158 この世界の恋愛事情
「な、なに? なんで叩く?」
思い切りではないにしろ頬を平手うちされたのは事実。
左頬がひりひりと痛んでいる。
「僕はいい機会だと思っていた!」
「な、何が?」
「今のルートから本来のルートに戻す事だ!」
「だから意味がわからないって!」
輝星花はまた右手をあげる。
俺は叩かれるのかと思って防御体制に入った。が、しかし、次の瞬間、体は柔らかい何かに覆われた。
「悟っ……」
輝星花は俺に抱きついていた。
「君は記憶がない事を良い事にして、やってはいけない事をやっている自覚がないんだろ?」
本気で意味がわからなかった。どうしてこうなるのか。どうしてそんな態度なのか。
そして、この世界の俺は何をやらかしたのか。
「君は理解してるのか? 僕は野木輝星花なんだぞ? 本来のルートで君を好きになってしまった野木輝星花なんだぞ?」
「あ、わ、わかってる。けど」
「では、わかってくれ! こっちのルートで僕が君を好きにならない理由なんてないって事を!」
「はい?」
ぎゅっと肩に顔を埋められ、胸には胸を押し付けられ、輝星花特有の良い香りに俺はいつのまにか興奮状態に入っていた。
こんな状況なのにドキドキと輝星花の心臓音が俺の体に響き体は火照る。
か、和実は?
ドアの方を見るが和実が戻ってくる気配はなかった。
こんなの見られたらなんて思われるかわかったもんじゃない。けど、戻って欲しい気もする。
「あのさ、待ってくれ。輝星花はこの世界では俺と面識があるだけじゃなかったのか?」
「だれがあるだけだと言った」
「いや、待ってくれ。本当に輝星花はこの世界でも俺のことが? 冗談じゃないのか?」
「君は冗談で済ませたいのか?」
「そういう意味じゃないけど」
「では言っておく」
「な、何を?」
「この世界の君は僕の全てを知っている……」
その瞬間、俺の脳内ではとんでもないR18指定な妄想が広がった。
無修正の輝星花が脳内を駆け巡る。
「な、なんだよそれ?」
「そのままだ……僕の全部を君は知っている……」
まさか、この世界じゃ俺は輝星花とそういう関係だったというのか?
あんな事やこんな事をして、正ルートじゃ考えられないような関係だったのか?
いや、俺は恋人はいなかったらしいし……って……に、肉体だけの関係!?
「この世界の君は知ってる。僕が魔法使いだとい言う事を、僕に妹が存在しているという事を……」
あ、なんかちょっと違う? 俺の盛大なる勘違いかも?
「僕が……」
輝星花は虚ろな瞳で俺を見上げる。
「君を愛しているって事もだ……」
「えっ?」
ゆっくりと輝星花は俺から離れた。
無理やりに覆いかぶさって押し倒せばキスだって出来ただろうが、輝星花はそんな事はしなかった。
「この世界で君に告白した女性は三人いるんだよ」
唐突に笑顔になる輝星花。しかしその笑顔に本当の笑みはない。
「三人?」
聞いた人数よりも一人多くないか? って……なんか想像できてしまってる俺がいる。
「越谷茜、八木崎くるみ、そして……僕だよ」
やっぱりというか、想像をまったく裏切らなかった。
「それって初耳……なんだけど?」
「違うだろ? 君は覚えていないんだろ? この世界での恋愛事情を」
その通りだ。俺はこの世界での自分が何をやらかしたのかわかっていない。
「絵理沙が君に恋するのが必然だったように、僕が君に恋をするのも必然だった。どのルートであっても僕たち双子は君と出会い、君を好きになる運命だった。しかし今回は絵理沙は君と恋に落ちなかった。なぜならもうこの世に存在していないから。だけど、やっぱり僕は君に恋をした」
やばい、会議が女子会になって、いつのまにか修羅場になってる。
なんで和実は戻ってこない? もしかしてこういう展開を読んでいたのか?
「悟くん」
「は、はい」
「僕は君が好きだ。愛してる」
「あ……あい」
あいって何だよ!?
「折角我慢していたのに……僕の気持ちをこんなに湧き立たせてくれるなんて……酷い男だ」
「いや、でも俺は知らなかったし!」
「知らないですめば警察はいらない」
「いや、マジで知らなかったから! 俺はこの世界の記憶がないんだぞ!?」
輝星花はニコリと微笑んだ。
「そうだったね……うん」
「ご、ごめん、何かこう、ごめん。本当にごめん。そういう気持ちを思い出して欲しいとは思ってなかったんだ。本当にこの世界で何があったのか知らなかったんだ」
「うん、わかったよ。僕もちゃんと理解はしているつもりだ」
「じゃあ、許してくれるのか?」
「そうだね…………じゃあ、まずお詫びとして」
「はい?」
「僕の質問に答えてくれるかい? それで許してあげる」
質問? どんな質問がくるんだろう? でもここで断っても……。
「わ、わかった」
俺が覚悟を決めて正座になると、輝星花もなぜだか俺の正面で正座をした。
変な具合でお見合い状態になったし。
「まず一つ目だ」
「はい」
って何個も質問されるの?
「君が女性だった時に」
と、いきなり体が綾香になった。ここで変身魔法?
「君は桜井正雄と清水大二郎を好きだったのかい?」
なんていう質問だ。いきなり難問きた。そしてそれを聞くために綾香にしたのか?
でも、ここは正直に答えないと。
「はい、たぶん恋愛的な感情はあったと思う」
輝星花は小さくため息をついた。
「では、君は綾香くんのままだったとして、その二人と結婚をするつもりはあったのか?」
「えっ? 結婚?」
いや、結婚は? そりゃ好きだけど、大二郎とは別れたし?(悟の中では)
だいたい正雄とはそういう関係になってない。
「どうなんだい?」
「ない。それはない。それに俺は男だ。どうせ結婚するなら相手は女性がいい。いくらなんでもBL展開はない」
輝星花の表情が少し明るくなった。
しかし、なんだかとんでもない事になってしまった。
俺もまさかこういう展開になるなんて思ってもみなかった。
「じゃあ最後の質問だ」
「あれ? 最後?」
あれ? これで最後?
「なんだい? もっと質問して欲しかったのかい?」
「いやいや、いい」
質問なんてして欲しくない。これで終われるなら嬉しい限りだ。
「では聞くよ? 君は……」
「ああ」
「魔法使いから人間と化した僕が……」
「……ん?」
「もしも男ではなく女性のままだったとして……」
「え?」
「そして君がちゃんと男性に戻れたら……」
「は、はい!?」
「僕と結婚してくれるかい?」
照れくさそうな満面の笑みで【プロポーズ】された?
って、待って! 待て待て! 今のって質問?
いや、何これ!? これはどう答えればいいんだよ?
心臓は壊れそうな鼓動になってるし、なんでここでこういう質問をされなきゃいけない?
これってマジえ質問じゃないよね? プロポーズじゃないのか?
だいたい、これはどういう趣旨の質問なんだよ?
ここで「はい」と答えるとどうなる展開になるんだ?
でも、人間と化したって言葉からして、この世界の未来の話じゃない気がする。
じゃあ、元のルートに戻ってからの話なのか?
しかし、そうであっても重い。すごく重い!
そして、なんで俺は綾香の姿のままなのか?
「答えてくれないのかい?」
「いや、ええと」
「僕じゃ不満かい?」
「いや、そうじゃないけど」
「年上は嫌なのかい?」
「そ、それもない」
「ではスタイルかな? 僕はこれでもけっこう良い体をしてるつもりなんだが?」
わざとなのか、両胸を下から持ち上げるようにぷるんぷるんと揺らす輝星花。
日本人の平均カップ数を遥かに上回るその肉塊は俺に存在をアピールしまくっていた。
「ありがとうございます!」
お礼を言ってしまった! って、何でお礼してんの!? 何なんだよ俺!?
「ふふふ」
小悪魔的に微笑む輝星花。
お前って完全にキャラが変わってるだろ。
「で、答えは?」
「答え……ですか」
あーやばい。マジで【ジャスティスパンチ】作戦どこいった?
「言っておくが悟くん、どうせこの世界は消えるんだよ。君がここで【はい】と答えたとしても、その事実は本来のルートには残らない」
「だ、だから?」
「【はい】でいいじゃないか」
「なんでそうなる!?」
輝星花は不満そうに頬を膨らませた。
「もう一度言っておく。【ジャスティスパンチ】が実行されれば今のこのルートの記憶は完全に消える。本当に何も残らない」
「だからって、こういうのって簡単に答える内容じゃないだろ? それに記憶に残らないからって適当に答えられないだろ?」
輝星花は少しだけ俯き、再び顔をあげた。
「約束するよ。絶対に僕は【ジャスティスパンチ】を成功させる。本当のルートに戻せるように考える。今日のこの出来事は本来のルートの記憶には残さない。だからさ」
ごくりと俺は唾を飲んだ。
「お願いだから。この世界で僕を君のお嫁さんにしてくれないかな?」
「ひぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
正座から、前のめりからのあざとさ満点の見上げて告白。
俺のハートはマジで打ち抜かれそうになった。
やばい、この展開は読めなかった。
まさかここにきてのこの展開は普通にありえない。
「……」
「……」
本当に乙女な輝星花が目の前にはいた。
四つんばいでもじもじとしながら顔を真っ赤にさせてこちらを見ている。
少し開いた襟元から肌色のいろいろ危険な部分が見えそうで見えてます。
「……」
「……」
しばらくして輝星花が正座の体制に戻った。
どうも恥かしそうな感じだ。
「……」
「……」
でも、そっか、うん。俺は本当にわかった。こいつは本当に俺が好きなんだって。
そしてこの世界の輝星花の気持ちは、【ジャスティスパンチ】によってこの世界が消える。
だからこそぶつけてきているんだ。
じゃないとありえない。
輝星花が俺にプロポーズするなんてありえない。
そうだよ、こいつは勇気を出して俺に告白したんだ。
ありえない夢を、消え去る夢を残された時間の中で実現したくて。
だったら俺はどうしてやればいい?
わずかな時間であってもこいつの、この世界の輝星花に夢を叶える義務があるんじゃないのか?
それに、俺は輝星花がっ!
「さ、悟くん、やっぱりいいや。さっきのはなしにして『わかった、お前と結婚してやる』……は?」
俺は輝星花の声にかぶせるようにプロポーズを受けた。
輝星花がハトが豆鉄砲を食らったような表情になった。
きょとんとしたまま俺を見ている。
「じょ、冗談だよね?」
「お前のプロポーズは冗談だったのか?」
「ほ、本当にいいのかい?」
「男に二言はない!」
「……悟くんの場合は二言がありそうで信用できない」
あー痛い部分をつかれた!
【ガチャリ】
ここでドアの開く音がした。
振り返ればやっと戻ってきた和実。
「どうしてそうなったのかな?」
どこで聞いていたのかわからないけど、どうも先程までの展開を知っているみたいに見えた。
「お前、聞いてたのか? もしかして魔法で?」
「いや、普通にトイレに行って戻ってきたら部屋の中からとんでもない会話が聞こえるし。あのレベルの声だもん、魔法とか使わなくても聞こえるよね?」
普通にドア越しに聞かれていたらしい。
「うぅ……うぅう……」
そして、気がつけば涙をすする声。
見れば輝星花が両手で顔を押さえてうれし泣きをしているところだった。
「あーあ……何してんの……まったく」
和実の呆れ顔、輝星花の嬉し泣きの顔、俺はここでかなり不安に襲われた。
待て、俺って正しい選択をしたのか?
こんな事をして本当に正規ルートに戻れるのか?
もしも戻れなかったらどうするんだよ!?




