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ぷれしす  作者: みずきなな
前途多難な超展開な現実
149/173

148 友達 前編

 少し肌寒い風の吹き抜ける田んぼ道。

 夕方になれば寒さの残るこの時期だが、俺はまったく寒さを感じていなかった。

 逆に全身から湯気が出そうにな程に体が火照っているくらいだ。

 目の前の男子を見てぶるっと身震いしてしまう。


 これはマジでやばい。


 全身から吹き出る汗。あがる心拍数。

 今の俺のヒットポイントは限りなくゼロに近い。なのにどうしてこうなった?

 さっき大二郎で大ピンチだったばかりじゃないか。どうしてこうなったんだ?

 自分にそう問いただす。だけど答えは出ない。

 いや、違う。この目の前の状況こそが答えなのだ。


 俺は大二郎とのやりとりをこいつに、そう、桜井正雄に聞かれていた。のかもしれない。


 …………くそっ、油断してた。

 声なんて出すんじゃなかった。


 後悔しても遅い。遅すぎる。

 後悔先に立たずという言葉があるが、まさにその通りだ。


【ごくり】


 正面に立つ正雄の表情を見て唾を飲み込んだ。

 真剣に俺の顔を見据えている正雄。

 その表情に少し怒りさえ感じてしまう。


「おい、どうしてまたその姿になってるんだ? ちゃんと説明しろよ」


 正雄は俺を完全に悟だと決め付けている。

 決め付けて話かけている。

 そして、躊躇なく目を細めて俺の瞳をじっと覗き込んできている。

 これが本当の綾香が相手だったらありえない。

 こんな事を妹に対してできるような奴じゃない。

 それにこいつは綾香の事が気になっているって言っていたし。


【くそっ……】


 視線を下げた。

 しかし、いくらアスファルトを見てもこのピンチは切り抜けられない。

 そんな事は知っている。知ってるけれど正雄を直視できない。


 だめだろ? こんなんじゃ。

 これじゃ俺が悟だって認めたようなもんじゃないか。

 そうだよ、俺は綾香になりきるって決めたんだろ?

 たとえ正雄が俺を悟だと決め付けても俺が認めなきゃいいんだよ。

 いくら疑われても認めなきゃいいんだよ。


 俺はある意味で覚悟を決めて正雄の顔を正面に見据えた。


「せ、説明ですか? どういう意味でしょう?」

「どういう意味? どういう意味も何もないだろ? そのままだろ?」


 そう、それはシラをきり通す覚悟。正雄を騙しきるという覚悟。

 なんて考えている傍から、正雄の眼力に思わず目を逸らしたい気持ちが溢れてしまった。


 だめだ! ここで目を逸らせば悟だと認めたも同然だ!

 認めない。認めないんだよ。認めずにこぼ場を凌ぐんだ。

 大丈夫、そのうち勘違いだって思ってくれる。

 そうすれば正雄と普通に会話だってできるようになるさ。


「……」


 しかし言葉が出ない。

 少しの沈黙が続く。


「おい、聞いてるのか?」


 脳内で考えるのは簡単だ。でも、実際には何を話せば良いのかわからない。

 だけど、このままずっと黙っているわけにはいかない。

 俺は意を決した。


「はい、聞こえてますけど……なんて答えて良いのか困ってます」


 俺は火照る体をギクシャクと動かしながら自転車を降りた。

 そして、スタンドを下げると正雄へと歩み寄った。


「先輩、自転車ですよね?」

「ああ、そうだ」

「どこに……」


 と聞く前に見つけた……正面の道の脇に正雄の自転車があった。

 しかし、本当に正雄の接近に気がつかなかった俺ってバカすぎるよな。

 でも、考えてみれば周囲の状況が把握できない程の状態だったとも言える。

 そえほど俺は緊迫していたのか集中していたのか。


「ありました。すみません」


 次に普通に笑顔をつくった。あくまでも普通に自然に。

 そんな俺を怪訝そうな表情でじっと見る正雄。


「ええと、桜井先輩? どうしたんですか? 顔が怖いですよ」


 じっとまた睨まれた。その鋭い視線に少しだけ怯んでしまった。


「おい、なんだよそれ? お前、俺を馬鹿にしてんのか?」

「あの? さっきからあれなんですけど……先輩はなんで私をお兄ちゃんと勘違いしてるんですか?」

「勘違い?」

「そう、勘違いです」


 落ち着け俺。焦り顔は禁物だ。

 気持ちが焦っていてもそれを顔に出したら負けだ。いや、出てるかもだけど、認めたら負けだ。

 意地でも綾香になりきるんだ。そうしたらきっとできる。俺ならきっとできる。

 ここを乗り越えられる。


 ここを乗り切れば後はなんとかなる。

 人間の記憶なんてすぐに変革が可能な品物なんだから。

 俺=悟が俺=綾香(ちょっと男っぽい?)になるだけだ。


「お前、俺にバレてないとか思ってるのか?」


 だけど、ずっと疑われているこの状態のままでは変革なんて出来ない。

 このまま逃げても意味がない。


「ええと、あのですね、バレるかとよくわからないのですが、私は桜井先輩とはあまり面識がないと思います。兄は知り合いかもしれませんが。ですので、そういう酷い冗談はやめてもらえると嬉しいかなって思うんです」


 だから綾香だと思わせる。疑ったままでも構わない。

 俺を綾香かもしれないと思わせるんだ。まずはそれが大前提。


「……」


 正雄の額にシワが寄る。


「さっきから何なんだ? お前は悟なんだろ? 意地でも俺を騙したいのか?」


 やっぱり俺を疑う事を止めない。なんて奴だ。


「ええと? 騙すって何の事ですか? さっきから本当に言ってる事がわからないんですけど?」


 俺はすぐにそう言い返した。


「お前、ふざけてるのか? 俺にお前が悟かどうかわからないとでも思ってるのかよ? それに、さっきの大二郎とのやりとりだって聞いてたんだぞ? それでも誤魔化せると思ってるのか?」

「え、えっと? そう言われても……何のことでしょう?」


 くっそ、やっぱり聞かれていた。でもそれは予想ができていた事だ。

 聞かれていたからこそ、このやりとりがあるんじゃないか。


 そう考えながらも今のこの行為が無駄なんじゃないかと感じ始めている俺がいた。

 その気持ちがだんだんと膨らんでくる。

 いっそ暴露すれば楽になれるんじゃって気持ちが溢れる。

 そうだよな? 人間は諦めが肝心だよな?


 ……

 ……

 ……

 って違うだろ! ここで諦めちゃダメなんだよ!


「ここまできてそんなバカな演技を続けるのか? お前だって無駄だってわかるだろ? っていうか俺を騙してお前が何のメリットがある? 言ってみろよ」


 完全に俺を悟だと認識している正雄。

 ここで小説やドラマならうまく誤魔化せる展開も考えられるけど。

 リアルってそんなに優しくない。

 小説やドラマみたいにうまくゆくはずがない。


 でも、諦めたら負け。

 これは万国共通なんだよ。


「だから先輩、根本的なところがおかしいんです。私はお兄ちゃんじゃないって言ってるじゃないですか」


 こうなったら何度でも否定してやる。今の俺は綾香なんだ。


「お前は悟だろ! いい加減にしろ!」


 誰かに聞こえるんじゃないかって程の大声だった。

 正雄の怒鳴り声に思わず身を竦ませた。

 そんな俺の表情を見てか、正雄はすぐに冷静な表情に戻った。

 そして、すこし申し訳なさそうな表情で小さく頭を下げた。


「すまん……でもさ、お前は悟だよな?」


 なんだこのやるせない気持ちは……。

 なんだこの苦しい気持ちは……。

 ああ、苦しい。胸が苦しい……押さえつけられる。

 つらい、なんだろう? すごくつらい。


 だけどまだだ……まだやりきってない。


「じゃあ……証拠はあるんですか? 私がお兄ちゃんだって証拠が」

全部すべてが悟だ」


 即答だった。

 俺は思わず唇を噛んで俯いてしまった。

 そしてそのまま両手で胸をぎゅっと抱えた。心臓の鼓動を少しでも緩くしようと押さえた。


「お前は姫宮悟だ。それ以外の何者でもない。なのに、お前はここまできても違うって言うのか? 俺の目が節穴だっとでも思ってるのか? 証拠をつきつける必要があるのか?」


 つーっと一筋の汗が頬を流れ落ちた。それと同時に熱いものがこみ上げる。


 な、なんだこれ。くっそ……なんで?


 見れば自分の手が震えていた。

 いくら落ち着こうと思っても体は正直だった。

 両手が自分の意思に反して小刻みに震え初めている。


「もう一度言うぞ? お前は姫宮綾香じゃない。姫宮悟だ。何の理由があるかわからないけど、また姫宮綾香の格好に戻った姫宮悟だろ? で、お前は俺にその事実を隠そうとしてる」


 もう否定ができない。否定しても完全に無駄なんじゃないかって思いが脳内を侵食している。


「……いや……私は……」


 言葉が続かない。思った事が口から出てこない。


「その表情、その態度、その動き、お前だって自覚してるんだろ?」


 自覚もなにも俺は俺だ。そんなのわかってるよ。


「なぁ? 悟?」

「……」

「悟?」

「……」


 本気で体の振るえが止まらない。汗が止まらない。

 逃亡していたけど追い詰められた犯罪者の心理っていうのが少しわかった気がする。

 こんな緊張感の中で毎日を送るとか絶対に無理だ。


「いい加減にしろよ……もういだろ? そろそろいいだろ? それとも、本気で証拠をつきつけて欲しいのか?」


 言い返せない。どうして欲しいのかわからない。


「わ、私は……違う……お兄ちゃんじゃない……」


 だけど頑張って言い返した。震えた声だって自分でわかる。

 そして自覚した。こんなんじゃもう騙せないって自覚した。


「お前、そんなに強情な奴だったっけ?」


 正雄の表情が急に優しげになった。

 そんな表情を見て俺の心が少しだけ楽になった。

 そして、俺の心の中でもう一人の俺が言う。


【もういいだろ? 相手は正雄なんだから】


 そんな心の声に今は俺はすぐにでも賛同したいと思っている。


「大丈夫だ。俺は別に怒らないから言えよ。もういいから。何があったのかわからないけど、ちゃんと聞いてやるからさ」


 少し涙腺が緩んでいるのか、正雄が霞んで見えた。


 なんてことだろう。

 俺は正雄に優しくされて安心しちゃってる。

 こいつにならもうバレていいって思ってる。


 ………………


 俺は嫌いだ。


 こんな俺が嫌いだ。


 すぐに楽な方向に行こうとする俺が嫌いだ。


 最低だ。最悪だ。


 結局はまぁいいやで済ませようとしている。


 バレてもいいやってもう思ってる。


 三分前の俺はどこにいった?


 あの意気込みはどこにいった?


 やっぱり嫌いだ。


 俺なんて大嫌いだぁぁぁぁあ!


「だ……だから私はお兄ちゃんじゃないですって言ってるじゃないですかぁぁぁ!」


 最後の足掻き? 自分に対する反抗?

 俺は叫んだ。正雄に向かって叫んだ。


「お前……あのなぁ……」


 しかし正雄は冷静だった。

 焦る事なく震える俺を優しく見ていた。


「なるほどな……はぁ……」


 そして、大きなため息をついた。

 俺はというと全身の火照りが止まらないどころがさらに熱を帯びる。

 体の震えはどんどん強くなる。


「誰かに黙ってろって言われたのか? もしかして、命令したのは魔法使いか?」


 いきなりの違う方向の質問に思わず体を震わせた。


「え、えっと? いや、ええと……」


 正雄がゆっくりと俺に歩み寄る。

 俺はゆっくりと後ずさりする。

 しかし、一歩の歩幅の差があるし、後退方がさらに歩幅が小さくなる。

 そして、すぐに正雄に歩み寄られた。


「悟」


 正雄はいきなり俺の両肩を持った。

 両肩に正雄の手のぬくもりが伝わる。


「な、なにを!?」


 体をくねらせてつかまれている手をはずそうとしたが、正雄の力は強い。

 ぎゅっと固定されてしまう。それでも俺は体を暴れさせる。


「悟!」


 言い聞かせる前に放つような力の篭った声だった。

 思わず体を止めてしまう。同時に肩をがっしりと固定された。


「お前、そんなに声を震わせて、いっぱい汗まで流して、顔も真っ赤にして、体まで震わせて……。誰が見ても普通じゃないってわかる状態にまでなって…………。それでもお前は否定するのかよ? 完全に俺に正体がバレてるって自覚してるんだろ? なのに何で隠すんだよ? やっぱり魔法使いが絡んでるのか? 命令されてるのか? そうなのか?」

「ま、正雄……」

「それとも俺が悪いのか? 俺がお前が悟だって気がついたから悪いのか? 俺って空気が読めてなかったのか? 俺ってダメな奴なのか?」

「いやっ……」

「俺はここまでお前が意固地になって否定するなんて思ってなかった。お前の事だから、もっと軽く「あ、やっぱりお前にはバレたのかよ」なんて言ってくれるって思ってた」

「うっ……」

「なのに、今になってまでお前は認めない……認めてくれない……」


 正雄が大きくため息をつくとがくんと頭を垂れた。


「ま、正雄?」

「俺さ……お前を……悟を友達だと思ってた……だけど違ったのか? 俺ってお前の友達じゃなかったのか?」


 急激に胸が痛みに襲われた。グサリと刺さるような痛みに。

 苦しくて苦しくてもうつらい。

 だめだ……もう流石にダメだ。

 これ以上は無理だ。

 だって、正雄は……。


「と、友達……だよ……お前は俺の友達だ」


 そう、友達なんだ。

ここから一気に最終局面へと進む予定です。頑張って最後まで駆け抜けたいです。

応援よろしくお願いします。

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