144 外柔内剛
俺の名前は姫宮悟。高校三年の男子だ。
以前の俺の見た目はちょっと不良っぽかったが、それは高校デビューのなんちゃって不良であって本当の不良ではない。
そして、そんな俺は埼玉北部にある普通の高校を平穏無事に過ごし、そのまま今年の三月には卒業する予定だった。
だけど、俺は卒業はできなくなった。
「お兄ちゃん、元気だしてよ」
小奇麗な部屋の中に銀髪の美少女の姿があった。
「なに言ってるんだよ。俺は別に元気だって」
銀髪の彼女はベッドに腰掛けて髪を左手でいじりながら俺を心配そうに見ている。
「嘘だよ。絶対に元気ないでしょ」
どう見ても外国人な彼女。なのに流暢な日本語で語りかけてくる。
そう、そんな彼女の正体は魔法で容姿を変えた俺の妹の綾香だった。
「なんでそんな事を言うんだよ?」
いろいろとあって、今は【栗橋・サンライト・南】と名乗っている。
「気がついてないの? さっきからため息ばっかついてるよ?」
「うそ?」
「嘘じゃないよ」
「そっか……それにしてもよく見てるな?」
そして俺は今、訳あって妹の綾香の姿になっている。
「だって私はお兄ちゃんが好きだもん……普通に気になるよ」
「そ、そっか……」
俺が綾香になって、綾香が南になっている理由はここでは説明はしない。
前の小説でも読んでくれると助かる。
ちなみに少し前までは、妹に俺をお兄ちゃんと呼ぶのは禁止だとか、俺を綾香と呼べとか、色々と取り決めをしていた。
だけど今になってはこの部屋の中ではそのルールは適用されなくなっている。
「で、どうしたの? 何かあったの?」
「何かって、色々と考える事がいっぱいあるんだよ」
そう、今の俺には早急に考えて解決方法を見つけなければならない事が3つあった。
まず一つは、俺が男に戻る方法だ。
俺が男に戻る。それには俺を綾香にした魔法使い、今は魔法世界に取り残されている絵理沙の協力が不可欠だった。
だけど、大きな問題があった。
今の絵理沙は記憶を操作されてしまっているらしいという事。
だから俺の事をもう覚えてすらしない可能性がある。
俺を覚えていないだけならまだしも、絵理沙が俺に使った再構築魔法を使えなくなっている可能性だってあるんだ。
後悔がどんどん湧き出る。
なんであの時に絵理沙は和実のグループに救出されなかったんだ?
だけど同時に思い出す。
俺も輝星花も和実もあの後に捕まったじゃないか。
そう考えると絵理沙を救出とか最初から無理だったのかもしれない。
だけどしっくりこない。
絵理沙が俺が男に戻るために必要な魔法使いだって和実は知っていたはずだ。
なのに和実は絵理沙を輝星花救出騒動に巻き込んだ。
なんで巻き込んだんだ? 時空間移動魔法を使えるのが絵理沙しかいなかったからか? それだけなのか?
自分だけでは答えはわからない。
これは和実をとっ捕まえて早急に聞き出して対応を考えなきゃダメだ。
二つ目は俺の精神の女性化を食い止める事だ。
綾香に戻ってから少し経過して思い出した。
そう、俺はだんだん精神も女性化しているって事にだ。
俺がいくら否定をしても、それは以前の俺を知っている奴にはハッキリと解るレベルになっているらしい。
以前はそのお陰で色々とひどい目にもあった。
だけど、今の俺には女性化を遅延させる方法がある。
それは魔法で一時的に男性化する薬を飲む事だ。
この薬を使って男性化すれば、脳内のホルモンバランスを調整し女性化を遅らせる事が出来る。
だけど、薬もあと十数錠しかのこっていない。
野木に薬はまた作れないかと聞いたが、今の野木は魔法使いじゃないからそんなの無理らしい。
これもどうにかしなきゃいけない。
最後の三つ目は綾香に戻ってしまった事だ。
それが何で問題なのか?
俺は綾香が飛行機事故から無事に生還して、これからは綾香ではない別の人間として生きてゆく事を決めていた。
元の男に戻るまでは今の綾香の姿である【栗橋・サンライト・南】として生きてゆくって決めていた。
だけど、今回の騒動で俺は再び綾香に戻ってしまった。
これはマジでまずい。
理由は綾香が生還してから高校に通い始めた時、クラスメイトや茜ちゃん、佳奈ちゃん、真理子ちゃんにイメージが変わったと言われたからだ。
みんなが口に出して言うって事は少し変わったってレベルじゃないはず。
はっきり解るレベルで前の俺(綾香)とのイメージが変わったんだ。
そりゃそうだ。俺は綾香じゃないからな。
きっとこのまま俺が綾香として学校に行くと、また同じように変わったと思われるのは間違いない。
そうなれば正雄や大二郎にも気がつかれる訳で、そうなると困る。色々と……
「お兄ちゃん、悩んでても何も変わらないよ?」
能天気というか、綾香の言葉がとても軽く聞こえる。
お前はまったく悩んでないのかって疑問に思う。
「馬鹿か、人は悩むべきシーンで悩まないから失敗するんだよ。だからこそ俺は悩むんだ。失敗しないためにな」
「……ええと、お兄ちゃんってそんなに哲学的だったっけ?」
カクリと首を傾ける綾香。
可愛いけど、ちょっとイラっとしてしまう。
「俺は別に哲学的なんかじゃない。ただ、転ばぬ先の杖、石橋を叩いて渡る、備えよ常に、そういう精神でいるだけだ」
「ふーん……で、なにが問題なの? 教えて欲しいなぁ」
今度は反対に首を傾けた。
俺のイライラは徐々に積み重なってゆく。
「何がって、何もかもじゃないか! 俺がこのままじゃ男に戻れないこととかさ! あと、俺が精神まで女性化してしまいそうとかさ! 俺が綾香になってまた学校に行かなきゃいけなくなったとか! 逆に聞くけど、綾香は問題は何もないとか思ってるのか?」
ちょっと強めになった口調を綾香は何事もなく受け止める。
そして、腕を組んで少し考えた。ほんの十秒くらい。
「別に問題がないとは思っていないよ? お兄ちゃんが私の姿のままでいるのって、確かにすごく嫌だし、それに、早くお兄ちゃんに戻ってもらわないと茜ちゃんも困るよね? あと、お兄ちゃんが完全に女の子になるのなんて論外だからね?」
「だろ? そうだろ? 茜ちゃんはあれだけど、そうだろ?」
カタカタとイライラからくる俺の貧乏ゆるりが机にまで伝わる。
机の上のペンがカタカタ揺れている。
「でも、私の姿で学校へ行くのには問題ないよね?」
俺は目を見開いた。びっくりした。なんて事を言うんだ?
「いやいや、ちょっとまて! それって思いっきり問題まみれだろ? もしも俺が悟だってばれたらどうするんだよ!」
「きっと大丈夫だよ。だって、前だって私の変わりに頑張って学校へ行っていたんだしょ? 疑われはしてもバレなかったんでしょ? 最後にはみんなに受け入れられていたんでしょ? だったら今回だって問題ないんじゃないのかな? 場合によったら二重人格って言い訳すればいいんじゃないのかな?」
最後の一文はとてもおかしいが、確かに綾香の言うとおりかもしれない。
「でも、正雄には正体がばれたんだぞ?」
そう、俺は正雄にだけは正体がバレたんだ。
「そういえばそうだったね」
だけど、綾香はニコリと微笑む。
そんな綾香を見ていると俺が心配しすぎなのか? なんて考えてしまう。
だけど、やっぱりきちんと慎重に考えるべきだと思う。
色々と考えておくべきだと思う。問題が起こる前に。
「お兄ちゃん、私ね? おおっぴらに正体を言いまわすのはまずいと思うけど、ある程度知ってる人なら話しておいても良いかなって思うんだけど、どうかな?」
そして綾香がまた突拍子もない事を言い始めた。
「待て、それってどういう事なんだよ?」
「例えば茜ちゃんたちとか、桜井先輩にとかに私たちの正体を教えておくって事だけど?」
綾香の俺が考えていなかった提案に眉間にシワを寄せた。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ綾香は茜ちゃんに俺が悟だって教えてもいいって言うのか?」
「ダメなのかな?」
「ダメなのかなじゃなくって、本当に正体をバラすのはまずいって。絶対にまずい!」
「そっかな? 私はお父さんとお母さん、あとは茜ちゃん、佳奈ちゃん、真理子ちゃん。あとはお兄ちゃんが信用してる人になら教えてもいいのかなって思ってるんだけど?」
「いやいや……よく考えてみろ? そうなると、飛行機事故の後から俺と入れ替かわっていた事も説明しなきゃいけないだろ?」
「なんで?」
「なんでって、今の俺は綾香が戻る前の綾香であって、要するに、前の綾香と今の俺は同じイメージなんだから、そのうちバレるって。特に正雄とかにはバレるって」
「やっぱりバレちゃうかな?」
「間違いなくバレるだろ? そうしたら今までの人間関係が崩れるんだぞ?」
綾香は眉間にシワをよせるとじっと俺を睨んできた。思わず身を引いてしまう。
「そこまで言うならわかったよ。うん、確かにようだよね。でもね? お父さんとお母さんにだけは隠したくない。もうこれ以上お父さんやお母さんに黙ってられない。見ていてかわいそうだよ。だからお父さんとお母さんには教えてあげようよ? ねぇ、いいでしょ? お兄ちゃん」
確かに、綾香の言う通りで両親は今でも俺の事を心配している。
いくら北海道にいる設定になっていても、両親は実際に会っている訳じゃない。
表面上は心配していないように見せているけど、実際はすごく心配しているはずなんだ。
そして事実上は俺たち家族は全員が揃ったんだよな。
「わかった……お母さんたちには話そうか」
「ありがとう。うん、それでいいよ。確かにお兄ちゃんの言うとおりだよね。あまりこちらから教えない方がいいかもだよね?」
「うん、ありがとう……わかってくれて」
いつのまにか先ほどまでのイライラはどこかへ飛んでいた。
自然と目の前の笑顔の南の笑顔に、綾香の表情を重ねていた。
早く……また綾香の笑顔が見たい。
「じゃあさ、早速だけど、今日の夜にお母さんたちには話しておこうよ?」
「えっ? 今日? それは早すぎじゃないのか?」
「こういうの早いに越した事はないよ。大丈夫、私に任せておいてよ」
綾香が意気揚々と言い切った。そして部屋を出ていってしまった。
「早っ……」
一人になった部屋の中で俺は思い出していた。
どういや、綾香が生還して俺が南に変身したとき、俺が元の姿に戻るまでは正体を全員に隠し通すはずじゃなかったっけ?
だからこそ、みんなに隠しやすいように、わざわざロシアからのホームステイの設定にしたなんじゃなかったっけ?
でも、確かに母さんたちには話しはしておいた方がいいよな。
……なんか重要な事を行ってないような?
俺の心に何かがひっかかる。そしてとある人物の顔が思い浮かんだ。
「そうだ、野木に言ってないじゃんかっ!」
「呼んだかい?」
いきなりドアが開いたかと思えばそこには野木一郎の姿。
「お、おまえっ! なんでいきなり入ってくるんだよ!」
「君が僕を呼んだからだろう?」
「呼んでない! 思わず叫んだだけだ」
野木はニヤリと笑みを浮かべた。
「それってもしかして僕が好きだからつい口に出たとか?」
「な、なっ!? 何を言ってるんだよ!」
カーッと顔に熱が篭るのがわかった。やばい、真っ赤になってるかもしれない。
なんでこいつ相手に真っ赤にならなきゃいけないんだよ。
だいたいなんて事を平然と言うんだ。
「で、何か用事じゃないのかい?」
そ、そうだ! こいつに用事があったんだ。さっきの事を伝えなきゃいけなんだ。
「あ、ある。用事は確かにあるよ」
すると野木がニヤリと微笑む。なんかきもいんだけど。
「確かに、君の体型は幼児体型だ。認めよう」
はっと自分の体を見て、思わず胸を隠してしまった。
「そ……それ、妹の綾香が聞いたら怒るぞ?」
「やだな、冗談だよ。安心したまえ、もう君は十分に女性としての魅力を醸し出し始めている!」
次に顔が熱くなった。いやいや、なんでこんな台詞で?
「バ、バカ! そんなのどうでもいいから座れよ!」
熱くなった顔をパタパタと右手で仰いでいると、野木が俺に手を差し出してくるじゃないか。
「ん? なんだよ?」
「ほら、手をだして」
「手を?」
「そう、手だよ」
思わず俺は手を差しだした。すると野木にぎゅっと握られた。そしてそのままベッドの前に誘導される。
すると心臓がドキドキし始めたじゃないか。
「ちょ、ちょっと待て! な、なにを?」
「なにもしないけど?」
くそ、なんでここで野木に緊張しなきゃいけなんだよ?
いや、これってまさか女性化の影響なのか?
「悟くん、そこに座ってくれ」
俺は言われるがままにベッドにちょこんと座った。
すると次に野木が横に座ってくるじゃないか。
「な、なんでお前が俺の真横に座るんだよ?」
「悪いかい?」
俺の左手と野木の右手がぎゅっと握られたままベッドに二人で座っているこの光景。
「いや、ええと、このシチュエーションはとても卑猥に感じるんだけど?」
「卑猥?」
女子の部屋でベッドで並んで座る男女。
このままの先の展開を考えれば、変な方向にしか考えがゆかない。
「やっぱり、お前に襲われそうだから立つ!」
勢いよく立ったらまた手を引っ張られてベッドに着地してしまった。
勢いあまった俺はバウンドしてそのままベッドに転がってしまう。
「な、なっ!」
すると、上から覆いかぶさるように野木が両手をベッドについた。
思わず俺は胸を両手で隠す。防御姿勢をとる。
「本当に可愛いね、綾香くんは」
「お、俺は悟だ!」
俺がベッドに仰向け、野木が真上のこの状況。
この先、どう考えても俺は襲われる。
先ほどとは違う意味で心臓はドキドキで額には汗が滲んでいる。
「僕と君との関係じゃないか? いまさら恥ずかしがってどうするんだい?」
「な、何がどういう関係なんだよ!」
野木が強引に俺の胸ガードをどけた。
「なっ!?」
右手が完全に野木の左手で押さえられる。
告ぎに思いっきり、普通じゃありえないレベルで俺の胸に右手を乗せやがった。
「な、なにするんだよ! 馬鹿やろうが!」
自由な左手で野木の右腕をつかんで引き離そうとするが離れない。
おかしい、俺の筋力は男子の時のままなに? どうなってるんだ?
「なるほど、君は筋力的にも女性化しているんだね? そしてきちんと胸もちゃんと成長を続けている」
もにゅもにゅと俺の胸を何の抵抗もなしに何度も揉む野木。
しかし、そんな事よりも野木の言葉の方が俺には衝撃的だった。
「筋力も女性化だと?」
「そうだよ。君は精神も筋力も体もすべてが本当の女性になりつつある」
「嘘だ……」
「嘘じゃない。このままでは何年後かはわからないけれど、いつか君は女性になるだろう。少し男の子っぽいね」
【もにゅもにゅ】
冷や汗が額から流れた。
「いや、それはまずいって。俺は男に戻らないとだめなんだよ……」
「そうだね、しかし絵理沙に未だに連絡が取れない」
「そうだよな……でもさ、だったら校長に言えばなんとかならないのか? あと、和実はどうなんだ?」
【もにゅもにゅ】
野木の表情が見るからに歪んだ。
「な、なんだよ? どうしたんだよ?」
【もにゅもにゅ】
「いや、今日は君に和実が行方不明になった事を伝えにきたんだ」
「えっ?」
【もにゅもにゅ】
「和実はもうこの街にはいないみたいなんだ。僕は和実が住んでいたマンションに行ってみたんだが、人気はなかった」
「な、なんで? なんであいつが消えるんだよ?」
「なんでって、わからないよ……」
「どこ行ったんだよ? 探せないのか?」
「わからないし探せない。わかってたり探せたりしたらこんなに困らない」
【ぽちぽち】
確かに野木の顔は嘘は言ってない。困惑した表情で俺をじっと見ている。
「そうだ! 俺たちの学校には他にも魔法使いがいるんだよな? だったらそいつらに何とかしてもらうのは? あとはあれだ、命の灯火だっけ? あれで探せないのか?」
しかし野木は首を横に振った。
「確かに学校には何人かの魔法使いはいる。だけど僕は死んだ事になっているし、君の事だって話しをする訳にはゆかない。今回の事実は知っているのは校長と和実だけなんだ。そして命の灯火はその人物の状態を確認できるだけで、人を探す事はできない。君は知っているんじゃないのか?」
【パサラ……】
「じゃあ、やっぱり校長が頼りなのか?」
「そうなるかもしれない。校長は僕らに協力をしてくれると約束してくれているからね……ここは待つしかないんだよ」
【もにゅん】
「な、な、何してるのよぉぉお!!!!」
いきなり部屋に響いた南(綾香)の叫びにも似た悲鳴。
ふと見れば入口に南(中身は綾香)が立っていた。
その表情はまるでムンクの叫びみたいになっている。
「えっ? へっ!? うわぁぁぁ!?」
「変態! お兄ちゃんの変態! 一郎さんの変態! スケベ! 最低!」
「おや? 綾香さん、おかえりなさい」
俺はここでやっと気がついた。と言うか、今まで無視をしすぎていた。
「野木っ!」
「そんなに怒らない。これは僕にとって重要な事なんだ。君の胸の観察記録を復活されるためにね」
見てから驚いた。
知らない間に俺の着ていたブラウスのボタンがはずれいた。そしてピンクの下着が露になっていた。
「それにしても可愛い下着だね、君が自分で選んだのかな?」
何で俺はここまでされて気がつかなかったのか?
何で俺はここまで許していたのか?
はずかしさに血が上り熱くなる顔。
はちきれんばかりに鼓動を強くする心臓。
そしてもにゅもにゅと形を崩す俺の胸。
「そしてこの肌のつや! 胸の弾力! 君は最高だよ! 君はすばらしい胸の成長を見せている! 前の僕の胸なんてまさに贅肉の塊だった!」
南(綾香)が右手を振り上げた。
俺が右手をぐっと後ろに引いた。
「では、ダイレクトにかくに……」
「てめぇー!」
「一郎さんのえっちぃぃぃ!」
野木が下着をめくろうとした瞬間、俺の右拳が野木のテンプルにきまり、綾香のビンタが野木の右頬に炸裂したのだった。




