002 興味心は時に自分を窮地に追い込むのか?
俺や両親がこの学校に来た理由は何か。
それは妹が行方不明になった報告をするためだ。
妹が遭遇してしまった飛行機事故はかなり大規模な飛行機事故だった。
本来ならば飛行機事故になんて遭う確立は町中を普通に歩いていて車に轢かれる確立よりもずっと低いはずだ。
よく言う【万分が一にも】っていう言葉。
そう、まさにその万が一に発生するのが飛行機事故だと俺は認識していた。
言い方は悪いが、俺の妹はその万が一の確立に当たってしまった。
どうせ当たるなだ年末ジャンボにでもして欲しかったよ……。
なんて冗談言ってると綾香に怒られるな。
実はこの事故はとても不思議な事故だった。
飛行機が大破したにもかかわらず死者が出ていないんだ。
それを聞いた俺は妹は生きていると信じていた。
テレビやインターネットから入る情報では死者はいない。
だからこそ、きっと妹も助かったのだと思っていた。
しかし、俺の予想を裏切って結果は最悪だった。
そう、妹は行方不明になっていた。
飛行機事故では確かに死者は出なかった。
しかし、搭乗していた何人ものお客が忽然と姿を消していたのだ。
その数人のお客に俺の妹の綾香が含まれていた。
捜索は勿論ずっと続いていた。
墜落した海上も海底までもを捜索してくれた。
でも、最終的にこの事故での行方不明者は全員が見つからなかった。
もちろん、妹も見つからなかった。おまけに荷物まで見つからなかった。
ありえない……けど、現実にそうなった。
《ゴツッ!》っと俺の頭部に激しい痛みが走る。
キーンと脳内に響く何とも言えない感覚。そして火花が飛び散ったように眼球の中がチカッとした。
「痛てぇぇ!」
俺の目の前には壁があった。それもコンクリートの。
そう、俺は廊下の行き止まりを止まる事なく突き進み、そして壁にぶつかったのだ。
「くそっ……壁の癖しやがって!」
思わず声を出して頭を抱えてしゃがみ込んだ。
でも壁に文句を言っても仕方ない。でも言いたい!
「痛てぇなぁ……」
俺は多少痛みの残るおでこをさすりながら、ゆっくりと立ちあがった。
「もう戻るか……でも何で俺は前を向いていたはずなのにブツブツ」
ぶつぶつと独り言を言いながら来た廊下を戻り始める。
ふと横を見ればここは一年のクラスが並んでいる場所じゃないか。
そしてまた綾香を思いだしてしまった。
綾香はこの高校に入学してとても嬉しそうだったのに、まさかこんな事になるなんて……。
一年の教室を見ながら俺はゆっくりと一階の廊下を玄関方向へと戻った。
だけど、さっきの経緯もある。また頭をぶつけたらたまったもんじゃない。
だから、今度は考えすぎないように周囲を注意しながら戻ろう。
「ふぁいおー」
外から生徒の声が聞こえる。運動部の声か。
でも、真っ直ぐに伸びている廊下には誰もいない。
文化部の生徒も誰もいない。
俺の歩く音だけが廊下に響いている。
「今日は部活ないのかな」
ふと窓から外を見た。すると、外では暑さの中で練習をしている野球部の姿があった。
あいつらも大変だな。こんなに暑いのに野球とか。
こんな晴天の下で野球とか、熱中症になったらどうするんだ?
なんて言ってたらスポーツなんて出来ないよな。
まぁ、絶対に俺はこんな日には野球なんてしない。という野球部なんて入りたくない。 なんて下らない事を思いながら、再び廊下を歩き出した。
ちなみに俺は帰宅部だ。
いや、正確には帰宅部になってしまったと言った方が良いかもしれない。
別に高校デビューだから部活をしないという訳じゃない。
高校に入学した当初は部活をしていたんだ。でも今はしていない。
部活を辞めた理由は些細な事だけどな。
「はぁ」
俺は無意識に小さなため息をついていた。
そして、気がつくと妹のクラスの横を通過しようとしている。
「ここは綾香のクラスか?」
別にストーカーしていた訳じゃないが、綾香の教室の位置も席の位置も俺は把握していた。
そう、これは俺が妹をきちんと見ていた証拠だ。決して、ストーカーじゃない。
俺は何気なく教室の後ろ側のドアから中に入る。そして、妹の席まで歩いて行った。
教室内は見事なまでに机が綺麗に並んでいる。
そして、黒板には終業式の日付けが書いてあった。
よく見れば、その下の日直の欄には妹の名前が書いてある。
「綾香……」
何故か悔しさが込み上げる。
くそっ! 終業式まで戻れれば! 俺は……俺は綾香に!
俺は机をドンっと高いてから、もう一度妹の生徒手帳を開いた。
綾香の笑顔の顔写真を見ると、今でにない何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。
やばい……今になって……何だよ……
俺の中にこみ上げる何か。そいつが今の俺を弱くしようとしている。
俺の心を砕こうとしている。
駄目だ! 俺がこんな事じゃ駄目だ! まだ綾香は死んだ訳じゃないんだぞ?
心の中で叫んだが、目頭は無意識に熱くなった。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
俺はぐっとその気持ちを我慢して綾香のクラスから飛び出した。
そして、再び玄関へ向かって歩き始めた。
「解ってる……解ってるんだけどな……」
俺がここで悲しんでも、泣いても、何の意味も無いんだ。
だからこそ俺が元気でいなきゃ駄目なんだろ? 俺は綾香が生きてるって信じてるんだろ?
そう思いながら人気の無い校舎を一人で歩いた。
相変わらずペタンペタンと俺の足音だけが廊下に響いていた。
☆★☆
知らない間に俺は専門棟へと入って来ていた。
ここは家庭科室や理科室なんかがある建物で、教室のある棟とは渡り廊下で結ばれている。
学校では第二校舎と呼ばれる事の方が多い。
俺は第二校舎の一階の廊下を見た。ここにも人は居ない。と思っていたら……。
『カタン』
物音が聞こえた。
俺はその物音に反応して思わず立ち止まった。そして、俺はゆっくりと廊下を見渡す。
夏休の第二校舎はどこか寂しく、シーンとした空間が広がっている。
先ほど聞こえた音はどこから聞こえたのかまったく解らない。
気のせいか? なんて思っていたら。
『ガタタ!』
今度は、先ほどより大きな音が俺の耳に入って来た。
俺はその音を聞き逃さなかった。そして、音の出元をほぼ特定した。そう、音がしたのは理科室がある方向だ。
俺は理科室の方向を見る。
すると、理科室の横にある特別実験室から女性が飛び出してくるじゃないか。
そして、その女性は険しい表情のままどこかへ走って行ってしまった。
何だ? 今走って行ったのは……確か……。
見覚えがある。あれは確か……歴史の北本先生じゃないのか?
北本先生が何でここに?
北本先生の名前って確か……絵里だったっよな?
ちなみに、この先生は今年の春からこの学校に来て歴史を教えている先生だ。
年齢は怖くて聞けないがたぶん25歳くらい。そして確か独身だったはず。
スタイルは抜群に良いのだが彼氏はいないっぽい。あくまでも俺の予想だが。
そしてこの先生はちょっと変わっていた。
正直あの先生は何を考えてるのか良くわからなかった。と言うのも北本先生はたまに変な事を言う時があるからだ。
歴史にひっかけて非現実的な事を言う事も多い。
例えば歴史上の魔女の話とかもよくする。
そういう非現実的な話を熱心にする事がよくあった。
俺もだが、生徒はみんな正直すごくとっつきずらい先生だと思っているはずだ。
だから彼氏も出来ないんだよ。
でもおかしいな。北本先生は科学の先生じゃないのになんで実験室から出てくるんだ?
俺は不思議に思っても特別実験実の扉の前に立った。
まてよ? そういえば、俺は高校三年になるのにこの部屋に入った事がない。というよりは、この部屋にはいつも鍵がかかっていて入れないんだ。
確か誰かにここの教室は使われてないって聞いた事がある。
でも、今確かに北本先生はこの部屋から出て来た。
人間の悪い癖なのか、俺の悪い癖なのか、入った事のない部屋だと聞くと何だか興味が沸いてしまった。
そして、綾香の事でいっぱいだった頭に何か別の事を詰め込みたかった。
入ってみるか? この部屋ってどうなっているのか気になるしな。
どうせ北本先生だ。あの先生なら怒られても怖くなんかないし、ちょっとだけ教室の中を見て見よう。
俺は楽観的にそう思い込み、勝手に教室の中に入った。
そう、これが間違いだった。俺は後でこの行動をすごく後悔する事になる。
これこそが『後悔先にたたず』そのものだった。
ガラガラと音を立てて教室の扉がスライドする。そして、俺は薄暗い実験室にゆっくりと足を踏みいれた。
実験室に入るとそこは暗幕がかかり暗くなっていた。
そして、ツンとした刺激臭が俺の鼻腔を襲う。
アンモニアとは違う、別ものの刺激臭が教室中に漂っている。
俺は鼻を右手でつまむと、部屋の中を確認した。
暗幕で昼間なのに暗くなった部屋。照明もついてなくその代わりに蝋燭がいくつか置いてある。
今の時代に蝋燭って何だよ?
俺は薄暗い部屋を目を細めて見渡した。
すると、部屋の中央奥のテーブルにはいくつもの試験管が並び、真ん中では火のついたままのアルコールランプが置かれているじゃないか。
テーブルの上のアルコールランプの上にはフラスコが置いてあり、中にはどうみても怪しい黄色い液が煮えたぎっている。激沸騰している。
あれは何だ? あの変な色の薬は何だよ?
俺は鼻を押さえながら中央へと移動した。
先生はこの部屋で何をやってたんだ? 何かの実験か?
まぁここは実験室だし、この状況から見ても実験だろうけど。
それにしても歴史の先生がなんで実験なんかするんだ?
ん? 何だあれは?
よく見ればフラスコの横には何か本みたいなものが開いたまま置いてある。
本は分厚く、そして藁半紙の様な黄色がかったページが見えていた。
怪しい本だな。この変な実験じみた事に関係してるのか?
俺はあの先生がやってる事にすこし興味があった。
先生が戻ってくるまでにここを出ればいいだろうなんて簡単に考えて、その本の内容を確認しようと中央のテーブルへ移動する。
本の横ではグツグツと気泡をいくつも底から吹き上げている黄色い液体。
そして先ほどよりも強い刺激臭。原因はどうやらこの液体らしい。
異臭を放つその液はまさに毒といった感じがする。
よく、絵本の中の魔法使いが壷のようなもので何かを煮ているシーンがあるが、あれを彷彿とさせる色だ。
マジで危ない液にしかみえないよな。でもまぁ俺には関係のない事か。
よしっ、先生が戻る前にちょっと本だけ見させてもらうか。
俺は鼻をつまみながら机の上にある本のページを捲った。
本のページを適当に捲ると、そのには墨のようなもので書かれた手書きの怪しい文字がいっぱい書いてあった。
何だこの文字は? 英語か? いや違うよな?
懸命に脳内にある俺の知識の引き出しを開けてみるが……わからん。というか、わかるはずがない。俺は英語もわかんねぇのに。
ページをいくつか捲るが、読めないものは読めなかった。
俺はその分厚い本を元に戻すと、再び怪しい液体の入ったフラスコに目をやる。
その瞬間だった。
俺の目の前にある黄色い液体が、一瞬にして真っ赤になったかと思うと光を帯びた。
『ドガーーーーーーーーーン!』
いきなり激しい爆発音が耳に入ったかと思うと、次の瞬間には目の前が真っ白になって、一気に暗転。意識が遠のいていった。