161 新しい始まりと……
本当の最終章突入です。ぶっちゃけるとそれほど長くないと思います。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
桜も散り、権現堂も淡いピンク色から鮮やかな緑色へと変化した新学期。
俺は高校二年になり、あいもかわらず姫宮綾香として高校へと通っている。
まだ男には戻っていない。
清水大二郎と桜井正雄は卒業し互いに違う道に進んだ。
大二郎は体育大学へ進み、そしてなんと教師を目指すらしい。
もちろん体育教師だが。
そして、正雄は大阪の大学へ入学した。
俺は正雄の旅立ちの日まで事実を知らなかった。
正雄が旅立つ日、電話越しに俺に向けた言い放った言葉が今でも耳に焼き付いている。
『初恋の相手がお前とか最悪だった。けど、忘れられない思い出だったよ(笑』
カッコ笑が余計だ。しかし俺だって忘れられない思い出になった。
まさかのBL展開になるとは思ってもなかったからな。
ここで、俺の初恋の相手は誰だったのだろうと考える。
そして一人の女性が思い浮かぶ。って、くるみじゃん!
よくよく考えてみれば、俺は幼馴染のくるみを中学時代に好きだった。
考えてみれば高校になってから接点が無くなった。
くるみ、何してんだろうな?
卒業したんだよな?
でも、まぁ、初恋の相手が女子という事で正雄や大二郎よりもずっとましだ。
いや、待てよ? でも、完全なる女性としての俺を二人は好きになったのだから、これはこれでまともな恋愛だと言えるのだろうか?
あいつら、男の俺は好きじゃない訳だし。
「おはよう、綾香ちゃん」
「あ、おはよう」
俺が変な事を考えている間に、クラスには人が溢れていた。
茜ちゃんも手を振りながら俺の横まで歩いてきている。
見れば後ろからは佳奈ちゃんもついてきている。
「今年も同じクラスだね」
「だねー」
「でも、真理子ちゃんも南ちゃんも別になっちゃったね」
「だね」
「綾香、茜、大丈夫だ! 私は気にしてないから!」
佳奈ちゃん、少しは気にしてあげてよ。南なんて中身は本物の綾香だよ?
そんなこんなで今の俺は絵理沙の魔法力が回復するまで綾香の姿を継続中。
これは俺が綾香になった時から決まっていた事だからいまさらなのだが、決定的に違う事もある。
それは確実に俺は元の姿に戻れるという事だ。
しかし、まさか再構築魔法がそんなにすごい魔法力を使うとは思っていなかった。
絵理沙の魔法力は輝星花の魔法力を吸収した事で格段にあがっている。
そして、タイムリープの魔法を使えるほどには魔法力があった。
なのに、絵理沙はまだ魔法力が足りない、待ってくれと言ってきたのだ。
とりあえず、女性化対策については変身薬の補充で対策している。
だから家に戻ると毎日男に戻っている。
本物の綾香は喜んでくれているけど。
「そういえば野木さんって引っ越しちゃったんだね」
「あ、うん、そうみたいだね」
ここでいきなり絵理沙の話題になった。
「残念だね、せっかく仲良くなれたのに」
「そうだね、残念だね」
絵理沙はあの事件の後に魔法世界へ戻った。
魔法世界から脱走したままの状態では追っ手がくる可能性がある。
そんな状態になってしまうと、俺を男に戻すどころの問題じゃない。
羽入和実は追放された身なので一緒には行っていないが、なんと校長先生が一緒に行っている。
校長は魔法世界でもそれなりに権力があるらしく、魔法世界が絡んだ飛行機事故の話を含めて俺や綾香に対する賠償問題を追求するらしい。
絵理沙はそれを考えた行動をしたと擁護するみたいだ。
結果はまだ聞いていないが、きっとうまくいくって俺は信じている。
「そういやホームステイしてた野木さんも自分の国に戻ったんだっけ?」
今度は輝星花の話題だ。
「うん、そうなんだ」
「もう少し長くいられればよかったのにね」
「そうだね」
「私、その野木って人をあんまり知らないんだけど、格好よかった? ねぇ!」
ここで目を輝かせる佳奈ちゃん。
タイミングがおかしすぎるよね? もういないのに。
「格好はよかったかな? 私もあまり見てないんだけど」
輝星花がホームステイとして滞在したのは一ヶ月程度だった。
すぐに春休みになり、そのまま学校もやめて引っ越してしまった。
扱い的には一時的なホームステイが終わったような扱いだが、実際には俺の知らないどこかへ行った。
俺は引き止めた。
人間世界で行き場所がないのならば一緒に暮らせばいいと。
一緒に居てくれるかなんて聞いた癖に、結果的には本当にどこかへ消えた。
でも、そうだな。輝星花のあの言葉からすればその行動も理解はできなくもない。
『君が本気で恋をすれば僕の気持ちがわかる』
結局、俺は引き止めらなかったんだ。
「そっかー残念だなぁ。見たかったなぁ」
「そんなに見る価値があるとは思えないよ?」
「そりゃ綾香はいっぱい見たからでしょ?」
「まぁ、そうだけど、でも佳奈ちゃんには合わないと思う」
「そうなの?」
「うん」
「そっかーそうなのかーだよねー? やっぱり私ってヤマトナデコだし!」
「ナデシコね? あと意味が繋がらないよそれ」
そして、羽入和実はと言えば。
「綾香ちゃーん!」
教室の入り口から声が聞こえた。そう、和実の声だ。
和実は何をどう考えたのかこの高校へ戻ってきた。容姿は変身前の姿で。
イコール二十歳なのに高校二年生とかいいのか?
「わぁ……」
大人っぽい雰囲気にクラスの女子からため息が漏れる。
男子生徒は大人びた上級生に釘づけになっていた。
まぁ、ドラマで二十代の役者が高校生を演じるくらいだし俺には関係ないな。
「なんかさぁ、羽生先輩ってすっごく大人っぽくなったよね」
佳奈ちゃんがクラスの女子と同じように憧れの眼差しで和実を見ていた。
確かに佳奈ちゃんは成長すべき部分が成長していない。
頑張れ、きっと貧乳が好きな男子もいる!
「羽生先輩もだけど、私は綾香もここ一年ですごく女性らしくなったと思うんだ」
茜ちゃんは俺をじっと見ていた。まぁ見ている部分は主に胸だけど。
そういや茜ちゃんもそんなに大きくない。今の俺より小さいかもしれない。
「ねぇ、どうやったらそんなに成長するの?」
「私も知りたい! 教えてよ!」
そんなの答えようがない。俺だってわからない。
「よく食べて……よく寝る?」
「なるほど!」
適当に答えた。が、佳奈ちゃんはうんうんとやたら頷いている。
「ちょっと、無視しないでよ」
いきなり背後からがしっと肩を掴まれた。
いつの間にか和実に後ろを取られているじゃないか。
「む、無視なんてしてないです!」
「ほんと? 見てなかったのに?」
「本当ですよ!」
今は後輩だから和実に対して後輩らしい振る舞いをする。
「すみません、私が綾香に話しかけてたから」
「ううん、いいのいいの」
佳奈ちゃんと茜ちゃんががぺこりと謝った。
和実は手をぷるぷると振りながら明るく対応する。
「でさ、ちょっと綾香ちゃんを貸してもらえるかな?」
「えっ?」
「じゃあ借りるねー」
有無を言わさずに俺は手を握られた。
そして、意味もわからずに手を引かれた。
「な、なに!?」
「いいからいいから!」
そして教室から連れ出され、本校舎の廊下を走り抜け、渡り廊下を通過して。
「まさか、書庫に行くのか?」
始業まであと五分なのに和実は平気で俺を引っ張る。
「違うよ。屋上だよ」
「屋上かよ!」
そのままダンダンと階段を駆け上がり、なつかしの屋上へ到着した。
この時点で始業まであと三分。
「今からじゃ戻っても遅刻じゃないか!」
「まぁまぁ、大丈夫だよ。おなかを壊していたって言えば。教室にいたのはみんな見てたんだし」
なんて楽観的なやつだ。
「で、こんな場所で何の用事だよ?」
「うん、ちょっと君に見せたいものがあってね」
「もの?」
「うん、ものだよ」
「和実、ものとは酷いじゃないか」
俺でもない、和実でもない、別の声が聞こえた。
心臓がドキっと跳ねる。慌てて声の方向を向く。
「やぁ、悟くん、ひさしぶり」
亜麻色の髪を風に揺らし、緋色の瞳を輝かせている顔立ちが美しいスタイル抜群の女性。
「お、おまえ……」
ニコリと微笑む女性。
そう、棟屋の影から現れたのは野木輝星花だった。
それも女性の姿でうちの高校の制服を着ている。
「輝星花? 本当に輝星花なのか?」
「……うん」
高校の服を着ているが、和実と同じでとてもじゃないが高校生に見えない。
まるでモデルのような体型は一般の高校生だと考えられないレベルだ。
だけど何で輝星花が女の姿でここにいるんだよ?
「和実! これって!」
和実はドヤ顔で俺をじっと見ていた。
いやいや、お前がそんな顔をする意味がないだろ?
「そのままでしょ? 私は輝星花と君を引き合わせただけだよ」
和実は俺を輝星花に引き合わせるために連れ出したという事はわかった。
でも、だけど、なんで輝星花が女性の姿なのかまだ理解できない?
「再構築の魔法だよ」
「えっ?」
輝星花は心を読めないはずなのに俺の疑問に答えた。
「そう不思議がらなくてもいいよ。誰でも思う事だ。僕がなんで女性なのかってね」
「あ、ああ、だけど」
「心は読めてない。今の僕は人間だよ」
優しく微笑む笑顔にまたドキっとした。
なんだろう? 相手が自分を意識していると知っていると、どうも俺も意識してしまう。
あの事件から輝星花には恋愛話題はまったく出されなかったんだけど。
「僕は絵理沙に再構築の魔法で女性にしてもらったんだ」
「えっ?」
「だから、見た目は輝星花だけど、もう今の僕は絵理沙の双子の姉じゃないんだ。だからもう世界の影響は受けない。僕はずっと女性のままでいられる」
ここで俺は妙な納得が沸いた。
だからだったのか……だから絵理沙は魔法力が貯まるまで俺に待っていてとか言ったんだ。
絵理沙はあの時から輝星花を女に戻す事を考えてたんだ。
「何かね? すっごく嬉しいんだよ。女性の体に戻れてさ」
「そ、そっか」
「男になった時にはもう諦めていた。二度と女としては生きてゆけないって。そして女性として君に好意を抱いてしまった事を後悔すらしていた」
「……」
ふわっと靡く髪が太陽光でキラキラと輝く。
「なんて、僕らしい台詞じゃないかな?」
輝星花は綺麗だった。すごく綺麗だった。
俺は綾香の姿のままで心臓が苦しくなるくらいに緊張している。
「悟くん」
「な、なんだよ」
「ひと月ちょっとしか離れていなかったのにさ」
輝星花はゆっくりと俺に歩み寄った。
「き、輝星花……」
「君に逢えない日々がこんなに切ないなんて思ってもなかった」
正面に立った輝星花に右手をゆっくりと伸ばしてくる。
そして、頬に触れると一粒だけ涙を落とした。
「ただいま、悟」
熱い何かが心の奥底から湧き出る。
それは嬉しいという気持ちだった。
そう、俺は嬉しかった。輝星花が女に戻ったからって事じゃない。
俺は輝星花とこうして再び再会できた事が嬉しかった。
「ああ……おかえり……」
おかしい、視界がぼやける。やばい、涙腺がまた……。
両手で涙を拭う。でも溢れる涙が止まらない。
本当にこういう部分だけは完全に女性化してるみたいだ。
男に戻った時にこのままだとマジで困ってしまう。
でも、でも仕方ないよな? こんな感動的な再会を……。
【もにゅん】
果たし? た? って、俺の胸あたりのお肉が掴まれた?
【もにゅもにゅもにゅ】
涙を拭ってから視点を下に向ければ、輝星花の両手が俺の両胸に重なっているじゃないか。
「成長している……すごい、これはすごいよ!」
せっかくの感動的な再会が。
「もはやCに近い。すごい成長スピードだ」
お前のこの無意味な行動でっ。
「しかし、服の上からだと確認しずらいな。そうだ、昼休みに特別実験室でダイレクトに確認をっ【台無しだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!】」
俺の右ストレートは綺麗に輝星花の顎にヒットした。
スローモーションのように白目になった輝星花が膝から崩れ落ちる。
ゆっくりと、ゆっくりと、輝星花は膝をついたままそうつぶせに倒れて。ゆかない。
俺が輝星花を支えた。
「くっ」
見た目以上に軽い体重が俺にのしかかる。
柔らかい体が俺の体に触れる。
そして、特有の甘い良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。
「まったく、輝星花も素直じゃないんだからねぇ」
呆れ顔の和実は頭の後ろで手を組んでため息をついた。
「ほんとだよ……」
俺も意識のない輝星花を抱えたままため息をついた。
「いいよ、私が面倒見てるからさ、悟くんは行っていいから」
意識を失ったままの輝星花を残して戻るのは気が引けたが、授業はもうすぐ始まってしまう。
ホームルームはとっくに始まっているだろう。
そう考えれば戻らない訳にはゆかない。
「ごめん、じゃあ、お願いできるか?」
「OK」
「でさ、伝えておいてくれないか?」
「ん? なんて?」
「本当におかえりなさいってな」
和実はニコリと微笑んでグッと拳を突き出した。
「じゃ、頼んだぞ」
「はいはーい!」
俺は輝星花を和実に預けて教室へと戻った。
★☆★
「行ったよ」
「んー……わかった」
「まったく、輝星花は素直じゃないんだから」
気を失っていたはずの輝星花の瞼がぱちっと開いた。
「わざとらしすぎだよ。気絶したフリとか」
「でも悟くんは気がついてなかった」
「だからって、ほんっと何してんだか」
輝星花は顎をなでながらゆっくりと姿勢を正す。
「いいんだよ。僕はしんみりしたのは嫌いなんだ」
「だからってあれはないんじゃないの? 悟くん、すっごい再会を喜んでたのに。もっとちゃんとすれば悟くんの心を掴めたかもしれないんだよ?」
輝星花は頬を桜色に染めて唇を尖らせた。
「い、いいじゃないか。僕はそういうキャラなんだ! それに、絵理沙がいないのに僕だけ抜け駆けなんてできない!」
「まったく……そういう所はキチンとしすぎるんだねぇ……」
「ほっておけ!」
和実がゆっくりと立ち上がる。
輝星花もゆっくりと立ち上がる。
そして二人は並んでどこか遠くを見つめた。
「あとは絵理沙が戻ればね」
「ああ、絵理沙が戻ってくれば全てが始まる」
★☆★
ゴールデンウィーク。
金色週間。
予定がある奴には足りない連続の休みがあるとき。
でもって、あいも変わらず俺は綾香のままです。
「綾香ぁー茜ちゃんよー」
本来はまったくもって予定の無い俺だったが、今日はなんと茜ちゃんとお出かけである。それも二人で。
近くの商用施設に行って買い物だけだけど、それでも二人でおでかけだ。
その商用施設には漫画がいっぱいおいてある本屋が入っていて、昔はよく行ったものだ。
俺は綾香になってから漫画を読んでない。
そして、最近になって昔の漫画を読んだら続きが気になって仕方なくなってしまった。
もうなんというか、漫画が買いたい! と言う事で、俺は本屋で漫画を買う予定だ。
もちろん綾香にも許可はとっている。
「わかったー」
俺は軽装で玄関まで下りた。
玄関にはピンクを基調にした洋服姿の茜ちゃんが待っていた。
今日は気温が高いからか、初夏のコーディネートなのかな。
まるでデートに行く格好にも見えるけど、残念だなぁ、相手は俺でした。
しかし、清楚でいつもよりもちょっと女の子らしい格好だね、茜ちゃん。
とっても似合っていて可愛いよ。
「綾香、いこっか」
「うん」
よし、今日は久々にほしかった本を纏め買いするぞ!
と言う事で俺は茜ちゃんと二人で出発した。




