042 試合終了後
勝利の余韻に浸る間もなく次の試合の準備がある為に俺たちはコートから外に出された。
俺が茜ちゃんに肩を貸そうと近寄ると、俺よりも早く大袋さんが肩を貸した。そして、二人で俺の横へと歩み寄ってくる。
「綾香! やったね! 勝ったよ!」
「綾香や茜のお陰で、私……がんばれた」
瞳が潤んだ大袋さん。そして嬉しそうに声を上げながらも額に油汗を滲ませた茜ちゃん。
すこし足を引きずっているし、足首は大丈夫なのか心配になる。
「ねぇ、茜大丈夫? すごく辛そうな顔だよ?」
大袋さんが茜ちゃんの顔を見ながら顔を顰めた。
「うん……なんとか……」
「嘘だ……ぜったい大丈夫じゃないでしょ? 早く保険室に行かなきゃ」
ここで俺は大袋さんがとても優しい女の子なんだと知った。
さっきは俺が一方的に怒鳴ってしまって申し訳ないと思う。
本当にクラスのみんなとは会話しておかないと、一時の行動だけの判断は危険だなと実感させられた。
それに、大袋さんに俺は名前で呼ばれている所を見ると、決して仲が悪かった訳じゃないってわかったし。
「大袋さんの言う通りだよ? 保険室に早くいかなきゃ。具合よくなさそうだよ?」
そんな俺の心配を余所に、茜ちゃんが俺を睨んだ。
「綾香だって顔色がよくないよ? 最後にレシーブした時、ベンチぶつかってたじゃないの」
ああ、あれを見られていたんだな。って当たり前か。
「綾香も大丈夫なの? 私、二人とも心配だよ」
大袋さんは茜ちゃんに肩を貸したままおどおどしている。
「私はちょっと背中をうっただけ。茜ちゃんの方が重傷だよ」
「私は重傷じゃないよ。でも……痛い……けどね……綾香も……痛いんでしょ?」
確かに痛い。今になってじんじんと痛みが背中から伝わってくる。
ふと大袋さんが寂しそうな笑顔で俺を見ているのに気が付いた。どうしたんだ?
「綾香……やっぱり私の事は忘れちゃったのかな? 新学期に入ってから話さなくなっちゃったもんね……」
やっぱり綾香と大袋さんて仲良しだったのか? というか、そんなに寂しそうな顔をしないでくれよ。
忘れたというか……わかんねぇんだよな。でもここで知ってるとか言ってもすぐばれるし……。
「うん……ごめんなさい」
柔らかく微笑んだ大袋さんは、少し瞳に涙を浮かばせながら首を振った。
「いいの……だって……今からまた仲良くなればいいんだもん」
なんて前向きな良い子なんだろう……。おまけにさっきまでは可愛さなんて感じなかったのに、妙に可愛く見えてしまう。これはどんな補正なんだ?
「うん……そうだね! これからも宜しくね」
「うん! 宜しくね。私ね? 綾香が好きだよ? 今日、前よりもっと好きになっちゃった。だから……ずっと友達でいてね?」
大袋さんの笑顔に俺の顔は一気に熱くなった。
☆★☆★☆★☆★☆
俺と茜ちゃんは二人で保険室に向かっている。
大袋さんは友人と待ち合わせの約束があったらしく、すごく心配してくれたのだけど、そっちを優先してもらった。
だけど、大袋さんは心配でついてきてしまった。
すぐそこまで付いて来てくれていたけど、俺は大袋さんに大丈夫だと念を押すと、やっと大袋さんは友達の所へと向かってくれた。
「大袋さんって心配性だよね」
「うん……でも、前からあんな性格だよ?」
「あっ……そうなんだ」
うむ……そうなんだな……。俺は無知すぎるな。やっぱり。
「綾香大丈夫?」
「あっ……うん」
俺が小さいから、なかなか肩をかして前に進めない……。
やっとこさで校舎の入口までやってきた。
校舎に入ると風がすーっと抜ける。茜ちゃんの髪がふわっとなびき、俺の鼻をくすぐった。
同時に女の子の良い香りがした。
「ねぇ綾香」
「ひゃ? はい?」
匂いに集中してて焦った! 心臓が飛び跳ねた……。
「大丈夫?」
「うん! だ、大丈夫!」
「そっか?」
「うん。で、なに?」
「ああ! うん……あのね? 夏休みに私を守ってくれた時もあんな感じだったよね?」
夏休みに守った? って、もしかして大二郎のあの事件かな? 何で今ごろになってそんな事を? もしかして、俺が偽物だってまだ疑ってるのか?
「えっと? そうだっけ?」
「うん。あの時も綾香は強い気持ちを持って私の前に立ってくれたんだよね……」
「いや、あの時はね……色々あったし……」
「…………何だろうね? 熱くなった綾香を見てると……」
思わず茜ちゃんと目があった。すると痛みに耐えて微笑む茜ちゃん。
「わ、私を見てると……な、なに?」
目が合うとすさまじく緊張する。顔が熱いんだけど……。ばれてないよな?
「こう言っちゃ駄目なのかもしれないんだけど……姫宮先輩を思い出しちゃうんだよね……」
「ぶっ!」
お、俺を思い出す!?
「どうしたの!?」
「い、いや……何でもないでしゅ」
噛んだ! 焦って噛んだぁぁぁ!
「あはは、大丈夫? あれだよね? たぶん兄妹だからかな? 少し似てるよね?」
いや、本人なので似てるというか……。なんて言えない!
「に、似てるかな? 私ってお兄ちゃんみたいに見えてるの?」
「あっ、ごめん! 私って何言ってるんだうろね? 綾香は先輩じゃないのに……」
俺が苦笑してたからか、慌てて俺に謝ってきた。そして、笑顔なのにすごく悲しそうな表情になってしまった。
そんな茜ちゃんを見ていると、俺の心が痛む。
すっげー痛い……。騙してるのは俺なのに……。くそっ……。
ゆっくりと俯くと、目に飛び込んだのは酷く腫れ上がった茜ちゃんの左足首だった。
さっきまでは気がつかなかったけど、今は見てわかる位に腫れてる。これは酷い。こんな足で試合をしてたのか?
「茜ちゃん、足首がすごい事になってる!」
「あはは、大丈夫だよ! って言いたいけど……正直、結構ダメかもしれない」
茜ちゃんの表情から笑顔が消えた。そして、まるで糸が切れた操り人形みたいに廊下にへたり込んでしまった。
「あ、茜ちゃん!」
「ちょっと……疲れただけだよ」
「本当に大丈夫?」
「あっ……そうだ……私、午後にある騎馬戦で騎乗する予定だったんだ……」
「えっ?」
いきなり何を言い出すかと思えば騎馬戦だと? 今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ?
「保険室で治療したら……騎馬……乗れるかな……」
口調にも覇気が消えた茜ちゃん。こんな調子で騎馬戦なんて出来るはずがない!
「駄目だよ! 無理だよ! 私が交代するから! 騎馬戦は私が出るから!」
「えっ? 駄目だよ……綾香だって、背中を……」
「大丈夫! 痛みはもう無いし!」
と言うのは嘘だ。背中が痛い。でも、今の茜ちゃんよりはずっとました。
「おお、茜! 綾香ちゃんも! ここにいたのか? 探したぞ?」
いきなり背後からイケメンな声。女性だけど。
この声はもしかして……。
振り返ると、そこには野田さんがいた。
「野田部長……」
野田さんは茜ちゃんの様子を見るや、険しい表情になった。
「おい、足首が腫れてるじゃないか!」
そう言うと、いきなり茜ちゃんの前で背中を見せてひざまずく。
「背中に乗れ!」
「えっ?」
「乗れ!」
「は、はひ」
いきなりおんぶとか、男らしい……イケメンすぎるだろ?
「ぶ、部長、やっぱりいいです!」
「駄目! 特急で保険室だからな? あと綾香さんも付き合って貰えるかな?」
「はい」
あれ? 綾香ちゃんから綾香さんになったぞ?
これってレベルアップなのか? と変な事を考えながら俺は二人について行った。




