054 衣替え
九月最大のイベントである体育対抗祭が終わり、また静かな日常が舞い戻ってきた。
早いもので俺が綾香になってから、もう二ヶ月が経過しようとしている。
最初はどうなる事やらと心配したが、やっとクラスメイトの名前も覚える事ができた。
最近は、なんとなくだが綾香としての学園生活を楽しめてる気がする。
しかし、俺は本当は男なのに、綾香として学園生活を満喫していても良いのだろうか?
そんな疑問が沸かない訳じゃない。
だが、俺はこれからも綾香として生活をしなければいけない訳だし、綾香が戻って来た時の事を考えても、俺として考えても、楽しく学園生活を送るのは悪い事じゃないよな。
学園生活を楽しまなきゃ、俺は鬱になりかねないからな。
という事で、俺は学園生活を満喫する事にしる。ただし、俺が悟として悟られないようにと、綾香はしないような事はしないように努力をするという事は忘れない。
体育対抗祭でははしゃぎ過ぎたからな。
そうそう、絵理沙は結果的には魔法世界には戻らなかった。
体育対抗祭の振り替え休日が終わり、通常の授業が再開する日、絵理沙は普段と同じように教室にいた。
俺に「戻らなくて済んだよ」とも、「ここにずっといるよ」とも言ってはこなかったが、「心配かけちゃってごめんね」なんて声はかけてくれた。
まぁ、俺は特別に絵理沙を心配をしていた訳じゃない。
あいつがいなくなればいなくなったで仕方ないと諦めもつく。が、この世界の残れるのならば、残れば良いと思う。
まぁ……邪魔ではないからな。
そして、体育対抗祭の時に出会ったあの謎の魔法使いと思われる女性には、あれからは出会っていない。
一応は絵理沙に聞いてみたのだが、何かを知っているような反応をしたものの、ちゃんとした回答を得る事は出来なかった。
しかし、何かは知っていそうだった。そういう感じがした。
まぁ、あの女子生徒が魔法使いだと想定すれば、絵理沙が知っていてもおかしくはない。
しかし、うちの制服を着ていたのに、うちの生徒ではなかったみたいだし、あいつは何であそこにあんな格好で立っていたんだろうか?
ここは不思議でならない所だ。
ちなみに野木には聞いて無い。というか、実験室には行ってない。
あの部屋に入ると色々と穢される気がするからな。
あいつは躊躇なく俺の胸とか腰とか触る。
一応は教師の癖に、元は男子とはいえ、現在は女子になっている俺様を触りまくるとか駄目すぎるだろ。
セクハラだ! セクハラ!
そんなこんなで、なんとか綾香として普通に生活を送っている俺だが、しかし、色々と問題も無いわけじゃない。
最近気がついた難題は、中身は完全なる男だから発生した問題だったりする。
そう、俺は女子的なトークがまったくできないのだ。というか理解ができない。
まぁ、恋バナはまだましだ。経験値はないが、ある程度は話についてゆける。しかし、化粧の話やおしゃれ関係の話なんてまったく理解ができない。
俺は男のファッションすら理解できないのに、女性のファッションを理解しろと言う方が無理難題だ。
最近になって「シュシュ」というものが、髪を纏めるものだと理解したばかりだ。
それまでは、何の事だかさっぱりだった。想像では食べ物かと思ってた。シュークリームの親戚だと思っていた。これはマジだ。
あれだな、俺が女子的トークを繰り広げられるレベルになるには時間が必要だな。
「綾ちゃん! もう時間よ~」
っと……。しまった! 朝っぱらから考え事をしてたらこんな時間じゃないか。
綾香の姿で遅刻をするとか駄目だろ。急いで着替えよう。
「大丈夫だよ~! いま着替えてる!」
俺はクローゼットを開きながら、ふとベットの横の壁をみた。
そこには可愛らしいピンク系のふわっとした絵のカレンダーが貼ってある。
下は日にちや曜日があり、上は絵という普通の感じのカレンダーだ。
そして、そのカレンダーは十月になっていた。
そう、今日から十月だ。
十月一日からは衣替えで、今日から紺のブレザーを羽織る事になる。
開いたクローゼットの中には、クリーニングのビニールの被せてある、紺色のブレザーがあった。
ほんとんど使用されていないそのブレザーは、見た目も新品に近く、着るのがもったいないくらいだ。
でも、そんな事は言っていられない。
俺は早速クローゼットから紺色のブレザーを取り出して羽織ってみた。
胸のリボンとブレザーを整えて姿見の前に立ってみる。
姿見に映る俺の姿というか、見た目は綾香のブレザー姿。
まったく、これが俺の姿かよ! と今だに疑ってしまうほどに綾香にそっくりなその姿。
そして、ブレザー姿の綾香もやっぱり可愛かった。
本当ならば鏡越しでこの姿を見るのではなく、本当の綾香がこの制服を着ている姿を、悟として見てみたかった……。でも、今は仕方ない。自分の姿で納得しておこう。まぁ、綾香は生きてるんだし、戻って来れば見れるからな。
俺は自分にそう言い聞かせると学校に向かった。
「今日は良い天気だよな……」
玄関を出ると、朝の眩しい光が俺を包み込んだ。
そんな日差しを受けながら、空を見上げる。
今日は本当に良い天気だ。そして、雲一つな……。
……いや、あった。よく見ればあった。
が、しかし、雲は数個あるけど、取り合えず良い天気だ。
秋晴れ。そう、これこそが秋晴れという奴なんだな。
俺は田園の中を自転車を漕いで学校へ向かう。そして、何事もなく学校の駐輪場へ到着した。
自転車を指定の場所に置くといつもの様に下駄箱へと歩きだす。
すると、俺は何かの違和感を感じた。
何だろうか? 何だか周囲の生徒の感じがいつもとは違う感じがする。
これは生徒がみんなブレザーを着ているからか? 冬服になったからか?
サマーベストをみんなが着ていた時は、サマーベストが白色だったせいもあって夏のイメージが強かった。が、やはり紺色のブレザーになると秋になったんだなと感じる。だからか? だから、俺は何かが違うと感じるのか?
いや……そうじゃない。そんな事じゃない。
生徒の表情がいつもと違う。なんだか、生徒がそわそわしているように見えるんだよな。
そう、こういう感じの日を俺はなんとなく見た事がある……。いつだっけ……。
俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと下駄箱へと歩きながら周囲を見ていた。
やっぱり生徒がそわそわしている。何かイベントでもあるのか?
そして、あと少しで下駄箱という時だった。下駄箱の入口で茜ちゃんの姿を見つけた。
いつももっと早い時間に登校してるはずなのに、なんでこんな時間に?
「茜ちゃーん! おはよう!」
俺は少し大きめの声で茜ちゃんに挨拶をしてみた。
すると茜ちゃんはすぐに俺に気が付いて手を振りながら挨拶を返してくれた。
「あ! 綾香、おはよう!」
おお、ブレザー姿の茜ちゃんもかわいい。とても似合ってるなぁ。
しかし、ブレザーの残念な所は、胸部が目立たないとこか。
茜ちゃんは普通に胸もあるんだが、ブレザーを着ているとそれが強調されない。
そう考えると夏服万歳だよな……。
俺は視線を下げて、自分の胸部を見た。
俺なんてぺたんこだよ。ちょとはあるのに……。
綾香、頑張れ……。大丈夫、頑張れば成長だってする! って……どうやって頑張るんだろうな?
胸が大きくなる方法?
よく聞くのは、牛乳を飲む事だな。
俺は牛乳は嫌いじゃないし、明日の朝からは毎日のむか。
で、あとは……マッサージ?
胸のマッサージがいいと聞いた記憶があるけど……。やり方がわからん……。
今度絵理沙にでも聞くか。胸をでかくする秘訣を。
あいつになら、聞いても別に恥ずかしくないからな。
茜ちゃんとか、真理子ちゃんになんて聞けるはずないし。
しかし、茜ちゃんは可愛いな。ブレザー姿が眩しいよ。
この子が俺の事が好きだなんて、今でも信じられない。
出来る事なら、早く悟に戻って茜ちゃんに告白されたいな。そして、一緒に登校とか、一緒にファーストフードとか、一緒に夜を……いや、高校姓ではまだ早い。
しかし……やばい、俺ってけっこうエッチなのか。
いや、男たるもの、エッチでなくてどうする!
男子高校生はエッチなのが仕事なんだ! ……それは違うな。
でも、帰りに一緒に何処かに行く事くらいは……大丈夫だよな?
いや、茜ちゃんは部活に入ってるから無理か?
うーむ……。女子と付き合った事がないからまったくどうすればいいのかわからん!
「綾香、どうしたの? 考え事?」
「ひゃっ!」
顔を上げると、俺の目の前には茜ちゃんがいた。
俺は考え事をしている間に下駄箱の入口までやって来ていたらしい。
「どうしたの? 顔が赤いけど?」
「あっ、え、ええと、いいや別に大した事ないよ?」
「そうなの? 何かこう、深刻に考えてたように見えたんだけど?」
そう言われて、まさか悟に戻ったら君と何をしようかを考えていたとか言えるはずないだろ!
ここは話題を変えるべきだな。
「いや、そんな事はないよ? それよりも茜ちゃん、今日は遅いね? どうしたの?」
茜ちゃんはハッとした表情で左右をキョロキョロと見渡して苦笑した。
「えっとね? 実はブレザーをどこに仕舞ったのか忘れちゃってて……」
そう言いながら、顔はすこし赤くなっている。
「私ったら……すっかり衣替えを忘れてて……」
ぺろっと舌を出す茜ちゃん。いや、マジ可愛い。
「茜ちゃんでもそういう事ってあるんだね。すごく几帳面かと思ってた」
マジでそう思ってた。
「わ、私は別に几帳面じゃないよ? 部屋だって……あまり綺麗じゃないし」
「そうかな? いつもちゃんとしてるし、私よりも几帳面だと思うけど?」
「でも、綾香の方が几帳面だと思うよ? すっごく部屋とか綺麗にしてるし」
「えっ? ああ……」
確かに綾香の部屋は綺麗だよな。でも、あの部屋は本物の綾香が綺麗にしてただけなんだよな……。
そして言っておこう! 俺の部屋は汚い!
綾香の部屋は、汚くしておくと、綾香が戻ってきた時に怒られそうだし、あの状態を維持しなきゃ駄目だと思っているだけなんだ。
「普通だよ。綺麗って程じゃないよ」
茜ちゃんは首をフルフルと振った。
「綺麗だよ! 私の部屋よりずっと!」
「そんな事ないって、じゃあ、今度茜ちゃんの家に遊びに行こうかな」
ってドサクサに紛れて俺は何を言ってるんだろう。
いやしかし、よく考えれば、俺は茜ちゃんの家の場所すら知らない。
綾香は知っていたのかな?
「えー! 駄目! 絶対駄目! 来ちゃだめ!」
茜ちゃんは首と右手を左右に振りながらおもいっきり拒んだ。
そんな俺にに来て欲しくないのか? 俺が、いや、綾香が嫌いなのか? いやそれはないよなぁ……。
じゃあ純粋に来て欲しくないのか? という事は本当に部屋が散らかってるのか?
でもまあここまで拒むんだし、意地でも遊びにいきたいとかやめとくかな。
「わかったよ。そんなにムキにならなくっても大丈夫だよ」
「でも……綾香にそんな残念そうな顔をされちゃうと……。えっと、そ、そのうち呼ぶから! ね?」
茜ちゃんがすごく申し訳なさそうに俺に言った。
俺ってそんなに残念そうな顔をしてたか? そんなつもりはなかったんだが。
まぁ、部屋に誘ってくれるのなら、それはそれでいっか。その日を楽しみに待っておこう。
「ああ、そういうつもりはなかったんだけど、うん。楽しみに待ってるね! 遊びに行けるの!」
「うん!」
俺たちはそんな話をしながら自分の暮らすの下駄箱まで歩いた。そして、俺はいつものように自分の下駄箱を開けた。そして、俺は自分の目を疑った。
下駄箱を開けたら、いきなりカラフルな封筒や手紙が飛び込んできたのだ。
「えっ? な、なにこれ?」
そして、そのカラフルな封筒や手紙が、いきなりバサバサという激しい音とともに下駄箱から床に落ちてゆく。
「な、何だよこれ!」
あっと言う間に、俺の足元には、カラフルな十数通の手紙が散らばったのだった。




