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ぷれしす  作者: みずきなな
前途多難な超展開な現実
142/173

141 ブレイクアウト 前編

久々に更新しました…お待たせしてごめんなさい。

 冷たい空気がトイレの中を吹き抜けた。

 本物の和実らしき和実が、もう一人の和実をじっと見つめている。


「ねぇ、悟君はわかってるんでしょ?」


 本物らしき和実は腕を組んで頬肉を釣り上げた。

 この雰囲気はまるで時代劇の悪代官っぽい。


「か、和実、ダメだらかね? ここじゃまずいわ」


 偽者の和実が周囲を気にしながら本物の和実に近寄る。

 しかし、本物の和実はあきれた表情で「何がダメなの?」なんて言い返した。

 その一言で偽者の、たぶん絵理沙であろう和実の表情が強張る。


「だ、だめよ。だって今回の計画じゃ私の正体は最後まで秘密だったじゃない」

「まぁそうなんだけどね、でも、もう貴女の正体は悟君にばれてるっぽいし、変身魔法を解除するのはもう少し後にしてもらう事にしても、正体くらいは教えた方がいいと思うけど?」

「ま、まずいって! ここに監視カメラとか、盗聴器とかあるかもでしょ?」


 焦る偽者。しかし、本物の和実はあきれた表情でトイレの中を見渡した。


「ここの病院ってどんだけ変態なのよ? トイレを監視するとかないない」

「でも絶対なんてないでしょ?」

「ううん、絶対ない。私がさっき調べたし」

「えっ?」


 ニヤリと微笑む本物の和実の表情。マジでダークっぽくなっている。

 いや、なんか言葉も悪意に満ちてきているというか……どうしたんだこいつ?


「私さ、変な誤解を受けたまま絵理沙からバトンタッチしてほしくないんだよね?」


 そしてこいつ、絵理沙とか言いやがったし!


「ば、馬鹿、和実!?」


 慌てる絵理沙だが、もう遅い。お前が絵理沙だって解ってしまった。


「どうせ知ってたんでしょ? 悟君」


 なんて聞かれたけど。


「いや……確信はなかった……」

「でも、たぶん絵理沙だと思ってた? だよね?」


 まさにその通りだった。

 俺は偽者の和実は絵理沙だと思っていた。そして当たっていた。


「だ、だとしても今ここでバラす必要があったの?」


 真っ赤な顔の絵理沙。そしてそんな絵理沙の頬にそっと手を当てる和実。


「絵理沙ってさぁ……私の姿でなにしようとしてたのかなぁ? 小屋の中で悟君にさ」

「な、なにって?」


 しかし、いいのか? こんな簡単に絵理沙だってバラしても?

 輝星花の救出に影響はないのか?

 だが、俺のそんな心配を他所に和実はじっと絵理沙を睨んでいる。


「私の姿であんな台詞はないんじゃいかな?」

「あ、あんな台詞?」

「なんて言ってたっけぇ? ああ、そうだ。確か……お礼は先払い? 体で払うとか?」


 絵理沙の顔に汗が滲み始めた。


「な、なんで……知って……」

「るのかって? ふふん……それは内緒だよ。だけどね、絵理沙ぁ? 私の姿で悟君に代償を払うつもりだったのかな?」


 ちらりと俺を見る絵理沙。しかし、外見は和実。

 目が助けを求めているようにも見えるが、今の俺には何もできない。

 絵理沙もそれを悟ったように目を逸らした。


「あ、あれは……勢いと言うか……」

「へぇ……勢いね? 私って勢いで悟くんに体を許しちゃうような子だったんだぁ?」

「か、体でなんて言ってないし!」

「ふーん……そう言い切れるんだ?」


 ダークな和実の突っ込みに偽者の和実(絵理沙)の表情が固まった。


「あ、後で撤回しようと思ってたの!」

「へぇ、そういう予定だったんだ? じゃあいつ撤回する予定だったの? もうすぐ私と入れ替わる予定だったよね?」

「そ、それは……えっと」

「それとも……」


 和実がそっと俺の頬に手を当てた。


「私が本当に体を悟君に体を差し出せばいいのかな?」

「い、いえ……」

「いいわよ? 私は別に悟君に体を差し出しても」

「え、ええぇぇぇ!」


 と驚いたのは俺だった。

 こいつ、何を平然と言いのけてるんだ?


「私は別に悟君を嫌いじゃないし、思った以上にエッチな自信はあるし!」


 そしてなんで鼻息が荒くなった?


「きっと初心な絵理沙よりもずっとずっとエッチな事を知っている。だから、悟君に快楽を与えられると思うよ?」


 俺は真っ赤な顔のまま無言になった絵理沙を見た。

 すると、気がついた。絵理沙は瞳に涙を浮かべていた。

 そして、ついに絵理沙が完全に敗北宣言をした。


「わ、私が悪かったです……ごめんなさい……だから許して」


 頭を深く下げて和実に謝罪をするが、しかし和実ダークは収まってない。

 ちょっと待て、輝星花を助けに来たはずなのになんでこうなった?


「やだよ。私はもう決めたし。悟君に初めてをあげる事にするからね。まぁ、ぶっちゃけそういうのって興味あったし、悟君くらいが落としどころかな」

「な、なによ! 謝ってるでしょ!? なんで私を苛めるのよ?」

「別に苛めてないよ? ははーん、悟君が取られるのが嫌なんだ?」


 絵理沙は今にも泣きそうな、と言っても和実の格好なんだけど。で、和実の格好で泣きそうな絵理沙が俺を睨んだ。


「い……嫌……」

「何? 聞こえないなぁ」


 それにしても、今日の和実はいじめっ子すぎだろ?


「い、嫌だって言ってるの! 嫌なの!」

「だったら、私の姿であんな事を言わないでよ。本当の自分の姿でそういうセリフを吐いてよね?」


 しかし、今になって突っ込んでいるけど、もしもこういう展開になってなかったら和実はどうしたんだろう?

 マジで俺に体を差し出す気だったのだろうか?

 なんて下らない事を考えている中で絵理沙はボロボロと涙を床に零していた。


「うぅ……うぅぅ」

「私は絵理沙の恋愛には関与するつもりはないし、絵理沙が魔法世界に戻ってもまだ悟くんを好きとか応援してもいいって思うレベルだし、でもやめてよね」

「ご、ごめんなさい……」

「まったく……」


 意気消沈して泣いている絵理沙を見て、腰に手を当てていた和実が息を吐いた。

 そしてちらりと俺の方を見ると、いきなりニコリといきなり微笑んだ。


「と言う事でお待たせしました!」


 和実が通常モードの笑顔で俺の方を向きやがったし。


「いや、ええと、もういいのか? そっちはいいのか?」

「大丈夫だよ?」


 絵理沙泣いてるのに!?


「で、それはそうと、クイズです! 私に化けているのは誰でしょう?」


 俺は言葉を失った。

 いや、なんて言うか、さっきからずっと答えが出ているんだけど?

 今更答えを言わなければいけないのか?


「和実……あんた……わざと……聞いてるでしょ……ひっく」


 絵理沙は涙を拭いながら、膨れっ面で和実の脇腹をつつきだしたじゃないか。


「やっ! な、なによ? これがわざとだって言うの? まぁ、わざとだけどね!」

「……むう」

「まぁ、もう答え合わせも何もあったもんじゃないけどね?」


 和実は不気味に、嫌らしく微笑んだ。そして、絵理沙であろう和実は、涙を拭うとため息をつきハッキリと言い切った。


「そうよ。今さらだけど、私は絵理沙よ……」


 まぁ、言われなくっても解っていたし、どうでも良かったんだけど。


「絵理沙、あんたはっきり言うけど、ぜんぜん私になりきれてなかったよね」


 確かに、最初から違和感がありすぎた。


「これでも頑張ったんだよ?」


 あれでか?


「頑張った? 何をかな? 悟君におっぱい触られて火照った顔してたのは頑張ったせいなのかなぁ?」

「あ、あれは事故だしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 おっぱい……ああ……うん……と言う事は、俺は絵理沙の胸に触ったって事なのか?


「事故ねぇ?」

「じ、事故なの!」


 やばっ……真っ赤な顔の絵理沙を見てたら俺まで顔が熱くなってきた。


「へぇ、ふーん。もし私ならあそこで冷静に笑顔で「悟君? 慰謝料高いよ?」って言ってるけど?」

「いやいや、事故で慰謝料ってないだろ!?」


 思わず俺が突っ込んでしまった。


「ああ、大丈夫だよ? 私のおっぱいじゃないからOKだし! 絵理沙のだったらいつでも触っていいからね? おっぱい以外も」

「なっ!? だ、ダメに決まってるでしょ! さ、悟も駄目だからね?」


 絵理沙は真っ赤な顔になって両手で胸を隠した。

 なんかすっげー絵理沙が乙女な反応してる。でも、姿が和実なんで違和感満点だな。そして言っておく。触らないから。


「絵理沙、真っ赤ー」

「うみゅー!」


 でも、結局はわからなかったな。

 なんで絵理沙は和実に化けていたんだろうか?

 和実に化けるのは絵理沙じゃなきゃダメだったのだろうか?

 そして、なんでここでバレてもいいのか?

 俺にはこいつらが理解できない。

 やっぱり魔法使いと人間は思考が違うのか?


「悟くん? 表情が硬いよ?」

「あ、いや、なんと言うかさ……あれだ。俺の質問の答えをもらってないよな?」


 すると和実は困ったような笑顔をつくった。


「もしかして、答えられないのか?」

「ううん。そういう訳じゃないけど」

「じゃあ教えてくれよ。なんかもやもやしてるんだよ」


 和実はぐっと唇をかんだ。そしてすっと視線を俺に向けるとついに口を動かした。


「ええとね、本当はこの後で絵里沙と入れ替わる予定だったんだ」

「それはなんとなく解った。でも、何でこの後なんだ? そしてどうやって? そして何で絵理沙が変身してたんだよ?」

「まず、私は輝星花の病室の入口で透明化の魔法を発動していた。で、悟君が部屋に入ったら私と絵理沙は入れ替わる予定だった」

「それは方法だよな。それじゃなくって、なんでこの後に入れ変わる事になってたんだよ? あと、絵理沙だった理由だ」

「悟君は絵理沙が私に何で化けてたのか。絵理沙じゃなきゃダメだったのか本当に知りたいの?」

「知りたい!」


 絵理沙は黙ったままうつむいている。


「絵理沙だった理由は簡単だよ。時空間パラレルワールドで転送魔法が使える知り合いが絵理沙だけだっただけ」

「それって……どういう意味だ?」

「えっと、時空間転送魔法は高等魔術のひとつなんだよ。それを使えるのは限られたほんの数人の魔法使いだけ。そして私の知り合いの中では絵理沙だけがその魔法が使えた。これで理解したかな?」


 なるほど、要するに絵里沙じゃないと俺をこの世界に連れて来られなかったって事か。


「納得した顔だね」

「でも……じゃあ何で絵理沙が変身せずに直接迎えに来ないんだよ?」


 そう、わざわざ変身する意味がわかんねぇ。


「だって、絵理沙が素の格好であっちの世界に行けば魔法管理局にばれるじゃん?」

「魔法管理局にばれる?」


 絵里沙は魔法管理局の人間じゃないのか?


「そう、絵理沙が輝星花を救おうとしている事がばれるでしょ?」


 そっちか。


「でも、あんな派手に魔法を使ったらどっちみちばれるんじゃないのか?」


 和実は「チッチッチッ」と口で言いながら右手の人差し指を左右に振った。


「そこは校長が屋上にちゃんと結界を張ってくれてたので問題なしだよ!」

「校長が? ってうちの高校のか?」


 そう言えば校長も魔法使いだとか前に和実から聞いていた気がする。

 あの初老の校長先生が魔法使いだと?

 容姿を思い出してもまったく魔法使いだとは思えない。


「でもさ、だったら絵理沙の姿だっていいんじゃないのか? 結界があったんだろ?」


 結界があれば魔法管理局にばれないんだよな?


「確かにそう思うかもね。でもね、結界はあくまでも魔法感知を防ぐだけなんだよ。物理的な視覚まで騙せない」


 物理的な視覚って何だ?


「物理的視覚って言うのは物理的に私たちを見張る装置の事だよ」

「えっと、じゃあ、要するにはあの学校には魔法世界の監視カメラがあるって意味なのか?」

「うん、そうそう。あるんだよね監視カメラが」


 俺は記憶の中から学校に監視カメラがあったかを思い出してみた。

 確かに、何個かの監視カメラの位置は思い出せる。

 校門に玄関に……第二校舎の一階? でも教室や廊下にはなかったはずだ。


「ああ、あれだよ? 悟君は人間世界の監視カメラを想像しているよね? 言っておくけど機械の監視カメラじゃないよ?」

「えっ? 機械じゃない?」

「そう。悟君の思っている監視カメラとはちょっと違うんだよね。魔法使いが使うのはその世界の人間を利用した監視カメラなんだよね」

「なんだそれ?」

「簡単に言うと、あの学校の生徒の何人かが監視カメラなんだよね。本人には自覚ないと思うけどさ」

「生徒が監視カメラ? それも自覚なし? どういう意味だよ?」

「人間の視覚を魔法学的に利用して、そしてあの学校を監視するの」


 人間が監視カメラ? と言う事は、友達とかも監視カメラな可能性があるのか?

 ぶるっと体が震えた。なんてヤバイシステムなんだ。

 じゃあ俺と野木や絵理沙や茜ちゃんたちとのやりとりも、すべてが監視されていた可能性があるのか?


「こ、こぇぇなそれ」

「それでも、人の操作はできないからそんなに便利なものでもないんだよ? 基本的にはカメラなのに自由に動いてるし、魔法の効果も校内限定だしね」

「それでも十分に怖いって、無意識に監視カメラにされてるんだろ?」

「まぁ、うん、そうだね。ぶっちゃけ人権侵害だよね」

「いや、それもあるけど……」


 人権以前の問題だろ?


「だからね、ともかく絵理沙の姿で行けなかったのはそう言う事なんだよ」

「なるほど、その人間監視カメラがあるから絵理沙は変身する必要があったんだな」

「そうだよ。見た目だけでも別人に変えなきゃだめだった訳」

「でもなんで絵理沙は和実の姿になってたんだ? 他の奴じゃダメだったのか?」

「いやぁ、確かに私の姿じゃなくっても良かったんだけど、悟君と面識があって転移魔法を使っても違和感ないのって私くらいしかいないでしょ?」

「あ、そっか……」


 ここは妙な納得感だ。


「でも、結果的には違和感があったんでしょ? 絵理沙ったらぜんぜん私っぽくなかったしね」

「そ、そうだな……今さらだけどすごい違和感まみれだった」


 和実の姿に化けていたのは絵里沙だった。だから今日の和実もやけにおかしかったんだ。

 まるで和実が俺を好きみたいな感じに思えたのも……そのせいか。


「……!」


 一瞬だが絵理沙と目が合った。すると、絵理沙は湯気が出そうな程に真っ赤になって俯いた。

 ちょ、ちょっと待て。そこまで露骨に照れられると俺も照れるだろうが。


「あのさ、そういうラブコメ展開は後にしてもらえるかな? 別に後でいくらでもいちゃいちゃしていいからさ。避妊すればセックスしたっていいし。あ、そうだ! 女同士じゃあれだよね? でも、あの変身するあのクスリを使えば可能だよ? よかったね! 大好きな悟くんい操を捧げられて! 絵理沙ちゃん♪ それに……代償は体だもんね?」

「な、なにを言うのよ! わ、わ、わ、わ、わ……私は……いいけど……」

「いいのかよ!」


 思わず突っ込んでしまった。

 すると、湯気が出そうな程に体中を真っ赤にして、上目遣いで俺を見る絵理沙。


「私じゃ不満?」


 すっげー顔が熱い! 体が熱い! 心臓まで苦しい……って……マジ苦しい……

 胸の置くから湧き出るような変な感覚。世界がぐるぐる回りだす。


「うぐっ……」


 立ってられない……


「悟くん!?」

「さ、悟?」


 俺は二人の声を聞くのが精いっぱいで、そのまま胸を抱えてしゃがみ込んでしまった。

 しかし痛みは止まらない。体を締め付けるような苦しみが体中に走る。

 目を開くと、今もめまいのように世界がくるくる回っている。

 やばい、これマジでやばい。もしかして俺、死亡?


「絵理沙、これってクスリの効果が出てるんだよ」

「さ、悟?」


 クスリの効果だと? そうか、これはクスリの影響か?

 やばい、死なないよなって確認したけど、こんなに苦しくなるか? 聞いてなかった。

 こんな苦しいなんて聞いて……ない……ないぞっ! ガク……


 俺はそのまま闇の中へと落ちていった。


 ☆★☆


 暗闇の中で響く声。


「悟! 悟!」


 朦朧とする意識の中で呼ばれている事に気がつく。


 この声は……


 俺はゆっくりと瞼を開いた。

 目の前に広がる見知らぬ天井。そして不安そうに俺を抱きかかえている絵理沙の顔が視界に入った。


「……あれ? お前って元の姿に戻ったのかよ?」

「気がついて第一声がそれってどうなのよ! もうっ!」


 いきなり怒られた。なんで? と言うよりも……あれ?

 俺は違和感に気が付いた。いや、実はトイレで抱きかかえられていたって違和感じゃない。俺の体の違和感だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんだこれは!」


 慌てて体中を触りまくると、とても懐かし感触が手と体から脳裏へと伝わる。

 これは南の体の感触じゃない。この感触は……


「絵理沙! どうなってんだこれ!」

「ええと……どうなってるもこうなってるもなくって……うん……」

「な、なんで俺が……いや、待ってくれ、いや、嘘だよな?」


 俺は慌てて絵理沙の手の中から飛び出すとトイレの洗面にある鏡を覗き込んだ。そして俺は我を疑ってしまう。

 そう、鏡に映っていたのは綾香の姿だったから。


「こ、これってどういう事なんだ? 絵理沙! 何で俺が?」

「そう、それがクスリの効果だから」


 答えたのは和実だった。

 後ろを振り返れば、腕組みをした和実の姿がある。


「意味がわかんねぇよ……なんで今さら綾香に戻ってるんだよ?」

「そうだね。確かに何も説明していないし、意味がわからなくって当たり前だよね?」

「もしかして……これが……輝星花を救うために必要な事だって言うのか?」

「うん、そうだよ……」


 和実は即答した。

 無機質な鏡に映る和実は普段通りだったが、その中にも真剣さが見えた。

 でも、俺にはどうしてこれが輝星花を助けるために必要な事なのか理解に苦しんだ。

 綾香が必要なら現実に綾香がいる訳だし、俺を綾香にする必要はない。

 そう考えると、南の姿で輝星花に逢うのがまずいという見解になる。

 そうだな。たぶんそうだ。たぶん輝星花に南の姿で逢っちゃダメなんだ。

 でも、なんでこの姿に戻らされたんだ?


「悟君にさっきのクスリの効果を教えてあげるね」

「ん?」


 振り返るとすっかり乾いたブラウスの襟を直しながら和実が俺の方を向いていた。


「知りたいんでしょ? なんで綾香ちゃんに戻ったのか」

「ああ、知りたいな」

「じゃあ教えてあげる」

「ああ」


 クスリの効果。それって俺が一時的に男になれるのと同じなんじゃないのか?

 短期的に他人になれる効果を秘めたものが魔法の薬。

 そう思っていた俺の考えを、和実はいとも容易く打ち砕いた。


「そのクスリは魔法効果を打ち消すの」

「魔法効果を打ち消すだと?」

「そうだよ」

「でも、魔法効果を打ち消してなんで俺は綾香の姿になるんだよ?」

「もしかして、本気でわかってないの?」


 和実が腰に手を当てて前かがみになった。そして怪訝そうな表情を浮かべる。


「な、何を?」

「きちんと説明するから聞きなさい!」

「なんだその上から目線は」

「じゃあ……」


 和実がすっと俺の横にくると、いきなり腕をぎゅっと自分の胸に抱き寄せて甘い声を出した。

 絵理沙程じゃないけど、それでも女子特有のやわらかさが俺の腕に伝わる。


「さとるぅ……私が説明するからさぁ……聞いてほしいなぁ……」


 そして、和実がすっごく似合わない声を出してきやがった。


「きもいからそれはやめてくれ」


 なんでだろう? やっぱり絵理沙が化けていた和実みたいな色気がない。って事は絵理沙には色気があるって認めている事になるんだけど……


「ちょっとぉ! なにそれ! 私に魅力がないって事?」


「はい」なんて言えないけどな。


「いやいや、やっぱふつうの和実の方が魅力的だと思ってな」

「ぇ……」


 あれ? 和実が少し赤くなった? そして絵理沙の視線が痛い?


「と、とりえず説明するから……」

「ああ」


 和実はそそくさと俺から離れた。そしてまた腕を組む。

 しかし、このトイレって利用者いないのか?俺たちが篭ってから、未だに誰も入ってこないとか。


「そのクスリは悟君にかかっている魔法効果を打ち消す力があるの」

「うん、それは聞いた」

「さっきまでのロシア人ハーフ女子は魔法で変身していただけなの」

「それって容姿を変更する魔法だよな? あっ!」


 そうか、理解できた。

 要するに俺が南の姿だったのは変身魔法の効果であって、実際に体が変わった訳じゃない。

 だから、俺は魔法を打ち消す事によって……あ、あれ?


「じゃあ、何で俺は綾香の姿なんだ?」

「ええと、悟くんはその姿が元の姿なんだ。今のその姿が魔法効果を受けていない本当の姿なんだよね」


 なんだか納得したようで納得できない。なぜなら、


「俺は魔法でこの姿にされたはずだぞ?」


 そう。俺は魔法でこの姿になった。


「そうだね。悟くんは蘇生魔法を受けてDNAや細胞レベルから再構築された。要するにその再構築された悟君の体こそが、今の悟くんの本当の肉体なの。変身魔法なんかも受けていない本当の姿って事になるの」

「なっ……」


 だ、だけど綾香は……本当の綾香は戻ってきた!


「悟、ごめんなさい……」


 震える声。それは絵理沙の声だった。

 絵理沙は顔を両手で覆って震えていた。


 そうだった。思い出した。俺は絵理沙の再構成魔法じゃないと元に戻れないんだった。

 こんな薬レベルで元に戻れるようなもんじゃなかったんだった。

 でも、だけどこれで理解した。

 俺は……俺のこの体が今の本当の体なんだって。


「だ、大丈夫よ! 綾香ちゃんとすべてが一致している訳じゃないから! 悟君が綾香ちゃんと双子って設定でも通用するし!」

「いや待て! それはフォローになってない! あと、俺は男だから!」

「うん……元ね」

「元もなにも、今だって……男に戻りたいんだよ! なぁ絵理沙、大丈夫だよな? 俺ってきっと元に戻れるよな?」

「……うん……がんばる」


 絵理沙は俺に不安を十分に与えるに値する、涙目な笑顔をつくりやがった。

 なんかすげー不安になる。もうちょっと自信もってほしい。


「とりあえず、もう時間も時間だし、輝星花を助けに行くよ?」

「あ、そ、そうだったな」


 そうだ。俺の目的は輝星花を助ける事だ。

 俺の疑問はこの救出劇が終わってから考える。


 ☆★☆


 俺と和実(本物)は再び輝星花の病室へと向かった。

 ちなみに絵理沙はトイレで留守番です。

 まぁ、トイレで何の番をするんだという意見もありそうだが、和実が二人いるのはまずい。だからそういう事になった。

 そして、少し前に一度扉を開けた記憶のある病室の扉の前に立った。


「覚悟はいい? 開けるよ?」

「ああ」


 心臓がドキドキと鼓動を早めて緊張していると伝えている。

 窓から外を見れば外には粉雪が舞っていた。

 この世界は俺のいた人間世界と違って今は冬だ。

 だけど、さっきまではすっげー寒かったはずだった体が今はまったく寒くなくなっている。


 そう、俺はここにきてやっと輝星花と対面するという現実に対して緊張している。

 なんで輝星花に逢うだけでこんなにドキドキすんだ?

 そして今も俺の脳裏には輝星花の顔が何度も浮かんでは消えている。

 これじゃまるで久々に逢う恋人みたいじゃないか!


「どったの? 本当に大丈夫かな?」

「だ、大丈夫だ!」


 久々に逢う輝星花。

 気を失って絵里沙に連れ去られてしまった輝星花。

 俺は輝星花と別れの挨拶をしていない。

 ああ、輝星花に逢ったら最初になんて声をかければいいんだろう?


『久しぶりだな!』なんてありきたりだよな。

『いきなり俺の目の前から去るとか、俺は怒ってるからな!』 なんて言うのも駄目だよな。

『俺はお前を助けに来た!』ってストレートなのもなぁ……


 思考がまわるまわる。けど纏まらない。


「ねぇ、本当に行くわよ?」

「あっ!?」


 そして俺の考え纏まる前に扉が開いたのだった。


 ☆★☆


「誰だい?」


 少し広めのいかにも病院っぽい病室の中のベッドに一人の男子が横になっていた。

 見た目の年齢は17歳くらいで黒髪のショートだ。

 顔色は悪いけどなかなか目鼻立ちはよくイケメン。

 ……ってこれが? 輝星花なのか?


「あれ? 姫宮綾香君かい? 何で君がここにきているんだい?」


 いやいや、野木はもっと年齢がいっててエロくて……輝星花は魔法が解けると女子高生に戻って……あれ?

 なんでベッドの上にいるのは野木じゃないんだよ! 若い男なんだよ?


「受け止めなさい……これが今の輝星花なの」


 横から和実が小さな声で前の男子が輝星花だと伝えてきた。

 和実の方を向くと悔しそうな表情で唇をかんでいる。

 いつもひょうひょうとしている和実にしては珍しい表情だった。

 そしてそれは目の前の男子が輝星花だと納得させるに十分だ。


「そっか……そうなのか」


 俺はこの部屋に入る前に色々な事を考えていた。

 もしかすると輝星花は眠っているかもしれない。

 もしかすると輝星花は真っ白に燃え尽きて髪が白くなってるかもしれない。

 だけど、色々な妄想の中に今のこの現状は入っていなかった。

 まさか、こんな若い男子になっているとは思ってもみなかった。


「魔法世界に何か用事なのかな? もしかして君のお兄さんの事で僕に何か相談があるのかい?」


 生気の感じられない輝星花の笑顔に俺の胸が痛くなった。

 思わずぐっと胸を押さえてしまう。


「え、えっと……」


 本当にお前はあの輝星花なのか?本当に本物なのか?

 お前はもっと元気で活発で、そしてすぐに俺の胸を触るような変人男女だったはずだろ?

 もっと威勢のいい張りのある声だったろ?

 なのに……どうして? なんでそんな姿になった?

 そして……なんでそんな死にそうな顔してんだよ!


「ああ、この姿に違和感があるのかな? 確かに、前に君に逢った時はまだこの姿じゃなかった。だけどね、僕は正真正銘の野木輝星花だよ。色々あってこんな姿になってしまったけど」


 無理して頑張って明るく振舞いやがって……


「お前が輝星花なのか?」

「うん、そうだよ?」

「本当に輝星花なのかよ!」

「だ、だから、そうだって言っているじゃないか?」

「くっ……くそぉぉ!」


 やばい……なんでだろう? 目頭が熱くなってきた。まともに輝星花を見られない。

 和実も絵理沙なんで俺に教えてくれなかった? 今のこの現状を。 なんで?


「教えてなくってごめん……」

「和実……」


 俺は窓の外に降る雪を見ながらある物語を思い出した。

 それは絵理沙から最初に聞いた物語だった。

 そして、和実からも色々と補填された物語だ。


 それは……


【悲しき、魔法使いと人間との恋物語】。


「まだ物語は終わってねぇのかよ……」


 そう、あの物語は終わっていなかった。

 文章では終わりを告げていたけれど、だけど、まだ続いていた。

 あの物語の中に登場する呪われた双子。目の前にいるのが、その双子の一人、あの物語の犠牲者なんだ。


「最低だよ……」

「どうしたんだい? いきなりどうしたんだい? 悟くんに何かあったのか?」

「今は悟なんてどうでもいいんだよ!」


 そう、俺なんてどうでもいい。

 俺よりも自分の事を考えろよ輝星花! 心の中でそう叫んだ。


 涙腺から液体が溢れ出してきた。思わず涙が溢れてしまった。


 輝星花は本当は人間世界で生まれるはずだった。

 だけど、輝星花はこちらの世界で生まれてしまった。

 ここはパラレルワールド。

 この世界と人間世界には同じ人間が存在し、そして性別は逆転する。


 そう、だから輝星花は性別が逆転して生まれてしまった。

 本当は人間世界で男子として生を受けるはずだったのに、女で生まれてしまった。


 だけど……今の輝星花は男になっている。


 なんだよ? 今更になって人間世界の影響を受けてしまったのか?

 魔法力がなくなってこいつは本来の姿を取り戻したって言うのか?

 これが輝星花の本当の姿だって言うのかよ?


「あ、綾香くん?」

「うぐっ……うぐぐ……」


 涙が止まらない。


 神様ってさ、すっげーひどい奴だよな。

 いや、神様が悪いんじゃねぇか……


 じゃあ誰なんだよ?……俺は誰を攻めればいいんだよ!


 悔しさが心を締めつけてくる。


 別に恋をした輝星花の両親が悪い訳じゃない。

 二人は愛し合った。そして結果がこうなった訳だから。

 だけど、でも……ああ、もう、なんだよこれ? このジレンマはなんなんだよ?


「くっそ……くっそ……」


 そういえば和実が言っていたな。

 絵理沙と輝星花を利用した人間世界での干渉実験の結果は魔法世界の学者が驚くすごい結果だったって。

 そう考えると、こういう結果になるとある程度想定していた魔法世界が悪いって思えるな。

 そうだ、魔法世界は輝星花にとってやさしくない。これは言える。


「和実、なんで綾香君は泣いているんだい? やっぱり何かあったのかい?」

「気になるの?」


 駄目だ! 泣くな俺!

 こいつは……輝星花は結果的には俺たちの世界の住人になっただけなんだ。

 この姿がこいつの本当の姿だったんだよ。

 だから……だから俺は!


「もちろん……」

「じゃあ、それは直接聞いてみるといいよ」


 輝星花がすっと視線を俺に向けた。

 俺は涙を拭うと、その視線をしっかりと見据えた。


「もしかして……綾香くん……じゃないのか?」

「俺は悟だ……」


 目の前で風船でも割られたかのように輝星花は驚きと焦りの表情にかわった。


「う、嘘だろ?」

「嘘じゃない! 俺は悟だ! 姫宮悟だ!」

「さ、悟君だって? なぜ? なぜ君がそんな姿でここに来ているんだい? 確か君は妹さんが戻ってきて……」

「うるさい! うるさい! 黙れ!」

「いや、僕は純粋に疑問を投げかけているだけだろ?」


 輝星花の表情は強張っている。そして焦っている。


「おい輝星花!」

「な、なんだい?」

「俺はお前を助けたい!」

「いや、言ってる意味がわからない!」

「お前はこの世界にいて幸せなのかよ!」

「いったいどうしたんだ?」

「お前は幸せなのかって聞いてるんだよ!」


 俺は勢い任せにベッドへ飛び込んだ。


「さ、悟くん!?」


 そして、男の体になったの輝星花の手を取っていた。


「輝星花っ! 行こう!」


 ぎゅっと手を握った。


「えっ!?」


 暖かい……こいつには暖かい血が通っている。


「だから、俺たちの世界へ!」


 俺は決めた。


「人間界へ?」


 絶対に輝星花を救うって。


 だけど…


 だけど、そう簡単にはゆかない。


 この後、それが現実となる。

期間が開きすぎると内容を忘れてしまいそうに……アブナイアブナイ。脱出までは近日中に書き上げたいです(==;

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