150 急転直下予想だにしなかった急展開
いきなり現れた、という訳ではないだろうが、いつの間にかそこにいた。
いつの間にか視界に入っていた【栗橋・サンライズ・南】
中身は俺の妹。姫宮綾香。
どうして綾香がここに? いつから聞いていたんだ?
そんな疑問を投げ掛ける前に南が正雄に語りかけた。
「桜井先輩、先に言っておきますが、先程までの兄とのやりとり。あれは傍から見ればカップルでもめているようにしか見えませんでした。自覚ありましたか?」
南は笑顔で正雄に言い放つ。
正雄は険しい表情で俺、次に南と順番に見ると、最後に額に手を当てて空を仰いでいた。
やっちまったって後悔しているのか?
「悟、すまん、見られてた。こうなったら俺とマジで復縁するか?」
訂正。後悔なんてしてなかった。
「お前、ここで冗談とかないだろ?」
「やっぱり?」
正雄は焦る事なくいたって普通に南と対峙していた。
もし俺が正雄の立場ならば絶対に動揺する場面だ。
「本当にふざけている場合じゃないですよ? 桜井先輩」
「俺は別にふざけてない」
確かに、表情はふざけているようには見えない。
「では本気の行動だって言いたいんですか?」
「おい……お前、何が言いたいんだよ?」
しかし、ある意味でまた修羅場になってしまった。まさかの四連続修羅場だ。
今度は俺じゃなくって正雄が修羅場なんだけど。
「何がと申しますと?」
「だから、俺にどういう答えを求めているんだよ?」
「答えですか……っとその前に」
自転車のスタンドを立てると南は正雄の正面まで歩いてゆく。
「先輩はすでに理解していると思いますが、一応は自己紹介をしておきますね」
そう言うとまたにこりと微笑んだ。正雄は眉をぴくりと動かす。
「そうか、お前……その姿は確か悟がちょっと前に変身していた姿だよな? となれば中身はもちろん悟とは別人って事だよな。だけど、悟の関係者には違いない。だろ?」
「そうですね」
「と言う事は、一番正解に近い結論はひとつだな」
「はい、たぶん正解です。私、今はこんな姿ですが、中身は姫宮綾香です。今後とも宜しくお願いします」
まさかの暴露にも正雄の表情は微動もしなかった。
「やっぱりか」
「やっぱりです」
「おい悟、こいつマジでお前の妹なのか?」
そう言いながら俺を見る正雄。
俺は小さく頷いた。
「私は嘘はついていません」
「って事は、悟がお前の姿になって、それでお前はその姿になったのか?」
「そうですね。姫宮綾香が二人いたらおかしいでしょ?」
「そうだな? で、なんでここにいる?」
「私がここにいたら悪いですか? それともお兄ちゃんとイチャイチャできなくなって残念なんですか?」
正雄は苦虫を噛み潰したような表情になった。
このハーフロシア人になってしまっている綾香が、まさかここに来るのは予想していなかったのだろうか?
「姫宮妹、お前は……」
「あっ、先輩、ちょっと待っててくださいね」
綾香が俺の方へとやってくる。
「お兄ちゃん、ううん、今はお姉ちゃんか」
「は、はい?」
綾香は銀色の髪の綺麗な女の子になっており、ニコリと微笑むその笑顔はとても素敵だった。
しかし、確かに素敵なのだが……素敵な笑顔の中に何か別のものを感じる。
体から出ているオーラが少しダークに感じるのは気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。
「なんでもっと抵抗しないのかな?」
「て、抵抗? と申しますと?」
「桜井先輩が抱きついてきたとき、もっと抵抗できたよね?」
確かに、強引にでも正雄を引き剥がせば、俺は正雄に抱かれる事はなかったかもしれない。
だけど、あの時は心の奥底でまぁいいかという気持ちがあったのは事実だ。
だからこそ、俺は素直に正雄に抱かれてしまった。
「そうだな。すまん」
「へぇ……抵抗できたのにしなかったのは認めるんだね?
笑顔が一層ダークになったように感じる。
」
「あ、ああ、認めるしかないだろ? お前だって見てたんだから」
しかし、マジでいつから見てたんだよ?
「そうだね」
「でも、俺にやましい気持ちはなかったからな?」
暗黒オーラで笑顔の綾香の頬肉がぴくりと動いた。
「うん、そうだね。やましい気持ちはないかもね? でもね? あれはないんじゃないかな?」
「あれって?」
「あの表情はないんじゃないかな? あれじゃまるで恋する乙女だよ……」
「へっ? えっ!? いや、いやそれはないだろ? そんな顔してないし」
「はぁ……やっぱり無自覚なんだ」
ため息をつく南。俺はというと、どっと汗がまた吹き出てきた。
今度の汗は例の犯罪者が追い込まれたときにかく汗の方だ。
「無自覚って言われても……」
「本当にダメダメだね?」
「ごめん、気をつける」
「うん、気をつけてね……でないとお兄ちゃんはお兄ちゃんに戻れなくなっちゃうからね?」
「えっ? そ、それってどういう意味だ?」
と、驚きの声をあげた時には、綾香はもう背中を向けていた。
「では、桜井先輩」
そして今度は再び正雄に向かい合う。
「なんだよ?」
「先輩は卑怯ですね? お姉ちゃんにわざと抱きついたでしょ? それも故意に。抱きついても大丈夫かを試すために」
「確かにわざと抱きついたのは認める。だが、抱けるかどうかを試したっていうのは意味がわからないな。俺は別に悟を抱けるかどうか試してない」
「では、試したのではなく、普通に抱いたという事なんですね?」
「……ああ、そうだ」
「なるほど、最低ですね、先輩って」
おかしい、なんか口調が綾香っぽくない。綾香が綾香じゃなみたいだ。
こんなの俺の知っている綾香じゃない。
確かに、容姿も声も違うから余計にそう感じてしまうのかもしれないけど、それでも違いすぎる。
どうしたんだ? 綾香の奴。
「先輩はお姉ちゃんを甘く見てるんでしょ?」
「甘く? ってどういう意味だよ?」
「先輩はお姉ちゃんの友達です。そしてさっき試してみたらお姉ちゃんを普通に抱きしめる事ができた。と言う事でこの先を考えてみます。結論です。先輩はお願いさえすればお姉ちゃんがHな事だってさせてくれるって思ってるんじゃないんですか?」
いきなり予想外の綾香の話に今度も別の意味で体が火照ってしまう。
俺も高校三年だ(中身は)。Hという意味がどういう意味かは理解ができてしまう。
正雄を見れば、正雄もこちらを見ていた。そして正雄の視線はといえば俺の顔から胸へと下がってるじゃないか。
そう、正雄は今、俺の首とか胸とか……あとは……うん、下の方のとある部分を見ている。
だけど、正雄が俺を見ていたのはほんの二秒くらいの時間だった。
すぐに綾香の方を向いて反撃を開始する。
「そんなの思ってない。なんで俺がそんな事を思うんだよ? 言ってみろ」
「そんなの決まっているじゃないですか?」
「決まっている? 何がだよ」
「桜井先輩はお姉ちゃんを女性として意識しているからでしょ?」
正雄の表情が歪んだ。そしてちらりと俺を見る。
「先輩は以前、お姉ちゃんが私の姿だったとき、唯一姫宮綾香の正体がお兄ちゃんだという秘密を共有した。そしてその後は二人で一緒に遊んだり、相談しあったりしていた。おまけに偽装とは言え公認のカップルにもなっていた」
「それがどうした? だからって俺は別に悟に何かを強要した記憶はないぞ? 偽装カップルだって別段なにもしてない」
確かに、正雄の言う通りで、俺は正雄と遊びはしたけれど特別に何をしたという記憶はない。
「別に強要したとかそういう問題じゃないんです。先輩が人を好きになるには十分な時間があったって事が言いたいのです」
「好きって俺が悟をか?」
「そうです。違いますか?」
「ああ、違う。それは前面否定してやる」
正雄は躊躇もなく即答した。顔色も変えていない。
「桜井先輩も無自覚なんですか?」
「無自覚? 何がだよ」
「桜井先輩は絶対にお姉ちゃんが気になってますよね? それも私の姿をしたお姉ちゃんがです」
「なっ? なんでそうなるんだよ?」
「だって私は知ってます。桜井先輩が以前は私の事を気にしていたっていう事実を」
今度は流石に正雄も動揺していた。またこちらをちらちらと見ている。
しかし言っておくが、俺をいくら見ても何もしてあげれない。
それ所か、マジなのか? お前って俺が気になってるのか?
そっちにばかり思考が働いてしまう。
「違いますか?」
正雄は険しい顔で答えた。
「ああ、認めるよ。俺はお前が気になっていた」
「ですよね? そして、それがお姉ちゃんに恋をする切欠になったんです」
「待て! だからなんで俺が悟に恋「黙って最後まで話を聞いてください!」」
自分よりも身長のある正雄を睨みつける綾香こと姿は南。
正雄は話の途中で口を紡いだ。
すると、それを確認して綾香は語りを続ける。
「確かに先輩は最初は私を気にしていたのだと思います。だけど、それは誰もが通過する恋の序章だった。ようするに、単純に少しだけ近い距離や関係になった異性が、ちょっと気になったという状態だった」
綾香はすごく落ち着いた口調で正雄に語り続けた。
まったく俺の方向は見ようとしない。ただ正雄に向かって。
「そして、それは本当の意味では恋じゃない。単純に気になっていただけ」
「だから私は結果的には桜井先輩に告白されなかった。ううん、元から先輩は私を彼女にしたいなんて思ってなかったんです」
正雄は黙って話を聞いている。
「だけど、その気持ちが恋に変ってゆく事になる。それは夏休みに起こった事件が発端」
「事件と言うのは、お姉ちゃんが清水先輩と喧嘩をした事件の事です。あの時にはすでに私は私ではなく、お姉ちゃんだった」
「自分の知っている女の子が妙な変化をしていた。それも気になるレベルの」
「それから、先輩は学校でもずっとお姉ちゃんを目で追うようになった。そして、時間の流れの中で少しづつ気がつく。やっぱり何かがおかしいと」
ここで初めて綾香が俺を見た。そしてニコっと微笑んだ。
「先輩は疑っていたんでしょ? 目の前にいる姫宮綾香に何か秘密があるんじゃないかって? まったく別人みたいになった姫宮綾香が気になって仕方なくなったんですよね? 結果的に目が放せない存在になった」
「そして……先輩は知ってしまった。私の姿をしていたのがお姉ちゃんだって」
「そして、そう知っても姫宮綾香への気持ちは揺るがなかった。興味はつきなかった。中身が違う私であっても見た目は私。要するにお姉ちゃんはもう一人の私。姫宮綾香であって姫宮綾香じゃない」
そう問いかける綾香に正雄はまったく答えない。ただじっと綾香を見ている。
そして、俺も妙に落ち着いた気分で二人を見ていた。
「先輩はこのときにはもう一人の私に淡い恋心を抱いていたんです……」
「お姉ちゃんは意識していなかったかもしれないけれど、桜井先輩が故意にアイデアを出した偽装カップル作戦。これで二人でのデートだって普通にできる。先輩の家でスキンシップも可能。完全に安心しきって自分に近寄ってくるお姉ちゃん。」
「お姉ちゃんの首にホクロがないって知ったのはこの時ですよね?」
正雄が少しだけ顔を引きつらせた。しかし無言を通す。
「先程の首のホクロの話ですけど、私は知ってますよ? 私が元の姿に戻ってから先輩に見られたんですよね?」
えっ? 逆? 俺は正雄を見た。
正雄は再び顔を引きつらせる。
「だから逆なんです。先輩は私の首にホクロがあるのを知ったのは、お姉ちゃんの首にホクロがないって知っていた状態だった時なんですよね」
俺の心がざわついた。そっと首に手をあてればそこには何もない。
ただすべすべした肌触りが感じられるだけ。
「先輩は私の左手の甲のホクロは知っていたかもしれませんが、それだけですよね?」
「先輩は私の事をよく見ていて、色々知っているように話していましたが、それは嘘です。逆にお姉ちゃんの事は色々と知ってるはずですよね? あんなに一緒にいたのだから」
「だから言いますね」
「先輩が気になっていたのは私の姿をしたお姉ちゃんです。そして、お姉ちゃんが別人の姿になって幻滅していた。でも、清水先輩からお姉ちゃんが綾香になったと聞き確認しようと思っていた。清水先輩とおねえちゃんのやりとりを見て、お姉ちゃんの気持ちが清水先輩に向いているって気がつく」
南はすっと右手の人差し指で正雄指すと。
「だから先輩はさっきみたいな行動に出たんです! お姉ちゃんを自分のものにしたいがために!」
正雄がゆっくり目を閉じた。
「桜井先輩は女性化した、私の姿になった姫宮悟が好きなんです!」
南の姿をした綾香はここで一度息を大きくはく。満面の笑みで正雄を見据える。
どうも最後まで話きったらしい。
「でもダメですよ? お姉ちゃんは男に戻るんですから」
ゆっくりと正雄は反応した。
落ち着いて瞳を見開くと、じっと南を見つめた。
「まいったな。お前ってすげぇな。そうだな、だいたい合ってる。お前の説明でな」
正雄が認めた。その時点で正雄までもが俺に好意があったという事が確定した。
俺の両手はプルプルと震えだしている。
喜びよりも焦りと動揺が襲ってきている。
「もう一度だけ言っておきますね? お姉ちゃんはあげません」
「なるほど、でもそれってお前が決める事じゃないだろ。それは悟が決める事だろ?」
そして二人の視線が俺の方へと注がれる。
ここは俺が答えるシーンなのか? いや待って、ここってどう答えるべきなんだ?
色々な考えが浮かんでは消えるが、答えなんてでるはずもない。
すると、正雄がとんでも一言を言い放つ。
「悟、お前は本当に男に戻りたいのか?」
その言葉に俺よりも早く反応したのは綾香だった。
「先輩、お姉ちゃんは戻るんです! お兄ちゃんに戻るんです! なのになんでそういう事を言うんですか! あなたはそれでも友達なんですか!」
そして、またしても正雄のとんでも台詞が飛び出した。
「友達だよ。でもな? 俺の本音では悟に元の姿には戻って欲しくないって思ってる。ってこんな事を言ってると悟に嫌われるよな。だから男に戻れ。俺は悟に男に戻って欲しい」
聞いているだけでは矛盾した台詞だったが、正雄は本気のようで真剣に俺に向かって言った。さらに言葉を続ける。
「だけどな? 俺はお前が元に戻れない状況になったとしてもお前との友情関係を崩さないつもりだ。お前がどうとるかは自由だが、俺はこれからもずっと一緒にいたい」
俺はあまりに恥ずかしい台詞に血が上って熱くなった頭で思い出していた。
輝星花が俺に向かってお願いしてきた事。俺に男に戻ってほしくないという気持ち。
最後には言葉の撤回をしていたが、しかしあの気持ちは本物だったはずだ。
そうか、輝星花も正雄も俺にこの姿のままでいてほしいのか……。
でも無理だ。綾香の姿は綾香のものなんだ。
綾香が綾香として生活ができなくなるなんて俺は望んでいない。
「何を告白しているんですか!」
なぜだか南の色白の顔が真っ赤になった。そしてファイティングポーズになっている。
「どうして怒る? 俺はそこにいる姫宮綾香と一緒にいたいって言っただけだろ」
「認めません! ありえない! 清水先輩と桜井先輩が二人して悟を好きになるとかありえない!」
「ん? ちょっと待て」
「待たない! そして桜井先輩にはあげない! 絶対にあげない! 姫宮悟は私のものだもん!」
「「えっ?」」
正雄と俺はシンクロしてしまった。
いや、それよりも今なにだかとんでもない台詞を聞いた気が?
「お前? 本当に姫宮綾香か?」
「そうです。私のどこか疑わしい点でもありますか?」
「全部が怪しい」
さすがに俺もここは正雄に賛同だった。
ちょっとあまりにもおかしすぎる。
綾香にしては口調も何もかもが違いすぎる。
もしかして、この南は綾香じゃないんじゃないのか? そういう疑念が俺の頭の中に沸いた。
「どうぞ怪しんでください。それでも事実は変わらないのです」
「お前、さっき【姫宮悟は私のもの】って言ったよな? あれも真実なのか?」
すると、南はこちらへ走ってきていきなり俺の手を握った。
「じゃあ先輩に教えてあげます!」
両手に南の手の暖かさが伝わる。ってそれどころじゃなかった。
南は正雄に向かって、また顔を真っ赤にして何かを言い放とうとしているじゃないか。
「私はお兄ちゃんが大好きだから! 今までずっと隠していたけど私は異性としてお兄ちゃんが大好きなの!」
待って!? なんだこれは?
夕方の田んぼ道でどんだけ修羅場が繰り広げられれば気が済む?
まさか綾香がブラコンだったとは初耳だった? それとも近親相姦!?
「悟、お前も大変だな?」
「いやいや、正雄がそれを言うか?」
「桜井先輩は帰ってください! 早くここから消え去ってください!」
すると、正雄は大きなため息をついてから自転車の方へと歩き始めた。
まさかマジで帰るつもりなのか?
「悟、俺帰るわ」
「待て! あまりに引き際がよすぎだろ?」
「いや、この状況はちょっとな……ああ、そうそう。あと、俺はお前に対して強引な事は考えてないからな? 俺だってまだ自分のこの気持ちに整理がつけられてないんだ。だから悟も気にするな。女友達が気になり始めた思春期の男友達だとでも思っとけよ」
「いや、正雄? 何を言ってるんだ!?」
「じゃあ、今日はマジで帰る。お前が悟だってわかった訳だし、俺の気持ちだって不本意だけど伝わったわけだしな」
「だから、なんでここで帰るんだぁぁ!」
と、もう遅かった。桜井正雄は即効で自転車を漕いでいってしまった。
もうすでに百メートルは先に行ってしまっている。結局は振り向く事もなく消えてしまった。
結論、最後まで残ったのは南(中身は綾香)と俺。
そして、その南はなぜだか俺の前で両手をもじもじとしながら顔を真っ赤にしているじゃないか。
いや、おかしいよこれ? 本気で近親相姦フラグなのか?
もう手遅れなのに慌てて周囲を確認する。
よかった誰もいない。
だけど、それでどうする?
「あ、綾香? ええと……さっきのさ……」
「待って! 聞いて……あのね……私……」
やばい? まさかの近親相姦告白がまたくるのか!?
なんて考えていたら、次の瞬間、俺の目は点になった。




