作者の勝手に考えたエンディング そのⅢ
部屋に入ると中は暗かった。
電気が消されていて中央には布団が引かれている。
位置関係は先ほどの布団の位置からあまりずれてはいない。
布団は膨らんでいるから、絵理沙はきっと布団の中だ。
周囲に浴衣を脱いだあとはないから、裸ではないだろう。
凄まじい緊張。
なんと表現して良いのやらわからない緊張。
このまま布団に入り込むべきなのか?
胸が痛い。グサリと刺さるように痛い。
さっきから俺の頭の中に輝星花の顔ばっかり想い浮かんでしまっている。
俺は後ろめたいのか?
輝星花に申し訳ないと思ってるのか?
ここで、まるで誰かが示しあっていたかのようにスマホに二件のメールが届いた。
暗闇の中で俺はスマホを手にとり差出人を確認する。
すると、差出人は輝星花と綾香だった。
まずは綾香のメールを確認する。
内容はたった一文。
『明日は何が食べたい?』
いや、意味がわからないと言うか、ここで聞くか?
でも、まさかこんな状況だとは解らないだろうし、綾香を責める訳にはゆかない。
そして次は輝星花のメール。
『どんな結末になろうとも僕は大丈夫だから』
誰から何を聞いてこのタイミングのメールになったのか。
こんな事を送ってこられると、それこそ覚悟が鈍るというかなんと言うか。
本気で輝星花はメールの文章と同じ気持ちなんか心配になる。
「くそっ」
暗闇に包まれた十畳ほどの和室の中央にある布団を見ながらぐっと胸を押さえた。
自分の心臓の鼓動がハッキリと伝わってくる。
逃げ出したい。それが本音。
ヘタレにこの状況は辛すぎる。
漫画の主人公だって、恋と真剣に向き合っていないからこそ連載が長く続いているんだ。
俺だってハッキリしたい。だけどハッキリするのが怖い。
絵理沙も輝星花も好きなんだって自覚はしてる。そして嫌われたくない。
でも、だけど、わかってる。
もうハッキリしなきゃいけないって。
でも、今が本当にその段階なのか?
俺が部屋に入ってから五分が経過した。
絵理沙も俺が部屋に入っている事実はわかっているはずだ。
結論、結論か。
俺はここで輝星花のメールに返信をした。
『俺がいなくても生きていけるか?』
馬鹿だろ。なんてメールしてんだ。意味わかんねぇ。
するとすぐにメールが返ってきた。
『大丈夫にきまtいr』
文字打ちミス。輝星花が文字打ちミスか。
「まったく……」
決めた。俺は決めた。
今だってすごく悩んでいるけど、でも自分に素直にならなきゃダメだろ。
素直に結果を出すべきなんだ。
俺は一歩、二歩と前に進んだ。
目の前には布団。
そして、俺はその布団に向かって言う。
自分の気持ちを素直に。
「絵理沙、ごめん、俺やっぱり絵理沙とはそういう関係になれない」
布団がもぞもぞっと動いた。
「絵理沙が覚悟を決めてくれたのは嬉しい。だって俺は絵理沙が好きだから。でも、俺はそれ以上に輝星花が好きなんだ」
布団がまたもぞもぞ動いている。
「あいつさ、野木の時からなんか偉そうにしてたけどさ、実は中身は弱い奴だっただろ? お前にだって喧嘩も負けるし、魔法世界に監禁された時なんてネガティブの塊になってた」
急に何かがこみ上げてきた。
こんな所でなんでこんな状態になるのかまったくもって理解できない。
でも、これはきっと絵理沙への申し訳ないという気持ちと、輝星花を想う気持ちなのかもしれない。
「あいつ見栄っ張りだからさ、きっと隠れてこそこそ泣くタイプだからさ、誰かは護ってやらなきゃいけないんだよ。だから俺はあいつの側にいてやろうと思うんだ」
輝星花はいっぱいいっぱい自分の事を俺に話してくれた。
自分がどんなに弱い人間なのかを教えてくれた。
「絵理沙はさ、こう言い方はダメかもだけど輝星花より強いと思う。だから俺がいなくても新しい恋だってできると思うんだ。茜ちゃんも、俺がいなくても次へ向かう事ができると思うんだ」
輝星花が女に変身してから玄関で見せたあの弱々しい姿。
「でもあいつは違う。一人で生きてゆけるなんて思えない。俺の勝手な考えだけど。だからごめん! 本当にごめん! 絵理沙の恋人にはなれない!」
深く、深く頭を下げた。
ここまで覚悟をしてくれた、ここまで俺を好きでいてくれた一人の女性に対して。
暗闇の布団からもぞもぞっと浴衣を着崩した絵理沙が這い出てきた。
そして浴衣を直す事なくゆっくりと立ち上がった。
暗い部屋の中でその表情を伺う事はできないが、俯いて震えているとだけは判断できる。
きっとショックを受けている。絶対にそうだ。
だけど、ここで俺が再び迷ったら意味がない。
「絵理沙、ほんとごめん。でも、それが俺の正直な気持ちなんだ。俺は輝星花の側にいてやりたりんだよ」
絵理沙は返事をしてこなかった。
じっとじっと、ただ黙って俯いていた。
「……そういう事だから。今日で決着だ、絵理沙」
絵理沙はどこに隠し持っていたのか、胸元から携帯を取り出す。
そして、携帯にパチパチと何かを打ち込んでボタンを押した。
すると、俺のスマホにメールが着信する。
「絵理沙?」
俺がスマホを覗きこむと、そのにあった宛名は……。
「えっ!?」
「悟くん、なんで僕なんだ? 僕を選ぶ意味がわからない!」
メールは輝星花からだった。
『本当に君は馬鹿だね』と一言。
「い、いつから?」
そう、俺がずっと絵理沙だと思っていた布団の中にいた女性は実は輝星花だった。
「僕は絵理沙ほど女らしくない。絵理沙ほどの度胸もない。絵理沙みたいに化粧だってうまくないし料理だってできない。君が僕を選ぶメリットはない!」
「輝星花、落ち着け」
俺が一歩前に出ると輝星花は一歩ずつ後退してゆく。
「哀れみで僕を選ぶのならばやめてくれ! 僕は哀れじゃない! かわいそうじゃない! そんな想いで君に……」
輝星花の嗚咽が聞こえた。
ポタポタと涙が畳に落ちるがハッキリと聞こえた。
「選んでもらいたくない……」
この時点で俺はなんでここに絵理沙ではなく輝星花がいたのかを考えなかった。
それよりも目の前で嗚咽をあげながら泣き崩れる一人の女性の事だけしか考えられなかった。
「お姉ちゃん、悟は本気でお姉ちゃんが好きなんだよ! さっきも言ったじゃない!」
そして、いきなり背後に現れたのは絵理沙だった。
気配もなく、扉には鍵が閉まっているのに絵理沙が現れた。
「私はずっとわかってた。悟が心の奥底で好きなのはお姉ちゃんだって事を知っていた。だから今日のこの旅行を仕組んだのに、なんで答えてあげないの? 何で今度は逃げようとするのよ!」
「えっ? いや、絵理沙!?」
絵理沙は電気をつけた。
目の前には乱れて泣き崩れる輝星花の姿がある。
「ごめんね悟。ずっと騙してた。私ね、実は人間になってないの」
「えっ?」
「私ね、本気で人間になろうと思ってたよ。でも、悟から私が好きだという気持ちが流れこんできた後に、輝星花がもっと好きだっていう気持ちが流れ込んできたから、やめたの」
「いや待って? よく意味が通じない」
絵理沙は泣きじゃくる輝星花を見ながら言った。
「私が人間になると言ったあの日に悟の本心に気がついた。三人の中から誰を選ぶとか修羅場になったあの時に悟の気持ちがわかった」
「俺、そんな事を考えてた記憶はないんだけど?」
絵理沙は俺の動揺を見て苦笑した。
「あのね、私さ、人の深層心理まで魔法でわかっちゃうようになったみたいなんだ」
「深層心理?」
「悟は深層心理ってわかる? 人間の思考のうち、自分自身で自覚ができている部分はおよそ10%程度だって言われているんだよ? それで、無意識で自分自身の制御が直接およばない部分が深層心理なんだよ? だから、深層心理は嘘をつかないんだ」
深層心理を知る魔法!? そ、そんなチート能力が開花していたのかよ。
「俺の深層心理にはどんな気持ちがあったんだ?」
「それはさっき悟が言ってたでしょ? 輝星花を護りたい。輝星花の側にいてあげたい。そして輝星花が好きだって気持ちだよ。それは私に対する好きより、茜ちゃんに対する好きよりもずっと深くて、そして強い想いだった」
じゃあ、俺は深層心理で輝星花だって決めていたのか?
「そうだよ? 悟は最初から決めてたんだよ。決まっていたんだよ。だから私は人間にならなかった」
心を読まれた!?
「うん! 読めるよ? ハッキリとね! だって私は魔法使いだし。だから、今まで色々と悟が考えていた事も全部知ってる」
絵理沙は笑顔のままで涙を浮かべていた。
「ありがとう、本当に私を好きになってくれてありがとう」
そしてゆっくりと顔を寄せてきて。
「私も悟が大好き」
優しく俺の唇に唇を重ねた。
本当に触れる程度にやさしく。
「…………それじゃ、お姉ちゃんを宜しくお願いします」
三歩歩後退した絵理沙は涙を浮かべたまま、それでも笑顔で俺に一礼した。
「お姉ちゃん、よかったね、本当に相思相愛なんよ? 喜ばなきゃだめだよ」
輝星花は瞳と鼻を真っ赤にして絵理沙を申し訳なさそうに見ていた。
「じゃあ、もう二度と逢うとこはないけど……」
絵理沙は腕でこぼれる涙を拭うと、勢いよく窓へと進む。
「絵理沙! ちょっと待て!」
「貴方に逢えて本当によかったよ!」
絵理沙は窓から飛び出し、体を輝かせながら飛んで行ってしまった。
まるでドラゴン○ールみたいだった。
「絵理沙ぁぁぁ!」
絵理沙は結局は戻ってはこなかった。
そして部屋に残されたのは輝星花と俺の二人。
なんとなく居心地の悪くなった空間だったのもあって、俺はつい余計な質問をしてしまう。
「結局は今日の旅行って何だったんだ?」
「絵理沙が仕組んだ旅行だよ」
要するに、最初からこの旅行は仕組まれていたのだ。
絵理沙が魔法世界に戻る前に輝星花とひっつけるために。
しかし、本当になんかこう、居心地が悪い。
しばらく無言で互いに部屋の中央に座っていた。
そしてしばらくして。
「ねぇ、さとる」
「!?」
輝星花は男らしい口調ではない、女性の甘えるような口調で語りかけてきた。
「本当に私でいいの?」
自信なさげに頬を赤らめて聞いてくる輝星花にドキっとしてしまう。
そして、不安で揺らぐ瞳を見て俺は覚悟を再び決めた。
「いいんだよ。俺はお前がいいんだ!」
格好よく言い切ったつもりだったが、輝星花の表情はさえない。
「でも、茜ちゃんはどうするの? 断れるの?」
輝星花は本当に自分の事を棚に上げるタイプだ。
ここまできて茜ちゃんの心配をするとか。
「断る。当たり前だろ」
だからこそ言い切ってやった。
輝星花が安心できるように。
「ほんとに?」
「ああ、ほんとにだ」
やっと咲いた輝星花の笑顔。
そして……。
「き、輝星花!?」
輝星花は立ち上がると頬を桜色に染めて浴衣を脱ぎ始めた。
「私も覚悟はできてるから……」
「ちょ、ちょっと待って!」
遅かった。輝星花はそのままするりと浴衣を脱いでいた。
「あのね? 恥ずかしいから……電気をやっぱり消してほしいかな」
下着姿になった輝星花は真っ赤な顔でもじもじとしながら体を隠している。
「輝星花、よく聞けよ? あのな? やっぱりこういうのってまだ俺たちには早いと思うんだ。やっぱりさ、こういうのってちゃんとした恋人同士になって、お互いに同意して、それで愛があって……」
口を塞がれた。輝星花の唇で。
そしてそっと笑顔で唇を離す輝星花。
「私たちはもう恋人同士だよね? そして、私は悟を愛してる。今は悟の子供だったら生みたいって思ってる。そうなればあとは……」
輝星花はスイッチまで歩いてから電気を消した。
「悟の気持ちだけだよ……」
☆★☆
「姫宮さーん、姫宮輝星花さん」
市役所の待合室でぼーとしている輝星花。
先ほどからの女性職員の呼び出しにはまったくの無反応。
「姫宮輝星花さーん」
何度も輝星花は名前を呼ばれているのに気がついてない。
「おい、輝星花!」
そこへトイレに行っていた悟が戻ってきた。
「姫宮輝星花さーん」
「ほら、また呼ばれてる」
「えっ? あ、はい!」
やっと自分の名前を呼ばれたのだと理解した輝星花は慌てて窓口へとゆく。
周囲の視線を独占して。
「では、これで転出と転入の処理は終わりです」
「は、はい」
あの旅行から一年後に俺と輝星花は結婚した。
マンションからすぐに絵理沙はいなくなり、その後はうちで一緒に生活していた。
そして一年が経過して、明日からはついに二人で新居に住む事になっている。
俺はまだ二十歳だから給料も安い。だけど大丈夫だ。輝星花は学校の先生をしているから結構な収入がある。
これじゃヒモだなとか思いつつも、それでも幸せだなとも感じている今。
「悟、終わったよ」
「うん、じゃあ新居に帰るか」
「うん!」
あの飛行機事故がなければ、俺が綾香になる事件がなければ、今のこの状況はなかった。
今ではあの事件と事故があった事にこっそりと感謝すらしている。
「もうっ! やっと終わったの?」
「え、絵理沙?」
そしてこういう展開になるとか、いかにもこの双子らしい。
「まったく、新居に移るっていうからサプライズでお祝いに来たのに、なんでそんな日に市役所に行く?」
「お前、二度と逢えないとか前に言ってたよな?」
「だって、輝星花がしつこく呼ぶからさ」
「えっ? 私は呼んでないでしょ?」
二年が経過して色々と状況も変化した。
昔と人間関係も変化してる。
真理子ちゃんがBL作家になったり、茜ちゃんがなんと正雄と付き合い始めたりした。
佳奈ちゃんは相変わらずのフリーだけど、バスケをまた再開したらしい。
そして、俺たちもちゃんと前に進んできた。
「で、いつ生まれるの?」
「四ヶ月後かな」
色々な人を色々な騒動に巻き込んで迷惑をかけてきた。
だから、その分も俺は幸せになろうと思う。
「子供がパパに似たら最悪だね」
「女の子だったら似て欲しくないかな」
「な、なんだと! 絵理沙! 輝星花! お前ら失礼だろうが!」
【輝星花ENDはここで完結】
なんだかんだと、初期から輝星花エンドを考えていた作者です。
TS同士がひっつくとかいいなぁって思っていました。
当初は野木一郎と姫宮綾香(悟)でひっつくのもありかと思ってましたが、結果的には小説の内容のままになりました。
こういうマルチ形式のエンディングは私がよくやるのですが、書籍になっている小説にはマルチあまりないと思います。
だけど、小説家になろうというフリーな場ではこういうのもありなのかなって。
希望があれば絵理沙ENDと茜ENDも執筆してみようかなと思ったり。
最後に
付けたしのようなエンディングをですが、いかがでしたか?
本編では方向性の見えないエンドにしてしまって申し訳ありませんでした。
これで少しでも読者の皆様が喜んで頂ければ幸いです。




