137 前途多難な未来に向かって? 後編
学校へ行くための準備を終わらせた俺は玄関に降りた。
そこのはまだ綾香の姿はなかった。
玄関の土間には俺の靴と、その横には綾香の靴が置いてあった。
ついこの間までは俺が綾香の靴を履いていたんだよな。なんて考えていると、何故かある女性の顔が頭に浮かんだ。
このタイミングであいつの顔が思い浮かぶとか訳がわからない。
玄関、靴、何も関係ないじゃないか。
でもはっきりと俺の脳裏にあいつの顔が思い浮かんだ。
「まさか、いつの間にかあいつの事が気になってる?」
いや、それはない。俺とあいつとはそれほど仲が良い訳じゃない……でも何でだ?
あいつの顔が思い浮かんでもまったくドキドキもキュンキュンもしないのに。
「……何か言い忘れてる事とかあったっけ?」
まったくもって人間とは不思議なものだ。いや、俺が不思議なのか?
とりあえず、学校であいつに会えば何かわかるかもしれないな。
「お姉ちゃん、お待たせ!」
「おふっ!?」
いきなり背後から綾香が俺の腰にアタック!
思わずの仰け反ってしまったじゃないか。
「い、いきなり何するんだよ?」
「えっ? いきなりって、私、階段を下りる時からお姉ちゃんって呼んでたよ?」
「あれ? そうなのか? 全然気がつかなかった……」
「そうなの? 何か考えてたとか?」
「ああ、考え事っていうか、なんて言うかな……」
まさか羽生和美の顔が脳裏に浮かんでたなんて言えないし。
「考え事って何?」
「たいした事じゃないよ」
ほんっとになんであいつの顔が俺の脳裏に浮かんできたんだろうな?
「ふ~ん」
「でもあれだな。学校行くの面倒だな……なんか気が重い」
「何で?」
「だって、この姿だぞ? 転校生だぞ? 色々言われそうじゃないか」
「だめだよお姉ちゃん、そんなんじゃ。もっとポジティブに生きていかないと! 転校生を経験できるなんて人生でそんなにないんだよ?」
「いや、そりゃないだろうけど……」
「だったら楽しまなきゃ!」
「……どうしたんだよ? なんかすっごいポジティブじゃないか」
「別にっ!」
綾香は笑顔で俺と並んで靴を履き始めた。
「私は久しぶりに茜ちゃん達に逢えるのがすごい楽しみなんだ♪」
「そっか」
「だって……あの事故からみんなに逢ってないんだもん」
ああ、そうだったな。こいつは学校に行くのって久々なんだな。
「でも注意しろよ? 俺が綾香のかわりに茜ちゃん達と接してたんだからな? ぼろを出すなよ?」
「うん、わかってる……がんばるね」
今の綾香の設定は、突然の入院をしてしまってからの復帰という事になっている。
そして、面会謝絶でまったく誰とも接触をしていない。
あと、事故から入院までの記憶が消えているって設定だ。
色々と無理があるが、今の綾香に二学期の記憶がないのは確かだからな。
「でもね……久しぶりだから泣いちゃうかもしれない……」
「おいおい、我慢しろよ。ここ泣いたらおかしいだろ?」
「うん、そうだね……うん……そうかもね」
綾香はそう言い返しながらも、すでにちょっと瞳を潤ませていた。
でもそうなるのも仕方ない。綾香は本当に友達と逢うのが久々なんだからな。
そして綾香は俺よりもずっと優しくって涙もろい女の子なんだから。
「じゃあいくか!」
「うん!」
俺が玄関を出ると後から出てきた綾香がいきなり俺を追い越した。
そして、突然正面に立つと俺を見上げるじゃないか。
その行動にちょっとドキッとしながら俺はその場に立ち止まった。
「ど、どうしたんだよ?」
「あのね……お姉ちゃん……」
すっと手を伸ばして俺の髪を優しく触る綾香。
少し俺より身長の低い綾香は背伸びするように右手を伸ばしている。
前に動けば唇同士が触れそうになるくらいに綾香の顔が近くなる。
そして、風に乗って綾香特有のいい臭いが俺の鼻腔をくすぐる。
く、くそ……なんで妹相手にドキドキしてんだ俺?
ダ、ダメだ! ダメだ!
……うぐぐ! こ、このまま綾香に抱きつきてぇぇぇ!
そんな衝動を抑えて髪を触っている綾香の手を取った。
「あ、綾香? どうしたんだよ?」
「本当にお姉ちゃんって可愛いよね……。この銀色の髪に制服がすっごく似合ってるよね……」
いきなり綾香に口説かれてる?
いやいや、妹が兄を、それも女体化した兄を口説くとかないだろ?
「どうしたんだよ? 俺を褒めても何も出ないぞ? それとも俺が学校に行きたくないのを察してフォローしてくれているのか?」
「フォローじゃないよ」
「……じゃあ何だよ?」
「純粋な気持ちだよ……本当に似合ってるんだもん。可愛いんだもん……格好いいんだもん……大好きなんだもん……」
「へっ!?」
今、綾香は俺を大好きとか言ったのか? 言ったか? いやいや、確かに言ったよな?
うぉぉ! 嬉しい! 妹万歳!
で、でも何でここで? ま、まさか! と思ったけど俺は冷静になる。そう、今朝のやりとりを思い出した。
綾香は俺を兄として慕っているだけで、異性として好きという訳じゃない。
近親相姦フラグはすでに折られているのだ。っていうか立ってたらダメだろ。
「どうしたんだよ綾香?」
「……どうもしないよ」
「そっか……まぁあれだぞ。俺もお前が好きだぞ。妹としてだけどな」
「うん……ありがとっ」
潤んだ瞳で俺を見ながら綾香は微笑んだ。
★☆★
「お姉ちゃん、ロシア人とのハーフって設定は最高だよね! その設定って誰が決めたのかな?」
「おいおい……設定って……お前と和実が決めたんじゃないかよ?」
自転車を漕ぎながらそんな話題で盛り上がる。
「あれ? そうだったっけ?」
「まさか、実は和実の趣味だけで決めたとかないよな?」
「ううん、逆だよ。私の趣味だけで決めたの」
「うへ?」
俺の格好はまさかの綾香の趣味だった。
綾香って銀髪が好きだったのか。
でも何でこんな中途半端なキャラが趣味なんだよ?
ラノベとかで登場するハーフな女子ってメインヒロインになれないよな。
まぁ、綾香はラノベとか読まないだろうし、ゲームもしないからそういう特別な思いはないんだろうけど。
「お兄ちゃんは出来ればハーフじゃないのがよかったな」
「お姉ちゃんだよね?」
「………」
「てへ♪」
あざとく舌を出す綾香。可愛い……。
「あ……綾香、何度も聞くけどさ、何でこんな設定にしたんだ? こんな複雑な設定にさ」
「色々あったからね……」
さっきまで笑顔だった綾香からいきなり笑顔が消えた。
「色々って何だよ? あっちの世界で何かあったのか?」
「……だって……こうしないと私はお兄ちゃんと一緒に暮らせなかったし、私はお兄ちゃんと一緒に暮らしたいから……それだけ」
何か話をはぐらかされたような気が……。
「ああ、そっか……そうだな。そういう設定だったよな」
「そうだよ? ホームステイするには外国人じゃないとダメだからね」
「しかし、ホームステイする設定以外には何もなかったのか?」
「探せばあったかもだけど……でも、うん、その姿が好きだから……もういいんじゃないかな?」
「……いいのか?」
「いいんだよ」
俺は綾香の笑顔の中に、何か少し寂しさを感じた。
綾香は何かやっぱり隠しているのか、それとも今から久々の学校で不安なのか……。
それを俺は追求できなかった。
★☆★
なんだかんだとやっと放課後になった。
転校初日を終えた俺の感想。
流石にハーフの設定は酷かった!
俺はクラス中の女子や男子だけじゃなく、他のクラスの男子や女子にまで声をかけられまくった。
何度も「日本語が上手だね」なんて言われたけど、俺は生粋の日本人なので日本語がうまくて当たり前だ。逆にロシア語は話せないから。
何ヶ国語話せるの? とか、どこに住んでいたの? とかいっぱい聞かれても答えられなかった。だって俺ってこの街しか住んだ事ないからな。
しかし、やっぱり多少はロシア語も勉強すべきなのか?
俺は設定上はロシア人とのハーフな訳で……。
あと、ロシアの都市で知ってるのってロンドンくらいだしな。
……あれ……ロンドンってロシアじゃなかったけ?
ま、まぁとりあえずは疲れたんだ。
「ふぅ……」
で、疲れた俺はなんとなく屋上に来ていた。
別に屋上に行きたいと思って来た訳じゃない。
ここに来たのはついでだった。
第二校舎の書庫から絵理沙のいたマンションにまだ繋がっているかを確認したかったのだ。
しかし、結果は繋がっていなかった。もうただの掃除用具入れになっていた。
結局俺はあの双子が住んでいたマンションの位置を特定できないまま二人を魔法世界に戻してしまった。
いや、魔法世界に戻って行ったのか。
「絵理沙……輝星花……」
最後にインパクトだけ残して行きやがって……。
「くそ、俺ってまだ引きずってるのか? 確かにあの別れ方は最低だったけどさ……でも、もうどうしようもないじゃないか。あいつらは元の世界に戻ったんだからな」
しかし、その後も俺は輝星花と絵理沙の事を考えていた。
魔法使いの双子の姉妹の事を。
本当はこの世界で生まれるべきだった輝星花。
そんな輝星花と俺はまともに別れを言えずに最後を迎えた。
絵理沙はきっと俺が元の姿に戻るためにそのうちこっちの世界にくるだろう。
でも輝星花は……たぶんもうこの世界に来る事はないだろう。
あいつ、元気になったかな……。
「まぁ……無事ならいいけどさ」
俺が大きなため息をついて屋上のフェンス越しに中庭を見ていると……
「!?」
いきなり背後から抱きつかれた!
「ひゃあああああ!」
思わず叫んで抱きついた相手の手を振り払うように体を捻る。そしてそのまま体を捻りながら裏拳を放つ!
この角度、そしてスピード! 確実に顔面に決まる!
しかし、俺の裏拳は抱きついた奴に見事にキャッチされてしまった。
「な、何だとっ!?」
「おいおい、親友にいきなり裏拳とか酷い奴だな」
不敵に笑みを浮かべ、俺の手を握りしてたのは桜井正雄だった。
「て、てめぇ……いきなり女子に抱きつくとか信じられねぇ奴だな!」
「何が女子だよ。お前は完全に女に成り下がったのかよ?」
正雄はこの世界の全女子を敵に回すような台詞を放つ。
「成り下がってないし、今すぐに全女子に謝った方がいいぞ?」
「なんで?」
「なんでもだ!」
「意味わかんねぇ奴だな。しかし、今の反応……」
「な、何だよ?」
「ひゃーとか女みたいだったな」
カーッと顔が熱くなる。
「い、今は女なんだから仕方ないだろ!」
「確かにそうだけど……」
正雄が俺の周りをくるくると回り出した。
「なんだよ? 人の周りをくるくると」
「うーん……」
「だからなんだよって聞いてるだろ」
「いや……うん」
「な、なんでそんな怪訝そうな顔すんだよ」
「しかし、なんでこうなったんだ?」
正雄は首を傾げやがった。
「こうなったって?」
「銀髪ハーフ……」
「し、知るか! そんなの俺が聞きたい! 俺のせいじゃねぇし!」
「なるほど……じゃあ、その姿はお前の趣味じゃないって事だな?」
「当たり前だろ!?」
「もしかしてお前の趣味でその姿になったのかって心配したぜ」
「何で心配するんだよ?」
「……なんとなくかな?」
「……」
「しかし……なんで男に戻れなかったんだ?」
「綾香が戻ってきたのにか?」
「ああ、そうだ。戻って来たんだから男に戻ればよかったじゃないか」
「……それは色々とあるんだよ。色々とな」
「そうか。色々か……でも戻れるんだよな?」
「もちろん。戻れないと俺は困るしな」
このまま一生を女で過ごすとか、まっぴらごめんだ。
「で、正雄がなんでここにいるんだよ?」
「いや……三階の廊下から屋上に立っている銀髪女子が見えたからな」
「なんだそれ?」
「見た事ない銀髪女だったし、屋上に居るのはお前しかいないだろうって思ってな」
「ほほう。それでいきなり現れて抱きついたと?」
こいつ、もし俺が他人だったらどうしたんだ?
セクハラで訴えられるレベルだぞ?
「いや、一応はお前だという確認はしたし」
「確認だと? 誰にだよ?」
「お前の妹、姫宮綾香にな」
「はひ!?」
俺の知らない間に正雄は綾香と逢っていたのか?
「いつの間に?」
「ついさっきだな」
「さっき?」
「ここに来る渡り廊下でばったり遭った」
渡り廊下? なんで綾香が渡り廊下に?
「しかし、やっぱりお前と本物の姫宮綾香はまったく違うな」
「えっ?」
「オーラと言うか、言葉づかいもだけど色々と違う」
「そ、そんなに違うか? 俺、結構頑張ってたつもりなんだけど?」
「ああ、全然違う。いや、前の姫宮綾香に戻っただけだな」
どうやら俺は綾香を演じきれていなかったらしい。
まぁ、俺が綾香を見ても今まで俺が演じてた綾香とは違うって思えるレベルだったからな。
正雄がそう思っても仕方ないんだろう。
そうなると、綾香を知っている大半の人間が二学期の姫宮綾香と、俺が化けていた綾香とは変わったって認識してるんだろうな。
でも、記憶喪失になった設定だし、二学期の綾香は記憶ごと消えた事になってるんだ。
そして、いつかは今の綾香が普通って感じられるようになるんだ。
「……まぁ、そりゃそうだな」
「……」
「ん?」
横を見れば、正雄が自分の右手の平をじっと見ていた。
「どうしたんだよ? 手に何かついてるのか?」
「……」
次に俺の胸部を見やがった。
「な、なんでそんな凝視するんだよ!?」
俺は咄嗟に胸を抱える。
「お前ってさ、結構でかいのな?」
そして、またしても顔が熱くなった。
「で、でかいって! スケベ! お前さっき触ったのかよ!」
「ちょっとな」
「セ、セクハラ!」
「あははは! お前、マジで反応が女みたいだな」
腹を抱えて笑う正雄を前に、俺の顔がどんどん熱を帯びる。
「くっそ……」
「おい、真っ赤だぞ?」
正雄の態度になんかすっげー腹が立つ。
俺だって好きでこの格好をしている訳じゃないのに。
胸だってでかくしたかった訳じゃない。なのにこいつは……
「ま、正雄! てめぇっ! ふざ「でも良かった……マジで……」……ける……え?」
「本当によかったよ」
「む、胸がか?」
「違うって……お前が無事に戻って来たからだよ」
正雄が優しく微笑んだ。
俺はその表情を見て、少しだけドキっとする。
「べ、別に死んでないし、戻って来るのが当たり前だろ?」
「でも、それでもこうして逢えると安心するだろ?」
正雄がまたニコリと微笑んだ。
またしても顔が熱くなる。
えっ? なんだこれ?
「ば、馬鹿か? 俺はずっと元気だったんだ。それに……け、携帯電話をゲットしてすぐにメールしただろうが」
「でも、現実にお前とこうして再会したのは今年になっては今日が最初だよな?」
「そ、そうだけどさ……」
「やっぱさ、直接見ないと実感は沸かないだろ?」
「ま、まぁな」
やばい、なんか調子狂う。なんだよこれ。
「姫宮綾香も戻って来たしさ……」
「あ、ああ……」
「後はお前が男に戻るだけか……」
「……そうだな。俺が元に戻ればすべてが解決するな」
「しかし、お前が女になってもう六ヶ月か……早いな」
「ああ、時間が過ぎるのって早いよな」
そんな日常の会話をしているうちに、いつの間にか俺の心臓は平常運転に戻っていた。
そして、こうして普通に正雄と話をすると落ち着く事に気がつく。
俺はやっぱり正雄と話すのが好きなんだな。
「そうだ。そう言えば大二郎だけど」
「大二郎? 大二郎がどうかしたのか?」
「あいつさ、心の底では姫宮綾香が諦められないみたいだぞ?」
「ええぇぇぇぇ!? マジか?」
清水大二郎
俺の友達で、俺が綾香の姿だった時に俺に恋をした男だ。
でも俺は綾香の姿ではなくなると解った時、大二郎を振ったはずだ。
それでも大二郎は綾香(俺)を好きでいるのか?
まったくもって困った奴だ。
一応は綾香にも大二郎と俺との絡みの件は伝えてはあるんだが……。
「まさか、大二郎のやつリアル綾香に迫らないよな? それってすげー困るんだけど……」
「そこは大丈夫そうだぞ?」
「えっ? マジで? 何でわかる?」
「今日、あいつも久々に遠めに姫宮綾香を見たらしいんだが、まったく別人になったように感じたみたいだな。それで近寄れなかったみたいだし」
「……それって」
「要するに、今の姫宮綾香は自分が恋をしていた姫宮綾香じゃないって悟ったみたいだな」
「なんと言う……大二郎にさえ気がつかれる差があったのかよ」
「お前、自覚なかったのか?」
「自覚はあったけど、それでも俺なりに綾香になりきってたんだけどなぁ」
「いやいや、さっきも言ったけどオーラが確実に違った」
「うむうううう」
ともあれ今の大二郎が綾香に迫らなきゃいいんだけどな。
「あれ? あいつって……」
正雄が眉間にシワを寄せる。
そして俺は正雄の視線の先へと顔を向けた。
すると、そこにはこの世界に残っている魔法使いは立っていた。
「何だよ、和実かよ」
「悟君……お取り込み中に申し訳ないんだけど……ちょといいかな?」
和実は正雄を横目で見ながら俺を本名で呼びやがった。
いいのか? いくら正雄だからって、俺を本名で呼んでも?
「何しに来たんだよ?」
「桜井正雄、あんたに用事はない。用事があるのは悟君だから」
「……今は俺と話してるんだよ」
「ごめん、ちょっとこっちの用事の方が緊急なんだよ」
和美の顔がマジで険しい。何かあったのか?
「どうしたんだよ? 何かあったのか?」
「うん、ちょっと色々あった」
「でも、ここがよく解ったな? 綾香にでも聞いたのか?」
「ううん、ちょっと探索魔法を使ったの……」
「魔法だと? いいのかよ? ここで魔法なんて使っても」
「いや、よくないけどさ……緊急だったし」
いつも明るい和美が真面目に深刻な表情をしていた。
こいつがこんな表情をするなんて、いったい何があったんだよ?
「おい、お前……魔法使いか?」
「ああ、桜井君には言ってなかったっけ? そうだよ。私は魔法使いだよ」
「……」
正雄は和美をギロリと睨んだ。
しかし和美はまったくそれをものともしない。
普通に俺たちの横まで歩いて来た。
「ねぇ悟君」
「なんだよ?」
「悟君は輝星花の事を救いたいと思う?」
意味のわからない事を口走る和実。
「えっ? 輝星花?」
「そう、野田輝星花を救いたいと思う?」
なんでここで輝星花の話題になる? 救いたいってどういう意味だ? もしかして輝星花がすっげー危険な状態なのか?
正雄は眉間にしわを寄せて和美を睨んだままだ。
「何があったんだよ? 救いたいってどういう意味だよ? 輝星花がどうしたんだよ?」
「説明は後で、今は野木輝星花という人間を救いたいかどうかだけ答えて!」
「いや、そりゃまぁ危機だったら救いたいけど?」
考える事もなく答えはすっと出ていた。
「じゃあ、私と来てくれるかな?」
「えっ? お、おい! どこにだよ?」
和実は俺の手を持つといきなり引っ張り走り始めた。
がくんと体がのけぞった。予想しない動きに俺の体がついていけてない。
急な動きに俺は少しだけ抵抗してみたが、女だと思えないくらいに強い力で和実が俺を引っ張る。
「ま、待て! ちょっと待て! 体がっ!」
「待てない! このお詫びは後でいくらでも何でもするから! 我慢して!」
「お、お詫び?」
「そう、何でもしてあげるから、ちょっと黙ってついて来て」
「ど、どこ行くんだよ? 何するんだよ? えっ!?」
「後でね!」
「後でがおおすぎだろ!」
「いっくよーーー!」
和実はすごい勢いで屋上を走った。
どんどんと鋼製のフェンスが迫ってくる。
このままじゃ勢いよくフェンスにぶつかる。
「さ、悟!」
正雄が走って追っかけてくる。
そして、懸命に手を伸ばすが俺には届かない。
「ま、正雄ぉぉ!」
まるで恋人同士が引き裂かれるワンシーンのように俺と正雄の手が空をきった。
「悟、行くよ! いでよ、我を次元の彼方へと運ぶ緑樹の回廊よ!」
「えっ!?」
「ごめん、ちょっと気持ち悪くなるかもだけど……我慢ね!」
和実のわけの解らない台詞の後、鋼鉄製のフェンスの目の前に緑色の渦巻く空間が現れた。
「き、気持ち悪くって!?」
「今の輝星花を助けられるのは悟だけなの!」
「ま、待って! 意味がぁぁぁ! 説明しろおおお!」
次の瞬間、俺は深緑の闇に飲み込まれていた。




