047 俺的危機 中編
俺の胸を無許可で牛島が触りやがった。
そして、俺の前蹴りが牛島の腹に見事に入った。
俺の胸を触るとかいい度胸してんじゃねぇか!
「うごふっ!」
俺の蹴りを受けた牛島は、腹を抱えて苦しそうに唸りながら地面に倒れた。ざまぁみろ。
「こ、こいつ! なにしやがるんだ!」
「お前らがいきなり胸を触ったからだろうが!」
くそっ、腹がたって言葉の制御もできないじゃないか。
でも、思考は冷静なはずなのに……何でだよ。
くそ頭が熱いぞ。駄目だ……もう我慢ができねぇ。
「牛島がちょっと胸に間違って触れただけだろうが! そんな事で怒るなよ!」
「間違った? 何が間違っただ! それとな、女の胸をちょっとでも触れていいと思ってるのかよ!」
「はぁ? だから事故だって言ってんだよ!」
「あれが事故だと? 故意に触っておいて事故とかあるか!」
俺は怒りに震えながら右拳に力を込めた。が……。
「よしっ!」
「なっ?」
ぎゅっと体が締め付けられる。
背後からいきなり羽交い締めにんされてしまった。顔を向ければそこには川間がいるじゃないか……いつの間に。
「な、何だよ! ちょ、ちょっと! 放せよ!」
「誰が放すか!」
そしてそのまま俺は空中に吊り上げられた。
「ほらっ! これでどうだ!」
「放せって言ってるだろ!」
懸命に足をジタバタと動かすが、かかとで少しのダメージを与えるだけで精一杯だ。羽交い締めを外すレベルの攻撃が出来ない。
やばい……このままじゃ……。くそ……。
どうする? どうすればいいんだよ……。
『騎馬戦に出場する生徒は校庭まで集まってください』
ノイズの混じった校内放送が流れた。
ハッとして時計を見ると、騎馬戦の集合時間まであと10分に迫っているじゃないか。
「私、騎馬戦に出るんだよ! だから放せよ!」
「はぁ? 騎馬戦だと? お前みたいなチビが出ても仕方ないだろ?」
「でなきゃ駄目なんだよ! 放せって!」
「どうしようかな? じゃあ、まずは牛島に土下座で謝って貰おうか?」
「えっ?」
土下座? 何でだよ? 何で俺が土下座しなきゃ駄目なんだよ?
俺は吊り上げられたまま地面を見る。
そこにあるのは茶色い土と無数に転がる小石。
校庭とは違い、小石の混じる汚い土が俺の足元に広がっていた。
「どうするんだよ? 間に合わなくなるぞ?」
くそ……でも……俺は茜ちゃんと約束したんだ。騎馬戦に出るって……。
謝って許してくれのなら……謝る……しか……ない。
「わ、わかった……」
少しだけ羽交い締めが緩んだが、すぐにまた強く閉められた。
「な、何で下ろしてくれないんですか? 謝るって言ってるじゃないですか」
「いや、下ろす前に言っておくだけだ」
「何をですか」
「もし逃げたら、ずっとお前に粘着するからな? 虐めるからな?」
俺の心臓の鼓動が早くなった。これは緊張からだ。
こいつら俺に脅しをかけやがった。なんて奴だ。
もうここまで来たら、下ろしてもらった瞬間に攻撃するのもありか?
……いや、待て。ここで俺が暴れたら、綾香が困るんじゃないのか?
くそっ……綾香が戻ってきた時の事を考えると……暴れるのは駄目か。
「わかり……ました……」
俺の足がゆっくりと地面についた。そして羽交い締めが解かれる。
「ほら、牛島が痛いって言ってるぞ? 謝れよ」
ニヤニヤと微笑む三人。腹が立って三人の顔が見れない。見たら殴りそうだから。我慢だ。我慢……。
「謝ればいいんですよね?」
「そうだ」
「ほら、土下座しろよ」
俺はゆっくりと両膝を地面につけた。
小石が肉にめり込むのが解る。痛みが正座した足から脳へと伝わる。
「ほら、座るだけじゃ駄目だろ? 謝れよ? 土下座だぞ?」
ゆっくりと両手を地面についた。
冷たい地面の感触と、手の平に食い込む小石の痛み。
何でだろう。体が震えだした。小刻みに俺の体が震えだした。
弱い立場の人間って、こんなに酷い目にあう事があるのかよ。女ってこんなに弱いのかよ。
こんなに酷いやつらが俺と同学年にいたのかよ……。
俺は色々な事を知らなかった……。くそっ……。
「何だよこいつ? 泣いてるのか?」
「バカだよな? 俺たちに反抗するからこうなるんだよ」
「俺は泣いても許さねぇからな? こいつに蹴られた腹、すっげー痛かったんだからな」
俺の意志とは関係なく目から水が溢れだしていた。
悔しい。何でこんな奴らに……好きにされてるんだ。俺はぜんぜん悪くないのに……。
綾香の格好じゃなきゃこんな三人なんかに負けやしないのに。
でも……これが綾香じゃなくって良かったって思わなきゃ駄目んだよな。
そうだよ。俺でよかったんだ。俺でな……。
「ほらほら、早くしろよ!」
牛島が怒鳴る。頭に怒鳴り声が響く。
そして俺の頭をぐっと地面に押しつけようと力を込めやがった。
「やだっ……やっぱり謝りたくない……」
俺は必死に抵抗してしまった。こんな奴らに屈服するのが嫌だった。
「じゃあ、お前に粘着決定な?」
大和田の言葉に俺の心臓が跳ね上がった。全身に寒気が走った。
「今度はお前の下駄箱に虫でもいれといてやるかな」
川間の言葉に背筋が凍った。別に俺がどうなるのがいやな訳じゃない。
俺の脳裏には綾香がいじめられるシーンが浮かんだんだ。
「謝れよ!」
牛島にぐいっと力を込められた頭は重力に逆らう事なくそのまま地面までたどり着いた。
「うぅ……くっ……ぐすっ……」
また感情が高ぶって涙が溢れる。
こんな奴らに謝まっている俺が悔しい。
でも、自業自得かもな。サボろうとするから罰でもあたったんだよな……。
「早くあやまんねーからだろうが! ゴメンナサイはどうした!」
我慢だよ……我慢すればいいだけだ……。
「ごめんなさい……」
振る声で謝った。すると三人の男子の笑い声が聞こえた。
俺はもう一度俺に言い聞かせる。
これは俺の招いた結果なんだ。俺がこの格好だから、綾香だからこんな事をされた訳じゃない。単純に体育対抗祭をサボったからこうなったんだ。
体育用具倉庫に行かなかったらこんな事にはなってなかったんだ。
誰を恨んでも駄目なんだよ。
そう、俺のせいなんだ。俺が我慢すればいい。それで全て終わる。
「謝ったから……もう行ってもいいですか?」
「駄目だね」
「えっ?」
俺は慌てて頭を上げた。
すると、三人にいやらしい笑みで俺を見ている。
「いっしょにあそこの中でサボろうぜ?」
牛島が指差したのは体育用具倉庫だった。
そして、俺はこの三人の視線が胸や太股にきている事に気が付いた。
こ、こいつら……最低だ。何を考えてやがる!
「ほら、立てよ」
無理矢理に手を引っ張られて立たされる。抵抗するが、所詮は男子レベルの力だ。三人に敵うわけがない。
俺の体は強制的に立たされた。足や手の平からは肉にめり込んでいた小石が地面に落ちている。
「やめろよ! お前らなに考えてんだよ!」
「何だ? おまえさっきから男口調だよな? もっと女らしくしろよ。ちょっとは可愛いんだからよ」
そう言いながら俺を抱き上げる大和田。
抱き上げられると抵抗すら出来ない。やばい、マジで絶体絶命だ。
このままじゃ……俺はエロ漫画みたいなエッチな事をされる!?
体に寒気がまた走った。
「せ、先生に言うぞ! 黙ってて欲しければ放せ!」
「別にいいよ? ただし、お前の裸の写真をネットにばらまくけどな?」
「なっ!?」
まさか、そういう脅しがくるとは……。女に対して有効な脅し。
そういう脅しは漫画だけかと思ってたのに……。マジで使う奴がいるなんてな……。
背筋が凍った。さっきは熱くなっていた顔が一気に寒くなった。
悔しさとは別の意味で体が震える。
体がリズミカルに男の腕の中で跳ねる。
ゆっくりと体育用具倉庫に向かう。
やばい……このままじゃマジでやばい!
「は、放せって!」
「黙れ」
そうだ、助けを求めれば!
「だ、誰か! 助けてくれ! だれ……むぐぐぐ!」
俺の叫びは男のでかい手によって潰された。




