159 開き直るとどうにでも出来るってわかった
「そう、そこに悟くんの名前ね」
「あ、ここ?」
「ここは僕……じゃないね、私の名前ね。もう君の奥さんになるんだし、僕とか言ってたらダメだよね? ふふふ」
「まぁ……そうかもな」
「あ、そうだ! 私のはんこはもう押してあるんだけど、悟くんのはんこはあるのかな?」
「ああ、下にいけばあると思う」
「それにしても、私もついに野木輝星花ではなくって姫宮輝星花になるんだね」
「あーそうなるのか?」
「うん! だって私はお嫁さんだもん!」
「あは……はは? はは?」
「じゃあ、あなた、下から判子を持ってきてくれる?」
ええと………………ちょっと待て。
これってなんか納得いかない。
いや、納得とかそういう問題じゃないな。
「おい輝星花! なんでここに婚姻届とかあるんだよ!」
「そりゃ結婚するんだし、必要だろ?」
「いやいや、事前準備しすぎだろ? お前、最初から俺に告白する予定だったのかよ?」
「もちろん!」
即答だった。
いや、おかしいでしょ? 作戦会議に告白って。
「輝星花はこっちの世界に住民票とかあるのか? ないならこんなの紙切れだぞ。それに、考えてみれば魔法使いが人間が結婚してもいいのかよ」
和実は呆れた表情でじっと俺たちにやり取りを見ていた。
「あのさ、どうせ形式上の結婚なんでしょ? 悟くんの言うとおりで、輝星花にはこっち世界の住民票はないし、その婚姻届も提出できない。だけどさ、あんまり拘らなくてもいいんじゃないの?」
「だからってさ、これって本物の婚姻届だろ?」
「だから? ままごとにだって本物は使えるし使ってるよ?」
おい、どこの幼稚園児がままごとに本物を使ってる!?
「最近のままごとでは結婚から姑とのうまが合わずに離婚まえが鉄板の流れなのよ?」
そ、そうだったのか!
「って、嘘つくな!」
和実はケラケラと笑い出した。
「悟くん、和実の言う通りでこれは形式だよ。僕はあくまでも君と結婚した実感を得たいだけなんだ。だから、この人間世界の婚姻届は結婚した事実を感じるために書いてもらってるんだ」
「だとしてもさ」
「嫌なのか? やっぱり僕じゃ」
「そうじゃないけど」
「そうだろ? こんなスタイルの良い美人はなかなか捕まえられないぞ?」
何か妙にポジティブになっている輝星花に違和感を覚えた。
あと、僕って言ってるぞ!
「でさぁ、二人がらぶらぶしてる最中に話が変わって申し訳ないんだけど【ジャスティスパンチ】は実際に決行できそうなの? 問題点は解決できそうなの?」
和実は俺と輝星花との結婚ごっこはどうでもいいらしい。まぁそうだよね?
「ん?」
「【ジャスティスパンチ】だよ。どうなの? 輝星花」
作戦がうまく決行できるかの質問を輝星花に投げ掛けた和実。表情は真剣だ。
確かに、作戦を実行するには問題点を解決する必要がある。
いくら輝星花が成功するからって言っても、それは確実ではない。
・時間逆行魔法で正確に過去の自分に手紙を渡せるか。
・過去の自分がその手紙を未来からきたものだと信じてくれるか。
・手紙だけで絵理沙を説得できるか。
・絵理沙を説得できたとして、本当に正ルートに戻る事ができるか。
・新なIFルートに繋がってしまった時に僕らはどうなるのか。
輝星花のあげた問題点を解決してからじゃないと実行なんて出来ない。
なんて思っていると、意外と輝星花はあっけらかんとしていた。
「大丈夫だろ?」
どこがどう大丈夫なのかわからないけど、妙な自信だ。
「まず、正確に自分に手紙を渡せる。これは自信がある。あと、未来から来たものって絶対に信じて貰える。それも自信がある。次にそれだけで絵理沙は誘導できるのか? 大丈夫、きっと誘導できる。結果、正ルートに戻ると思う。IFルートにはいかないと思うよ」
本当にどこからその自信が出るのかわからない。
しかし輝星花は自信満々に言い切った。
「よし、次だね。作戦の実行前に悟くんの両親へご挨拶しなきゃ。そうだ、そのついでに悟くんのはんこも持ってくればいいのか」
輝星花はスカートの皺をのばしながら立ち上がった。
「き、輝星花?」
「どうしたんだい? ご両親と妹さんご在宅なんだよね?」
いる。確かにいるけど!
「待ってくれ! 結婚前に挨拶はわかるけど、婚姻届に記名してからの挨拶ってどうなの?」
「どうなのもこうなのも、あとははんこだけ状態になってるよね? それに記名したのは君だし」
ちらちらと婚姻届を振ってアピール。
「いや、だから……そうだ! それって形式上だろ? だったら挨拶なんていらないだろ? ここで挨拶とかすればややこしくなるだけだし」
「いやいや、形式上であっても挨拶はしておかないと。どうせ明日には作戦は実行されるんだし」
「だ、だけど! 挨拶は……」
ハードルが高いだろ。
【バタン】
そして、いきなりドアが開いた。予告なしで。
慌てて後ろを振り返る。すると。
「お兄ちゃん? どうしたの? すっごい音が聞こえ……………た」
綾香が輝星花の持っている紙を見て固まった。
「あ……あ……あ、ありがちゅう、ござざりまー……す!」
顔を真っ赤にして意味不明な言葉を放って出ていってしまった。って、まずいだろこれ!?
俺が慌てて階段を下りると、顔をクッションで覆った綾香がソファーに転がっていた。
「綾香?」
「……」
ごろんとうつ伏せになる綾香。
「綾香ちゃん?」
「……」
そのまま反応がない。というかしてくれない。
「あら? 悟、どうしたの?」
エプロン姿の母さん。綾香と俺を交互に見ている。
「あ、いや、何でもないよ」
「何でもないって、綾香に何かしたの?」
どうやら母さんには何も伝わってないみたいだ。
しかし、綾香がこのままじゃ困る。こうなったら!
「母さん、ちょっと綾香借りるな」
「えっ?」
俺はソファーで横になっていた綾香を抱えた。
ひょいっとうつ伏せの綾香を持ち上げ、そのまま回転させてお姫様だっこ。
途中で柔らかいものに触れたが気にしない。
ちなみに綾香は無言。ソファーも放さない。
「あ、母さん、印鑑あるっけ?」
「あ、うん、何に使うの?」
「いや、色々あってね」
そしてちゃんと印鑑を貰う俺。エライ。のか?
俺はそのまま綾香をお姫様抱っこして自分の部屋に連れていった。
★☆★
「綾香ちゃんには衝撃だったみたいだね~」
と、他人事な和実。
いや、他人事なんだよね。でもあまりにも冷たくないか?
「綾香? ちゃんとお兄ちゃんの話を聞いてくれ」
「……」
今度は俺のベッドにうつ伏せになっている綾香。
「綾香?」
「……うそつき」
篭った声でやっと綾香は声を出した。
「えっ?」
「やっぱり彼女だった……それも婚約者だった……信じられない」
「いや、ええと」
「聞いてないし。私、お兄ちゃんに彼女がいるって聞いてないし、その彼女と結婚するとか……聞いてないし! 相談もないし!」
綾香には相当にショックだったらしい。
「いや、これは急な話でだな」
しかし、この世の中いくらなんでもこんな急な結婚なんてありえない。
俺は何かを見誤っていたのかもしれない。
だって輝星花の今の笑顔がちょっとダークなんだもん。
そしてダークな輝星花が綾香の横にしゃがんだ。
「綾香ちゃん」
「……」
「大丈夫だよ。君のお兄ちゃんは私が責任をもって幸せにするから」
いや、待って、そのトークは間違ってるだろ?
まるで彼氏みたいなトークを格好よく決めた輝星花はドヤ顔だった。
そして綾香は無言。
「……」
「綾香ちゃん、顔をあげてほしいな」
「……」
「お願いだから、ね?」
綾香はやっとソファーを顔からどけた。
瞳がちょっと赤くなっている。
「あの……」
「なに?」
「本当にお兄ちゃんと結婚するんですか?」
輝星花は俺の方を見た。そして再び綾香を見る。
「うん、するよ。だって私はずっと悟が大好きだったんだもの。私は半年前に告白して、そして今日もまた告白して、そしてやっとOKを貰ったから」
綾香がじっと俺を見た。俺は思わず視線をはずしてしまう。
その表情が今度は怒りに満ちていたからだ。
「だから言ったじゃん! 好きな人がいたら言ってって! 私はフォローできないよ? 結婚には反対しないけど、だけど茜ちゃんやくるみさんにはお兄ちゃんから言ってよね!」
「大丈夫よ、綾香ちゃんのお兄ちゃんはちゃんと説明するから」
だから何で輝星花が答える!
「あの……お姉さんの名前を教えて貰っていいですか?」
「私の?」
「はい」
「私の名前は輝星花。野木輝星花です」
「野木……輝星花さん?」
「はい」
「どこかで……聞いた事があるような気がしますけど……」
綾香はぱちぱちと瞬きながら輝星花をじっと見る。
輝星花は笑顔で綾香の頬にそっと触れると優しく言った。
「そうなの? だったら私は嬉しいな」
そして綾香はちょこんとベッドに正座をすると、両手をついた。
「兄を……ふつつかな兄ですが宜しくお願いします」
「うん、宜しくしとく」
輝星花の返事が若干じゃないくらいに変だった。
☆★☆
あの輝星花との結婚騒動から一夜が過ぎた。
あのあと、輝星花は婚姻届を盾にとり『両親へ挨拶して欲しくなかったら……初夜を希望!』なんて真っ赤になっていた。
が、何もしてないよ? 俺は輝星花に手を出してない。
ちゃんと清い体のままでいてもらいました。
いや、本当は暴走する輝星花を和実が連れて行ってくれたんだけど。
しかし、本気で焦った。
輝星花は俺の目の前なのに服を脱ぎ始めるし、おかげで下着姿は見てしまった。
しかしよかった。結果的に何もなくて。
いくらなんでも準備をせずにいきなりというのは度胸がいる。
俺もまだまだ勉強も足りないし、そういう知識も少ない。
だから、そういう事になるならなるで勉強もしておかないとって思うわけで。
「おはよう和実」
「おはよう悟くん」
特別実験室にはもう和実と輝星花は来ていた。
和実は相変わらずの調子だったが。
「おはよう、輝星花」
「ふんっ!」
輝星花さんはご機嫌斜めだった。
「ごめんね悟くん、輝星花ったらさ、昨日のままごとが最後まで出来なかったから引きずっててね」
「ままごとじゃない! 僕は悟の嫁! 僕は悟の嫁なんだ! だから権利がある! 僕の操を奪ってもらわなきゃ夫婦じゃないだろう!」
うーん、何か見解がおかしい。
「あーはいはい」
「で、作戦は大丈夫なのか和実?」
「話を聞けよ! あと、なんで和実に聞くんだ!」
なんか、今日の輝星花はめんどくさい……。っていうか俺が冷めすぎなのか?
「じゃあ、輝星花、準備は大丈夫か?」
「ふんっ! この僕が準備を怠る訳がないだろ」
しかし、昨日は嫁になるから【私】って言うとか言ってたのに今日も僕じゃないか。
「だよな。ちゃんとやってくれるって信じてたよ。さすが俺の嫁の姫宮輝星花だ」
すると輝星花の顔がいきなり顔が真っ赤になった。
「し、仕方ないな……旦那のためならやるのが妻の役目だ!」
それにしても男前ですね、今日も。
「あー熱い熱い。ままごともここまで行けばすごいわよね」
「だから、ままごとじゃないから!」
「でも形式上でしょ?」
「うぅうう」
和実もいちいちちょっかいを出すから、それに輝星花も反応してる。
こんなんで【ジャスティスパンチ】は実行できるのか?
なんて考える必要はなかった。
すぐに二人は落ち着きを取り戻す。
「そうだね、そろそろ実行に移すか」
「【ジャスティスパンチ】作戦の実行にね!」
ついに、正ルートに戻す【ジャスティスパンチ】作戦が発動される。




