作者の考えた勝手にエンディング そのⅡ
ついに旅行の日になった。
旅行の前日は緊張で眠れないと言うが、そういう事もなく俺は普通に就寝した。
しかし、思ったよりも早く目が覚めてしまった。
時計を見ればまだ朝の五時だ。
集合時間は東鷲宮駅に八時。
準備をしてから自転車で頑張れば三十分かからずに駅まではいける。
実は俺は緊張してるのか?
俺はそっと窓を開いた。
外は清々しい程に晴天だ。
雲ひとつ無いなんてどれだけぶりだろう。
相変わらず懸命に鳴くセミの声に夏を感じてしまう。
「まぁ、多少は早く出てもいいかな。遅れるよりましだろ」
昨日のうちに用意していた荷物を再度確認した。
次に朝の七時くらいまでずっとスマホを弄って伊豆の情報を収集した。
車は運転できないから遠くにはゆけないけど、それでも何かないかなって無意識に検索していた。
ハっと我に戻る。
あれ? 俺って今回の旅行を楽しみにしてる?
さっきまで検索しながら絵理沙の喜ぶ表情を思い浮かべていた?
やばい、マジで俺って今日の旅行を楽しみにしてるのかもしれない。
そう考え始めると色々な妄想が頭に浮かぶ。
どんな水着でくるんだろうとか、どんな服でくるんだろうとか、今夜はもしかしてとか。
大人な妄想まで考えてしまった。
高校には通っているが絵理沙は大人だ。実年齢は俺よりも二つも上だ。
だから、そういう行為を求めてくる可能性だってある。
もやもやっと絵理沙の考えちゃいけないような姿を想像しながら更に深く考える。
もし、もしも絵理沙がそういう行為を本当に求めてきたら俺はどうする?
拒むのか? 受け入れるのか?
いや、受け入れるって事は絵理沙を恋人に選ぶって意味だし。
そうなれば輝星花との関係は終わる訳で……って、なんでここで輝星花?
どうも絵理沙と輝星花とがセットで浮かんでくる。
俺はどうやら完璧にあの二人にはまってるみたいだ。
ほんとうに申し訳ないけど、茜ちゃんは一番最後まで脳裏に浮かばなかった。
絵理沙と輝星花のどっちかと決着をつけるしかないのか?
去年の夏に二人に出会ってから、そしてなんだかんだともうすぐ一年だ。
二人との付き合いは長くはないが短くもない。
思い出だっていっぱいあるし、輝星花の闇も絵理沙の闇も少しは知っている。
闇か……。
さっきまで普通のテンションだった俺だったがテンションがガタ落ちした。
「絵理沙か……輝星花か……どっちか選べとか難しすぎるだろ」
まぁ、何度も言っているがこれは俺がヘタレなだけなんだけどな。
☆★☆
鷲宮駅には待ち合わせの三十分前に到着した。
夏休みとは言え通勤の時間だ。社会人にとっては平日。
学生の姿こそほとんどないが、サラリーマンは慌しく構内に入ってゆく。
そんな駅前に見覚えのある女子が立っていた。
その女子は俺を見つけると笑顔で手を振ってきやがった。
その女子は絵理沙でも輝星花でもない。なんと羽生和実だ。
「やぁ、悟くん、久しぶり!」
相変わらずのテンションで満面の笑み。
「なんで和実がここにいるんだよ? まさか一緒に旅行に行くとかないよな?」
「まっさかー、そんな空気の読めない行動はしないって、それに悟くんと旅行に行きたいなんて思わないし」
若干ひどい台詞を吐かれた気もするが、そうハッキリ言ってくれる和実の性格は嫌いじゃない。
それとは関係ないが、赤を基調とした今日の和実の私服は、サラリーマンの中で目立っていた。
「じゃあ何でここにいるんだよ?」
和実は真面目な表情でゆっくりと人ごみを掻き分けて俺の前までやってきた。
「でさ、悟くんってさ、覚悟を決めてきたの?」
唐突な台詞に少し驚いたが、だけど和実の聞きたい事は理解できた。
「決めたからと聞かれたら、決めきれてないと言わざる得ないな」
「そっかぁ、でもさ、ぶっちゃけ今日決めなきゃだめだよね?」
普通ならば女子とのお泊りをする前に恋人関係になっておくべきなんだが。
「まぁ、そうなるよな」
だからこそ、今日中には結論は出す必要があるし、きっとそれを求められるはず。
「そうなるね。だって絵理沙は覚悟して来るから。悟と一線越える気で来るから」
想像はしていたが、やっぱり和実もそう思っているのか。
「そう言えば誰から旅行の話を聞いたんだよ?」
「とある情報筋からね」
情報の出筋は二人しか考えられない。
絵理沙か輝星花だ。
その情報源がどちらか解らないけれど、和実は話を聞いて心配でやってきたんだ。
「そんなのいいからさ、言っておくけど覚悟がないならここで行くのをやめておくべきだと思うよ」
「いや、でもさ、折角誘ってくれたのに悪いだろ」
和実がムッとした。
「悪いだろ? あんたはどんだけ尻軽男なのよ? 誘われれば断らないって事なの?」
「いやいや、尻軽じゃないって。俺は絵理沙たちだけ特別扱いしてんだよ」
「でもね? 私が絵理沙の立場なら絶対に思うよ? 一泊旅行にOKとか、私を選んでくれるんだろうなって」
確かに俺でもそう思う。
的確な突っ込みに急に湧き出る焦り。
他人にハッキリと言われてから初めてこの旅の本質を理解した。
いや、解っていたけれど、なるべくダメージが少ないように過少な考えにしていたんだ。
「別に旅行先でもいいよ。でも、悟から先に言うんだよ? 絵理沙をどう思っているかってさ」
「うぐぅ」
どんどんハードルが上がる。
「あの子は長期戦を望んでないから。総合的に考えても輝星花や茜の事を考えても長期戦にするのはよくないって考えてる。だからこそこういう勝負に出てるんだからね?」
夏の暑さでない、別の暑さに襲われる俺。
頭と顔がどんどん熱くなってゆく。
「ほんとうにお願いだから、きちんと結論を出してね?」
「そんな事を言われてもさ……」
「あっ、じゃあね! お願いね!」
和実は慌てて俺の前から走り去った。
振り向けば遠くから絵理沙の姿が見えた。
少し緊張した趣でこちらへ向かってきている。
「あ、悟!」
俺を発見した絵理沙の顔がパッと明るくなった。
夏のイメージの薄いイエローのコーディネートが栄えわたり、露骨にデート感を出している。
「まった?」
「いや、いまきた所だよ」
というテンプレトークをしながらも、俺は絵理沙の顔を見て心臓がドキッと強く鼓動していた。
そして、思わず視線を逸らしてしまう。
「どうしたの?」
「いや」
初めて見た。絵理沙が薄くだけど大人の雰囲気の化粧をしてきている。
なんて破壊力だ。こいつ、元がいいから余計に栄える。
「な、なに? なんで顔を逸らすのかなぁ?」
「いや、なんていうかさ、あれだよ、ええと、え、絵理沙がきれいだからつい」
ぽろっとそんな台詞を吐いてしまった。
すると、俺の左腕に柔らかい何かがあたった。
思わず視線を戻せば、照れた中に嬉しさが溢れる表情の絵理沙が俺の腕に抱きついていた。
「ありがとう。嬉しい」
「いや、別にお礼を言われる筋合いはないだろ」
「ううん、悟にそんな事を言われたのって初めてだから嬉しいよ」
やばい程に緊張感を高めた俺の心臓。
ドキドキが絵理沙にも伝わるんじゃないかって焦りすら感じる。
「じゃ、いこうか」
「そ、そうだな」
まるで恋人同士のように、俺の左手に指を絡めてきた絵理沙。
俺はそのままぎゅっと手を握り返した。
☆★☆
夏は人を惑わす。
いや、夏じゃない。水着は人を惑わすの間違いだ。
「悟っ! こっちこっち」
高校生とは思えない(事実違う)最強のプロポーションの絵理沙は、水着になったらその攻撃力を増した。
走る度にゆれる胸とか初めてまともに見てしまった。
俺が綾香だった時には絶対になかったことだ。
AやBでは裸ならば揺らす事も出来なくはないが、水着で固定されると揺れない。
俺は身をもってそれを体験した。
「ちょ、ちょっと待てよ」
そして視線が痛い。
こんな美女の相手が何でお前なんだよという視線が痛い。
「まったなーい」
無邪気に絵理沙が波打ち際まで走りこみ、俺はそれを追いかけた。
傍から見れば、本気でこれじゃ恋人関係にしか見えない。
まだ恋人同士じゃないなんて言って、誰が信じるだろう。
海の家。
「おじさん、カキ氷ふたつ。私はいちごで、悟はどうする?」
「俺はブルーハワイで」
二人でカキ氷を食べる。そして互いに味見。
本当にこれで恋人同士じゃないのか。俺たちは。
「ねぇ悟」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
唐突に絵理沙の笑顔が笑顔ではなくなった。
「な、なんだよ?」
そんな表情に緊張が伝わってくる。
俺も思わず身構えてしまった。
「……ううん、やっぱり何でもない」
「なっ?」
絵理沙は言いかけた何かを俺に伝える事なく席を立った。
しかし、言いかけで終わられると気になって仕方ない。
絵理沙は俺に何を聞きたかったのだろうか?
何を伝えたかったのだろうか?
後で追求したけど結局は答えてはくれなかった。
そして、夕方になり宿に二人で入った。
宿の受付の女性は、俺と絵理沙の会話から姉妹じゃないと悟ったのか『仲よしですね』なんて言いやがった。
思わず顔が熱くなったのを気にして絵理沙を見れば、絵理沙も真っ赤だった。
そして『うふふ』とか受付の人に笑われてしまった。
夕食を終えてから二人で別々にお風呂に入った。露天風呂だ。
そして闇に包まれた空を見上げるが星は見えない。
思った以上に明るい温泉街の照らす明かりは星の光を消していた。
まるで今の自分の本当の気持ちみたいだ。
俺の気持ち。絵理沙や輝星花や茜ちゃんへの想い。
自分の気持ちのはずなのに、俺は誰が本当に好きなのか見えない。
「そういや、輝星花と富良野で見た星空はきれいだったよな」
ふと輝星花の顔が頭に浮かんだ。
【野木輝星花】という名前の人間で生まれるはずだった魔法使いの表情。
輝星花の名前の由来は知っている。
でも、親はどうして輝星花という名前をつけたのだろうか?
輝く星のように。そんな事を言ってたっけ?
輝星花の両親は人間と魔法使いだ。
両親は禁断の恋だと知って子供を作った。
そして、生まれた子供が絵理沙と輝星花。
絵理沙は魔法使いとして、輝星花は人間のはずなのに魔法使いとして生まれた。
もしかすると輝星花の両親は最初から輝星花が人間として生まれる側だって理解してたのかもしれない。
生まれてしばらく経過してから解ったような事を輝星花は言っていたが、魔法使いと人間との間に生まれる不幸な双子は輝星花や絵理沙が生まれる前から存在していた。
たぶんだからこそ、輝星花にはその運命に負けないように、輝けるように名前をつけたのかもしれない。
今ごろ輝星花はどうしてるんだろう?
この旅行をどう想っているんだろう?
俺と絵理沙が旅行に来て反対はしなかったのか?
輝星花は俺が本当に好きなのかな?
☆★☆
「おかしいわね、布団が二組ひいてあるわ」
部屋に戻ると布団がひいてあった。
それは漫画とかによくある一組に枕ふたつではなく普通に二組だ。
「健全にって意味だ」
なんて言ってみると、絵理沙が一組の布団をたたみ始めた。
「お、おい!」
「何が健全よ! 私はもう大人なの! そういう行為をしらないおこちゃまじゃないの! 悟だってどうやったら子供ができるかくらいわかってんでしょ?」
露骨すぎるだろ! と文句も言えないのだが、絵理沙の真っ赤な顔を見ているとこっちまで緊張してくる。
「そ、そう言えば輝星花は? 留守番か?」
「なに? 輝星花が気になるの?」
「いや、そりゃ少しは心配だろ?」
「ふーん……」
ちょっとムッとした表情で前かがみになった絵理沙。
浴衣が乱れて胸元が少し肌蹴ている。
否応無しに緊張感が押し寄せる。R18的な緊張感が。
心臓はドキドキ、男性機能は抑えようもなく機能したいをアピール。
「悟は私の体じゃ不満なの?」
「お前、どうしたんだよ? そんな積極的すぎだろ」
絵理沙が浴衣をわざとらしく引っ張るから余計に胸元が危険な状態になった。
「だって、悟がハッキリしないからでしょ! だから私は既成事実をつくる覚悟で来たんだからね!」
マジで露骨すぎて焦った。
でも、絵理沙をここまで追い込んだのは俺だ。
俺がずっとハッキリしないからこその行動なんだ。
「ハッキリと言ってあげるわ」
「いや、言わなくてもいいから」
「ううん、言う!」
何を? とドキドキしてると、絵理沙は旧に乙女な表情になって俺に寄りかかってきた。
「私は悟が好き……大好きだよ……」
抱いてと言われる覚悟をしていたのだが、絵理沙は俺に何度目かの告白をしてきた。
「絵理沙……」
絵理沙はゆっくりと俺から離れると浴衣の酷い乱れを見て照れくさそうに言う。
「ちょっとだけ出ててくれる? 今から準備するかあ。で、五分位したら入ってきて。その時には鍵を閉めてね」
ごくりと唾を飲んだ。
これは完全なる既成事実をつくろう宣言だ。絵理沙は覚悟をしている。
「あ、ああ」
俺はここまできても何も言えずに部屋から出た。
五分は想像以上に長かった。
部屋数のあまりない宿の中をくるくると廻る。
お土産コーナーを覗いてみる。
一本だけあった木刀を見ていて輝星花を思い出した。
なんで思い出したのかの意味がわからないけど。
そして、ついに五分が経過した。
「どうするんだよ俺……」
絵理沙は覚悟を決めて待っている。
でも俺にはまだ覚悟がない。
このまま流れに身を任せて関係を持ってしまう事もできるけど。
でも、だけどそれでいいのか?
俺は本当に絵理沙と恋人関係になりたいのか?
考えごとをしている間に部屋の前までやってきていた。
「くそっ!」
ごくりと唾を飲んでから扉をあけた。




