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ぷれしす  作者: みずきなな
前途多難な超展開な現実
146/173

145 カミングアウト

 野木が気絶している間に両親へカミングアウトする準備をした。

 準備と言っても、部屋を片付ける程度だけど。

 そして、気絶から復活した野木に散々文句をいいちらし、カミンアウトをするという事実を伝えた。


 片付けが終わった俺と野木と綾香は部屋で両親を待った。


 夜十九時。会社から戻ったばかりの父さんを連れて、母さんが部屋に入ってくる。

 両親は不安そうな表情で俺たちを見ていた。

 そしてついにその時を迎える。


【カミングアウト】


「父さん、母さん、驚かないでくれよ? 俺、実は悟なんだ」


 俺は両親の目の前で薬を飲んだ。


 その後の両親お驚きようはすごかった。

 まるで生き別れの家族を見つけたかのように俺に抱きつく母さん。

 頑張って涙を堪え、そして俺を正座させていっぱい怒鳴ってくれた父さん。


 二人にはすごく心配をかけていたって改めて理解した。

 両親の涙に俺も思わず俺まで泣いてしまった。

 綾香もいっぱい泣いていた。


 今まで色々とあったけど、だけど今日ここに家族は一つになった。

 姿こそ違うけれど、それでも俺と綾香と両親の四人家族がついに元の家族に戻れたんだ。


 やっぱりカミングアウトは不安でいっぱいだった。

 だけど、よかった。

 やっぱり綾香の言うとおりにしてよかった。

 心の中ではどこかでホッとしている自分に気がついた。


 ☆★☆


 無事にカミングアウトも終わり、部屋には俺と綾香と野木の三人になっている。

 ここにきて綾香は野木に対して言葉にトゲが出てるが仕方ない。

 実の兄が自分の姿になって、おまけに自分の姿の兄が男の姿の野木にいっぱいOPPAIを揉まれていた。

 あんなのを見せられ普通でいられる方がおかしい。


「なぁ悟くん」


 しかし野木は気にとめる様子はなく、すっと窓際まで歩くと暗くなった空を見上げた。


「変な話をしてもいいかな?」


 声のトーンがやけに落ち着いている。さっきと違って優しい感じがする。


「なんだよ?」


 ここで野木の話しを聞かないという選択肢は思い浮かばなかった。

 もしも変な話をされたらされたで対応するだけだ。


「もしだけど……悟くんは……男性に戻れなかったらどうするんだい?」

「えっ?」

「お兄ちゃんは元に戻れます!」


 俺の返事よりも早く反応したのは綾香だった。

 勢いよく立ち上がると、力の篭った言葉で反論した。


「なんでそんな事を言うんですか!」


 綾香は野木に詰め寄る。


「おいおい、ちょっと落ち着いてくれ。僕は別に悟くんが元に戻れないとか言っているんじゃないんだ。もし、万が一の確立で戻れなかった場合はどうするのかと質問をしただけなんだよ?」

「戻れます! お兄ちゃん元に戻るんです!」


 綾香は野木の真横にまで詰め寄ると、今度は野木をぎっと睨んだ。


「そう感情的にならないでくれ。僕は戻れた場合、戻れなかった場合、色々な想定を今のうちにしておきたいだけなんだよ。僕も悟くんが元に戻れるように協力する」

「私は悪い想定なんて考えたくないです! だって、悪い事を考えているとそっちが現実になる事だって多いじゃないですか! だから嫌です! お兄ちゃんにも元に戻れるって信じていて欲しいんです!」


 確かに、綾香の言う事はもっともかもしれない。

 悪い思考をしてしまうとそれに引きずられて、結果的に悪い結果になる場合もある。

 俺だって最初、綾香になっていた時は何度ももう戻れないんじゃないかって思っていた。

 だけど、そんな俺を励ましてくれていたのは目の前にいる野木であり、その妹の絵理沙でもあった。


「だから私は信じたいんです。だから一郎さんも兄が元に戻る事だけを考えてください。お願いします」


 綾香はこんどは頭を下げた。

 野木は小さく息を吐くと半場諦め顔で頷く。


「君は本当に強いね。わかった、僕もポジティブに考える事にするよ」

「はい、ありがとうございます! あと、女の子になっているお兄ちゃんの胸を触るのは今後は一切禁止です!」


 ここで野木の表情が歪んだ。すごいショックな顔になった。ってなんで!


「ま、待ってくれ! では成長記録はどうすれば良いんだ?」

「一郎さんの代わりに私が図ります!」

「いや、それはダメだ! 僕は実際に触らないと気が済まない!」

「ダメです! だって一郎さんは男性なんですよ?」

「悟くんだって男じゃないか!」

「でも、今は女の子なんです!」


 なんか変な言い合いになってないか?


「おい、ちょっと待て! お前らどんな話になってるんだよ!」

「お兄ちゃん黙ってて!」

「君は黙っててくれ!」

「ちょっ!?」


 なんて理不尽な!


 で、くだらない話が終わり、野木はコンビニに行くから玄関まで送ってくれとか言いやがった。

 たかがコンビニに行くのに、なんで俺が玄関まで送らなきゃいけなんだ?

 だけど俺はなんとなく断れずに、結局は魔法の効果が継続してる関係で男になったまま玄関までやってきた。


「悟くん、君は何が欲しいものがあるかい?」

「そうだな、じゃあアイスクリームの実がいいな」

「そうか……わかった」


 本当は野木と一緒にコンビニも行きたかったが、。万が一でも他人に悟の姿を見られるのはまずい。


「じゃあ、気をつけて行ってこいよ?」

「ああ……」


 なんて返事をしたのに、野木は靴を履いた状態で動かない。


「どうしたんだ?」

「いや、こんな場所で言うのもあれなんだが、悟くんに一つだけ希望を話しておきたいんだ」


 背中越しに野木はテンション低く話し始めた。


「希望? なんだよ?」


 野木が振り向く。気持ちわるいくらいに真剣に俺をじっと見据える。


「な、なんだよ」


 俺は男になっている関係で、目線は俺が少し低い程度。

 そんな俺と野木との間ににょきっと野木の右手が現れた。

 持っていたのは見た事のある錠剤。


「お、おまえ、それ」


 その錠剤を飲み込む野木。

 急激に襲ってくる苦痛からか、表情が歪んだ。

 やっぱりそうだ……でも何で?


 野木の身長がぐぐっと縮み、髪がもわっと伸びる。そして……


「ひ、久しぶりだね」


 目の前の野木の変化した姿を見て思わず唾を飲んだ。

 

 の、野木が輝星花きらりに変身した?


 どうして変身が出来るのんだ?

 どうして変身する薬を持っているんだ

 どうして変身する必要があるんだよ?

 色々な疑問が沸いては消えてゆく。


「驚いてるみたいだね?」


 久々に聞く輝星花の声色に心臓がドキドキと鼓動を始めた。


「そ、そりゃそうだろ? コンビニに行くってやつが目の前で女になったんだからな」

「あはは……なるほどね……で、感想は?」

「か、感想とか、な、なんでそんな姿になったんだよ? それってまずいんじゃないのか?」


 驚きながらも心配になる。

 こいつは魔法世界では死んだ事になっている。

 もしも誰かに見られたら……


「今のこの大変な時期に、こんな事をする僕は本当に空気の読めない人間だと思っている」

「おい、何を言い始めてるんだよ?」

「でも、君が男性になっている今、そして、まだ僕の心が変化していない今、僕はこの格好になる必要があった」

「意味がわからない!」

「そっか……では意味をわからせてあげるよ」


 すっと手を伸ばす輝星花。その手が俺の頬へと伸びてくる。


「悟くん、僕は男になったとは言っても精神的にはまだ女なんだ。だから……僕は……」

「き、輝星花? いやいや待てって」


 俺はぶんぶんと頭を振る。冷静さを取り戻そうとする。しかし、俺の頭は簡単に輝星花の両手に固定をされていた。


「僕が女としての気持ちを持っているうちに君に気持ちを伝えたい。君が魔法世界で僕を助けてくれた時にハッキリしたこの感情を……」


 悪い予感がした。

 いや何でこうなるんだという焦りが俺を襲った。

 これから輝星花が言おうとする事があまりにも簡単に予測できてしまったからだ。


「だ、ダメだ! 言うな! だってお前はこの世界で男として生きるんだろ? 俺はいつか男に戻るんだぞ? だったらもうその想いには答えられないんだ! 輝星花だって理解してるだ……んぐっ」


 輝星花は止まらなかった。俺も避けなかった。

 そして、俺の見ている前で、輝星花は俺の言葉を遮るよう俺の唇を奪った。

 柔らかい唇が俺の唇に重なる。そしてゆっくりと離れた。


「んはっ……き、輝星花! お前なっ!」


 輝星花は頬を紅潮させて潤んだ緋色の瞳で俺を見つめていた。

 俺の心臓はドキドキと高く鼓動し、そして全身に汗が滲む。

 倒れてしまいそうな程にくらくらする。


「聞いて欲しい、僕は気がついたんだ。ずっと僕の中にあったもやもやしていたこの気持ちの正体に気がついたんだ」


 輝星花の瞳が潤んでいるのがわかる。


「僕は魔法世界でも君に話したかもしれないけれど、あの時はまだ心の迷いもあった。でもね、今の僕ならハッキリと言える……」

「だ、だから言うなって!」


 俺は輝星花の口を塞ごうと右手を上げた。だけど輝星花は俺の手を払い退けていい切った。


「僕は君が好きだ! 恋愛的な意味で君を好きになったんだよ!」

「だ、だから俺はお前の気持ちはうけ……んっ!」


 また言葉を遮られた。再び唇を強引に奪われた。


「なんで僕は女のままでいられなかったんだろう? なんで男になってしまったんだろう?」

「それはお前が本来は男で生まれるべき人間だったからだろ」

「だけど僕は女として魔法世界に生まれ、女として人生を歩んだ! それなのに……」

「そ、それは……」


 何も言い返せない。かける言葉が思いつかない。


「悟……大好き……」


 三度近寄る唇を俺は完全に受けれた。

 ついに俺は輝星花を受け入れてしまったのだ。

 野木が男の姿だったらこういう事にはならなかったと思う。

 だって気持ち悪いから。男とキスとか考えられない。

 だけど、俺は輝星花の綺麗で愛らしいそのなつかしい女性の姿を見た瞬間にうれしくなっていた。

 そして俺ももやもやしたなんとも言えない気持ちに襲われていた。


「悟くん、僕のファーストキスだからね?」


 もう三回目だろ! って突っ込みは出来なかった。

 そして、この間にも懐かしい輝星花の匂いが俺の男としての部分を刺激している。

 やばい、ムラムラする。このまま抱きつきたい衝動に駆られる。


「もう一回言うからな? そうだ、女性っぽく言ってみようか?」

「……いや」

「私、野木輝星花は姫宮悟が好きです……」


 やりきったような輝星花の笑顔が眩しかった。

 この瞬間、俺の中の気持ちにひとつの整理が出来た。

 そう、この気持ちは……俺は……


「悟くんは……私をどう思ってるの? 好き?」


 だけど返事が出来なかった。輝星花を好きだって言い返せなかった。


「うん、わかった」

「な、何も返事してないぞ?」

「ううん、君の気持ちは伝わってきたから」

「え、えっと」

「悟、ありがとう……僕に恋を教えてくれてありがとう……」


 震える声。溢れる涙。

 そっと俺の胸に顔を埋める。

 俺は震える手を輝星花の背中にまわしてしまった。


「ありがとう……」

「輝星花……」


 すぐそばのリビングには両親。そして二階には綾香。

 こんな事をいつまでもやってる訳にはゆかない。

 いつまでもこんな関係でいる訳にはゆかない。


「ねぇ……」

「な、なんだよ?」


 輝星花はリビングから漏れるTVの音の中でつぶやいた。


「私はすごい我侭になっている。そんな我侭な私のお願いが止められない……悟、男に戻らないで……お願い」


 俺は硬直してしまった。


「僕はこの世界では身寄りがない。知っている人がいない。家族も妹もいない。いつも不安で仕方ない。これからどうなるのかぜんぜん見えない」

「……」

「元気を振舞うのもつらいよ……悟がいるからここに来たけど、でも、今も恐怖が私を支配しようとしているんだ」

「……」

「でもね? 僕は君がいるだけで生きてゆけるんだ! 君がいるだけで希望がもてるんだ! うん、僕は君以外には何もいらない……いらないから!」


 重い。あのポジティブな野木の言葉が重過ぎる。

 だけどこの世界に輝星花を連れてきたのは、半分は俺の責任……


「僕は君が好きだ。君という人間が好きだ。ずっと大事にするから……言う事だって聞くから、だからお願い。そのままずっと女性でいて欲しい……僕とずっと一緒にいて欲しいんだ」


 真剣な表情で声を震わせた輝星花の嘆願(希望)は俺の脳内を完全に混乱させた。

 正直、最近の俺はどうやって男に戻るかしか頭になかった。

 だけど、輝星花は俺に女のままでいて欲しいと言ってきた。

 ここで迷うなんてありえないのに、なんでだろう? 俺は迷ってしまっている。

 もしかして、女としての俺を受け入れてくれる人がいるのなら、無理に男に戻る必要もないのか? なんて考えてしまう。

 だけど、俺は冷静になる。

 今まであった色々な出来事を思い返してみる。


「ねぇ、ダメかな?」


 今の俺は綾香なんだ。

 俺が男に戻らないと綾香は元に戻れないんだ。

 俺一人の人生だったら俺が一人で決められる。

 だけど、これは俺一人で解決できる問題じゃない。

 俺を軸にしていくつもの事柄が、人の未来が、俺のこの行動で変わってしまうんだ。

 だから! だからっ!


「ごめん」


 だからそう返事をするしかないんだよ。


「だ……だよね。うん、わかってたよ」


 そして輝星花は素直に諦めた?


「悟、聞いてくれてありがとう。そしてキスをさせてくれて……ありがとう……恋をさせてくれてありがとう……」


 輝星花はそのまま俺から離れると玄関ドアのノブに手を当てた。


「僕は知っているよ。君の運命は君が決める事だって。だから、僕は君の決めた事に従う。僕の願いは夢物語だって最初からわかってたんだ。夢は現実にはならないって知っているんだ。だから気にしなくていい。僕もちょっと感傷的になっていただけだから」

「輝星花……」

「大丈夫、僕はどこにも行かない。僕は君と恋人関係になれないとしても、それでもずっと傍にいる」

「お前は……」


 胸が痛い。すごく痛い。つらい。本気でつらい。


「がんばろう」

「え?」

「がんばって乗り越えよう。一緒に、みんなと一緒に! そして君は男に戻るんだ!」

「あ、ああ……」


 玄関ノブを捻った輝星花。そしてそのまま出てゆくのかと思ったら。


「で、悟くん!」


 戻ってきただと!?


「まだ男性化の錠剤はあるんだよね?」

「あ、す、少しだけど」

「新たに作ってあげる事はできないけど、君が男性になっている時に僕が相手になる事はできるからっ!」

「相手? どういう意味だよ?」


 ぎゅっと片袖を輝星花がひっぱった。

 また頬を紅潮させている輝星花。


「あれだよ……色々と僕も調べてみたらさ、男性ホルモンを活性化させるにはあれなんだよ……僕もこの通り女性の体になれるからさ……あの、ええと、れ、恋愛感情はなしでもできるよね? 僕は覚悟はできてるからいつでも大丈夫だよ」

「は、はぁ!? はぁぁぁぁあぁ!? おまっ! 何を言い出す!?」


 結局、輝星花はこう言いたかったのだ。

 俺が男性化した時に輝星花も女性化する。そしてその時に俺のHの相手をしてもいいと。


「あ、あくまでも提案だ! これは数少なくなった薬を有効に活用しつつ、男性ホルモンを活性化する手段として考えてみた結論なんだ!」

「だからって、それはそれでおかしいだろ?」

「おかしくないだろ? 君の一人の雄だとすれば雌を求めるものじゃないのか? 男らしさとはそこには無いのか?」

「いや、待てって、おかしいから! なにかおかしいから!」


 何でこうなる?

 クールで真面目でそれで馬鹿エロだった輝星花が完全に恋愛脳になった?

 お前、気がついてるか? 今のお前は好きな男のために体を捧げたい女になってしまっているんだぞ?

 だからこそ、ここで素直に受ける訳にはいかない。

 受けたら負けだ! いろんな意味で!


「そんなのアウトだ! お前は余計な事を考えるな! 輝星花は輝星花らしく生きろ! わかったか! 俺もお前を人間として好きなだ! だからお前はお前でいろ!」


 なんか格好いい台詞っぽくなった?


「なんだよ? 君は僕の体じゃ不満なのか?」


 聞いてないだと?


「少しは自信あったんだが……」


 もにゅっと自分の胸を中央に寄せる野木。

 パーカーの上からでも目立つ胸部の膨らみ。


「なぁ、悟くん?」


 綺麗で透き通るようなすべすべの肌。

 綺麗で可愛い整った顔。

 緋色の綺麗でキラキラした瞳。

 どう見ても標準以上のハイスペックだ。

 これで不満ならすべての女性が不満になる。


「ち、違う! そうじゃない! って言うか、いつものお前に戻れ! 恋愛馬鹿みたいな思考はやめろ! 俺は真剣なんだよ! 男に戻りたいんだよ! わかってるだろうがお前ならさ!」


 ダンダンと階段を駆け下りる音が聞こえた。

 振り向けば両親と綾香の姿。

 輝星花は順番に全員の顔を見渡すと小さく笑顔をつくった。


「そうだね、僕は何を言っているんだようね? うん、わかったよ。僕は君を男に戻すために全力でお手伝いしよう! そっち系以外でね! そして今日みたいな事はもう言わない! と思う!」


 おい、思うって!? とは口に出せなかった。

 そして、後ろの両親の目が点になっていた。

 綾香の表情がすごく硬い。引きつっている。

 また何かやらかしたのかって疑っている表情だ。


「元はといえば妹の絵理沙が原因なんだ。言い返せば僕の責任でもある。僕だってこう見えても元は魔法使いだ。これで関係ないとか言えるはずない!」


 輝星花は笑顔のまま再びドアノブに手を当てた。


「じゃあ、コンビニでスイーツを買ってくる。あと、君に頼まれたあずき棒を買ってこようじゃないか! じゃあ、また後で!」

「あ、ああ……って、あずき棒?」


 輝星花は振り向かずに玄関から出て行ってしまった。

 ちなみに俺が頼んだのはアイスクリームの実で、あずき棒じゃない。


「悟? 今の子は誰なの?」

「今の子は誰なんだ?」


 母さんと父さんが後ろで目をパチパチしていた。

 そうだ、両親は輝星花が男だって認識だった。


「ええと、今のは……」


 そして本当に納得させるのが大変だった説明を終えたその夜。

 ベッドに綾香が寝て俺はマットレスを床へ敷いて寝る。


「お兄ちゃん……さっき一郎さん、ううん、輝星花さんと何してたの?」


 暗くなった部屋の中で綾香に質問をされた。


「何って? 別に何もしてないけど? 玄関に送っただけだ」


 それとなく普通の返事をする。まさか事実は伝えられない。


「へぇ……何もしてないのにキスをしたの?」


 綾香のナイフのような切れ味の台詞にぶわっと汗が吹き出てきた。

 顔が熱くなってゆく。


「へっ?」


 いつ? いつ綾香は見ていたんだ?

 いやあの時に綾香の気配はなかったはずだ。

 そして、ここは冷静に対応しないと。


「何で俺があいつとキスしなきゃいけないんだよ? お前は見たのか? って言ってもキスなんてしてないけどな」

「ええと、隠すのはやだから言うね……私は見ちゃったんだ。お兄ちゃんを追いかけて階段の途中まで行って、そこで見ちゃんったんだ」

「えっ?」


 まさかマジでか? 見られてたのか?

 いや、でも階段を降りる音は最後の方で聞こえたよな。


「お兄ちゃんが輝星花さんにキスをされて、そして抱き合って……私は一度は部屋に戻ろうとしたんだ」


 やばい、マジで見られていたのか。

 くそ、どうする? ここはどうすればいい?


「でもなんで隠すの? 別に隠さなくてもいいでしょ?」

「い、いや……」


 うまい返事が見つからない。でも、だけど俺は輝星花にハッキリ言ったんだ。

 そうだ、俺は輝星花にはっきり言った。


「俺は、うん、そうだよ。輝星花とキスをした。それは認める。だけど聞いてくれ、俺はちゃんと断った。輝星花に女でいてくれって頼まれたけど、断った」


 少しの沈黙。


「お兄ちゃんは輝星花さんの事が好きなの?」

「な、何で俺があいつを?」


 またしても沈黙。


「ほんとに好きじゃないの?」

「綾香、俺は男に戻るから。絶対に何があっても戻る事は諦めないから。だから輝星花とどうこうなる未来はないんだ。信じてくれ」

「……」

「俺を信じろ!」


 少しの沈黙の後。


「うん……信じる……」


 綾香の小さな声が部屋に響いた。


 しばらく眠れなかった。

 色々な思考が頭をかく乱させた。

 俺は、その夜ずっと暗闇の天井を見ていた。


「あ、綾香?」


 二時間たった頃にふいに綾香が起きているか確認をする。

 だけど返事はない。

 視線をベッドに向けるが綾香は布団にもぐって動かない。


「くそ……」


 俺は自分の気持ちが、またしてもぐらぐらと揺れているのに気がついていた。

 もし俺がずっと女のままだったら?

 男に戻れなかったら?

 その可能性は現実的に考えても低くない。


 じゃあ、そう考えれば輝星花の気持ちを仮に受けておくべきじゃ?

 そうすれば俺が女のままでも……


 そんな下らない事すら考えてしまっていた。


「だめだ、今日の俺はおかしい」


 結局、どれが正しい答えはわからないまま俺は眠りについた。

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