035 特別実験室にて 後編
絵理沙話しがあると、俺を特別実験室につれて来た。
そこでの話。それは絵理沙からの忠告だった。
俺の体は綾香に似ているが、本物の綾香と容姿が似ているだけで、中身も体も元は俺のものだという事。だから、体力も運動能力も頭脳も全てが俺の男の時と変わらないらしい。
うむ、なかなか良い情報を貰った。今後は注意しよう。
「悟君……」
「んっ?」
「あのね? こんな私だけどさ……頼っていいからね?」
恥ずかしそうに髪を右手の一ひとさし指に巻く絵理沙。
そんな顔をしてるとこっちまで恥ずかしくなるだろ。
「わかったよ。いざと言う時には頼りにするかもしれない」
「うん……待ってるね」
「いや、待ってたら駄目だろ? 出来れば頼りたくないんだぞ?」
「そ、そっか! そうだよね~ あはは」
絵理沙は引きつった表情で笑った。
「それじゃ、話はもういいのか?」
「あ、うん」
何気なく左を向くと、野木が倒れていた。まだ気が付かないらしい。そして、正面には独り言を言いながら俯く絵理沙の姿。
俺はあまりの居心地の悪さに席を立とうとした。そこで目の前に置いてあるケーキとコーヒーに目がいった。
そうだ、野木がさっき用意してくれたコーヒーとケーキがあったんだ。
「あっ……食べればいいのに?」
絵理沙は俺の視線に気が付いたのか、いつの間にか顔を上げていた。そして、座りなよと急かす。
ここだけの話、実は俺はケーキが大好きだったりする。
そう、そして目の前にあるこのケーキセットは俺の大好物と言う事だ。
これじゃ、まるで俺の好みをリサーチして用意したみたいじゃないか……。
なんて思ったら、理解出来た。
そうだ。野木の野郎はこういう事もきっちりとリサーチしてやがったのか。妙に納得してしまった。まったくもってこいつは変態だ……。
変態野木の用意したケーキ……危ない予感しかしない。
「でも、これって野木の変態が出したケーキだぞ?」
「でもおいしそうだよ?」
率直な感応が返ってきた。
「でもなぁ……」
あれ? よく見れば、これって俺のおき入りの駅前のあのおいしいケーキ屋のじゃないか?
まさか、ここまでリサーチされているとは……。
「野木め……」
「悟君? よだれ……出てるよ?」
「!?」
し、しまった!
「ケーキ食べなよ?」
「でも……やっぱりなぁ」
市販品なら危険性も無いのか? いや、わかんねぇよな……。
「食べたいんでしょ?」
笑顔で俺を見る絵理沙。そりゃ食べたいけど・・…。
「ほら、立ってないで座って」
俺は気絶した野木を確認してからソファーに座った。座ってしまった。
「おい、絵理沙」
「なぁに?」
「このケーキとコーヒーって毒とか入ってないよな?」
そう、まずは疑うべきだ。なんて思っていると、
「えっ? 毒? ないと思うけど……ちょっと待ってね」
絵理沙は躊躇なく俺のコーヒーを一口飲み、そしてケーキを一口食べた。って毒味だと!?
「あ~おいしい! うん、大丈夫みたいだよ?」
毒味されてしまった……。
「そ、そうか……大丈夫なんだ?」
「うん。じゃあこれ」
そう言って俺に渡して来たフォーク。そこにはちょっぴりクリームがついている。
そう、これって絵理沙の使ったフォークだよな? あと、このコーヒーも絵理沙が飲んだコーヒーだよな?
おい、これってかの有名な間接………キッスになるのか?
「どうしたの悟君? 顔が赤いけど?」
絵理沙が俺の目をじっと見詰めてきやがった。そして、俺はつい目を逸らしてしまった。
ここで目を剃らすとか、俺はどこまでヘタレなんだよ……。
そう思いながらも心臓は何故か全力運転だ。怪しい汗までかいている。
やっぱり俺はヘタレなのか?
「あっ! そ、そっかぁ……あははは! あははははは!」
すると、俺の表情から何かを察したのか、絵理沙はいきなり大笑いを始めた。
「な、何だよ!」
「やだなぁ……意識しちゃった?」
絵理沙がニヤニヤと微笑んでいやがる。ああ、バレたぁ!
「もういい! やっぱりいらない! もう行くっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
俺が恥ずかしさのあまりソファーから立ちあがると、絵理沙は慌てて奥の野木専用と書いてある木製の食器棚っぽい家具引き出しの前に走った。
そして、その引き出し中から別のフォークを持って慌てて戻る。
「これと交換すればいいでしょ? あと、コーヒーは私が飲んだ場所で飲まなきゃ大丈夫でしょ? ここだから、私が口をつけたのは……」
そう言いながらコーヒーカップの縁を指差す絵理沙の顔がちょっと赤い。そんな気がするのは気のせいだろうか?
しかし、俺の考える事って単純すぎるのか? また絵理沙にばれたじゃないか。
「どうしたの? 毒は入ってないよ? 折角私が毒味もしたのに……」
うーん。流石にここまでやってくれて、やっぱりいらない! とも言いづらくなってしまった。仕方無いな……。
「まあそうだな……ひ、一口だけ食べてみるか」
「うん」
俺はケーキを一口食べた。
すると、口に広がるほろ苦いチョコレートの味。それがふわっと口の中で解けて、そして柔らかいスポンジがちょうどいいバランスで味を中和する。
これは……めちゃくちゃうまい!
「どうしたの? 悔しそうな顔だけど? 美味しくない?」
「いや、おいしいからこそ悔しいんだよ!」
俺は床に転がる野木を睨んだ。
「ああ、なるほど」
絵理沙も相づちをうった。
くそう、野木め! このケーキの選定は褒めてやろう。
でもな? だからと言って、俺はお前を認めた訳じゃないからな!
心でそう叫びつつ、結局俺はケーキを全部食べてコーヒーを全部飲んだ。
「それ、美味しかったよね~」
絵理沙がやさしい笑顔で俺を見ている。
「あ、おいしかった……」
しかし、絵理沙は俺がケーキを食べるのを見てて何がそんなに楽しいんだろう。そんなに笑顔で俺を見なくてもいいのに。
「そうだ! 悟君!」
「んっ? な、何だ?」
「あいつが起きる前に早く出たほうがいいわ。そろそろ起きると思うから」
確かに野木が唸りだした。
「あ、ああ、そうだな。それじゃあ行くわ」
「うん」
「じゃあ、また明日な」
「うん。また明日ね!」
俺は野木が起きる前に実験室を後にした。




