045 昼休み
野田さんに強引につれて行かれた保健室。
俺は元が男の肉体だったおかげか軽い打撲という診察結果を受け、茜ちゃんより先に保健室を後にした。
もちろん野田さんも保健室に残った。
診察中に野田さんが腕を組み、そわそわしながら俺を凝視していたので、騎馬戦も大丈夫とのお墨付きは先生に貰っておいた。
後から追っかけてきて、「騎馬戦は出るんじゃないぞ?」とか言われても困るからだ。
準備万端で保健室を後にした俺だったが……。
「綾香さん! ちょっと待って!」
野田さんが追っ手きた。なんで?
俺が立ち止まって振り返ると、少し赤い顔で俺の耳元に顔を寄せると、口に手をあてて「さっきの私は秘密だからね?」なんて言ってきたじゃないか。
「あっ? えっと……わかりました」
「よろしくな? 本当に内緒だからね?」
そう言い残して野田さんは保健室へと戻って行った。
でも、俺的にはあの野田さんはずごく可愛いと思うし、もっと自分を出せばいいのにと思う。茜ちゃんだってきっとそう思ったんじゃないのか?
しばらく廊下を進むと、前方から生徒がいっぱい歩いてくるのが見えた。
先ほど保健室に向かうときにはまったく生徒はいなかったのに……。
もしかしたら、昼休みに入ったのか? なんて思いながらも、とりあえずは廊下を直進で進み、体育館に続く渡り廊下へと向かった。すると、
「あ、綾香ちゃん!」
絵理沙の声が聞こえた。
「はぁはぁ……ど、どこにいたのよ!」
振り返れば、絵理沙は息を切らしながら体全体で息をしている。というか、いつ俺の背後を取った? 俺はお前が横を通過したのを見てないぞ?
「探したんだから~」
絵理沙の額は汗でびっしょりになっていて、腕や足も汗で光っていた。
こいつ、俺を捜し回っていたのかよ。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。
「ごめん。保健室にいってたの」
「保健室?」
「うん。茜ちゃんと一緒にね」
「ああっ! そうだ! どうだったの? 体は大丈夫だったの? まさか子供の産めない体になってないよね?」
ちょっと待てっ!
「俺は子供は産まないからな!」
「あ、綾香ちゃん……声が大きいよ」
周囲を見れば注目の的だった。
一気に熱くなる俺の頭。背中。手足。
「ちょ、ちょっと来てよ……」
俺は絵理沙の手を引っ張ってその場から逃げ出した。そして、廊下の隅までやってきた。
「絵理沙が余計な事をいうから、あんなことになっちまったんだろうが!」
俺は声を最大限に押さえつつも怒鳴った。
「で、でもね? 女の子なんだし、そういうのは大事だと思うんだけど?」
「大事でもなんでも、俺は……わ、私は……なんだから」
人気を感じてしまい、思った台詞を言えない。もどかしい!
「ああ、そうだよね? そっかそっか……」
「な、なんで今ごろ納得したのかよ?」
「いや、うん……綾香ちゃんが元に戻る事を想定してなかっただけ」
「想定しとけよ! っていうか、戻らないという選択肢はない!」
絵理沙はぺろっと舌を出した。これがテヘペロなのか!?
ちょっと可愛かった……。くやしい!
「で、本当に大丈夫なの?」
「ああ、体は元が元だけに大丈夫だったみたいだ」
「そっか、それはよかった……」
「まぁ……心配かけたな。黙って保健室に行ったのも悪かったよ」
「いいよ……。でもね? これは言っておくからね?」
「ん?」
「綾香ちゃん、すこし頑張りすぎだよ」
少し頬を膨らませる絵理沙。お前は美人系だからそれは少し似合わないぞ。と思ったけど……また可愛かった。くやしい。
「でもな? あそこは頑張るしかなかったんだよ。それじゃないと勝てなかったし」
「わかるけど、それでもちょっと目立ちすぎだよ。怒鳴ってた時なんてすっごく目立ってたよ? アタックの時なんて注目の的っていうやつになってたよ?」
やっぱりそうか。やっぱり目立ちすぎたかもな。
でも……仕方ないよな? って思ったら駄目なのか? 俺は綾香なんだから……やっぱり活躍すべきじゃなかったのか?
「そ、そんな深刻な顔にならなくていいよ。ただ、目立ってたって言うだけだし……」
「それがマズイんだろ? 俺も今になって少しそう思うよ」
「綾香ちゃん、さっきから口調!」
「あっ……ご、ごめん」
おいおい俺! 油断大敵だろ!?
「略唱慎重って言うでしょ? 詠唱を省略するときほど慎重になれって意味」
いや、それはどこの4文字熟語だよ? 聞いた事がない……。だいたい俺は魔法なんてつかえないし。
「ともあれ、私も少し考えて行動する事にするね」
「うん……」
何か元気が無い絵理沙。
「んっ? なに? どうしたの? 納得いかないような顔してるけど?」
元気が無い上に本当に納得いかないような顔で俯いている。
「ううん……ちょっとね」
「ちょっとって何? 私に関係することなら言っておいてよ」
「えっ? いや……えっと……だ、駄目なことなんだけどね? 私的には……格好いい綾香ちゃんが見れてよかったかなぁってね……思っちゃったんだ」
はぁ!? お前は何を言うとるんじゃぁ?
「あのさ? 目立ったら駄目なんだよね? 私……」
「う、うん……」
右手のひとさし指で髪をくるくると巻きだした絵理沙。顔が少し赤い。
「絵理沙は私に何を求めているの?」
「えっ? いや……普通に学生生活を過ごす日常?」
「だよね?」
「うん……」
「じゃあ、私も今後は行動に注意するから。で、私は一旦体育館に戻ってみるからここでバイバイ」
俺が歩き出そうとすると、絵理沙が左肩を持った。
「ちょっと待って! 体育館はもう閉まったよ?」
「えっ? 閉まった?」
「そう。もう午前の部が終わったから閉めたみたい」
「ああ、やっぱり昼休みなんだ? さっきから生徒が多いと思ったんだ」
「うん……そうだよ」
なぜかさっきからモジモジしている絵理沙。どうしたんだこいつ?
「どうしたのよ? さっきから……何か私に言いたい事でもあるんじゃないの?」
そう言うと何故か苦笑した絵理沙。
「え、えっとね? 引かないでね?」
「引く? って何を? トラップのひも?」
俺は上を見た。
「そんな訳ないでしょ!」
真っ赤な顔で憤慨する絵理沙。ちょっと面白い。
「冗談だよ。で、何を引くの?」
すると、俺の予測だにしなかった台詞が絵理沙の口から飛び出した。
「お、おべんとう……作ってきたからさ……一緒に食べない?」
「!?」
俺の動揺がいきなりMAXゲージに突入した。
顔が熱くなって、心臓がバクバクして、手に汗をかいて、背中もやばい!
っていうか、絵理沙!? お前、どうした!? 何でそんな台詞を!?
「ま、待って! 勘違いしないで! お、お兄ちゃんの分もつくったら、あのバカが見つからないから! だから……余るから……さ、誘っただけだから!」
あのバカ? って……まさか?
「野木先生がいないって事?」
「そ、そう! だから……余るの! 勿体ないから一緒に……食べてくれなきゃ困る!」
俺を殺した魔法つかいとはいえ、一応は女子だ。
女子から食事の誘いを受けて、食事の用意すらない俺がそれを蔑ろにするわけにはいかない。
ここは……。
「わかった……どうせ私も食事の用意がないし、今からだと購買にも何も無いだろうしね」
すると、まるで花の開花のように絵理沙が満面の笑みになった。
そんなに俺に野木の分を食べてもらうのが嬉しいのかよ?
そして、絵理沙のつくった弁当は想像以上にうまかった。
で……。
「絵理沙さん……これで二人前なのかな?」
重箱で三重って……。
「あっ……う、うん。そうだよ?」
やけに量が多すぎだろ。そうだな。三人前くらいあるだろ?
でも……絵理沙が嬉しそうだし、まぁいいな。
こうして昼休みは終わった。




