037 だんく絵理沙
実は男子には優しくない体育対抗祭だったりする。
バスケットのコートが一面しか用意出来ない我が校の狭い体育館のせいで、男子は外のバスケットコートで試合をしなければいけなかった。
体育館は女子専用で、観客席以外には男子生徒は基本的には入ってはいけないルールもあったりした。
なんという変なルールだろうか?
男子生徒が女子生徒をナンパするとでも思っているのか? それなら共学の意味自体ない。
それともあれか? スポーツで心臓がドキドキすると、それを恋愛と勘違いするとか? 吊り橋効果? ってやつ?
ないな。それだったら、スポーツマンは全てカップルになってしまう。
なんて考えていると何時の間にか選手がコートで整列していた。
「では、試合を始めます!」
審判の号令で選手が挨拶を交わした。
絵理沙は体操服にゼッケンをつけ、バスケットのコートに中央に立っている。
どれどれ、絵理沙がバスケが出来るかよ~く見ておいてやる。
《ピピーーーー!》
ホイッスルが鳴り響いた。その瞬間、選手が慌ただしく動き始め、《キュッキュッ》っと靴が擦れる音が体育館に鳴り響く。
ちなみにだが、体育対抗祭でのバスケットは通常の半分の20分になる。 これもコートが少ないせいだったりする。
試合開始から10分が経過した。
何気なしに茜ちゃんと試合を見ていたのだが……。俺は悔しいかな、絵理沙に目を奪われていた。
それは、絵理沙の揺れる胸にだ……じゃない。冗談だ。と言いつつも、胸に目が行くのは男の性だ。仕方無い。そして問題ない。
って、そういう話じゃなかった。俺が目を奪われたの絵理沙の活躍にだ。
「すっごいね、野木さん……」
「うん……」
茜ちゃんも俺も試合開始からすぐに絵理沙に釘付けになっている。
そりゃそうだろうな……。俺もすごいと思っているんだからな。
絵理沙はそんな事を考えていた俺たちの前、センターライン付近からの見事な三ポイントシュートを決めた。
そして、再開した瞬間にパスカット。
高校生とは思えない俊敏な動きで相手ディフェンスをすり抜ける。誰も絵理沙を止められない。
トドメは信じられない事にダンクシュートだった。
テレビでは見たが、女子がダンクをするとは……。
もうプロとアマの差どころじゃなかった。
参加しているはずのバスケ部の部員すら絵理沙を止められなかった。
もはや独壇場だ。
「わぁ……また決めたよ?」
「すごいね……」(すごいを超えてるだろ!)
俺に活躍しすぎるなと言っていたが、絵理沙こそこんなに目立って大丈夫なのかよ? 魔法使いとはばれないだろうけど、こんなんじゃ、きっと運動部からの勧誘は凄まじいぞ?
そう思っている側から、女子バスケ部の部長が息を切らして試合を見に来ているじゃないか。きっと後で勧誘されるんだぞ?
結局、絵理沙のお陰もあり、かなり一方的な試合運びでその試合はB組(白)が勝利した。
「綾香……すごかったね……野木さん……」
「うん……すごかったね。絵理沙さんがあんなに上手いなんてね」
俺と茜ちゃんが感心(俺は若干心配)していると、そこに試合が終わった絵理沙が笑顔で走って来た。
「綾香ちゃん! どうだった? 私がんばってたでしょ?」
額や首もとに汗をかき、その汗がキラキラと輝いている絵理沙。妙な色気がある……。
「あ、うん、すごかったよ?」(すごすぎたぞ?)
「でしょぉ? 私頑張ったもん! でも、ここって暑いねー。運動した後だからかな?」
絵理沙は俺の前でいきなり前屈みになると、パタパタと体操着の胸元を持って扇ぎだしやがった。
リズミカルに胸元が開いて閉まるを繰り返す。
俺は思わずリズミカルに見え隠れする絵理沙の谷間をロックオンしてしまった。
ちなみに、どうやら今日は下着をつけている様子で、白いものがチラチラと見え隠れしている。
……と言うか、見てていいのか? これ?
「こ、越谷さん! み、見えてるよ? 二階席の男子に見られたら大変だからやめた方がいいよ?」
俺がなんとも言えない気持ちになっていると、言葉を発したのは茜ちゃんだった。
茜ちゃんは少し赤を赤らめながら絵理沙の胸元を指差している。
「あ、ああ……そうね? うん、ありがとう」
すると、俺をチラリと見た絵理沙は姿勢を正してから二階席を見上げた。もちろんあおぐのを止めた。
「二階席に男子はいないみたいだよ?」
「えっ? さっきまでいっぱい居たのに……」
茜ちゃんも二階席を見上げるが、そこには男子どころか生徒の姿が無かった。
「あ、本当にいないね……」
「でしょ? でも、疲れたぁぁぁ!」
絵理沙はまたしても前で前屈みになった。何で屈む!?
そして、またしても体操服の襟を持って引っ張っり中を覗きやがった。
「ほら見てよ! 胸にもいっぱい汗かいちゃてるし! 下着までびっしょりだよ。綾香ちゃんも見える?」
見えるじゃない! 見せるな!
そう思っている俺の目の前で理沙は怪しく微笑む。黒い、黒すぎる!
何だよこの罠は! そりゃ正直に言うと女子の胸は見たい! だけど、お前相手に見ていられるはずないだろ!?
「み、見ない!」
俺は思わず目を逸らした。
「えっ? 女の子同士なのに? いいじゃん」
「よくない!」
何が女の子同士だ!
「ええと、汗をかいたのなら、早く汗を拭いたほうがいいと思うんだけど……」
俺たちのやりとりを見ていた茜ちゃんが苦笑しながら首を傾げた。
だよね? だよな? そうだよな?
「わ、私もそう思います!」
俺は動揺を誤魔化すよう茜ちゃんに同意した。
しかし、絵理沙め! これは絶対に俺に対する嫌がらせだろ!
「ふふっ。綾香ちゃんってかわいいねぇ。女の子同士なのに恥ずかしいんだぁ?」
絵理沙は楽しげな顔で俺を見ていやがった。
だから、俺の中身は男だって知ってるのに何を言いやがる! やっぱりこいつ楽しんでるな?
「…………やっぱり綾香と野木さんと仲良しよね」
茜ちゃんが苦笑しながらも勝手に納得している。っていうか誤解してるぞ? これは仲良くしてるんじゃなくって、俺が絵理沙から嫌がらせを受けているだけだ。
「あ! そうだ! 野木さん! さっきの試合すごかったね! 野木さんって頭もいいのに運動センスも抜群なんだね」
茜ちゃんは嬉しそうそう言いながら絵理沙の手を握った。
その行為に一瞬驚く絵理沙。俺も驚いた。
「えっ…そうかな? こ、越谷さんありがとう」
そして、少し照れた表情で絵理沙はお礼を言った。
「野木さんはバスケットボールって前からやってたの?」
「えっ? ううん、やってないよ?」
「えー! やってなくってあの動きが出来るの!? やっぱりすごいよ!」
「そ、そうかな?」
「あのさ、野木さんって部活とか入ってるの?」
何故か茜ちゃんの目が輝いている。
あまりの茜ちゃんの予想外の行動に、俺をからかうのすら出来なくなったのは絵理沙。ざまぁ見ろ。
「え? 別に……入っていないけど?」
「じゃあ、バレー部に入らない? 野木さんだったらきっと運動センスいいし! 絶対にバレーもうまいと思うんだ!」
しかし、何だ? いきなり茜ちゃんが勧誘活動を始めたぞ?
「えっ? えっと……でも私は……部活とかあまり……」
絵理沙は乗り気がまったく無い様子だが、断るにも断りずらいみたいだな。
俺の方をちらちら見て、助けてくれと訴えているように感じる。
だが、助けない。俺にメリットないし、さっきの仕返しもある。
「もったいないよ! 野木さんほどの運動センスがあれば本当に一年生でレギュラーだってなれるかもしれないのに!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!」
「でも……」
「運動が出来るのにしないって勿体ないよ!」
「ええと……」
あの絵理沙が完全に押されてる。おどおどした表情がすごく面白い。
しかし、茜ちゃんってすごいと思ってしまった。
一度こうしようと決めたら諦めないタイプなのかな?
「あ、綾香ちゃんは私が部活とかオカシイと思うでしょ?」
ついに俺に直接話を振ってきやがった。だが、
「ううん。おかしくないよ?」
さぁどうする?
「あ、綾香ちゃん? うぐっ……」
笑顔が引きつる絵理沙。目を輝かせる茜ちゃん。すっごい面白い。何て思っていると、
「おーい! あかねー! バレーの試合はじまるよ!」
どうやら次のバレーの試合の準備が出来てしまったらしい。
茜ちゃんは悔しそうな表情で絵理沙を見ると「野木さん! ちゃんと考えておいてね? 綾香、私もがんばってくるね!」なんて言いながらコートへと入って行った。
絵理沙はそんな茜ちゃんに手を振りつつもホッとした表情を浮かべていた。




