044 本当の野田さん
俺の目の前の野田さんの顔がみるみる真っ赤になってゆく。そして、その顔は赤から紫へと変色してきた。ってコレはヤバイだろ!
「あ、あがねっ! ぐるじいぃぃ!」
本気で苦しそうに声を出す野田さん。
茜ちゃんの手が、野田さんの首をぐいって締め付けているじゃないか。
「茜ちゃん!?」
俺は茜ちゃんのお尻を持ち上げて、元の体勢に戻そうとしたが……茜ちゃんが先に手を放してしまった。
「ちょっ!?」
茜ちゃんの全体重が俺の両手にかかり、もちろん支えれない俺はそのまま茜ちゃんのお尻の下敷きになった。
結果、お腹の上には茜ちゃんのお尻がある。間に両手がある。
「あ、綾香ごめーーーん!」
茜ちゃんは真っ赤な顔で横へスライドして廊下の冷たいタイルの上へとお尻を移動した。
……うん。柔らかかったな。ヤングなお尻。
「綾香さん、大丈夫かい?」
野田さんは左手で首をさすりながら、右手を俺に差し出した。
俺は野田さんに手を引かれて俺は体を起こす。
「はい、大丈夫です」
「茜も大丈夫か?」
「私も大丈夫です」
「いやいや、いきなり手を外して申し訳なかった」
その通りすぎる。しかし、その恩恵はすごかったから許すけどな。
「私は大丈夫ですよ? 部長が綾香を勧誘したい気持ちがすごかったんだって伝わったので……」
と言いつつも苦笑している茜ちゃん。
「うん! そう! そうなんだよ! 私は姫宮さんが欲しいんだ! そして、私のものにしたいんだよ!」
さっきまであんなに紫の顔になってたのが嘘のように笑顔になった野田さん。
かなりでっかい声をだしながら胸の前で拳を握った。おまけに声は廊下に響きまくってる。
すぐに俺は思わず左右を見て人がいないかを確認してしまった。
しかし、今の台詞は何だ? 聞き方によっては危ない台詞に聞こえなくもない。というか危ないよな?
「え、えっと……私は物じゃないので……」
なんて言ってみたが、
「わかってる! 可愛い後輩だ! でも欲しい!」
何かもう……瞳が輝いてるし。う~む。
「はぁ……ありがとうございます……」
「で、いつから来られるかな?」
そして、どうしてそうなる!?
「待ってください! 入るって言ってないです!」
「えっ? 茜がいるんだぞ?」
なんでそんなに驚くんだ? 茜ちゃんがいる所に俺が入るのは確定じゃないだろう?
「いや、茜ちゃんがいてもそれは……」
「じゃあ、綾香さんは茜が嫌いなのか?」
……えっ?
「き、嫌いじゃないですよ?」
「じゃあ、好きなのか?」
な、なんだこれ? 何でこんな質問されなきゃいけない?
「す、好きですよ? でもそれはお友達としてです……」
と言う事にしておくと……って、何で正直に応えてるんだ俺?
「の割には、顔が赤いぞ?」
やっぱり!? うぐぁあぁぁ!
やばい、俺、この人ちょっと苦手かもしれない。
「は、恥ずかしいんですよ! 好きとか嫌いとか……。そういうのって恥ずかしいんです!」
「あははは! 初心な女の子だね。可愛いなぁ」
な、何か遊ばれてる気がするんだけど!?
「そっかそっか、で? やっぱり入らないのかな?」
「はい……折角のお誘いなんですが……」
「今ならもれなく茜がついてくるぞ?」
「そ、それなら……じゃないですよ!」
大笑いの野田さん。俺もおれだな……。
「綾香?」
うわぁぁ、苦笑してるよ茜ちゃん。
「べ、別に茜ちゃんがついてるから入ろうかって思ってないよ?」
「そうかい? ふ~ん」
目を細めて俺を見る野田さんが怪しかった。そして黒さを感じだ。
「そっか。仕方無いな。まあ気が向いたらいつでも部活に来てくれ。綾香さんならいつでも大歓迎だよ」
でも思ったよりは引きが早かった。助かった。
しかし、ここにずっといるとまた勧誘されるかもしれないな。
「じゃあそろそろ私は……」
俺は挨拶をとっとと済ませると、いま来た方向へと回れ右をした。
そして、冷たいタイルの並ぶ廊下を歩きだそうとした時、
「ちょっと待って!」
野田さんの引きとめる声が聞こえた。
「はい?」
俺が振り向くと、野田さんが顎でくいくいと呼んでいるじゃないか。
「何ですか?」
すると、野田さんは俺に近づき背中をそっと触った。
「痛っ」
痛みが背中に走った。やっぱりベンチに激突したときに背中を打ったからか? でも、我慢できない痛みじゃない。
「やっぱりそうか。綾香さんは背中を痛めてるんだろ?」
「あ、でも大丈夫です。少し痛いだけです」
「う~ん……。私も大事はないと思っているんだけど、一応は保健室で先生に見てもらったほうがいいぞ?」
「えっ? 私も?」
「そうだ。あんな勢いで突っ込んだんだぞ? 見えない場所だからって、傷が残ったりしたら嫌だろ?」
「はぁ……別に気にしてないですけど?」
「駄目だ! 傷ものになってお嫁に行けなくなったらどうするんだ?」
いや、俺は男だし、嫁はいかないからどうでもいいんだけど?
「そんな事になったら私は悲しいぞ!」
「は、はぁ……」
「でも、そうなったら……」
なぜか満面の笑みになる野田さん。横の茜ちゃんがまたしても苦笑している。
何だ? そうなったら何なんだ?
「俺がお前を嫁に貰ってやるよ!」
ウインクしながら右手の親指を立てて、ニコっとした口元には白い歯が見えた。
うん、イケメンだ。そして言い返す言葉がない。
「ちょ、ちょっと待て! 反応してくれよ! 冗談なんだから?」
俺が反応しなかったらいきなり顔を真っ赤にした野田さん。
両手を胸の前で振って違うをアピールしている。
「うん、さすがに今のは本気で取ってません」
「だ、だよな?」
「はい。という事で、また後で……」
歩き出そうとした俺の両肩がぐいっと捕まれた。野田さんだ。
「駄目だ! 行くな!」
まるで去る恋人を止めるような言い方をされてしまった。
「ええと、本当に大丈夫ですので、茜ちゃんだけ連れて行ってください」
「駄目だよっ! 綾香ちゃんも一緒においでよ~」
あれ? 渋い声が……渋くなくなった。高い? 野田さんってこんな高い声だったっけ?
「私は綾香ちゃんともっとお話したいのっ! だって綾香ちゃんが本当に可愛いんだもん……。妹みたいなんだもん……」
顔を赤くしてもじもじと体をくねらせる野田さん。これじゃあまるで女じゃないか! ……女だった。
「う~仕方ないですね」
本当に大丈夫なんだけどなぁ……。でも、こんな野田さんを見せられたら仕方ないか。そして茜ちゃん、口が開いてるよ? もしかしてこんな野田さんを見た事がなかったのか?
「あ、綾香もいっひょに行こうよ? わわわ、私も綾香が心配じゃもん」
そして無理矢理のフォロー? 噛みまくってるし、ろれつが回ってないぞ。じゃもんって何?
「ありがとう茜ちゃん。でも大丈夫だよ? 私ってこう見えても強いんだよ? だけど」
ちらりと視線を野田さんに向けると、野田さんが照れくさそうに俺を見た。
「わかった……一緒に行く」
そして俺は乙女になった野田さんと、茜ちゃんと一緒に保健室に行った。
ちなみに、保健室での野田さんは本当は女の子だった。
お菓子トークとか、可愛いぬいぐるみトークとか、本当に楽しそうに話しをしていた。茜ちゃんは驚いた表情で野田さんの話を聞いていた。
たぶん凛々しい野田部長は頑張ってつくっていたのかもしれない。
部長という立場ではああいう慕われる態度は必要なんだろう。乙女よりも凛々しい方が人もついてきてくれるのだろうな。
そう、野田さんはとても責任感の強い女性だからそうしてたんだな。
しかし、疑問はなんで野田さんが俺に素を見せてくれたか……。
妹みたいに可愛かったからなのか?




