【最終話】 剛毅果断
最終話です。短いです。
夏休み最初の日曜日。
外は炎天下で、暑いぞ熊谷が四十度に達してしまうかどうかという夏日より。
秩父連山には入道雲がかかり、夕方からゲリラ豪雨も予想されるあっつい日。
そんなあっつい日曜日の俺の部屋も暑かった。いや熱かったか?
実はクーラーを買ってもらって、昨日から実働中だったりするので室温は暑くないのだが、俺自身が熱い。
「お前……人間になるとか、そんな簡単な事なのか?」
絵理沙は首を横に振る。
しかし表情は笑顔だ。
「そんな訳ないじゃない」
「だよな? そうだよな? そんな簡単じゃないよな?」
「使う魔法は悟や輝星花に使った再構築魔法だけど、自分自身に効果があるかはわからない。それでも私はやってみるけどね」
「やってみるって、だからそれは難しいんだろ?」
不安そうな表情で絵理沙を見る茜ちゃん。
いつの間にかフラットな表情に戻っている輝星花。
絵理沙はずっと微笑んでいた。
「私って諦めの悪い女なんだよね?」
「知ってるけど、だからって無謀だったらやめとけよ!」
「いいじゃない。今回はタイムリープをする訳じゃない。私は別に死にたい訳じゃないんだよ?」
「そうじゃない! そうじゃなくって! じゃあ安全なのか? 難しいだけなのか? 危険じゃないのか?」
首を傾けて顎に拳を添える絵理沙。
しばらく考えて再び笑顔になった。
「安全でもないかな?」
「なんだと? 安全じゃない?」
「うん、だって魔法使いの私が自分で自分を人間にするんだよ? それもDNAレベルでの再構築だよ?」
とんでもない事をさらっと言う絵理沙。
「だ、だったら止めておいた方がいいですよ、絵理沙さん!」
ここでいきなり割って入ったのは茜ちゃんだった。
必死な表情で立ち上がり、絵理沙に向かって叫んだ。
「いくら先輩が好きだからって、死んじゃったら意味がないじゃないですか!」
絵理沙はそんな茜ちゃんに優しく微笑み返した。
「うん、だから死ぬつもりなんてないわよ?」
「でも、危険なんですよね? 危険って死んじゃうかもしれないって事じゃないんですか?」
茜ちゃんは必死に絵理沙を説得する。
これは競争相手を減らす目的なのか、本当に絵理沙の身を案じてなのか、見ているだけじゃわからない。
「そうね、そういう可能性だってないとは言えないかもね」
「それでも絵理沙さんは人間になろうって思うんですか? そこまでして先輩の傍にいたいと思うんですか?」
「うん、そうだよ? もう決めたから」
茜ちゃんはポロポロと涙をこぼし始めた。
「卑怯ですよ……そんなの!」
そして震える声で、それでも強い口調で言い放った。
「そんなの勝てるはずないじゃないですか! そんな、自分のために命まで投げ打ってくれようとしている絵理沙さんに、私が勝てるはずないじゃないですか!」
絵理沙はそんな茜ちゃんの言葉を真正面から受け止めていた。
いや、絵理沙だけじゃない。ここにいる全員が茜ちゃんの言葉を冷静に聞いていた。
だって、これこそが茜ちゃんの、そして人間の本音だから。
きっと輝星花だって同じような事を思っているはずだ。
現に俺だってここまでしつこくされて嫌なはずもないし、言っている事にも納得間がある。
俺が絵理沙を諦められない、まだ心惹かれている理由だってこういう無茶をする奴だからっていうのもある。
「なんで輝星花さんや絵理沙さんはこの世界に来ちゃったんですか? 二人がいなければ私は先輩と……先輩と……」
そこまで話した茜ちゃんは自分の言葉の意味を理解したのか、口を紡いだ。
きっと酷い事を言っていると理解したのだろう。
そんな茜ちゃんに輝星花はそっとハンカチを差し出した。
「茜くん、君の恋愛対象であった悟くんに僕と絵理沙が恋心を抱いてしまったのは運命なんだ。だから申し訳ないが、君がいくら叫んでも僕らは諦めない。だが、言いたい事はわかるよ。僕だって君の立場ならばきっと同じ気持ちだっただろう。そして、ここで君にもう一度伝えておく。僕は悟が好きなんだ。僕は悟と一緒になりたいと思っている。君には負けない」
茜ちゃんはハンカチを受け取らずに唇をかみ締めて輝星花を見返していた。
「私だって先輩が好きです。負けたくありません!」
「そうだよな? 君だって絵理沙や僕に負けたくないんだろ? 負けた訳じゃないだろ?」
「まだ……まだ負けてません!」
「うん、そうだよ、そうこなくては困る」
まるで先生のような口調の輝星花は笑顔で茜ちゃんの頭をなでた。
「人生というものは先が見えないものなんだ。僕だってこんな事になるなんてまったく予想すらできていなかった。魔法使いで生まれ、魔法使いで一生を過ごすと思っていた。中途半端に男に変身していた僕が恋をするなんて思ってもいなかった」
「……」
「でも、今はこういう状態になっている」
「輝星花さん……」
「大丈夫だよ! まだ諦めるには早い! いくら今の悟の気持ちが絵理沙に傾いていたとしても、それは今の感情なんだ! この先ずっとそれが続くとは思わない! 思っていない!」
輝星花は絵理沙の方を向いた。
まるで好敵手を相手にしているがごとく嬉しそうに微笑んでいる。
「絵理沙!」
「何よ」
しかし絵理沙は少し冷めているように見える。
まぁ、今の輝星花のテンションはちょっと高すぎるけど。
「絵理沙が人間になりたい覚悟ができた事について、僕は何の意見もない。絵理沙のやりたいようにすればいい。だけどね? だからと言って、僕が悟を諦めるという事はない。もちろん」
ぐっと茜ちゃんの肩を抱き寄せる。
「越谷茜も諦めない! この子も悟が大好きなんだからね!」
絵理沙は俺の背中からやっと離れてくれた。
「上等じゃない! 私だって輝星花や茜に負けるつもりなんてないわ!」
「わ、私は諦めません。だって、私がお二人よりも先に先輩を好きになったんです!」
まさに修羅場だなこれ。
これは三角関係を超える四角関係という事なのだろうか?
そう考えつつも俺は冷静に今の状況を観察していた。
俺を取り合う女性が三人もいるとか、一年前には信じられない事だった。
彼女すらいなくって、高校デビューしても効果なくって、そのまま三年の月日が流れるものだと思っていた。
綾香が飛行機事故にあって、俺が綾香になってしまって、俺の人生は最悪だと思っていた。
だけど違った。
とは言っても、ある意味で言えば俺の人生は最悪なのかもしれない。
こんなとんでもない状況になっているのだから。
だけど、逆の意味で今の俺の人生は誰も味わえないような最高なものなんじゃないのか?
「悟、待っててね、すぐに人間になるから」
「絵理沙、きっと魔法は失敗するよ。やましい気持ちがある魔法使いはだいたい失敗するものだ」
「そんなのやってみなきゃわからないでしょ!」
「いや、過去の検証結果から見ても失敗の可能性が高い。やめるなら今だぞ?」
「あ、あの? 危険ならやっぱり今は少しやめておいた方が……」
「そう言って二人は私にライバルになって欲しくないんでしょ? 私に勝てる見込みがないから」
「なっ? 何を言う! なんで僕が絵理沙に勝てない? 勝てるに決まっているだろ!」
「私だって負けません! 別に絵理沙さんがライバルになったからって諦めません!
何でだろう? 三人の言い合いを聞いていて楽しくなっている。
こんな状況なのに笑いがこみ上げてくる。
「あーーーーー黙ってて! もうやるって決めたんだから!」
「あーーーーー解った。 だったら早くしてくれ」
「二人とも、落ち着いてください」
見上げればコロコロとかわる三人の女の子の表情。
絵理沙、輝星花、茜ちゃん。
こんな俺に好意を向けてくれる女の子たち。
これからの未来は俺にも予想がつかない。
絵理沙の魔法だって成功するかわからない。
この三人以外の彼女ができる可能性だってある。
未来は決して決まってはいないんだ。
「あー、もういいから、お前らの好きにしろよ」
俺は三人の中央で立ち上がった。
「とりあえずさ、無茶苦茶居心地が悪いからリビングに行くから。で、決着がついたら教えてくれよな」
キョトンとする三人。
後から何か言っていたが、聞く耳を持たずに俺は部屋から出た。
リビングに下りればそこには綾香がちょこんと座っている。
上の騒動なんてまったく興味がないのか、相変わらず体育座りで高校野球を見ている。
ちなみに、両親はでかけてしまったらしい。
息子の修羅場にでかけるとは、なんという両親だろうか。
「綾香」
「なぁに?」
「お前、今日の事を知っていたのかよ?」
「あーうん。前から相談されてたかな」
平然と背を向けたまま綾香は答えた。
どうやら今日の出来事は俺だけに内緒で仕組まれていた事らしい。
まぁ解っていたけど。
「そっか……ふーん」
【カキーン】
【ワーーーーー!!!!】
テレビから漏れる金属バットの音と歓声。
「あー! 負けちゃう! ノーアウト満塁になっちゃったよ」
画面を見れば九回裏、ノーアウト満塁の場面だった。
点数は八対七で先攻の高校が勝っている。
しかしここは一打逆転のチャンスだ。一発が出れば後攻の高校が勝てる。
バッターは緊張した趣でバッターボックスに入り、守備陣はピッチャーを囲んでいる。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「私ね」
「うん」
「お兄ちゃんが幸せになってくれれば相手は誰でもいいから……」
「なんだよそれ」
たとえ九回裏で満塁の状況であっても、必ず後攻が勝つ訳じゃない。
だからと言って必ず先攻が勝つという訳でもない。
でも、かならず決着はつくのが野球だ。
ここで一点で延長に入ったとしても、それでもいつかは決着がつく。
きっとそれは人生も同じで恋愛も同じ。
今の状況がずっとずっと続くはずなんてない。
いつかは決着がつく。
「頑張れ! どっちもがんばれ!」
「お前、どっちを応援してるんだよ?」
「どっちもだよ!」
「なんだよそれ」
【カキーン】
【ウヮーーーー!】
そういう事になってるはずなんだ。
完
これで一旦は完結といたします。
色々と悩み悩んで最後の最後までどうしようかと迷っていました。
でも、それでも、それぞれのヒロインの立場を考えると、きっとこいう展開が一番なんじゃないかなと思って、このようなエンドといたしました。
これで本当の意味である『ぷれしす』妹のいる場所=妹を演じるという題名での物語りは終わりです。
この先は妹を演じる物語ではなく、悟の恋愛の物語になります。
最後に
長い、とても長い掲載期間の割には内容もない。
そんな小説にも関わらず読み続けていただいた読者の皆様。
本当にありがとうございました。
感謝してもしきれません。
そして、一部の方には納得できないエンドになってしまったかもしれません。
ごめんなさい。ですが、先がちょっと気になる方が楽しくないですか?
それでは、また次の作品でお逢いできれば幸いです。
2017年8月吉日 みずきなな




