017 ラブレターの中身
俺は屋上を出て階段をゆっくりと下っている。
始業式の日なので部活も無いのか、知らない間に生徒の声がほとんど聞こえなくなっているのに気が付く。
俺は三階まで降りると、そこである男子の声を耳にした。周囲が静かなだけにその声がよく聞こえる。
俺はその声を聞いた瞬間、慌てて階段ホールに身を隠した。
そう、その声の持ち主とは大二郎と正雄だったからだ。
やばい…そうだ…俺、大二郎に告白されたんじゃないか…
嫌な汗が手の平に滲む。そして、そっと廊下を見ると大二郎と正雄がゆっくりとこちらに向かって歩いて来ているじゃないか。
話に夢中なのか、まだこちらを向いていない。これは今逃げるしかない!
「で、姫宮の妹の事だけど、マジなのか?」
「ああ、マジだ」
なんて会話が聞こえながらも、俺は一目散に階段を掛け下がった。
「やばい! やばい! やばいって! 早く学校から撤退しないと!」
誰もいない教室に戻ってから鞄を取る。そしてダッシュで教室を出ようとした時、俺はかなり慌てていたのか教室のドアの枠に脚がひっかかりこけてしまった! 数ミリの段差、侮れない…
鞄の中身がどわーと廊下に散乱している様が俺の視界に飛び込む。
ああぁぁぁ! もう、俺は何をしてるんだよ!
俺は散らかった鞄の中身を片付けていると、見知らぬ黄色い封筒が落ちているじゃないか…って! これって下駄箱に入ってたあれだ…
その手紙を手に取ると、とりあえず薄目で透視してみた。しかし、何も中身は見えない。俺には透視能力はないらしい。
これもあったんだよな…なんて鬱な気持ちになってしまった。
うーん…どうしようかな…いっそ捨てようかな。でも、一応は中を見ないと捨てられないよなぁ…
結局は俺はとりあえず鞄の中身を集めてから、誰もいない教室に戻って黄色い封筒を開けてみた。
封筒の外にはあて先、要するに姫宮綾香様とは書いてあるが差出人が書いてない。
中には白い便せんがはいっており、何かが書いてある。あたりまえか…
なぜかここで俺の心臓は緊張時と同じ鼓動を始めた。
そう、これが人生で初めてのラブレターを貰ったからかもしれない。
だが…綾香で貰って緊張してどうするんだぁぁ!
なんて心の中で突っ込むが、虚しい。そして、心臓はドキドキと緊張の鼓動をやめない。
くそ…こんな手紙…なんて思いつつも、マジで緊張しながら手紙を開いた。
『姫宮綾香様 僕は姫宮綾香さんがずっと前から好きでした。いつもあなたの事を想って胸が張り裂けそうな思いをしています。』
俺はごくりと唾を飲んだ。
そう、手紙はやっぱりラブレターだった。
綾香って可愛いし、やっぱりもてるのかな?
って…今は続きだよな…っと…
『でも姫宮さんに直接告白する勇気もなく、このたび手紙を書かせて頂きました。きっと僕に告発する勇気が出たら…』
おい…告白が告発になってるぞ? 俺はお前に訴えられるのかよ。
『勇気が出たらその時は姫宮綾香さんへ直接僕の気持ちを伝えます。』
で? これで終わり? 差出人名もなし? 何だこの手紙は!? 漢字は間違ってるし、出す前にちゃんと確認しろよ!
しかし誰だ? これじゃ誰が差出人がわかんねーぞ…わかんねー分怖いな…
まぁ手紙でしか告白出来ない奴だろうから、直接は何もして来ないだろうけどな。
俺は手紙を鞄にしまうと教室を出て下駄箱へ向かった。その間も俺は警戒を怠らない。そう、この学校には大二郎と正雄がまだ残っているからだ。
玄関までまるで鬼ごっこをしているかのように、すごい警戒しながら俺は進む。結果、下駄箱まで大二郎には合わなかった。
よし、下駄箱には大二郎はいない様子だ…いまのうちだ!
俺はダッシュで駐輪場へと走ると、リズミカルに自転車に乗り、そして急いで家へと向かった。
☆★☆
もう少しで家につくぞ…
俺は息を切らしながら自転車を漕いだ。九月でも暑いものは暑い。さすがに全力疾走は辛い。全身は汗でねっとりだ…もう気持ち悪い。
しかし…汗で濡れたブラウス。うっすらと透けているブラがなんともいやらしい感じがする。これって結構エロいよな。なんて馬鹿な事を考えながら自分の胸を見ていた。
ちなみに、サマーセーターなんてとっとと脱いだので着ていない。
しかし、ここでサマーセーターの意味がわかった。そうか、ブラを男子に見せない為だったのか。(違うと思います)
風を涼しく感じる程度にまで自転車の速度を落として俺は住宅街を抜ける。
角を曲がって自宅が見えた時、家の前に誰かがいるのが見えた。
あれ? 誰だ?
俺はすこし急いで自転車を漕ぐとようやく人影がはっきり見えてきた。
あれ? 茜ちゃんじゃないか! 何で俺の家の前にいるんだ?
「茜ちゃーん! どうしたの?」
俺は門の前で待っている茜ちゃんの前で自転車を降りた。
「あ、綾香…ごめんね…突然きちゃって…」
茜ちゃんはすごく申し訳なさそうな顔をしている。しかし、何の用事だろう?
「大丈夫だよ? でも前もって言ってくれればもっと早く戻ってきたのに?」
「ご、ごめんね…少し寄ってみて綾香がいなかったら帰ろうかと思ってたから…今、ちょっと待っても綾香が戻ってこなかったから帰ろうかと思ってたんだ」
そう言ってるわりには結構ここで待っていた感じがする。
学校で俺が屋上へ向かうより前に茜ちゃんは教室を出たのは間違いない。知らない間に消えていたのを確認している。
その後に俺は絵理沙の待ってる屋上に行ったし…
そう考えると結構な時間が経っているはずだ。こんなに待ってるなんていったい何の用事だろう?
「こんな所で話すのもあれだし、とりあえず中に入ってよ」
「え…で、でも…」
俺はもじもじしている茜ちゃんの手を持って引っ張った。というか、今になって気がついた。勢いで手を持ってしまったという事実に…
い、いいんだよ! 今の俺は綾香だ! という事は女同士だ! 友達同士だ! よしOK…という事にしておこう!
「い、いいから、入ってよ!」
「あ、うん…」
俺は茜ちゃんを玄関の前まで連れてゆき、急いで自転車を車庫に置いた。そして玄関で待っていた茜ちゃんを家の中に招きいれる。
ちなみに、今日は両親がいないので気兼ねなく茜ちゃんを招きいれる事ができるのだ。
俺は自分の、じゃない…綾香の部屋に茜ちゃんを連れて入った。
茜ちゃんは部屋の中に入ると、俺が用意したクッションに座ったまま黙ったまま俯いている。
「どうしたの? 茜ちゃん…何かあったの? 私でよかったら相談にのるよ? 今日だって私に用事があって来たんでしょ?」
夏休みのあの日に突然気分が悪くなって家に帰った茜ちゃん。それ以来まったく話しをしていない…きっと何かがあるんだろう。
「うん…でも…本当に…もういいんだよ」
本当は茜ちゃんは何かを言いたいんだな。でも言いたくない気持ちもあるのか? 何だろう? もういいんだよなんて投げやりな感じだし。こんなに元気のない茜ちゃんを見てるのは…俺はつらいよ。
「茜ちゃん、私が帰って来るのをずっと待ってたんでしょ? 私にはわかるもん。お願いだよ、言いたい事があるなら言って」
俺は真面目な顔で茜ちゃんを見た。
「あは…さすが綾香だよね…ずっと待ってたのわかってたんだね…」
笑い声にも元気が感じられない。
「私、そんな元気の無い茜ちゃんを見てられないよ…」
「………綾香はやっぱりやさしいね……たぶん、綾香が記憶喪失になる前に話した事なんだけど…やっぱり忘れてるよね? もし忘れてるならもう話すのはやめとこうと思ってたけど…でも…やっぱりもう一度話そうかな…」
飛行機事故に遭う前に一度綾香は聞いているのか? 綾香は茜ちゃんに何を言われたんだろうか? おっと…でもそうなると、ここは聞いておかないといけないよな。綾香はこの情報を聞いてる訳だし。
「うん…わかった…私でよかったらもう一度話してもらえるかな…」
「うん……」
そうは言ったが、茜ちゃんは言葉に詰まって話が出来ない。
沈黙の時間が数分ほど過ぎた。そして茜ちゃんは緊張を解きたかったのか、大きく深呼吸をする。
目を閉じて何度か深呼吸をした茜ちゃんは少し落ち着いたのか、ゆっくりと話を始めた。
「わ、私ね? あのね…綾香の…えっと、綾香のお兄さんの事が…姫宮先輩が好きなんだ…」
「えっ!?」
「えっ!」
俺が驚くと、茜ちゃんまで驚いてしまった。
「ご、ごめん…」
「驚いたよね? やっぱり忘れてたんだね? あはは…恥ずかしいなぁ…」
真っ赤な茜ちゃんを横に、俺まで顔が熱い。きっと真っ赤になっているはずだ。
何? 今さ、何て言ったのかな?
聞き間違いなのか? いや…そんな事はない。よな?
茜ちゃんの発言を聞いた瞬間にまるで雷が直撃したかのようなものすごい衝撃が俺の中に走ったぞ!?
そうだ、今さっき…今、確かに言ったよな? 俺が好きだって?
今日は大二郎に告白されたり、ラブレターが下駄箱に入ってたり、北本先生が野木絵理沙だったり、野木の馬鹿に胸を揉まれたりとか色々あったが、それ以上の衝撃だ!
いやまてよ? もしかして本気で聞き間違いかもしれない?
「えっと…私のお兄ちゃんって…悟お兄ちゃんが好きだって事かな?」
「うん…そうだよ…一度は綾香が飛行機に乗る前に話したんだけど…私は姫宮先輩が好きなの」
うわあああ! マジかよ! 茜ちゃんが?
そ、そう言えば! 綾香が飛行機に乗る前に、帰省するあの日の朝に俺に言った言葉…
『ええとね、きっとお兄ちゃんを好きな子はいると思うよ?』
あれはこういう事だったんだ…俺の事が好きな子って茜ちゃんだったんだ。で…でも…今の俺は綾香だし…
「でも、先輩が行方不明になっちゃったから…綾香もきっとこんな話を聞くとお兄さんの事を思い出してしまうだろうし…辛くなるんじゃないかなって思ったの…だから話すのやめとこうって思ってたの…」
茜ちゃんはすごく悲しそうな表情で俺に言った。
綾香にすっごく気をつかってくれてたんだ…俺が綾香だと思って…
「ううん、話してくれてありがとう。私は大丈夫だから…茜ちゃん、元気を出して!」
「綾香…ありがとう…でも…でも…私は駄目だよ…行方不明って聞いてからもう何も考えられなくなっちゃった…だから…綾香に…綾香にだけはもう一度話をしたかったの…色々聞いて欲しかったの…本当にごめんね…」
茜ちゃんの潤んだ瞳からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうだ。
「ううん…大丈夫だよ…話してくれてありがとう」
そして、ついに茜ちゃんはボロボロと泣き始めてしまった。
「綾香ぁ…先輩がぁ…先輩がいなくなっちゃったよぉ…私…まだ何も伝えてなかったのに…お礼も言えてないのに…いなくなっちゃったよぉ…うう…綾香ぁ…ああああああぁぁぁん」
涙を零す茜ちゃんを俺は思わず抱きしめてしまった。
こ、これは不可抗力だぞ! やましい気持ちは…な、ない…はず!
ちなみに、お礼って何だろうか……まあいいや…今はそれ所じゃない。
「茜ちゃん…泣かないで」
しかし、茜ちゃんは俺の胸の中で泣き崩れた。あのいつも元気な茜ちゃんが…すごく泣いてる。
何だよこれ…こういう事に俺どうすればいいんだよ? 俺は茜ちゃんの前にいるし、ちゃんと生きてるんだよ! でも…それを伝えられないなんて…なんだよこの仕打ち! つらい…くそぉぉぉぉ!
よ、よし!こうなったら!
「茜ちゃん、聞いて!」
俺は茜ちゃんを抱きしめる腕に力を込めた。抱きしめながら言葉に力を込めた。
「あのね…私は…」
肩に染みる茜ちゃんの涙が暖かい…
「私はお兄ちゃんが生きてるって知ってるの!」
俺がそう言い切った後、茜ちゃんが蚊の飛ぶくらいの声で小さく「えっ」っと驚いた。そして呆気にとられた表情で俺の顔を見た。




