038 補欠
コートに戻った茜ちゃんを見て絵理沙は「ふぅぅ」と大きく息を吐いた。
さっきはかなり茜ちゃんに部活勧誘をされて、完全にペースを捕まれていたからな。ほっとしたんだろう。
「あーびっくりしたぁ……ねえ、綾香ちゃん。越谷さんってあんなに熱い子だったの?」
絵理沙は本当にほっとしたらしく、「ふぅ~」とか、まるで温泉に入るかのように俺の横に座りやがった。
でも、本音で言えば俺もさっきの茜ちゃんの熱さには吃驚した。
俺の内部イメージでは、茜ちゃんはもっと大人しいイメージだった。
きっと料理が得意で、裁縫もできて、純粋で可愛い子。そんなイメージだった。
でも、さっきの茜ちゃんは俺の想像を絶した。かなり熱かった。
というか……そうか……。俺は忘れてた。
タイエーで俺を庇ってくれた茜ちゃんはすごく熱かったじゃないか。
俺が本当の綾香じゃないんじゃないかって疑われたときに茜ちゃんは熱く語り、そして俺を庇ってくれたじゃないか。
ということで、俺の妄想を押しつけちゃ駄目だなと納得。
茜ちゃんはたまに熱くなる、可愛いスポーツ少女。これに修正だ。
「そうだね、たまに熱くなるんだよね、茜ちゃん……」
付き合いが短いのに言い切ってみた。
「ふ~ん……」
絵理沙は何か不満そうに唇を尖らせている。
「何だよ? 俺…私が助けてあげなかったから怒ってるの?」
「怒ってるよ?」
「即答かよ! 素直すぎだろ?」
いや、いいんだけど? 陰口をたたかれるよりさ。
「何よ? 素直の女子は嫌いなの?」
「えっ? 嫌いじゃない。むしろ好きだけど」
って何を応えているんだ俺は?
「……だから素直に気持ちを伝えてみた」
「えっ? それってどういう意味だよ?」
「あっ……え、えっと……」
どうしてしまったって顔になってんだ? それも口を手で押さえて!
「でも、あの程度の加入は退けられないと、また来るぞ? あんだけ活躍したんだからな? 覚悟しとけよ?」
「まぁ……そうよね。うん、そうだと思う。でも、私は部活なんてする気はないから、全部断るけどね」
「できるのかよ……」
「できるよ! でも……さっきはちょっとね……色々あって動揺してああなっちゃった」
「動揺? って何だよ?」
「ううん……あの子が……茜ちゃんが綾香ちゃんの想い人なんだよなぁって思うとねぇ……あはは」
「へっ?」
おいおい、何を言い出すんだ絵理沙は!? というか、やっぱり俺の恋愛事情がこいつにバレてるのか? さっきだって……。
「ええと? ……茜ちゃんが俺のって……何でお前が知ってるんだよ?」
思いきって俺は聞いてみた。すると、ちょっと苦笑した絵理沙。
「えっ? ああ、あいつが私に教えてくれたの」
「あいつって変態か?」
「そ、そうよ?」
やっぱり俺の想像通りだった。
なるほどな……って言うか、あいつ、俺の個人情報を盗みまくりすぎだろ!
「よーし! 私も越谷さんを応援しよっと!」
「えっ? 何でだよ?」
「何でって何よ? もうそういう話はしたくないでしょ? だから応援に集中しようって事よ! ほら、試合はじまるし」
「あ、ああ……」
確かに、俺が誰を好きでもこいつらには関係し、話もしたくない。だけど……。
何か微妙に納得できないものがあるような気がするなぁ。
こいつの態度……なんなんだ?
☆★☆★☆★☆★☆
俺と絵理沙はバレーの試合が始まるのを待った。
時間まで絵理沙とくだらない世間話をした。
ここで聞いた絵理沙っぽくない事実。
絵理沙は実はゲームが好きらしい。これは耳よりな情報だ。
俺もゲームは好きだけど、綾香はしない。だから、ゲームの話なんて誰にもできなかった。ここでこいつがゲームが好きだと解ったから、今度はこっそりゲームの話でもしようかと思う。
絵理沙と話をしていると、試合開始の時間が来た。
しかしここで大問題が発生してしまったらしい。
B組(白)のバレーメンバーが一人集まらないのだ。そして、一人の女子生徒が審判の先生に駆け寄っている。
「そうなんですか?」
「はい、怪我をしてしまって……保健室に……」
どうしたんだ?
俺は耳を澄まして生徒と先生の会話を聞いた。すると内容はこんな感じだった。
バレーに出場予定だった生徒が階段で転んで怪我をしてしまったらしい。
体育対抗祭でのバレーは、三学年でちょうど六人しか選手が選ばれていない。だから一人でも欠けると試合ができない。
「綾香ちゃん、どうしたの? 試合は始まらないのかな?」
なかなか始まらない試合に絵理沙は首を傾げた。
「さっき聞こえたんだけど、バレーの選手が怪我したんだって。だから試合ができないらしいよ?」
「そうなの? そうなんだ……」
茜ちゃんたちは先生の周囲に集まって話をしている。
もしもこのまま試合が不可能な場合は相手の不戦勝になってしまう。すると俺たちが一位にはなれなくなる。
しかし、怪我を押してまで出てくれとは言えないし……。
何て他人事に考えていたら、とある単語が先生の口から飛び出した。
「B組のバレーの代表選手は急遽バレーのできる二年生の補欠を捜して下さい!」
そうか、補欠か。そうだそうだ。補欠はこういう時の為にいるんだ。
しかし、しばらく経っても二年の補欠は現れなかった。
「三年生の補欠の人は?」
先生が焦って大きな声を出している。だんだんと体育館内も騒がしくなってきた。
どうやらすぐに試合を早く開始しないと今日中にバレーとバスケの全試合が終わらないらしい。どうするんだろう?
「三分以内に補欠を用意してください!」
先生の声が体育館に響いた。
三分ってインスタントラーメンじゃないんだぞ? 二年も三年も補欠はいないのかよ? だったら一年の補欠でもいいじゃないか。誰でもいいから補欠を…………。
「綾香ちゃん? どうしたの?」
俺、補欠だった。やばい! 俺って補欠じゃないか!
俺は周囲を確認したが、一年の補欠は俺以外にはいない。
「い、いや……ちょっと俺は用事でここから撤退するな?」
やばい……。このままじゃマジでヤバイ……。バレーなんてやりたくねぇ。
俺ははゆっくりと立ち上がった。逃げる為に。そして、素早く移動を開始したら、
「綾香ちゃんどうしたの? どっか行くの?」
俺の名前を大きな声で言い放つ女子の声が聞こえた。っていうか、絵理沙だよ!
「え、絵理沙! シーーー!」
「シーー? どうしたの? トイレの効果音?」
こいつ馬鹿だった……。
くそ、こんな所で俺の名前を呼ぶなよ! 俺が補欠だってばれたらどうするんだ! なんて思っていたら……。
「綾香ぁ!」
茜ちゃんが息を切らしながら俺の所に向かって走って来た。
うわぁ! 茜ちゃんだ! やばい! なんて思っても遅い。流石に今から逃げるとか無理すぎる!
「あ、茜ちゃん? 何かな?」
「はぁはぁ……あ、綾香って確か補欠だよね?」
やっぱりそうなる!?
確かに俺は補欠ですが……。
「う、うん……そうかも?」
「先生! 見つけましたー! 補欠要員です! 一年生でもいいですかー」
うわ! ちょっと待って!
「あ、茜ちゃん! まだ私やるって言ってないよ!? それに私バレーとか無理だしっ!」
「ダメ! もう綾香しかいないんだもん! お願いだから来て!」
「来てって言われても! ほ、他にいないの?」
「いないから綾香にお願いしてるんでしょ?」
ごもっともです……。
「ほらっ! きてっ!」
茜ちゃんは俺の手を持つと強引に引っ張った。
少し遠目で絵理沙が苦笑しながら俺を見ている。
「あはは……そっか、そういう事だったんだ? 綾香ちゃん、仕方ないよね。行ってらっしゃい……がんばってね?」
絵理沙よ、今頃になって気がついても遅いぞ!
俺は結局は茜ちゃんに強引にコートまで連れて行かれてしまった。
「姫宮綾香さんです! 一年の補欠です!」
茜ちゃんが先生のそう報告すると、先生は何かの紙を見る。補欠リストだろうか?
「はい。一年の補欠の姫宮さんですね」
先生が俺に確認をしてきたので、俺は仕方なく「はい」と返事をした。
本当に仕方ないな。ここまで来たらやるしかないじゃないか。
でも、それなりにな。




