135 妹
和美がニコニコと俺を見ている。
いやいや、その反応はちょっとおかしいんじゃないのか?
なんで男の俺が動揺しなきゃいけないんだよ。
俺がそんな事を考えてるのには原因があった。
それは、綾香じゃなくなった俺(女)がどこで生活するかを聞いたらだ。
そして、こいつは自分と一緒に暮らすとかいいやがった。
「大丈夫だよ? 私は平気だから?」
何故かドヤ顔で満面の笑みの和美。
「俺が平気じゃないんだよ!」
「へぇ……なんでなのかな?」
「なんでって普通にわかるだろ?」
こいつはマジで俺と生活するのに抵抗はないのだろうか?
羞恥心というものをこいつは持ってないのだろうか?
くっそ喉が渇く……。水でも飲むか。
俺はコップに入った水を口に含んだ。
「じゃあ先に言っておくけどね、私は別に悟君におっぱいを見られるのとか、揉まれるくらいの覚悟はしてからね?」
俺は飲んでいた水を噴出してしまった。
「お、おまえなぁ! なんて事を言うんだよ!」
「私がそう言うとすぐに胸を見る所が男っぽいよね」
目を細めてニタニタする和美。
どうやら俺は胸を凝視していたらしい。
仕方ないだろ、男なんだから!
「でも本当にいいよ? さすがに悟君が男性化して最後までやるのは今は許さないけど」
そうか、男性化して襲うという手があったのか! じゃないだろ俺! あと今はって含みを持たせるな!
「しないから! そういう事はしないから! だからそういう下ネタトークはやめろ!」
和美はケタケタと可愛く笑うとドアへと進んでいった。
「じゃあ、下らない話はここまでね。私は綾香ちゃんを呼んでくるからね!」
すっげー重要な話がエロ話に変換された上に終わらせられた。それも下らないとか言われた……。
しかし、ついに俺は綾香と対面らしい。なんかすごく緊張してきた。って待てよ?
「……っておい和美! ちょっと待て!」
俺は扉の前まで行っていた和美を呼び止めた。
和美は驚いた表情で振り向く。
「な、何よ?」
「俺はまだ綾香のままじゃんか!」
そう、俺は綾香と逢うのに綾香のままだ。
「ああ、いいのいいの! そのままでOKだから!」
「はいいっ!? 何がOKなんだよ!?」
「じゃあねー!」
「じゃあねーじゃねぇ!」
和美はそのまま病室を出ていってしまった。
いやいや綾香のままとかダメだろ?
でもどうすればいい? 薬で悟になる? いやいや勝手にそうしたら和美が怒るかもだぞ?
じゃあ素直にこのまま待つのか?
なんとも言えないモヤモヤ感のまま俺は病室で和美たちを待った。
しばらくして病室の扉が開いた。
「悟君、お待たせ!」
「……!?」
和美に続いて扉から入ってきた女の子を見て思わず視界がぼやけてしまった。
自然と涙が溢れる。
そう、その女の子は間違いなく俺の妹。妹の綾香だった。
「あ……綾香……」
行方不明になった時と同じ服装で綾香は立っていた。
清楚で可憐で可愛い妹が目の前にいる。
とても懐かしい。鏡で見る俺じゃない本当の綾香だ。
俺の大事な妹。
「お兄ちゃん……なんだよね?」
綾香は笑顔で首をかしげた。
なんかリアクションが感動的じゃない。ここで俺はどう答えればいいんだ? そうだって言ってもいいのか?
悩んでいると和美が口を開いた。
「悟君大丈夫よ。綾香ちゃんには魔法の事を必要最低限だけ話してあるから」
「そ、そうなのか? 綾香の魔法に関する記憶は全部消したのかと思ってたけど」
「そんな訳ないじゃん。そしたら色々と説明がつかないもん」
「だよなぁ……」
俺は和美との会話を終わらせて再び綾香を見た。
「やっぱりお兄ちゃんなの?」
綾香は俺が兄だという理解があっても、見た目で戸惑っているんだ。
「そうだよ。こんな格好だけど悟だ。お前のお兄ちゃんだ」
「そ、そっかぁ……」
感動して抱きついてくるかと思ったら、綾香は苦笑してそのまま立っている。
「な、なんだか……か、可愛いよね? その格好」
そして笑顔で可愛いとか言われた。
「いやいや、俺は綾香の姿なんだぞ? 綾香がそう言うって事は自分が可愛いって言ってるようなもんだぞ?」
そう言うとやっと気がついたのか、顔が真っ赤になった。
「そ、そっか! そうだよね? 私は何を言ってるんだろ……」
綾香は恥ずかしそうにモジモジとしている。
ああ、可愛い。なんて可愛いんだろう、俺の妹は! 世界一可愛い!
「大丈夫だ! 俺もお前はかわいいと思ってるからな!」
「えっ!? あ、ありがとう……」
綾香は更に真っ赤になった。
「お兄ちゃんにかわいいって言われた事ってあまりなかったから……びっくりした」
「えっ? そ、そうだっけ?」
俺って綾香にかわいいって言ってなかったのか?
……そうだ。そう言えば俺って硬派を目指していたような気がする……。
「悟はシスコンね」
和美が飽きれたような表情で俺を見た。
「い、いいだろ! 別に!」
「速攻で認めたし……つまんないな」
「お、お兄ちゃん!?」
やばい、なんかコメディーっぽい再会になってしまった。
★
ベッドの横に和美と綾香が座っている。
とりあえず無事に再会を果たした俺たちは久々の会話を堪能していた。
「あのね、さっきも言ったけど、私はここ数ヶ月の記憶がないの」
「そっか、そうなのか」
聞いていた通りだな。綾香の記憶は操作されている。
「でもね、私が乗った飛行機が事故で落ちたって事は聞いた。私はそれで記憶喪失になったとも聞いた。それで、魔法使いさんに救助されたんだよね。でも、意識が戻ったのはついこの間なんだって言われた」
そうか、そういう設定なのか。
記憶の操作をしてそんな設定を綾香に植えつけたのか。
「あのね、戻ってくるのが遅くなってごめんなさい」
「いいよ。お前が無事だったんだ……」
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「いや、何でもない……」
俺のちょっとした不振に気がついたのか、綾香が心配そうに俺を見た。
そう、俺はちょっとした疑問を抱いていた。
なんで綾香はここまで落ち着いているんだって。
俺が綾香になっている事を少しも驚かない。これはあまりに不自然だ。
もしかするとこれも記憶操作のせいなのか?
綾香は魔法使いに都合のいい記憶を植えつけられているのか?
疑念が俺の心を覆ってゆく。
綾香が本当に綾香なのか疑ってしまう。
「悟君、大丈夫よ、綾香ちゃんは綾香ちゃんだから!」
和美がまるで俺の心を読み取ったように慌ててそう言った。
「お兄ちゃん? 私は本当の綾香だよ?」
綾香が不安そうな顔で俺を見る。
ダメだダメだ。こんな事を考えたら。和美が偽者をつれてくるなんてないだろ。
こいつらを信じなくってどうするんだよ。
「綾香、大丈夫だ。ちょっと俺も色々あったからさ……ごめん」
「ううん、私は大丈夫だよ」
綾香はニコリと微笑んだ。
「綾香、ちょっとごめん。水が切れたら外の自動販売機で買ってきてくれないか?」
「あ、うん」
「俺って一応は面会謝絶だからさ」
「あ、そっか。わかった」
綾香は俺からお金を受け取ると部屋から出て行った。って、ここである事実に気がついた。
「おい和美」
「なに?」
「ここに入院してるのって姫宮綾香だよな」
「そんなの当たり前じゃん」
「……しまった」
ま、まぁ大丈夫だろ。
それより俺がわざわざ綾香に外に出てもらったのは和美に話があるからだ。
「なぁ、和美」
「また? 今度はなに?」
「今度は真面目な質問だ。綾香は魔法が存在する事を知っているんだよな?」
「うん、そうなるね」
「だから俺が綾香の姿でも疑わないし驚かないのか?」
「……半分はそうかもね?」
こいつ半分はそうとか言いやがった。
「なるほど……」
「まぁ綾香ちゃんもすぐに戻ると思うからさ……色々な事情はまた後で話すでいいかな?」
「わかった」
不自然すぎる妹の反応に躊躇しながらも俺は覚悟を決めた。
本物の綾香が無事に戻ったんだ。今はそれでいいじゃないか。
俺が魔法でどうこうできる訳じゃない。
今はこれで最高に良い状態なんだって思うしかない。
「お兄ちゃん、買ってきたよ!」
綾香が戻ってきた。マジで戻るの早すぎだろ。
そして、北アルプスの天然ソーダって水じゃないし……。
「ねぇ、綾香ちゃん」
羽生和美が戻ってきた綾香に声をかけた。
「はい?」
「綾香ちゃんになってたお兄ちゃんなんだけどね、綾香ちゃんが戻って来たから別の女の人になるんだ。綾香ちゃんはお兄ちゃんにどんな女性になって欲しい?」
「どんなって? なんだよそれ!? オーダー制!?」
「ええと、私の一存で決められるんだけど……思いついてないんだよね!」
ぺろっと舌を出す和美。これが有名なてへペロか?
「えっ? 別の人ってどういう意味なんですか? お兄ちゃんは元に戻れるんじゃなかったの?」
綾香がここに来て驚いていた。
見れば顔色が青くなっていた。動揺の色まで伺える。
「えっと、ごめんね? ちょっと事情があって元には戻れないんだ」
「何で!? 私はお兄ちゃんが私の変わりに学校に言ってるって聞いていたけど、私が戻れば元に戻れるって聞いてた!」
台詞が早くなっている。綾香の表情がすごく険しくなっている。
本当に綾香は俺が元に戻れないのを知らなかったみたいだ。
「そういう予定だったんだけどね、色々とあってね」
和美はすごく困った表情で俺を見やがった。
申し訳ないけど俺ではフォローは不可能だ。
「じゃあお兄ちゃんはどうなるの?」
「だから……さっきも言ったけど悟君は別の女の子になっちゃうんだよね」
「別の女の子に!? なんで!?」
「……仕方ないなぁ。これは理由を話すしかないかな」
和美はため息をついて俺をチラリと見た。
だからこっち見てもフォローできないって。
「とにかく落ち着いてそこの椅子に座って」
和美は綾香を椅子に座らせると話しを始めた。
内容は俺が事故にあって死んだ事。綾香と間違って生き返った事。
それからずっと綾香として生活をしていた事だ。
綾香は俯いて何かをぶつぶつと呟いていた。
「ごめんね、色々とこっちの事情に巻き込んでしまって」
「………けど」
ほとんど聞こえない声で綾香がぼそりと言葉を放つ。
「綾香……でも俺は生きてるぞ! ここに存在してるぞ! 綾香だって生きてるじゃないか! 今はそれでいいじゃないか! 綾香!」
俺はそんな綾香を見て言い放った。
元は和美が悪い訳じゃない。悪いのは魔法使いの上層部だ。
「綾香、俺が死んだのは俺のせいだ。こいつらには生き返らせてもらって恩義があるくらいなんだ。だからそんな顔するなって」
「でも……」
「大丈夫だ、俺は悟だから。ほら、これでどうだ? この格好ならいいだろ?」
俺は白い錠剤を飲んだ。それと同時に体に痛みが走る。
「えっ!?」
俺の体はむくむくとその形を変えた。
そう、俺は輝星花の薬で姫宮悟になった。
「お、お兄ちゃん!? ど、どうして?」
「俺はこの薬で元に戻れるんだよ。で、この薬もこいつらが作ってくれたんだ。だから俺は女のままで大丈夫だって」
「ずっとその姿でいられるの?」
「いや、これは数時間が限度だな」
「そうなんだ……」
「でも薬を使えばこの姿がいつでも見られるんだぞ? ダメなのか?」
「ダメじゃないけど……」
「俺は大丈夫だって。それより綾香が戻って来てくれてすごく嬉しいよ! 今はそれを喜ぼう。母さんや父さんだってお前を待ってる」
「うん、わかった……でも、ごめんなさい。私のせいで……お兄ちゃんが……」
綾香の頬を涙が伝わった。
ここは感動的な再開シーンのはずなのに、泣いてどうする?
「泣くな! お前は奇跡の帰還を果たしたんだ! まぁそう思っているのは俺だけかもだけどさ」
「わかったよ……うん、わかった」
「よしっ! それでいい」
綾香は腕で涙を拭うと笑顔をつくってくれた。
和美も苦笑してくれている。でも、それでも笑顔をつくってくれている。
そうだ、俺はこういう笑顔の再会をしたかったんだ。
「お兄ちゃん……」
「綾香、こっちに来い」
両手を広げた俺の胸に向かって綾香が飛び込んできた。
「お兄ちゃん……逢いたかった……ただいま……ただいま、お兄ちゃん……」
互いに抱きしめ合った。
妹の温もりが久々に俺の体に伝わった。
「おかえり、綾香……」
ついに綾香は人間世界へと戻ってきた。
行方不明から4ヶ月、色々な事があったけど、それでも結果は良かったと言ってもいいだろう。
綾香も三学期からは学校に戻れる予定だ。
そして、俺が綾香として生活をしていた時間は記憶喪失として失われた設定になる。
もしかすると大二郎や仲良し三人組とも色々とあるかもしれない。
だけど、まぁ綾香ならなんとかなるだろう。
綾香ならきっと大丈夫だ。
俺も最大限のバックアップはするからさ。
「和美、綾香の事をよろしくな」
「もちろんだよ!」
俺の妹としての生活はここにピリオドを打った。
【終わり】
って、ちょと待って! まだ終わらないだろ?
これじゃ俺がまったくもってハッピーじゃないじゃないか!
いやいやハッピーかもだけど、やっぱり元に戻ってないからハッピーじゃないよ!
終わるなら俺も元に戻せって!
男に戻せって!
と言う事でまだ終わりません。まだ続きます。
次回の【章末話】で【第一章】は最後です。
それが終わったら第二章のスタートです。
ちなみに悟が元に戻る保証はありませんのであしからず。
「ちょ、ちょっと待てぇぇ!」
【本当に続く】




