018 中二病になるのは難しい
本当はこんな事を言っては駄目なのかもしれない。こんな事を言い切ってはいけないのかもしれない。だけど、俺はこんなに辛そうな茜ちゃんを見ていられなかった。だから…俺は…
「嘘じゃないよ? お兄ちゃんは生きてる!」
言い切った。すると茜ちゃんは口をもごもごと動かしながら涙を一粒頬をつたわせた。
「嘘だ…」
小さな声でつぶやく茜ちゃん。俺の言葉なんて信じてない一言。そして、茜ちゃんの本音を聞いた。
そう、俺は茜ちゃんの中ではもう死んでいる。行方不明になって一ヶ月以上が経過して今だに消息すら分からない俺。俺の猛烈な反対で公開捜査まではしていないが、母さんも半分は諦めた方が良いかもしれないと警察にも言われたそうだ。
だからこそ、そうだ、これが普通の反応なんだ。
でも、俺はここに生きている。今は妹の姿だけど生きている。
だけど、そんな事を茜ちゃんは理解してない。出来るはずがない。俺は茜ちゃんに綾香だと思われているのだからな。
「嘘じゃないよ!」
俺はもう一度言い切った。今度はさっきよりも自信を持って言い切った。
「……本当…に?」
茜ちゃんが疑心暗鬼になっている。いや、これは信じたいけど信じられないといった表情になっているのか。
「本当に嘘じゃないよ。お兄ちゃんは生きてるよ! 本当だよ!」
三度言い切った。すると、茜ちゃんが首を振ると突然俺に向かって飛びつくように接近する。
若干身を引いた俺の両肩をがっちりと掴むと震える声を口から絞りだした。
「綾香っ! 本当なの? い…生きてるって本当なの!?」
涙を浮かべながら俺を睨む茜ちゃん。
肩の力の込めようから、真剣な質問なのだとすぐに理解した。
「うん!」
だからこそ俺は真面目に力強く頷いた。
「それって、私を気遣ってくれてるだけじゃないの? そうなんでしょ…」
しかし、やっぱり心の何処かでは信じられない気持ちがあるのだろうか。そう言って顔を俯ける。
「違うよ! 気遣いで生きてるなんて嘘は言わない!」
俺の言葉にピクンと反応する茜ちゃん。
「本当に姫宮先輩は生きてるの?」
茜ちゃんは俯いたまま何度も聞きなおしてきた。それに対して俺は何度でも生きてるよって言ってあげた。すると、茜ちゃんはゆっくりと顔をあげる。そして、最初こそ疑いの表情だったが、だんだんと茜ちゃんの表情から疑いが消えてゆく。
「本当に生きてるの?」
「何度も言ったけど、生きてるよ」
「生きてるの?」
「うん…」
茜ちゃんはゆっくりと瞼を閉じた。そして数秒の沈黙の後、再びゆっくりと瞼を開ける。
「そこまで綾香が言うなら…私…信じようかな…」
弱々しい茜ちゃんの声。
「信じようじゃないよ! 信じて! 本当に生きてるから信じてよ!」
何か諦めたように茜ちゃんは溜息をついた。そして、
「あはは…うん…そこまで言われたら…信じるしかないよね」
そう言って笑顔をつくった。
笑顔にはなったが、茜ちゃんの瞳は真赤で目の周りがはれぼったくなっている。そう、俺の為に茜ちゃんはいっぱい泣いてくれたんだ。
「うん、お…私を信じて…」
「うん、信じるね」
ちょっと気を抜いてもう少しで俺とか言いそうになったが、なんとか信じてくれるって言ってくれた。しかし、ここからが問題だったりもする。
この後、茜ちゃんにどうして俺が生きているって知ってるのかを聞かれてしまった。
茜ちゃんの笑顔が戻ったのはいいけれど、俺が生きているのをどうやって知っていたのか説明しなきゃいけなくなってしまった。
まさか、北本先生との経緯を話す訳にもゆかない。
まさか、「俺が悟で~す!」なんて言える訳もない。
頭を悩ませているとふと、何故かとあるゲームを思いだした。それは今年の春にプレイしていた兄弟同士で思念が可能だったゲーム。
いや、えっちなゲームじゃないぞ? R15だ。
で、そのゲームでは、兄の思考を遠くからでも妹が感じとれるという現代社会において絶対にありえない設定だった。が、俺の今のこの現状も十分に現代社会においてありえない設定だ。いや、設定じゃない。現実だ。
そして、俺は茜ちゃんへ説明する方法を決めた。
「茜ちゃん!」
決めた言い訳はまさに中二病的な言い訳だ。でも、ここは仕方ない。
「何?」
「絶対に秘密なんだけどね…」
「えっ?」
そう、この言い訳を真実にする為には、絶対に秘密だと言い切る事だ。これで信憑性を格段にアップできるはず。
「私がお兄ちゃんが生きてるって言い切っているのには秘密があるの…」
「…な、何?」
もったいぶる俺の言い回しに、茜ちゃんが無言で唾を飲んだ。すごく表情が緊張してきている。
よし、今の所はうまくいってるかもしれない。
「…それを…教えてあげようか?」
これで知りたいと言えば俺のターンだ。たぶん。
「う…うん…教えて欲しい」
よしっ! 俺のタァァァーーーーーン! バッチリ決めるぞっ!
なんて思いながらも俺は凄まじい緊張に襲われていたりする。心臓は口から出そう程に全力運転をしているし、顔も熱いし、吐き気すらする。
でもここで負けたら茜ちゃんはまた落ち込む。だから俺は俺の出来る事を頑張るんだ!
ちなみに、俺は中二病では無い。でも、空手を辞めてからの二年間、ちょっとした事で見てしまった中二病的な深夜アニメに嵌った。
その後に、そういう系統のゲームにも嵌った。
よって不良(自称)の癖にそういうアニメやゲームにも詳しくなってしまった。
俺の脳内にはあの時に見たアニメの台詞やシチュエーションが巡る。今回はそれを利用してここで俺の妄想力を発揮する予定だ。
「じゃあ…話してあげる…だから手を…放してもらえるかな」
俺がそう言うと、茜ちゃんは素直に手を放してくれた。そして、俺は窓辺へと移動してカーテンを閉めた。
「何? カーテン閉めないと駄目なの?」
「うん…外からの邪悪な光が私の思考の妨げになるから…」
むっちゃ中二病だなこれ。なんて思うが、今回は仕方ない。
「えっ? 綾香? 大丈夫?」
うん、その『大丈夫?』って、まるで『頭は大丈夫?』って言ってるように聞こえるね。俺の思い込み?
しかし、このままじゃ綾香が本当に危ない子のレッテルを貼られる危険性もあるな。そう思われる前に説明を済ませよう。
「大丈夫だよ? 頭も体も」
「えっ?」
余計な一言だったか?
「え、えっと…じゃあ、話すよ? いい?」
「う、うん…」
「絶対に秘密だよ?」
「うん…」
再び茜ちゃんが唾を飲んだ。表情が強ばっている。
「私はね、飛行が機墜落して記憶喪失になったの。で、記憶喪失になってから普通じゃない事が色々とわかるようになったの…」
茜ちゃんはきょとんとした表情で俺を見ている。だが、俺は言葉を続ける。
「私は…あの事故からお兄ちゃんの思念を受け取れるようになった」
「えっ?」
「お兄ちゃんの気持ちを感じ取れる様になったの」
「ええっ?」
「遠くにいてもお兄ちゃんと思念で話が出来るようなったの」
「あは?」
あれ? 茜ちゃんの目が点になってるじゃないか!?
まさか、あの布石を打ったのにちょっと信じてない系なのか?
だが…俺も言ってて思ったけど、この説明ってむっちゃ中二病的すぎるよな。そうか、要するには俺の話はあまりにも非現実的すぎるんだ。だから信じがたい。
だけど言ってる事は半分は嘘じゃない。俺は綾香だけど悟な訳で、悟の気持ちがわかるんだからな。
「いや、嘘じゃないよ? 本当にだよ?」
「……」
えっと…なんで無言なのかな? ちょっとでも反応しようよ茜ちゃん。
俺のターンだと思ったら、トラップカードに嵌った気分になった。
「茜ちゃん?」
「…」
「嘘じゃないんだよ?」
「…」
「本当なの! 信じて!」
そろそろ反応して下さい。なんて心の中で泣きそうになっていたら、
「………ホントに?」
反応がキタっ! よしっ。というかよかった…
「うん、本当だよ! 何で私がこんな事で嘘を言うの?」
でも、半分は嘘なんだけどね。
「……そんな事ってあるの?」
「あるの!」
「でも…」
「本当にあるの! 私は真っ暗な闇の中でお兄ちゃんの声を聞いたの! 『綾香…生きろ! 生きろ』って声を! だからここに戻ってこれたの! 私を…私を深い闇から光の世界へと引き戻してくれたのは、救ってくれたのはお兄ちゃんなの!」
うぉぉ! むっちゃ中二病だぁぁぁ!
「ほ…本当に?」
「だから私はここにいるんだよ!」
「綾ちゃ~ん? どうしたの~?」
と、良いところで母さんの声が乱入しただと!?
どうやら大声すぎて母さんが反応したらしい。
俺は慌ててドアを開けると「何でもない」と言って再びドアを閉めた。
「綾香? 大丈夫?」
「あ、うん…頭は大丈夫だよ?」
「いや…そうじゃなくって…お母さんだよ」
「あっ…ああ…うん、大丈夫だよ?」
俺は何を言ってるんだよ…
気を取り戻して…
「でも…信じて欲しいな…お兄ちゃんは今でも本当に生きているんだから」
「あの…えっと…先輩は今どこにいるの?」
「………はい?」
俺の心臓が跳ね上がった。冷や汗が出た。というか…そう来たかっ!
額を右手で触ったらぐっちょりと汗をかいている。
やべぇ…俺、やっぱり中二病になんてなりきれない。アニメ【中二病でも恋をした】とか、すっげー説明とかうまかったのに。所詮は経験の差か?(違うだろ)でも、頑張るしかないよな…
よしっ、妄想だ、想像力だ! 考えろ! 俺はどこにいるんだよ!
………………ここにいる?
………まんまじゃん…
俺は自分の妄想力の無さを悟った。
「そ、それは…」
「それは?」
「わ…わかんない…」
なんて素直に言ってしまった。でも妄想力の無い俺にはこれ以上は言えない。だから…知らないで通すしかないのか?
「えっ? 思念で会話が出来るんでしょ?」
「そ、そうだけど?」
「じゃあ、どこにいるかを聞けないの?」
うん、聞けますよね? でも、ここって言えないじゃん!
「ど、どっかにはいるんだけど…なんていうか…そこまで分からないというか…教えてくれないと言うか…」
やばい、言葉に気持ちがはいんねぇ…さっきまでの勢いが絶対に出てない。
「何で?」
「ええと、何でと言われても…こ、心の中には今でもいるんだよ?」
そう、ここにいるんだよ? それは嘘じゃないんだ。
「………綾香」
「し、信じて! 場所は言えないけど、生きてるんだって!」
もうここを強調するしかない。ここだけは言い切れるんだからな。
「綾香…」
「茜ちゃん…信じてよ!」
やばい…なんか涙が出て来た。
「……」
「信じて、お願い!」
マジで泣きそうだ。
「綾香…」
「はい?」
茜ちゃんは険しい表情で俺を見た。かと思った瞬間だった、
「綾香ぁぁぁっ!」
茜ちゃんが勢いよく俺に抱きついてキタ! っていうかこれはタックルなのか!? っていうか…俺…茜ちゃんにベットに押し倒されたのか!? っていうか何がどうしてこうなった!?




