139 待って! これっていきなりクライマックスですか? 中編
「……輝星花なのか?」
俺はベッドの方を見ながらゆっくりと部屋へと入ろうと脚を踏み出した。
「ちょっとまってっ!」
すると和美の声が聞こえたかと思うと。
「えっ!?」
気がつけば真横から扉が迫ってくるこの現状は何だ。
「ひっ!?」
慌てて後ろに飛び退いた俺の目の前で扉が閉まった。いや、和美が扉を閉めやがった。
「な、何するんだ! もうちょっとで俺の顔側面に扉が激突するとこだっただろうが!」
まったく意味のわからない和美の行動に思わず声が大きくなる。
まじでいきなり扉を閉めた意味がわからない。
俺たちの目的は輝星花に逢う事じゃなかったのか?
「だ、だめだから!」
「ダメって何だよ!? 意味わかんねぇし! 俺たちは輝星花に逢いに来たんだろ?」
「あ、だから、えっと、まだダメなの」
「まだ?」
「そう、だからちょっと待って!」
「ちょっと待って? ここまできてかよ? 何をちょっと待つんだよ?」
「え、えっと……あれだよ、段取りをミスっちゃったみたいなの」
和実は扉に手を添えたままなんとも言えない、まるで苦虫でも食らったかのような表情で俺を見ている。
何の段取りだかわからないが、ともあれ和美が何かをし忘れたらしい。
「段取りって何だよ?」
「ちょ、ちょっとこっち来てくれないかな?」
「えっ? どこ行くんだよ?」
俺の質問には答えずにぐいっと手を引っぱる和実。
「こっち来て!」
「だから、どこに?」
和美は病院の廊下をつかつかと早歩きで進み、そしてこともあろうかトイレに連れ込みやがった。
病院のトイレはまるで昔の小学校であった、ピンクの小さなタイルが床に張られている感じで、個室が二つある。
「何でトイレに入るんだよ!?」
「い、いいでしょどこでも!」
「いや待て、何でトイレでいいのかさっぱり理解できん!」
言葉の通りだった。何でトイレに連れ込むのかさっぱり理解できない。
こいつは準備を忘れたとか言っていた。
でも、トイレでする事前の準備って言ったら、途中で行きたくならないように先に済ませておくくらいだろう。
でも、トイレをすませるにしてもこれじゃ無理すぎる。
そう、なんと和実はそのまま個室に連れ込みやがった。
「お、おまえなぁ!」
まさかの個室に和美と二人。これで準備って何すぎるだろ?
おいおい、どうしてこうなってる!?
「う、うるさし!」
「うるさいって何だよ!? 説明もなしに個室に二人ってどういう事なんだよ?」
まさに理不尽だ。いきなり怒鳴られた。
だいたい、こういうシチュエーションはエロ漫画とかでしか存在できない。と俺の勝手な解釈だけど。でも、普通にこれはない。
今はそういうエロ展開じゃないし、エロさ加減がまったくないし。
それでもって個室だろ? で、準備を忘れてただろ? まったく意味不明だ。
和美、お前は何を考えてるんだ?
そんな俺の疑問なんてどこえやら。和実は俺を無視したまま慌ててバッグから何かを取りだそうとしていた。
「何してんだよ?」
「あ、あった!」
和実が取り出した小さなガラス小瓶だった。その小瓶の中にはオレンジ色の錠剤が入っている。
「ええと、早速だけどこれ、飲んでくれるかな?」
「いや……ちょっと待て……いきなりすぎだろ?」
どこからどう見ても怪しい錠剤すぎる。それをいきなり俺に飲めと?
「えっ? いきなりじゃないわよ?」
「それはお前にとってだろ! 俺にはいきなりなんだよ! まず、それがどういうクスリで、どんな効果なのかちゃんと説明しろよ! マジなんだよそれ?」
和美は俺と小瓶を交互に見た。
「ああ、これはあれなんだよ。だから大丈夫だから」
「あれじゃわかんねぇよ。そして大丈夫でもねぇよ! ちゃんと説明しろって言ってるだろうが」
和実は罰が悪そうにぐっと唇を噛み締めた。そして次に小さく息を吐いた。
どう見ても怪しい。怪しすぎて飲みたくねぇ……
「どうしても説明しないといけない?」
「あたり前だろ? 怪しいクスリすぎる」
「でもあれだよ? 本当に怪しくないよ? 本当にぜんぜん大丈夫だよ。たぶん死なないし」
待て、その説明で怪しくないって思えと? 死なないしってなんでつけた?
「お前の今の言葉でどこが大丈夫なのかさっぱり理解できない。余計に不安になっただけだ」
「嘘」
「嘘じゃねぇ!」
「本気で大丈夫だって」
「じゃあ先にお前が飲めよ」
「えっ? いや、私が飲んでもなんの効果もないから意味ないよ」
効果だと? 効果ってなんだ? 何かの効果を発揮するクスリ?
「じゃあもう一回聞くけど、それってマジなんのクスリなんだ?」
「だから飲めばわかるって言ってるでしょ?」
「だから飲む前に教えろって言ってんだよ!」
マジで理不尽な和美の言葉にイライラしてきた。
「あー! なんでお前の顔が浮かんだのか意味わかんねーよ!」
「えっ?」
そして意味もなく変な事を言ってしまった。
まぁ、でもマジでこいつの顔があの時に思い浮かんだのかは意味わかんないんだよな。
だって、今はっきりしたから。俺はこいつは好きじゃないってな。
「それって何? 思い浮かんだってどういう意味?」
「あーまぁあんま今は関係ない事だよ」
「話してよ、気になるじゃん」
真面目に眉間にシワを寄せる和美。
「あれだよ、今日の朝な? ちょっとした事を考えてたらお前の顔が脳裏に浮かんだんだよ。それだけだ」
「へっ!? わ、私の顔が?」
俺の言葉に和実の顔がみるみる赤くなった。
いや、何だその反応? 俺は好きな奴が誰だか考えていたとか言ってないよな?
「あ、ああ……お前の顔だよ。なんでお前なのか意味わかんねーけどな」
「……そ、そっか……うん、そっかぁ……ってちょっと待って!」
「ん?」
「あ、あのさ?」
先ほどの真っ赤な顔はどこへ消えた? 見るからに動揺が隠せない表情になった和美。そしていきなり目が大きく見開かれた。怖いぞお前!
「そ、それって和美を思い浮かべたんだよね? そういう事だよね?」
「ああ、お前を…………って……なんで自分の名前を自分で?」
「あっ……ふ、深い意味はないから! で、もう一度聞くけど、私の顔を思い浮かべたんだよね?」
「ああ……」
なんだこいつ!?
「その時さ、何を考えてた?」
「何をって? お前、知りたいのか?」
「そ、そりゃ興味があるって言うか……」
苦笑する和実を見てふと俺は違和感を感じた。
こいつやっぱりおかしい。
「いやいや、話す程でもないから」
「……待って……も、もしかして私の事が……とか?」
「は、はぁ!? と、とかって何だよ?」
言葉にはしなかったが、言い回すで和美が何を言いたいのかすぐに理解できた。
様子にに私が好きと思ったのかって事だ。
でも、ここで俺は和美の不可解な表情に気がついた。
ここって自分でそんな事を言ったら照れるシーンのはず。なのに和美は笑顔なのに頬肉がひくひくしてる。
そう、まるで他人ごとだ。ってもしかして……
こいつ、もしかしてマジで和実じゃないとか? 偽物か?
そうだ、魔法使いなんだからそういう可能性だってあるじゃないか。
さっきだって、自分の事を和美とか言ってたぞ?
普通に考えても自分を名前で呼ばないだろ? いや、呼ばないとは言わないけど、呼ぶやつはずっと自分を名前で呼ぶはずだ。
じゃあやっぱり? でも確信がない。まったくもって確信がないんだよな。
……こいつはもしかして偽物? で、和美の顔が今朝脳裏に浮かんで……
俺はとある考えがいきなりまとまった。
そういう事ならこいつの顔が脳裏に浮かんだ可能性がある。
「なぁ和美」
「な、なに? やっぱり私が……なの?」
そう言いつつも照れる所か機嫌が悪い和美。
「違う、そうじゃない。あれだ、お前、もしかして今朝、俺に思念とか送ったりしたか?」
今朝、俺の脳裏に思い浮かんだ和美の顔は何かを俺に話しかけてる様子だった。
ここからは俺の勝手な考えだけど、脳裏に人物像を思い浮かべるときに人間って過去にあった出来事を元にするか、自分で勝手につくった妄想の中から脳裏に思い描く。
でも、今朝の脳裏のこいつの顔はテレビに映し出されたみたいだった。勝手に映り込んできた気がした。そう、それは魔法じゃないのか?
それに俺はこいつは好きじゃないし、まったく意識してないんだ。あの状況で思い浮かずはずがない。
「そ、それってどういう事?」
「お前の顔を思い浮かべる状況じゃなかったからだよ」
「ど、どういう意味なの?」
すごく焦った表情で和実が口を押さえている。
「どういう意味もこういう意味もないんだけど、俺に魔法で思念とか送ってないのか?」
「ないない! ないよ? そんな事してないよ?」
前に輝星花に思念を送ってもらった事があった。
その時の事を思い出しら、今朝のあのシーンと同じ感じだった。
違ったのは声が聞こえなかったって事だ。
「本当なのか?」
「本当だよ!」
どうやらこいつは思念なんか送ってないみたいだな。表情が嘘をついてないと思う。
と言う事は……やっぱりこいつは偽物で、本物が俺に思念を送ったんじゃないのか?
でも、例えこいつが偽物だとしても見るからに敵じゃない。
何かの目的があって和美の姿になっているはずだ。
だったら、今はそれを追求すべきじゃない。そうだよな。
俺の目的は輝星花を助ける事なんだから。
「じゃあもうそれはいい。でさ、話は戻るけど、その薬の説明はまだか?」
「ああ、こ、これ? やっぱ説明しないとだっ……きゃ……あっ!」
和実の手から小瓶がこぼれ床に落ちて転がってしまった。
「す、すとっぷ!」
和実が手を伸ばしたが、小瓶はカラカラと音をたててドアの隙間からドアの外へと転がってゆく。
「おまえ何してんだよ?」
「だ、だって、悟君が脅かすからっ」
「いや待て、まったく脅かしてないだろ? 普通に会話してただけだろ?」
「もうっ! やだっ!」
真っ赤な顔で体をひねる和美。
「俺もやだよ! こんな場所で二人とか!」
「外に転げちゃったじゃん!」
「俺のせいじゃないだろ!」
和実は慌ててトイレのドアを開こうと施錠をはずした。
だが、それと同時に和実の体が沈んだ。
「ひゃっ!」
どこにつまづいたのか、いきなりバランスを崩して前のめりに倒れる和実。
「危ないっ!」
そんな和実を支えようと、つい俺も懸命に手を伸ばしてしまう。
「あんっ!」
そして左肩に手をかけるが。
「ぐっ!」
思った以上に和実の体が重かった。
お前、結構重いんだななんて言えないけど、想像よりは重くって俺までバランスを崩してしまった。
よって俺も姿勢を保てずに和実と一緒に倒れてしまう。
「きゃっ!」
和実はそれでもなんとか踏ん張ろうとしてドアに手をのばし、その反動でくるんと体が反転した。
反転したままの姿勢で、背中からトイレの床へと仰向けに倒れてしまった和美。
俺はそんな和実に覆いかぶさるように倒れてしまう。
「痛たた……」
「さ、さ、悟ぅ……」
「ん?」
「……」
真っ赤な顔になっている和美。
「どうしたんだ……ぁぁぁぁあ!」
流石の俺も馬鹿じゃない。そりゃすぐに気がつく。
「そ、そんなに強く押さないでよ……」
「い、いやこれは!?」
俺の左手には柔らかい弾力が……はい。
見れは和実の右胸に俺の手が……手がのっているだとぉぉ!?
それもなぜか俺の左手にジャストフィット……じゃないな。ちょっと溢れてるってそうじゃない!
ま、待て! なんで俺の手が和実の胸を掴んでるんだよ!?
これが俗に言う、いわゆるラッキースケベというやつなのか?
「痛いよ……」
「す、すまん!」
【ぷゅにゅん】とつぶれる和美の胸。なんというボリュームだろう。
いやいや、和美ってこん胸あったっけ? ってそういう問題じゃない。
「きゃん……」
「す、すまん」
再びバランスを崩してまた揉んでしまった!
そして、このボリュームで柔らかいだと!?
「そ、そんなに揉まないでよ!」
「も、揉んでないし! 揉んでないし!」
「も、揉んでるじゃないのよ!」
「こ、これは俺の意志じゃないし!」
「で、でも、現実に……あうん!」
思わず左手に力を入れてしまった。うん、揉んじゃった。
するとびくんと和美の体が反応した。
「や、やっぱり揉んでるじゃない!」
「今のは揉まざる得なかったんだ!」
「なっ!? そ、そんな事はいいから早く手をどけてよ!」
俺は慌てて和実の胸から手をどけた。
「うーー初めてだったのに!」
「こ、これは事故だからな! 事故! そう、事故だ! あと、勘違いされそうな言い方すんな!」
「だって本当に初めて揉まれたんだもん!」
「だ、だーかーらーーーー! ……マ、マジでごめんなさい。え、えっと……和実さん。大丈夫でしょうか?」
そっと手を差し出すが、まさか痛がっている胸をなでなでする事などできず、差し出した手で空中をもにゅもにゅとするしかなかった。
「ま、また揉むの?」
そして勘違いされた。
「いや、ない! もうやんない! 大丈夫! 約束する!」
和美は自分の胸を恥ずかそうに両手を組んで隠している。
おまけだが、和実が俺を潤んだ瞳で見ている。
トイレの床に仰向けに転がった女子の上に覆い被さった俺という図。
おいおい、これって俺が和実を襲った事後みたいじゃないか!
「さ、悟くんのえっち……も、揉みたいって言えばいつだって……」
で、真っ赤な顔で何でそういう事を言う?
こいつ絶対に和美じゃねぇだろ?
「いや、マジで事故なんですよ。本当に故意じゃないんです。本当だからな?」
「わ、わかってるよ……でも……いきなりすぎたからさ……事前に……」
「じ、事前にわかるかこんな事!」
「でも、心の準備がまだだったから……」
俺は潤んだ瞳の和美の表情を見てドキッとしてしまった。
照れた表情の和美が妙に女っぽく見えたからだ。
唇もつやっぽく、どこかに色気すら感じてしまった。
いや、普段の和美は女っぽくないなんて言わない。十分にふつうの女子なんだよ。でも今日の和美は……やっぱりこいつは和美じゃない。
「とりあえず立てよ」
俺はゆっくりと手を伸ばした。
和実は一度は伸ばしたが何を躊躇ったのか再び手を引いた。
そして、覚悟を決めたような表情でゆっくりと手を差し出してきて、俺の手を握った。
ふわりと柔らかい和美の手。そしてやけに熱がこもっている。
「え、えっと……私の方こそごめんなさい……」
「いや……俺の方こそごめんな」
そして、ここからなんとも言えない気まずい時間になった。
とりあえず、和実(仮)は落ちていた小瓶を無事にとる事が出来たのだが……だが……
ああ、そうそう、今からこいつは和美(仮)《かずみかっこかり》です。
でもって、トイレ空間の空気が変わった。言っておくが消臭剤の影響とかそういんじゃないぞ?
で、その原因をつくっているのは和実(仮)だ。
和実(仮)がまるで乙女のような潤んだ瞳で俺を上目づかいにチラチラと見ているじゃないか。
さっき俺が揉んだ胸はもうオープンだ。ウエルカムだ。いや誘ってないよな。
「……」
和美(仮)は今までの自分が偽物だとアピールするかのように、頬を紅色に染めていて、妙な色気を出し続けていた。
「お、お前さ……誰だよ?」
思わず口から出てしまった。




