050 騎馬戦
土煙がグラウンドに上がる。そんな中を真っ直ぐに敵陣に飛び込んだ俺たちの騎馬。
俺は思わず頭を下げて帽子を押さえた。
大二郎は「うぉぉぉ」と吼えながら凄まじいスピードで中央を突き抜けてゆく。
「こら大二郎! 作戦はどうした!」
野田さんが大二郎に怒鳴った。
そりゃそうだ。いきなり敵のど真ん中に突っ込むとかありえない行動だ。
「これが作戦だ! 突き抜けたら右に旋回して敵陣の裏にまわるぞ! 取りあえず敵の騎馬をぶっ潰しまくる!」
「それって話し合った作戦じゃないだろ!」
野田さんは顔を真っ赤にして怒鳴っている。が、大二郎の思惑通りに騎馬を操ってくれている。さすがだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! ぶっつぶすぅぅ!」
大二郎が鬼神のごとく、凄まじい勢いで敵騎馬の背後から突っ込むと、目の前の敵騎馬が崩壊した。
瞬殺というのはこの事か……。
そして開始から一分が経過した。
この騎馬は強かった。突っ込んで潰すのは当たり前で、迫り来る騎馬をも次々に潰してゆく。そして、俺は敵の帽子を一つも取ってない。
俺の意味って何なんだ!?
「うぉぉぉ!」
大二郎がまた騎馬を潰した。これで7個はつぶした。
もはやこの騎馬は暴走騎馬だ。追っかけられた騎馬は逃げ惑っている。
しかし、確かに潰すのはいいかもしれないが、これじゃ点にはならない。相手から帽子を取らないと得点にはならないんだ。
4組対抗で入り乱れる騎馬戦の場合は、潰すのも大事だが点を取るのも大事だ。
そろそろ敵の騎馬も少なくなったし、帽子を取らなきゃ意味がない。
「清水先輩! 私に帽子をとらせて下さい! 相手の騎馬をこれ以上は潰さないでください! 敵の帽子を取らないと得点にならないですよ!」
「お? そうなのか? わかった!」
そうなのか? って……やっぱりルールを知らなかったのか?
「くす」っと笑い声が聞こえた。
見れば、野田さんがと正雄が今の大二郎の反応を見てすっごく楽しそうな顔をしているじゃないか。
まぁ、楽しいな。俺も楽しい。
「先輩、右です!」
「おうよ!」
俺の指示で騎馬が動く。見事に動く。
そして、突っ込んできた相手を素早く右に躱すと、そのままUターン。
「貰ったぁぁ!」
なぜか掛け声は大二郎だった。
俺は黙って手を伸ばす。そして、まず一つめの帽子をゲットした。
続けて二つめに向かう。
騎馬が安定しているお陰もあって順調に二つの帽子をゲット。
「おい、綾香、囲まれたぞ?」
不敵な笑みを浮かべる大二郎。囲まれて嬉しそうに見える。
「そうですね」
「で、どうする綾香」
で、俺はずっと気になっている事がある。
「あの、何で私を下の名前で呼ぶんですか?」
そう、名字で呼べと言ったのに、ずっと名前で呼ばれている。
名前を呼ばれるのは嫌じゃないが、変な噂になるのは嫌だ。やめて欲しい。
「えっ? 俺はお前のOKを貰って……」
超絶勘違い野郎め。
「私は姫宮って呼んでいいって言ったんです。綾香って呼んでいいとは言ってません!」
「おい妹! 横だ!」
俺たちを囲んでいたうちの一つの騎馬が突っ込んできた。
それを合図に残りの4騎も突っ込んでくる。
「誰かフォローしろよ!」
正雄が叫んだ。が、誰も来ない。
周囲を見渡したらB組の騎馬が消えていた。
「あれ? B組の騎馬は!?」
まさか俺たち以外は全滅?
「綾香っ! 左横だ!」
ドンっと体当たりされて騎馬が揺れる。しかし騎馬はしっかりと耐えた。
逆に突っ込んだ騎馬が崩れそうになっている。
そんな崩れそうな騎馬に乗っていた1年男子が、懸命に俺に手を伸ばしてきた。
「清水先輩! スピードを出して左斜めに移動して!」
「おう!」
騎馬はすごい勢いで敵騎馬を振り切る。そしてバランスを崩す騎手。
「ブレーキです!」
「おう!」
「反転です!」
「了解!」
すごい! 命令通りに動く。
「突っ込めぇぇぇ!」
「うぉぉぉ!」
こちらの騎馬はすごい勢いでさっきの敵騎馬に突っ込んだ。
そして騎馬が崩れる前に、俺は帽子をゲットした。これで三つだ!
俺の快進撃は続く。
四つ!
五つ!
よし、作戦もうまくいってる!
そろそろ時間も終わりだろうし、このまま逃げ切ればB組は……。
「先輩、このまま逃げ切りです」
「おう!」
と大二郎から返事がきたお思ったら、いきなり左右から同時に衝撃がきた。
「おい! 左右から二騎が突っ込んできやがった! 特攻かよ! この騎馬をつぶす気だぞ!」
正雄が叫んだ。そしてその表情は苦痛に歪んでいる。
野田さんも険しい表情で攻勢に耐えている。
「振り切って下さい! 前にっ!」
しかし、前からも敵の騎馬がきた。
「まさか、無理心中か!」
大二郎が叫んだ。
ちょっと意味が違うと思うけど、だいたい合ってるかも?
そう、この騎馬戦のルールは特殊だった。
それは騎馬が潰れれば取った帽子の点がなくなるという事だ。
だから、この騎馬を潰せば五点が入らなくなる。
この騎馬と、得点を取ってない騎馬とで相打ちさせて得点を取らせない作戦を相手は決行してきたのだ。
「俺様がそう簡単に潰れるかよ!」
大二郎は右方向へと方向転換をして、前から突っ込んで来た騎馬に抵抗している。
俺に、今できるのは衝撃で落馬しないようにするのと、帽子を取られないようにする事だ。
流石に3騎を相手に帽子を取るのはきつすぎる。
「綾香は俺のものだぁぁ!」
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!」
大二郎は訳のわからない叫びと共に前の騎馬を押しつぶす。俺も思わず反応してしまった。
そして、ついに前から来ていた敵の騎馬が一旗ほど崩れた。
騎乗している男子が騎馬から落ちてゆく。
「いいぞ大二郎!」
「危ない! 姫宮妹避けろ!」
正雄の声がした瞬間に俺は後ろを見た。
後ろにもう1騎いた!?
背後から高速で迫った騎馬。
不意打ちだ!
正雄と野田さんの背中に衝突すると、同時に男子生徒が俺に向かってダイビングしてきやがった。
捨て身だと!?
こんなの避けられるはずねーだろ! 卑怯すぎるぞこいつら!
「うらぁぁぁあ!」
ダイビングしてきた男子の表情が俺の視界に飛び込んだ。
そして、まるでスローでもかかったかのようにゆっくりと男子生徒が俺に向かってくるのが見える。
体は反応しようとするが、動かない。思考だけが先行している感じになっている。
やば……このままじゃ。
「貰った!」
ついに俺の上に男子生徒が覆い被さった。そしてそのまま俺の体操服を引っ張られ、反動で野田さんの手が外れた。
「うっ」
思わず小さな声が漏れた。そして、同時に騎馬がバランスを失って崩れる。
「あ、綾香ぁぁぁ!」
大二郎の声が聞こえた。
その時、俺の頭上には地面が見えていた。
あっ……これ……マジやばい。
俺は今、バランスを崩して後頭部から地面に落下している。
このままじゃマジで地面に頭から落ちる。
受け身を取らなきゃ……。
受け身を……。
ダメだ……俺の体操着を持った男子生徒が邪魔で受け身は取れ……ない……。
《ゴン……》
鈍い音が脳内に響いた。それと同時に目の前が真っ暗になった。




