
「茜? どうったの?」
佳奈ちゃんが茜ちゃんの背後から移動して、茜ちゃんの下駄箱を覗き込んだ。
「あるじゃん! 一通だけど入ってるじゃん! あれ? あーかーねー?」
茜ちゃんが顔を真っ赤にして固まっている。
って言うかさ……茜ちゃんの下駄箱に手紙があっただと?
まさか異性? 男から? いや、同性かもしれないし……。
でも手紙があったのは事実だよな……。
やばい、すっげー俺の顔が熱くなってる。ドキドキしてる。
「あかねーーーー! 戻ってこーーーい!」
佳奈ちゃんは茜ちゃんの両肩を持って揺らした。
茜ちゃんが勢いよく前後に揺れている。
「あーーーかーーーーねーーーー!」
二度、三度と揺らされた所で茜ちゃんはやっと反応した。
「え? あ! こ、これは何かの間違いだと思うんだ!」
復活した第一声がそれですか。
どう見ても、茜ちゃんの気が動転しているな。見ているだけでもすごくよくわかる。
そういう俺も動揺してるけどな。すっげー自分でもよくわかる。手に汗までかいてきたよ。
でも、もしもだぞ? もしもあの手紙が男からだったとして、茜ちゃんがそいつと良い関係になったりしたら……。俺は彼氏候補から落選!?
うわあああ! それは駄目だろ!
「と、とりあえず、すぐにその手紙の内容を見た方がいいと思うの!」
俺、何を言っちゃってるんだぁぁ! 見ても意味ないだろぉぉ!
「よかったねぇ、茜にもやっと春が来るのかぁ」
佳奈ちゃんは腕を組みながらうんうんと一人で頷いている。
茜ちゃんに春だと!? って今は来る必要はないだろ! 俺が元に戻れば茜ちゃんには必然と春が来るはずなんだ!
という事は佳奈ちゃんは知らないんだ。茜ちゃんが俺を好きだと言う事を。
茜ちゃんは、綾香にしか話しをしていないのか。
「は、春なんて……」
「春なんてどうしたの?」
「じ、自分で見つけるし!」
真っ赤になった茜ちゃんが放った言葉に、佳奈ちゃんが一歩引いた。
「えっ? それって……どういう意味?」
ワナワナと震える佳奈ちゃんは、茜ちゃんを真剣な表情で見ている。
今の言い方だと、俺が普通に聞いたら、茜ちゃんには好きな人がいるから、この手紙で彼氏なんてつくらないって意味に聞こえるよな?
「て、手紙を貰ったくらいで、手紙の差出人が彼氏とかありえないもん!」
えっ? 彼氏とかって言い切る? それにそういう言い回しだと、さっきの俺の考えはちょと違うくなるんだけど?
「ああ、裏に名前が書いてあるんだ~。ふ~ん。男子からだねぇ……」
手紙を見た佳奈ちゃんにニヤリとした。
茜ちゃんは顔をさらに真っ赤にして、その手紙を見ないで鞄に押し込んだ。
そうか、その手紙は男子生徒からなのかよ。それも相手の名前まで書いてあるのか。
そう聞いた俺の心臓はドキドキと鼓動を早める。
「そ、そう言う佳奈はどうなのよ? ラブレター入ってなかったの?」
茜ちゃんは無理に作った笑顔で佳奈ちゃんに聞いた。
その質問をされた佳奈ちゃんの表情が一気に暗くなった。
「ははは……。世の中の男共は見る目がないのよ。こんなに可愛い子がこの学校にいるのに、それもフリーなのに……。まったくね……ふう」
どうやらラブレターは入っていなかったらしい。
「おはよう、みんなどうしたの?」
ふと後方から聞こえた、聞き覚えのある事。振り返ると、そこには絵理沙の姿があった。
あれ? 絵理沙って第二校舎から通ってるんじゃないのか!? 何でここにいるんだよ?
「野木さん、おはよう」
「茜ちゃんおはよう」
「おはよう……野木さん」
「お、おはよう、杉戸さん」
佳奈ちゃん、めずらしく引きずってるな……。
「私、先に教室いくねぇ……」
そして、そこまま佳奈ちゃんは一人で教室に行ってしまった。
「綾香ちゃん、おはよう!」
俺が佳奈ちゃんに目を奪われていると、絵理沙が俺の耳元で挨拶をしてきやがった。
「お、おはよう」
俺は耳鳴りを我慢しながら、慌てて挨拶を返した。
そして、絵理沙は挨拶を済ませて満足そうな笑みを浮かべると、何気ない表情で下駄箱を開けた。
すると中には数通のラブレターが入ってういるのが見える。って、絵理沙にも入ってるのか!?
絵理沙はその手紙を無表情で取ると、そのまま鞄の中に入れた。
「先、いくね」
先ほどまでの笑みは消え、ただ顰め面になった絵理沙は、茜ちゃんと俺を追いて教室へと先に行ってしまった。
そんな絵理沙を見ていた茜ちゃんも、心配そうな表情になっている。
「茜ちゃん、私たちもいこっか」
「う、うん」
そして俺たちも教室へと向かった。




