046 俺的危機 前編
体育対抗祭の午後の部が始まった。
午後の部は午前の部よりも多数の競技が行われる。そして補欠の出番も比較的多くなる。
俺はそんな午後の部を人目につかない体育用具倉庫の中で休む事にした。
その理由は簡単だ。
一つは午前のバレーで疲れたから。
体力は戻ってきたが、どうも本調子にはまだまだ遠い感じがする。
そして、もう一つは午前の部の教訓からだ。
教訓とは、補欠は欠員が出た競技の近くにいる奴が強制参加させられると解ったからだ。
でも、補欠はそういう役割だから仕方ないんだけどな。
ともあれ、俺はもう騎馬戦以外には出たくない。駄目な奴と言われても出たくないものは出たくない。
よって、補欠で他の競技に参加させられない為にも目立つ場所にいないと決めた。
なんて考えている間に体育用具倉庫に到着した。
俺はここを休憩所と呼んでいる。
それにしてもここに来るのは久しぶりだ。
綾香になってからはここには全く来なくなったが、悟の時はよくここで授業をサボっていた。
そう、俺も一応は不良だったからな。赤点になりそうな授業以外はここでサボっていたんだ。
「よいしょっと」
俺は体育用具室の鉄製の扉を開いた。開くと中から埃っぽい空気が流れ出てくる。
体育用具倉庫の広さは十畳くらいで、少々埃っぽい空気が充満しており、中には石灰が散乱していてぶっちゃけ汚い。
奥には競技用のマットが置いてあり、床はコンクリートむき出しのコンクリート。
汚れを我慢してそこに横になれば、ひんやりした感覚がダイレクトで体に伝わるので、夏なんかはそこにいると心地よかったりする。
そしてこのボールの皮のすっぱい匂いが鼻にくるんだよな。
普通の女子なら絶対に好まない場所。それがこの体育用具室。だが俺はこの場所が結構好きだった。
「よっこらせっと」
俺は競技用のマットの上に仰向けに転がった。
しかし、毎回の事だが体育用のマットは固くていまいち落ち着けないよな。まぁ、もともとマットは寝具じゃないし、贅沢は言ってられないが。
そうそう、昼休みの終わりに茜ちゃんが教室に戻ってきた。
茜ちゃんの足首には包帯がぐるぐる巻き。松葉杖をついていた。
まさか骨折なのかと心配になって聞いてみたら、酷い捻挫だったらしい。骨には異常ないらしいけど、無理したから結構腫れたみたいだ。
まったくもう……女の子が無理なんかしちゃ駄目だろ?
でも、そのお陰でバレーが勝てたんだけどな……。
俺は隙間から差し込む太陽光にきらめく埃をじっと見ていた。
まるでダイヤモンドダストのように綺麗……ではないな。埃だし。
…………。
しかし、一人でぼーと体育用具入れの中で待っているのも疲れるな。
まだ10分もいないはずなのに飽きた。
いつもなら寝ちゃうんだけど、今日は騎馬戦の開始時間前にはここを出ないといけない。だから寝る訳にはいかない。
…………。
暇なので茜ちゃんとのデートの妄想してみる。しかし、うまく妄想できない。
俺のデート経験の無さのせいか?
今度は絵理沙の揺れる胸を思い出し、朝の生見えブラを脳裏に思い浮かべた。
なのに何でだろう? 野木に触られた胸の感覚を思い出してしまった。そしてちょっとエッチな気分になってしまった。
………………ちょっと胸を揉んでみた。ちょっとだけね。
…………気持ちよくはなかった。
「って! 何で俺が体育倉庫でもんもんとしなきゃ駄目なんだよ! アホか俺は!」
俺は起き上がって背伸びをした。
もう結構な時間が経過したはずだよな?
騎馬戦って確か最後だったし、確か午後2時30分からだったよな? 今は何時だろう?
俺は体育用具入れの小さい窓からは校舎の外壁にかかる丸い時計を見た。すると時計は1時50分をさしている。
結構いい時間になってたんだな。という事はもうすぐ集合か?
よし、ここに一人でいるとすごく健全でない事をしてしまいそうだし、そろそろ行くか。
俺は乱れた体操着をきちんと直すとマットを三つ折りに畳んだ。そして体育用具倉庫を出ようと扉に手をかけた時だった。
《ギギギ》という金属音と同時に扉を少し開いたじゃないか。
「えっ?」
俺は思わずドアから離れた。
何だ? 誰かが外から扉を開けたのかよ?
「午後はこの中でサボろうぜ」
外からは男の声が聞こえる。それもこの中でサボろうとか言ってやがる……。
「おい、あいつまだかよ?」
「もうすぐ来るって」
誰かが来てないから入ってこないのか? という事は、いまのうちに脱出しないとまずいな。
俺はドアを30センチほど開けて勢いよく飛び出した。
すると、いきなり男子生徒にぶつかって尻餅をついてしまった。
「痛ってぇぇ! 何だよ? 中から何かが飛び出したぞ? 誰かいたのかよ?」
目の前で尻餅をついた男子生徒。というか……こいつら全員が俺の知ってる奴じゃないか。
この三人は3年D組の大和田、川間、牛島、通称3馬鹿3人組だ。俺と同じでちょっと不良な奴らだ。
やばい、こういう奴らは相手をするのは時間の無駄だよな。早くこの場から立ち去ろう。
「えっ?」
立ち去ろうとした俺の左腕が誰かに捕まれた。
振り返ると、そこには大和田がいるじゃないか。掴んだのはお前かよ!?
「おい、お前1年だろ? 上級生に体当たりして逃げるのかよ?」
「逃げるって……違います。ぶつかったのはごめんなさい」
謝ってみたが手を放してくれない。
そして、大和田の後ろでは、先ほど尻餅をついた川間が立ちあがった。
「痛てぇなぁ……まったく……で、お前こんな所で何してたんだよ?」
川間はそう言うと俺の近くに寄ってきやがった。
「ちょっと用事があって来てただけです。さっきはぶつかって本当にごめんなさい」
もう一度謝ったが、それでも手を放してくれない。何だこいつら?
「マジで痛かったぞ? って……」
「えっ? な、なんですか?」
川間が俺をじっと覗き込む。というか顔が近いぞ!? 近いって!
「おい、こいつ悟の妹じゃないか? そうだよな?」
こいつら綾香を知ってるのか?
「そ、そうですけど、それが何か?」
「やっぱりな? で、おい、悟は見つかったのかよ? 行方不明なんだろ?」
何だ? 俺の心配をしてくれてるのか?
「まだですけど……」
「そっか、まぁ見つかればいいな」
「はい……」
しかし、いつになったら手を放してくれるんだよ?
「そろそろ私、行ってもいいですか?」
「ん? 駄目だ」
「何ででしょうか?」
「だから聞いてるじゃないか。この中で何をしてたんだよって?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる三人。きもい……。
「だから用事だって言ってるじゃないですか」
「どんな用事だよ? 言ってみろよ」
くそっ……めんどくせぇな……。もういっそぶっ飛ばすか? こいつら無防備だし、逃げるくらいは簡単だろ。
でも下手に綾香の姿で暴れると、綾香が戻って来たときに問題があるしな……。くそ。
「先輩には関係のない用事です」
「何だよその顔? なにムッとしてんだよ?」
「……手を放してくれないからです」
俺が大和田に文句を言っていたら、いきなり俺の頭の上に手が乗ったきた。
振り返ればそこには川間の姿がある。
「それにしてもお前ちっこいねぇ? もしかして中学生なんじゃないのか? いや小学生か? ここは高校だぞ? あははは」
やばい……頭に血が上る。すっげーぶん殴りたい気分だ。
でも我慢だ。押さえろ……。ここで切れてもメリットないじゃないか。
俺は目を閉じてぐっと口を閉じた。そして深くゆっくりと深呼吸をする。なんとか落ち着こうと努力した。が、
「おい、お前ってぜんぜん胸ねぇな?」
むにゅっと胸に触られた感覚が俺の脳に伝達された。
慌てて瞼を開き、下を見ると、俺の胸に牛島の手がのっている。
「いや、思ったよりあるじゃないか」
「マジ? 俺も触っていいかな?」
こいつら最低だ……。女子の胸とか平気で触っちゃ駄目だろ?
ここで普通なら悲鳴なんだろうけど……。
「誰の許可を得て触ってやがる!」
俺は思わず牛島に前蹴りを喰らわせてしまった。




