【第一章 章末話】
「で、何で俺がここにいるんだろうなぁ?」
俺は何故か姫宮邸にいる。っていうかここは自分の家じゃん。
「南ちゃんがホームステイでうちで暮らすからでしょ?」
俺が何故に南ちゃんと呼ばれているのか。
俺が何故に自分の家にホームステイなのか。
皆さんは疑問に思うだろう。
まぁこれには色々と事情があるんだけど。
そう、俺はとある事情で綾香ではなくなった。そして、俺は別の女の子になった。
「ホームステイって……」
しかし、何でこんな事になったんだ?
まさか、別の女の子になるとは聞いていたけど、こんな事になるなんて予想の斜め上を……じゃなくって予想の範囲の遥か彼方をいっていたな。
「でもいい名前だよねぇ! 栗橋・サンライト・南ちゃんって!」
綾香は嬉しそうに俺の新ネームを披露している。
しかし、マジでこの名前は何なんだよ?
「いやいや、名前のつけかたがすっげー安直すぎるだろ! 駅名とるなよ! 鉄道むすめに同じ名前のキャラいたし!」
名前で理解できるかわからないが、俺はなぜかハーフキャラ設定になっていた。
どうしても和美との同棲が許せないという綾香が考えた究極のアイデアだ。
実際に和美もノリノリで、最終的には俺をこんなキャラにしやがった。
最低だなあいつ。いい奴だと思ってたのに。いい奴だけどさ。
「それにしても、その銀色の髪に青い瞳。色白の肌にスタイルの良い体型……それでも童顔で思ったよりも大人びてない感じ……すごくいいよ!」
見ての通り、綾香はすさまじく喜んでいた。
言ったままの格好になった俺を見てもあるだろうが、俺と一緒に暮らせるのが嬉しかったのだろう。
まぁ、俺も嬉しいんだけどな。
しかし、普通に考えてやっぱりこれはこれでナシだろマジ!
言っておくが、俺は日本人だし日本語しか話せないのになんでハーフなんだよ?
それもこの子はどう見てもロシアとかそっち系だろ!?
なのにセカンドネームがサンライトとか英語じゃん!
由来が近隣の日光線がベースとか安直すぎ! すっげー涙でるよ!
「いやいや、マジで簡便してくれよ」
「なんで? すっごく可愛いよ? それにしても南ちゃんは日本語が上手だね!」
「俺は日本人だ!」
「そっかー! 半分は日本人だもんねー!」
おいおい、お前は漫才師か!
「半分じゃなくって全部だ!」
「うん、帰国女子って奴だよね!」
意味わかんねぇよ! 帰国子女の間違いだろ? おまけに俺は帰国子女じゃない!
俺の妹がおかしくなったのか。
前はこんなんじゃなかったはずなのに……。
飛行機事故で頭でも打ったんじゃないのか!?
何でこんなにもハイテンションなんだよ?
「あらあら仲良しさんね」
「はうっ!?」
いきなり背後から母さんが現れて焦った。
しかし、なんというステルス機能だ。まったく気がつかなかった。
「お母さん、どうしたの?」
「栗橋さんにお部屋の感じを聞こうかと思ってね。なんせ急いで用意したから」
「え、えっといきなりですみませんでした」
それにしても実の母親に他人として接しなきゃとかなんという拷問。
「いいのよ、逆にホームステイ先がうちでよかったのかって考えてるくらいよ」
「いえいえここで良かったです! でも本当に良かったのですか? お兄さんのお部屋を使わせてもらって」
「別にいいのよ。北海道から手紙で許可は取ってあるし、この前は始めて電話まできたしね」
そう、俺こと姫宮悟は元の姿に変身して電話をしたのだ。
それもわざわざ北海道まで行ってだ。市外局番でばれるからな。
あの時には多大なご迷惑をかけました羽生和美さん。
「そうですか、ありがとうございます」
「悟もこんな可愛い子が自分の部屋を使ったって知ったら嬉しいんじゃないかしら? あの子って可愛い子が好きだから」
俺がその悟だ。そして別に自分が使うから嬉しくない。
あと……可愛い子が好きは認める!
「綾香、学校には連絡しておいたわよ? 三学期から通えるって」
「うん、ありがとうお母さん」
ああ、そうそう、学校には俺が生きていた連絡を入れたらしい。
流石に声まで聞けば生きているって事になるからな。
もちろん警察への捜索願も下げてある。
「それにしても本当に可愛いわね、栗橋さん」
母さんはうっとりした表情で俺を見ている。
「そんな事ないですよ。綾香ちゃんの方が私よりもずっと可愛いですし」
「えー? そんな事ないよ? 南ちゃんの方が可愛いもん!」
「そうね、栗橋さんは本当にお人形みたいよね」
なんか褒められても嬉しくない。
そうだ、そう言えば綾香の話だと俺が生きていたって報告したら、茜ちゃんが泣いて喜んでいたって言っていたな。
ああ、茜ちゃん、まだ俺の事を想ってくれているのか?
でも、この状態じゃまだどうしようもないよな。もう少し待っててくれ。
「それにしても日本語も上手よね」
「あ、はい、ありがとうございます」
っていうか日本語しか話せないし、中身は日本人だから。
「それじゃあ、何かあったら言ってね」
「あ、はい」
母親は階段を降りて行った。
「南ちゃん、三学期から同じ学校だね!」
すごく嬉しそうな綾香。
まぁこんなに喜んでくれるならこの格好になったのも納得なんだけどな。半分だけな。
「よりによってなんで俺を同じ学年にしたんだよ?」
「一緒にいたいからだよ」
「そ、そっか……ありがとな」
照れる綾香を見て嬉しいのだけど、でもなんか複雑な心境だった。
綾香と同じ彩北高校に通うという事は茜ちゃんや佳奈ちゃんや真理子ちゃん。それに正雄や大二郎とも一緒って事だしな。
あいつらは俺を始めて見る訳だが、俺はすごく知っている訳で……。
「しかし、想像するだけですっげーやりずらそうだよな」
そう思った。うん、絶対にやりずらいな。
「何が? 誰か一緒だと嫌な人がいるの?」
「いや、嫌な奴はいないけどさ」
「うん? じゃあ何が不安なの? 姿?」
「それはある」
「かわいいじゃん」
「かわいければ良いって事はない」
「えー? 女の子はかわいい方がいいよ?」
「そうなのか? でも俺は男だぞ?」
「うん、知ってる!」
あぁ頭が痛くなる。俺は目立たない姿がよかったのに。
この姿って絶対に目立つし、ああ、苦痛だ。
「お兄ちゃんは今は女の子なんだし、仕方ないでしょ?」
「おい!」
「あっ」
ちなみに、俺と綾香が兄弟という設定は秘密だ。当たり前だけどな。
だから綾香は俺を南ちゃんと呼ぶし、俺は綾香って呼ぶ。
絶対に「お兄ちゃん」「妹」とは呼ばない。そういうルールを作った。
まぁ俺は前から綾香って呼んでいたから何も変わらないんだけどな。
「俺はそろそろ部屋に戻るよ」
「あ、うん、わかった!」
俺は部屋は綾香の部屋を後にした。
元の俺の部屋に戻って届いたダンボールをあける。
ああ、そうそう。関係ないけど俺キャラにしてみた。
海外からの留学生はだいたいが言葉遣いがおかしいというのが常だ。
そういう設定を小説とかでよくみる。だから俺キャラで大丈夫。そういう設定にした。
だけど、一応は女らしいキャラもやるぞ。
そこは綾香として生活していた時にだいぶ培われたしな。
使い分けるのが本当の女だと思うしな。
「しっかし、俺(悟)の荷物はどこにいったんだ?」
俺がこの部屋に入った時には、元の俺の部屋には荷物がなくなっていた。
あんなにいっぱいあった荷物が綺麗になかった。
聞く所によればどうも業者に預けたらしい。
じゃあ、押入れに入っていたはずのエッチな本も全部預けたのかよ?
しかしそんな事は聞けるはずもない。
「まぁ仕方ないよな」
俺は六畳の和室にピンクの絨毯をひいた部屋を見渡す。
ちなみにこれは男だった時の俺の趣味じゃないぞ?
どうやら母親的に女の子らしくしてくれたみたいだ。
ベッドまで新しい。なんて贅沢な事をするんだよ。
俺の汗の滲んだベッドを返せ! 二段ベッドの下だった奴を!
「布団も新品かよ」
俺は荷物を部屋すみ寄せてふかふかの布団のベッドに腰をかけて天井を仰いだ。
今が12月だから、この部屋でこうしてゆっくりするのも5ヶ月ぶりになる。
しかし、こんな状態で本当にこの部屋に戻ってくるとは思ってもいなかった。
人生何があるかわかんねぇな。
「窓か」
俺はベッドから起き上がると窓へと向かった。
綾香の部屋と同じサイズの腰窓にはこれまたピンクのカーテン。
母さんは女は全部ピンクならいいとでも思っているのだろうか?
ピンクはぶっちゃけ好きじゃないのに。
「外は寒いかな」
俺は窓を開けた。
冷たい風が部屋の中に吹き込んでくる。
しかし! こんなものは私の故郷であるロシアに比べたら全然だ! 寒くない!
「ひぃぃ!」
嘘です! 寒いです! だって生まれも育ちも埼玉だもん。
見た目だけロシア人じゃ寒さの耐性はつくれませんでした!
「寒いなマジ」
何気なく外を見ていると、隣の家の窓が開いた。
こんな寒い日に窓を開けるとか誰だよ。って聞くまでもないな。隣はあいつの家だ。
「ひぃ、思ったよりさっむ!」
隣家の窓から顔を出したのはくるみだった。
くるみは俺の幼馴染でうちの高校の生徒会長まで勤めた奴だ。
長いストレートの黒髪を今は後でまとめている。
こいつは根本的に俺とは住む世界が違う。こいつは俺の通らない道を進んでいる。
でも、そんなくるみも昔は俺と一緒に遊んでいた。
中学校の二年の頃からだろうか? いつの間にか疎遠になったんだ。
なんでだろう? まったく見当も付かない。
「あれ? こんにちは?」
くるみに発見され疑問系の挨拶をされた。
まぁ、悟の部屋から外人の女の子が顔を出していたらそうなるわな。
「こんにちは」
とりあえず挨拶を返しておいた。
これからは隣人だしな。って、今までもそうだったけど。
「ええと? 悟の彼女さん?」
どうしてそうなる!?
悟の部屋から覗いていたからか? っていうか、今は俺がこの部屋にいないって解ってないのか?
「えと、違います」
「じゃあ……綾香ちゃんの彼女さん?」
どうしてそうなる!? 俺の妹は百合趣味か!
この窓から顔を出した奴は必ず誰かの彼女に設定されるのかよ!
「ワタシは綾香さんはお友達デース!」
ちょっと英語っぽく言ってみた。いやイギリス風? って、これは英語なのか? 某金剛っぽくないか?(某になってない)
「も、もしかして外人さんですか!?」
お前はどこのおじさんだ? 外人さんってなんだよ!
それに銀髪青眼の日本人がいたら見せてくれ!
「ワタシはロシアの方からキマシタ!」
怪しい消火器売りみたいな台詞を吐いてしまった。
ロシアじゃないけど、綾香の部屋はロシアの方だからな。
そう、俺は綾香から南になった事で数メートルほど引っ越したのだ。ロシアの方から。
「ロシア? じゃあ、えっと……ドーブルイ ディェン?」
「ハイ?」
いきなり何を言い出したんだくるみは?
「カーグ ジュラー?」
「ハイ?」
だから意味わかんねぇし。
「ダメね、私のロシア語って通じないのかな?」
な、なんだと!? くるみの奴ってロシア語できたのか!?
それってロシア語だったのか!?
やばい! 俺がロシア語できねぇのに!
「ゴメンナサイ! 私はロシア語が話せないロシア人ナノデース!」
もう俺は素直に謝った。もう謝るしかないと思ったから謝った、某金剛ばりに。
だってイギリス生まれの某金剛さんだって台詞は日本語じゃん!(だから某になってないと)
えっと、病院が暇だったのでソーシャルゲームしてたなんて内緒だし。
「そうなの? 珍しいね」
「はい。実は日本で大半を生活してたので、ワタシは日本語以外は話せないんです」
疲れたので素に戻してみたよ。
「ああ、どうりで日本語がうますぎると思ったんだよね」
ですよねー。俺もそう思うよ。どんなに日本語がうまい外国人でも癖があるからね。
でもって俺は生粋の日本人だからね。
「私は【栗橋・サンライト・南】です。姫宮さんのお宅にホームステイでキマシタ」
くるみはニコリと微笑むと窓から身を乗り出して手を振ってきた。
「私は【八木崎くるみ】よ。よろしくね!」
「はい、宜しくお願いします」
くるみは手を振りながら、同時に胸をぼよんぼよんと揺らしながら部屋に戻った。
しっかしあつの胸はでかいな。無茶でかい。
中学の時はAカップくらいだったのに、今はHくらいあるだろ。
おかしい、おかしいくらいに成長しすぎだよ。
「胸か……」
そう考えるとどうしても自分の胸が気になるものだ。
窓を閉めてからベッドに座る。そして視線を落とす。
うん、よくわからんな。膨らんでいるけどよくわからん。
なんせこの姿になったのは今朝だからな。
今朝までなんだか魔法がうまくいかなくって綾香のままだったからな。
しかし、和美もここまで変化させたのは始めてよとか言ってたな。
確かに、原型を留めてないもんな。DNAは同じでも外見がまったく違うよな。
おっと、今はそれど頃じゃなかった。
「邪魔だな。この服」
俺は思い切って上着を脱いだ。ブラウスなので簡単にはずれる。
そこから現れたのは白い下着だった。
「ロシアだから白なのか?」
たぶん違うな。でも初期設定で白とはなかなかいいじゃないか。ってそうじゃないだろ。
「でも、思ったよりあるのか?」
くるみみたいにでかくないのは当たり前だ。
絵理沙や輝星花みたいにも大きくはないのも当たり前だ。
だがしかし! 佳奈ちゃんは比べるまでもなく、綾香や茜ちゃんよりでかい。
和美よりもあるかもしれない。見た事ないけど。
プチ……。
とりあえず下着を取ってサイズを見てみた。
D65書いてある。これってでかいのか?
しかし、よく見れば服を脱いだ方がでかく見えるな……。
「南ちゃ~ん……って、なっ、なにしてるの!?」
ハッとして前を見れば綾香がいた。
すごい形相で俺を見ているじゃないか。
「何って? ブラのサイズの確認?」
「な、なんでそんな事してるの!? なんでそんな事をする必要があるの? お兄ちゃんの変態なの? エッチぃぃぃ!」
ああ、そうか、こいつにとって俺はお兄ちゃんであり異性なんだな。
だから女の裸を見ているって事がおかしい行為に見えるのか。
「綾香、言っておくが俺は半年くらい女やってたし、それに綾香だった時には何度も下着を買いにも行ったんだぞ?」
「えっ!?」
綾香は顔を真っ赤にして両胸を隠した。でもそれは無駄な行為だ。
俺の脳裏にはしっかりと綾香の胸が焼きついている。
「大丈夫だ。綾香の裸は十分に堪能したから」
綾香はさらに真っ赤になって部屋に戻ってしまった。
何か言い方を間違ったのかもしれない。堪能はまずかったか?
しかし……俺の胸がD65だとは思わなかった。
小さそうに見えたのは痩せた体型のせいか。
身長158センチでこれはあるのか?
まぁいいや。気にするのはやめよう。
「よいしょっと」
とりあえず自分の体型が確認できたので服を着た。
しかし、最近は自分の裸を見ても興奮しないな。
これは男性として間違っているんじゃないのか? もしかして女性化が進んでいるのか?
コンコン
ノックの音かした。
「はい」
「み、南ちゃん、入っていいかな?」
綾香の声だ。
さっきはいきなり入ってあんなシーンだったから今度はちゃんとノックしたのか?
「いいよ」
そう返すとゆっくりと扉が開いた。
「さっきはごめんなさい。私が一人で慌てちゃって……」
そして素直に頭を下げる綾香。
なんて素直で良い妹なんだろう。
「いいよ。俺はお前にとってはあれなんだし、そういう反応も仕方ない」
「じゃあ許してくれるの?」
「ああ、許すもなにも、怒ってないしな」
綾香は照れくさそうにモジモジと体を捻ると上目づかいで俺を見た。
一瞬だけど俺の心臓がドキっとしたのは内緒だ。
「お、お詫びと言ったらおかしいんだけど……」
「なんだよ?」
なんだろう? 妙に嫌な予感がする。
「南ちゃんのお背中を流してあげたいなぁって……思って」
「はぁぁぁ!? 綾香!? 何を言い出した?」
うちの妹が兄と一緒にお風呂入ろうとかあるのか!?
「だって、私の裸はもう見慣れてるんでしょ? だったら……一緒に入ってもいいかなって」
「それとこれとは話が違うから!」
「どう違うの?」
「リアル綾香と俺が綾香だったのと違うんだよ!」
「でも私の裸を見たんでしょ?」
「それはあくまでも俺の裸だ!」
「それでも私の裸なんだよね? 私の姿だったんだよね?」
「……た、確かにそうだけどさ」
もう何がどうしてこうなった?
俺がハーフ設定になってこんなかわいい女の子になって、妹が前と違ってすごく積極的になってやがる!
いや、嬉しいよ? 久々の兄妹の水入らずで嬉しいけどさ! でもお風呂は元は水だ! って今は一人コントしてる場合じゃないんだよ!
「あら? 一緒にお風呂なの? 丁度いま沸いたわよ?」
ここでスティルス機能搭載の母さんが現れた!?
「うん、一緒に入るんだ」
「うぐぐ……」
「あらあら、二人はもう仲良しさんなのね」
「うん! もう仲良しだよ!」
「うぐぐぐぐ……」
ここまで来たら覚悟を決めるしかないのか?
それでいいのか? これは近親相姦じゃないよな?
「じゃあ、いこうよ、南ちゃん」
「遠慮せずにどうぞ? 南ちゃん。バスタオルは用意しておくから」
ああ、二人で笑顔で見るな。お願いだから見ないでください。
★
で、結局は……。
「南ちゃんのおっぱい大きいね!」
俺の胸が背後から急襲されている現実。
「さ、触るな!」
「なんで? 減らないしいいでしょ?」
綾香が俺の胸に興味しんしんになってしまっているのだ。
お前は野木か! そう言いたくなる。
しかしおかしい、俺の妹って本当にこんな性格だったっけ?
本当は誰かが変身してるんじゃないか? 中身は誰だ!
「ねぇお兄ちゃん……」
「はっ?」
いつの間にか胸にあった手が腰にまわっていた。
そして綾香は優しく体を背中につける。まぁうん、色々ひっついた。
「こうやって二人でお風呂に入るのって小学校以来だね」
「あ、ああ……」
「すごく嬉しいよ……私ね、お家に戻ってきたって実感がすごく沸いてるよ……うん」
鼻をすする音が聞こえた。
俺はゆっくりと振り向くと綾香が泣いていた。
「綾香、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……大丈夫だよ」
背中に綾香の震えが伝わった。そしてやっぱり俺の妹だって実感する。
「あのね、お兄ちゃん……」
「何だ?」
「あのね……私ね……本当は記憶が残ってるの」
「へっ!?」
俺は慌てて後ろを振り向いた。すると涙を浮かべた綾香がニコリと微笑んでいた。
「事故の時の記憶も、魔法世界で生活していた時の記憶も全部あるの」
「う、嘘だろ? 何で?」
おかしい、俺が絵理沙に聞いたのと違う。
本当か? 本当に綾香は記憶があるのか?
次に綾香から出た名前に俺はビクリと反応した。
「絵理沙さんって人がね、私に魔法をかけてくれて、それで記憶が消えなかったの」
絵理沙。綾香は今たしかに絵理沙と言った。
絵理沙ってあの絵理沙だよな?
「そ、そうなのか?」
「うん」
絵理沙が? 絵理沙が俺の妹の記憶を守ったのか?
「でも、記憶を覚えているのは秘密だって言われたの。だけどお兄ちゃんには話しても良いって言われていたの」
「それで今のタイミングなのか? もっと前に教えられなかったのか?」
「だって、密室に二人ってなかなかなかったから」
「確かに……だから俺と一緒に風呂に?」
「うん……」
まったく、俺の妹は不器用だ。
「本当はすごく恥ずかしかったの」
「だよなぁ、いくら俺が女になっていても、事実お前の兄だからな」
「うん……」
「でもさ、だったら裸じゃない状態で風呂に入ればよかったんじゃないのか?」
「あっ!?」
綾香は右手で口を押さえると顔を真っ赤にした。
「まったく……」
「そ、それは考えもしてなかったよ……」
「本当におっちょこちょいだよな」
「うーーーー……認めざる得ない」
「でもよかった。お前は記憶操作なんてされてなかったんだな」
「うん……心配かけてごめんね」
「ほんと、心配した」
「そ、そこは嘘でも大丈夫とか言わないの?」
「言わない。心配したし。絵理沙も心配してたしな」
「そっか……」
しばらくの沈黙。
そして綾香は俺の左肩におでこをつけると小声で言った。
「改めて、ただいまお兄ちゃん……」
「ああ、おかえり綾香」
いつになったら元の悟に戻れるのかはわからない。
だけど絵理沙はきっと約束を守ってくれるだろう。
綾香も戻ってきたし、俺は別人になったけど……。
だけど、こういう奇想天外な人生も悪くないかもしれない。
一般人じゃ味わえないこの境遇も悪くないかもしれない。
とりあえずは今は前向きに歩こう。
そう考えなきゃ、きっと俺は折れてしまう。
そうだよ、綾香がいれば大丈夫だ。
俺は一人じゃない。家族や仲間がいる。
きっと大丈夫だよな!
【第二章に続く】
【おまけ 禁断の兄妹混浴(但し兄は女性化中)続き】
俺こと姫宮悟は現在実の妹とお風呂に入ってます。
ええと、いくら俺が女になってるからって流石にこれはまずい。
いくら俺でも流石に妹の裸を見る訳にもいかない。
なるべく見ないように、そして妹が早く上がるようにと祈りつつ首まで湯船に浸かっている。
しかし、綾香よ……いつまで風呂に入ってるんだよ……。
三十分が経過した。
カポーン……。
「で、お兄ちゃん」
「な……何だ?」
「絵理沙さんって何なの?」
「えっ? いきなりなんだよ?」
「だって、絵理沙さんが私に向かってお姉ちゃんって呼んでもいいわよ? とか言ってたんだもん。それも少し照れながら」
「あ、あいつめ! いや、あいつは魔法使いで、俺を殺した奴で、生き返らせた奴で、それで俺を元に戻す魔法を使えるやつだ!」
「へぇ……そうなんだ。すごい人なんだね?」
「そ、そうだな。色々な意味でな」
カポーン……。
「で、お兄ちゃん」
「な、何だよ?」
「輝星花さんって何なの?」
「えっ!? 輝星花!? お前、輝星花に合ったのか!?」
「うん、一回だけね」
「そうか、元気だったか?」
「あまり……元気はなかったかな?」
「そっか……」
「でもね?」
「ん?」
「悟に伝えてくれって言われたの」
「何を?」
「胸の成長記録は継続しろって。どういう意味なのかな?」
「い、いや、わかんねぇ……だいたい俺はそんな記録はつけてないし」
あいつめ! 何が胸の成長記録だ! だいたい俺のなのか綾香のなのかはっきりしろ! ってつけないぞ!
「でね、今度絶対に取りに行くから待ってろって言ってたよ」
「はいぃ!? マジで?」
「うん」
「そ、そっか」
「ねぇ、胸の成長記録って誰の胸の成長記録なの?」
やっぱり綾香もそう思うんだ!?
「さ、さぁね」
「私のなのかな?」
「ち、違うんじゃないのかな!」
「じゃあお兄ちゃんの?」
「か、かもな……」
「ふ~ん……でもこれ以上は成長しなさそうだけど?
確かに……これ以上はでかくなっても困るしな。
でも、綾香のはまだ成長しそうだよなってそうじゃない!
「ねぇお兄ちゃん……」
「な、なんだ?」
「私の胸ってちっちゃい?」
「な、何を聞く!」
「なんとなく……」
なんとなくでも兄に聞く事かよ!? それとも胸の大きさを俺のと比較して言ってるのか?
「き、気にするな! 胸なんて所詮は脂肪の塊だ!」
「違うよそれ。確かに脂肪も多く含まれるけど、胸は乳腺と脂肪で出来ていて大胸筋が支えているんだよ?」
「えっと、素で返さないでくれるかな……」
カポーン……。
「お兄ちゃんって素敵な魔法使いさんと一緒だったんだね」
「ああ、そうだな、やつらは最高だったよ。良い意味でも悪い意味でもな」
「そっかぁ。じゃあまた逢いたいと思う?」
「そうだな。うん、逢いたいというよりも逢わなくっちゃだよな」
「で、お兄ちゃんはまさか二人のどっちかと付き合ってたの?」
「はぁ!? 俺は女だぞ? 女の時にそういうのはない!」
「じゃあ、男としてはどうだった?」
「いや、マジで付き合ってないから……」
「ふーん……」
「それで、二人にもう一度逢える可能性があるなら、逢いたい?」
「そうだな……素直に答えると逢いたいな」
「そっか、その願いが叶うといいね!」
「そうだな……って……あ、あれ?」
どうしたんだ? おかしい、風呂場が回るだと?
何だかくるくる回るぞ? 天井も回るぞ?
「お、お兄ちゃん!? 鼻血でてるよ!」
綾香の顔が歪んでる?
「はな? あれ? あ、あ…やか……」
まわるまわるよ……ねるねるねるねはぁ……。
ぶくぶくぶく……。
「お兄ちゃん!」
はい。俺は始めてお風呂場で逆上せました。
皆さんも長風呂には注意しましょう。
限界が来る前にあがりましょう。
では、第二章でまたお逢いしましょう。




