021 謎の装置
野木はいきなりニヤリと笑みを浮かべると意味深に俺の名前を呼んだ。
「悟君…」
そして、不気味に自信満々の野木の表情に俺の心臓は緊張で鼓動を早くした。何か悪い予感すらした。
「な、何だよ?」
「実はね…」
軽い口調の野木が、こうもゆっくりと話すと、調子が狂い、そして緊張で俺の喉はからからになる。
俺はごくりと唾を飲むが、喉のからからさは変化するはずもない。
「実は…どうしたんだよ…」
俺が言葉を詰まらせるように問うと、先ほどまで話まくっていた絵理沙までもが黙った。
おい、余計に緊張するじゃないか。
そして、しばらくの沈黙の後、野木はゆっくりと口を開くと言った。
「ここに来たのは遊びではない…」
その一言ひとことのテンポの遅さに俺は小さく息を吐く。そして野木の瞳をじっと見つめた。
「遊びじゃないってどういう事だよ?」
すると、手を後ろで組んだ野木が、ゆっくりと俺の方へと寄った。そして…
「こういう事だっ! メディカルチェェェェック!」
そう叫んで俺の胸を掴みやがった!
「へっ!?」
俺は予想の遥かに上をゆく野木の行動に咄嗟に動けなかった。そして胸は見事に鷲づかみされている。
むにゅっと握られた感触が脳へと伝達され、そこで初めて俺は右拳を握った。
「な、なにしてっ…」
が、しかし、俺の攻撃を受ける事なく、いや言葉すら発する前に野木は部屋に転がった。
「お兄ちゃん! 何やってんのよ!」
俺より先に手を出したのはなんと絵理沙だった。絵理沙は見事な右ストレートで野木をノックアウトしたのだ。
「じょ…冗談だよ…」
野木は頬を押さえながらふらふらと立ちあがる。頬には見事な程に拳の後がついている。そして、絵理沙の激怒は止まない。
「何がメディカルチェックよ! 私の目の前でそんな変態じみた事をしないでよね! まったく!」
そんな文句を言い放ったのだが…いや、それだとお前の目の前じゃなきゃOKだと聞こえるし、変態じみたじゃなくって変態そのものだろ。
「さ、悟君…君からも冗談だって言ってくれ」
何て俺に助けを求めてきた野木だが、
「ダイレクトに触っておいて何が冗談だ!」
こんな変人を助ける義理もない。
「ダイレクトじゃないだろ? 服の上からだっ!」
「へりくつを言うなっ!」
「へりくつじゃない…正当な意見だ!」
十分にへりくつだろ!
怒りからなのか、顔がすごく熱くなり、そしてバクバクと心臓が全力運転を初めてしまった。
そして、これからは野木に出会ったら胸を隠そうと決心した瞬間だった。
「お前はいつか俺を襲う気だろ?」
「君みたいな可愛い子を襲いたくなるのは普通だろ?」
教職者とは思えない言動すぎた。否定しろよ!
「…と言う事で、真面目な話を聞いて欲しい」
どこからどういう事なんだっ!
「お断りだ!」
「本当に用事があって来たんだって」
「絶対に嘘だ!」
「嘘じゃない!」
「信用できない!」
「信用してくれ!」
「無理だ!」
「そこをなんとか…」
「むきゃー!」
「えっと、日本語でよろしく」
「………日本語だろ!」
「えっ? ああ、そうなんだ?」
コイツ超ムカツク!
「まぁまぁ、悟君、本当に今日は用事で来たの。だから少しだけこの馬鹿兄貴の話を聞いてくれない?」
絵理沙が苦笑しながら俺の肩に手を置いた。俺はそんな絵理沙の表情を伺う。そして、その表情は冗談ではなさそうに見えた。
「おい…用事があるって本当なのか?」
「うん、本当だよ? さっきから言ってるじゃないか」
「…で……なんだよ用事って」
野木はニヤリと微笑むと右手をもにゅんと握った。
距離があるので胸を直接触れられる位置ではなかったが、野木の仕草に俺の全身が反射的に震える。そして無意識に胸をしっかりとガードしていた。
「大丈夫だよ。今は触らない」
「今度でも駄目だ!」
「私の目の前で触ったらぶっ殺すからね!」
絵理沙が実の兄を殺すといいやがった。怖いぞこいつ。
「え、えっと…先生を殺すとか、花の女子高生が言うのはダメだと思うぞ?」
「教師が女子高生の胸を触るのも駄目でしょ!」
絵理沙、それは正論すぎるぞ。
そして野木は無言になり俺を見た。が、俺はそっぽを向いた。
「いや、えっと…話を戻そうか?」
「脱線させたのはお前だろ」
「あはは…すまない」
少しは反省したのか、素直に謝る野木。そしてその横では絵理沙が頬肉をひくつかせている。
「では…あれだ。君の体内に入れたカードだが…」
「ん?」
「そのカードに魔法力がいくつ蓄積できているのか、悟君は数値で知りたくないかな?」
「えっ? 数値?」
俺は自分の胸を見た。
確かに…俺は魔法力を溜める為にカードを入れた。そして絵理沙の代わりにそのカードに魔法力を溜める事になった。
そうだな。言われてみれば、どの程度の魔法力が溜まっているのか知りたいと言えば知りたいよな。
「で、数値で見えるのか? これ」
「ある装置を使えば可能だ」
「装置?」
「そう。だから今日はね、そのカードに溜まった魔法力を見られる装置を持って来たんだよ」
野木はそう言うと腰に両手をあてた。
しかし、そうならそうと先に言えばいいのに…なぜ言わない?
「そうなのか、まぁ…それは俺も欲しいけど…何で今ごろ? もっと早く渡してくれてもよかったんじゃないのか? もう九月だぞ?」
「いやいや、発注してたんだけど、品切れでね、今日やっと届いたんだよ」
発注って…それって量販されてるモノなのか!?
「これがその装置だ!」
そう言うと野木は四角い目覚まし時計のようなものを鞄から取り出した。
それには五桁の数値が出るようになっていて、今は00000になっている。
上には赤いボタンがあってまるで目覚ましのストップスイッチみたいだな。
「で? その目覚ましみたいなのを使ってどうやれば数値がわかるんだ?」
「まずこの上のボタンを押してくれたまえ」
「これか?」
俺は言うがままに赤いボタンを押した。するとがちゃがちゃとデジタルが動き出す。
そして03333で止まった。
「おおおおお! フィーバーじゃないか!」
野木が大声を上げる。
「えっ?」
「3333のぞろ目じゃないか! すごいぞ!」
「何!? 3333だと何か良いことがあるのか?」
「何も無い!」
自信満々に言われた。絵理沙は苦笑している。
「………で? この数字が魔法力なのか?」
ちょっとイラッとしたが…野木だと思って諦めよう。
「あははは! では…」私が教えてあげる」
野木の話に被せるように絵理沙が話を始めた。
野木はちょっと待ってくれと言いたげな表情だったが、絵理沙に睨まれて言葉を無くした。というか…何で妹の絵理沙に負けてるんだよ?
「ちょっと貸して」
「あっ!」
絵理沙がその装置を野木から奪った。が、野木は文句を言わない。いや、言えない?
「ええと、この表示された数値が魔法力ではないの。実際の魔法力を設定数値で割ったものがここには表示されているの」
「ん? どういう意味だ?」
「この数値が99999になったら目的の魔法に対する魔法力が溜まったという事になる仕組みなの。要するにはキッチンタイマーみたいなものかな? 指定の時間が来たらキッチンタイマーはアラームが鳴るでしょ? これは指定の魔力が溜まったら99999になるの。だからレベルの低い魔法ほどあっという間に99999になるって事」
例に出したキッチンタイマーとは違うけど、なんとなく意味は理解した。
「なるほど…じゃあ再構築魔法は魔法力を多く使うからなかなか99999にはならないって意味か?」
「そうね…そういう事」
なるほど…
「でさ、悟君はあまり楽しい夏休みを過ごしてなかったでしょ?」
「えっ? どういう意味だよ?」
「普通に言葉の通りよ? 夏休みは楽しかった?」
いや、普通に考えてもこんな状態で楽しいはずがない。夏休みなんて一つも楽しくなかった。
「確かに…楽しい夏休みじゃなかったけど」
「でしょ? だから魔法力があまり溜まってないんだよ。ここのに言われたでしょ? 楽しくって」
そう良いながら横で顔だけ笑っている野木を睨んだ。
「言われたかもな」
「でしょ?」
「で、楽しく過ごすと魔法力は早く溜まるって事なのか?」
「うん。そんなにすごい差は無いけど、でも楽しく過ごす方が溜まりやすいわね」
「なるほど…でもなぁ…楽しくってそんなに簡単に出来るもんじゃないぞ?」
「そこはがんばるしかないよね…」
「頑張るか…」
俺は腕を組んで溜息をついた。すると絵理沙は少し頬を紅くしてチラリと俺を見る。
「わ、私も手伝うからさ。色々とね…えへへ…」
「えっ?」
「いや、あれよ? うん、えっと? 私も迷惑かけたし、だから何かしてあげたいだけだよ?」
何も聞いていないのに、絵理沙は両手を顔の前でハタハタ振りながら真っ赤になった。
「どうしたんだよ?」
「ど、どうもしてないっ!」
更に顔が真っ赤になる絵理沙。そして…
「綾香君! 僕は君の成長記録をつけようかと思っているんだ! 楽しくする為に!」
俺は咄嗟に胸を隠した。
「俺の胸の成長記録をつけても俺は楽しくないっ!」
「僕がたのし…」
『ボゴ』っと鈍い音がしたと思ったら、野木の顔面に絵理沙の拳がめりこんでいる。
「さっきも言ったのに…この変態!」
「絵…理沙…これは…痛い」
野木は鼻血を出しながら倒れた。
「さ、悟君、あはは…まぁあれだよ、これで数値がわかるようになったから! 今後は確認しながら溜めるといいよ? この馬鹿は私が責任をもって監視するから」
監視って…確か絵理沙が監視される方なんじゃなかったっけ?
それにしても野木…妹にここまでコテンパンにやられてどうするんだよ。
「じゃ、じゃあ私達はそろそろ帰るね!」
そう言うと絵理沙は野木を強引にたたき起こす。
「分かった…けど、大丈夫かよ?」
「大丈夫!」
「そっか?」
「うん、それじゃあね! ほら行くよ! 早く立って!」
絵理沙は野木を強引に立ちあがらせた。
「ぐっ…ぐぅぅ…」
鼻血を押さえながら立ちあがる野木。
ここまで来ると少し可愛そうにも見える。
「悟君、いえ、これからは綾香ちゃんって呼ぶわね? 綾香ちゃん、それじゃあね。お邪魔しました」
絵理沙は野木の手を引っ張ると窓際に行った。そして野木が窓枠に触ると窓が一瞬光った。すると、先ほどまで見えていたはずの外の風景が消える。枠の中は真っ黒になった。
「何だよそれ? っていうか何で窓なんだ?」
俺の問いに答えずに絵理沙と野木は窓の中に入って消えた。
そして、二人が消えたのを確認した後、俺は慌てて窓へと駆け寄る。
「あいつら、ここに入ったよな?」
俺が枠を触るが何もない。風景も元のように見えるようになっている。
「!?」
俺は凄まじく混乱した。窓の中に人が消えるとかありえない。これじゃ、まるでドラ○もんのどこでも○アじゃないか!?
そして、同時にとある疑問が脳内に沸いた。
そうだよ。あの二人はどこに住んでるんだ? まさか異次元なのか?
しかし、答えなんて解らない。あいつらに直接聞くしかない。
俺は窓枠をじっと見ながら視線を赤い箱に移す。それは魔法力を計る機械。その機械は3333を示している。
とりあえず深く考えるのはよそう…だって彼奴らは魔法使いなんだからな…
でも、まぁ…この機械が手に入ったし…結果的にはよかったのか?
俺はとりあえず、その機械を目覚ましの横に置いた。そして、色々と考えながら階段を下りる。すると玄関に何かを発見…
「……ちょと待て! あいつらの靴が残ってるじゃないか!」
そう、玄関には見事に二人の靴が残っていたのだった。




