134 終演へ向けてのプロローグ 後編
間もなく十一月になろうとしていた秋晴れの日だった。
【姫宮綾香が入院した】
その一報はあっという間に彩北高校で広まった。
★
綾香こと俺、姫宮悟は妹の帰還に合わせて数週間の休みを貰う事になった。
魔法使いである羽生和美の協力もあって本当に入院をする事になった。それも豪華個室にタダでだ。
病院の最上階にある特別個室は普通だといくらかかるか想像も出来ない豪華さだ。もうホテルみたいなもんだ。
そうそう、親や学校の人間には脳内に怪しい影が見つかったので療養をすると伝えてある。
もちろんちゃんとした医師からの報告。じゃなくって和美が変身した医師からの報告だ。
和美も変身魔法使えたんだなって思ったが、あいつも魔法使いだったって後で思い出した。
そこでふと気がついた。あいつのあの姿は本当の和美の姿じゃないんだよな?
魔法使いは容姿を変えてこの世界に存在しているはずだ。
だからあいつのあの姿も作り物だという事になる。
でもまぁ今はそんなのどうでもいいんだけど。
あと、手術後に回復してもまた記憶喪失になる可能性があるとも伝えてもある。
ちなみに正雄にだけは本当の事を伝えた。もうあいつは他人じゃないからだ。
魔法の事も知っているし、俺が綾香になっている事も知っている。
よって正雄には誤魔化しが効かないからな。
「ふぅ……」
ベッドに横たわって天井を見る。
白い天井を見ながらちょっと後悔してしまう。
正直に言えばこの方法をとった事をちょっとだけ悔やんでいた。
それはまたすっごく皆に心配をかける結果になってしまったからだ。
きっと綾香の知り合いは皆がすごく心配をしているのだろう。
でも、綾香が戻ってくる為にも俺が別の人間になる為にも必要な時間だったんだ。そう割り切るしかなかった。
「良かったんだよな?」
そう口にしてもまだ納得は出来てない。これでよかったのかって今になってまで迷っている。
だけど、俺には相談しようにもその相手がいなかった。本当に信用できる相手がいなかった。
和美はまだまだ付き合い始めたばっかだし、絵理沙も輝星花もこの世界にはいないんだから。
しかし、魔法使いという奴は……まったく。
★
俺の近所にあった総合病院。そこに入院をした俺だけど……。
ちなみに、病院の名前は西海総合病院。
大きめの病院で救急指定もされていて病床も多いので患者数も多い。
遠くは1時間以上もかけて通院する人もいる人気の病院だ。
そして、どうもこの病院も魔法使い系の病院らしい。
こんなでっかい病院が魔法使いの関係とか、どれほど魔法使いはこの世界に入り込んでいるのだろう。
広島の方にも魔法使いがいるとか前に輝星花が言っていたし、全国どころか世界中に魔法使いはいるのかもしれない。
人間よ、これでいいのか!?
「こんにちはぁ」
ドアの開く音と同時に女性の声が聞こえた。
面会謝絶の看板の立ってあるはずの部屋に笑顔で入って来たのは羽生和美だった。
「よぉ」
まぁ面会謝絶はあくまでも演出だからどうでも良いんだけど。
「どお? 元気にしてた?」
「元気もなにも、最初から俺は病気じゃない。それにお前、昨日も同じ事を聞いたよな?」
「あはは、気にしないの、そんなの」
明るく活発な羽生和美。
彼女は身長もそこそこで、胸もそこそこにあって、凹むべき場所もそこそこ凹んでいる。典型的な普通な女子高生だ。
スカートも佳奈ちゃんみたいに短すぎず、真理子ちゃんみたいに長くもない。
髪は肩にかかる程度のすこし茶色がかった黒髪で軽いウェーブがかかっている。
瞳は茶色だけどこげ茶って感じかな。見た目もまんま日本人だ。
絵理沙や輝星花の現女子高生とのギャップがすごかった分、その普通さに驚いてしまう。
魔法使いは全員が美少女キャラじゃないと立証できた。とは言ってもこいつはやっぱり変身した姿なのだろうけど。
「それにしてもお前って個性がないよなぁ」
「何よそれ? それって女子に言って良い台詞だと思う?」
「なんだよ? まさか気にしてるのか?」
「別に……気にしてはないけどさ、でも悟に言われるとなんか嫌だ」
しかし、頬を膨らませる仕草がちょっと可愛いかったりする。
「はいはい、悪かったよ。でもさ」
「でも?」
「今のお前のその格好って野木みたいに変身した姿なんだよな?」
和美はニヤリと微笑んだ。
「まぁね、うん、これは本当の私の姿じゃないよ?」
「やっぱりな……」
やはりこの姿は変身後らしい。
「でもね? 言っておくけど私は元も女の子だからね?」
「なんて言うやつに限って男だったりするんだよなぁ」
「ないよ! だってなんで女なのに男に化けないといけないのよ! 気持ち悪い」
和美はムキになって両手を振り回す。何のジェスチャーだ。
「私は異性に化けるとかキモいから無理!」
なんか本当に怒ってる。と言うか野木に謝れ。そして俺にも謝れ。
「あっ……ご、ごめんね。悟君は別だよ?」
言葉にしてないけど表情で悟ったのか、謝ってきやがった。
仕方ない、許してやるか。
「まぁいいよ。お前が男だろうが女だろうがな」
「だ、か、ら! 私は女だって言ってるでしょ!? ねぇ、もしかして認めるには私が女だって証拠が必要なの?」
「証拠?」
「そう、私が本当に女だっていう証拠だよ」
「いや、別にいらないけど……それに証拠ってどうやって?」
「そうね……えっと……変身を解く?」
「でもさ、お前は別の姿にも変身できるし、本当に解いたかどうか俺にはわかんねぇし」
「そっかぁ……まぁそうよね」
「だからいいよ。それより今日の報告は?」
「あ、そうだったね……って、本当に確認しなくていいの? 疑ってない?」
カクンと和美は首をかしげた。
「いや、いいよ。お前がそこまで言うのに信じないのもおかしいしだろ」
「そっか、うん。OK。でも私は嘘は言ってないからね? この体型は元の私のサイズと変えてないからね?」
自分の胸をぽんっと叩く和美。
うん、何気にいらん情報をゲットした。
「わかったわかった」
「何よぉ……その子供あつかいした言葉は!」
「ごめんごめん、そういう意味じゃなくって、だから報告は?」
「あ、そうだったね……えっと……って! 誤魔化した!」
「誤魔化してないだろ」
「……もういいや。で、報告ね」
この羽生和美という魔法使いは俺の病室を訪ねてきては色々な報告をしてくれている。
最初こそこいつに酷い対応をしていた俺だったけど、和美はそれでも俺に優しく接触してくれた。
こいつは絵理沙の言うとおりで優しい奴だった。
俺を嫌う事もなく色々と気をつかってくれて、そして色々と話をしてくれた。
今ではもっと早くこいつと友達になっていればよかったと思う。
確か手紙を下駄箱に入れられた日にお友達になってくれって言われたはずだ。
でも、あの時はいいよとだけ答えてそれから進展はなかった。
またくもって俺は人を見る目がないよな。
「――という感じかな? で、女性化はどんな感じ?」
「そうだな、進行はしてるかわからないけど体には異変はない」
俺は女性化は進行しているようには感じていなかった。
最後に大二郎に不満のキスをしてしまった時に女性化は終わったのか? なんて無いと思うけど、まぁ学校に行かずに異性との接触もない訳だし、進行が遅いのも納得だな。
あと、輝星花の残してくれた男性化の薬で俺は数時間なら悟に戻れるしな。
ちなみに、たまに飲んで悟としてこの部屋にいたりもする。
誰かが見たらすっごく驚くだろうな。マジで。
「それにしても輝星花って天才よね」
今日の報告が終わった後、和美がお土産の柿を切りながらぽつりと言った。
「なんだよ? あいつってそんなにすごいのか?」
和美が柿を皿に持って爪楊枝を突き刺しながらこちらを向く。
「知らないの? 魔法世界では輝星花は有名人だったのよ?」
「そうなのか」
ゆっくりと横まで来ると和美は傍にあった椅子に腰掛けた。
「常時男性化魔法もすごいし、常時人の心を読む魔法のもすごいし、そんな変身薬まで作るとかすごすぎない?」
「そうだよな。俺もそう思う。って男に変身ってすごいのか?」
「そうだよ? 異性に変身ってすごく魔力つかうんだよ?」
「へぇ……」
「どお? 輝星花のすごさがわかった?」
「ああ……まぁ……色々すごかったよ(胸に対する執着もな)」
笑顔で柿を頬張る和美を見て、次に俺は天井を見た。
ふと脳裏に輝星花の姿を思い浮かべる。
野木一郎、そして野木輝星花。二人で一人。とんでもない魔法使い。
俺にセクハラしていたエロい奴。でも、本当は心優しい普通の女の子。
「ねぇ、柿いらないの?」
「あ、ああ、貰うよ」
俺は柿を口にいれた。独特の甘みが口に広がる。
「おいしいよね、柿!」
「ああ、うまいな」
「海の牡蠣は嫌いだけど!」
「そんな事は聞いてない」
和美は最後の一つを躊躇なく口に入れるとお茶でそれを流しこんだ。
「なぁ和美、あいつら元気かな?」
俺がそう言うと和美の明るい表情が一転して暗く沈んだ。
「うん……絵理沙は元気だと思うけど……」
「沈むなよ。仕方ないだろ? お前のせいじゃないんだし」
「だけど……」
「だけどじゃない。お前は気にするなって」
和美は沈んだ理由はいくつかあった。
絵理沙と輝星花が実験の材料にされていた事。
輝星花と同じ監視役でこの世界に来ていたのに、実際は何もできなかた事。
そして、魔法世界の今回の対応が俺たちにすごい迷惑をかけた事。
こいつのせいじゃないのに、こいつはすごく悔やんでいるようだった。
だけど、あの学校にいる校長を含む魔法使いの数人が今の魔法世界の行動に疑問を抱いて内密に絵理沙に伝えたんだ。
それで絵理沙は上層部の考える事実を聞いて、そして俺に話をしてくれてた……そしてこの世界を去った。
おかげで俺は色々な情報を手に入れて今回の件だって準備が出来たんだ。
それじゃなかったら俺はいきなり別の人間にさせられていた。
「いくら悟が気にするなって言っても……無理だよ……」
「何度も言うけど、お前のせいじゃないだろ?」
「でも、私たちの世界の問題だもん」
いきなり話は変わるが魔法世界に戻った輝星花の具合は相当に悪いらしい。
絵理沙もつきっきりで介抱しているらしいが魔法力の低下は深刻で、命に関わるとさえ和美は言っていた。魔法使いは魔力がなくなると死ぬらしい。
あいつは人間なのに魔法使いの法則が適用されるとか……まったく不便な体だよな。
和美はそれもすごく気に掛けていた。
「元気だせよ。お前は元気だけが取り柄だろ?」
「そう……だね……うん! ありがとっ! でも元気だけが取り柄ってひどいよね!」
そう言い返しながらニコリと微笑む和美。
こいつの微笑んだ時に見える八重歯がまた可愛さを演出している。
「なぁ和美」
「なぁに?」
「お前って彼氏いるのか?」
「へっ!? ななななななななななにを?」
和美の顔が真っ赤になった。
俺、なんか聞いちゃダメな事を聞いたっけ? あと「な」が多すぎるだろ。
「い、居なかったらどうする気?」
「いや、どうもしないけど?」
「えっ? じゃ、じゃあ何で聞いたの? バカにするため?」
「いやいや、単純に気になったからかな?」
和美が赤い顔のまま俺を睨んだ。
「あ、あれだからね? 私は知ってるよ? 悟君には想い人がいるんでしょ?」
「えっ!? なんだそれ?」
誰からそんな情報を聞いた?
「え、絵理沙が言ってたもん!」
「ソース元は絵理沙かよ……」
「あ、あれだよ!」
「あれって何だよ」
「私の事なんて気にしなくていいから、その彼女の事でも考えてなさい!」
「と言われてもなぁ……」
和美は赤い顔のままニコリと微笑みながら椅子を立った。
「大丈夫だよ、あんたって優しいからさ」
「そ、そうか?」
「うん! 私は保証するよ」
和美は部屋の隅に置いていた荷物を手に取る。
「もう帰るのか?」
「うん、また明日来るよ」
「ああ、わかった。じゃあまたな」
和美は手を振りながら部屋を後にした。
俺は窓からゆっくりと外を眺める。
ここに入院してからもう二週間になる。
そして、明日……ついに綾香が戻ってくる。
「綾香……」
覚悟を決めたはずなのに胸のドキドキが止まらなかった。
綾香が戻る嬉しさもあるのだが、俺が綾香じゃなくなる日でもあるからか。
窓に反射する自分の姿を見ながら俺はそっと手を胸にあてる。
「しかし、お前も成長したよなぁ」
俺はパジャマの上からゆっくりと胸を揉んだ。
揉まれる感触が脳に伝わる。でも、自分が揉んでも興奮なんてしない。
俺は女になった夏の時よりも少しだけ膨らんだ胸を再び見た。
「ほんと……野木の奴は本当にこの胸が好きだったよなぁ」
野木が俺の胸を何度揉んだかもう忘れた。
だけど、野木は俺の胸をすぐに触ってきた。そして成長記録をつけようとしていた。
でも、この胸とも明日でお別になるんだな。
さようなら、俺のBカップになりかけの胸よ! ……俺って変態っぽい?
「こんな事を考えたのはお前のせいだぞ野木! 最後の最後に俺の胸が見られなくって残念だったな!」
そんな捨て台詞を誰にでもなく言い放った。
同時に何故かキュンと胸が締め付けられるように痛くなった。
「輝星花……」
★
ついに綾香が戻ってくる日になった。
朝早くから目が覚めてとても落ち着かない。
特に個室に一人だと余計な事ばっかり考えてしまう。
そわそわしながら俺はベッドから這い出た。
個室の中に設置された洗面に向かい、そこで顔を洗った。
顔を拭いて正面の鏡に映る自分を見る。
そして、ここで素朴な疑問が浮かぶ。
「なぁ、なんで何で俺は別の女にされるんだ? 体型変更魔法だっけ? あれで悟じゃダメなのか?」
だけど質問の答えなんて返ってこなかった。
しばらくして和美が現れた。
俺はさっきと同じ質問を和美にぶつけてみた。
和美はその質問を聞いて苦笑する。
「えっと、それって形成変換魔法だよね?」
いいだろ!? 魔法の名前を間違っても! 俺はこっちの世界の住人なんだ! と心の中でだけ文句を言う。
「ああ、それだよそれ!」
怒りを表に出さない。なんて大人なんだろうな俺。
「何で逆切れなの!?」
あれ? 出てた?
「き、切れてなぁーーーい!」
「何それ? それって古いギャグ?」
「お前、いつの時代からこの世界にいたんだよ!」
そう、このネタは相当古い。こんなネタを和美が知ってる訳がない。
「私ってお笑いが好きなんだよね」
「質問の答えになってない!」
「ああ、お笑いDVDが好きだから鷲宮のツダヤによく行くんだよ?」
そしていらない情報をまたゲットした。
「まぁ、あれだよ。悟君を元に戻すと私たちが悟君の弱みを握れなくなるからだよ
。絵理沙が言ってなかった?」
ああ、そう言えばそういう事を絵理沙が言っていたな。
「でも、俺は魔法の事とか他人に話すつもりはないぞ?」
「ダメだよ。だって魔法使いの上層部のやつはこの世界の人間を信用してないもん」
和美はため息をついた。
「なんて酷い奴らだ」
「だよねぇ……まず男を女で生き返らせるとかありえないよねぇ」
「いや、それは絵理沙がやったから」
「あ、そっか!」
こいつは素でボケたのか?
「でもさ、君はちゃんと元の姿に戻してあげないとね~」
「そうだろ?」
「うん」
俺は真剣い頷く和美を見た。
羽生和美、お前はいい奴だよな。
こいつは理不尽な上層部に嫌気が差して反抗した。だから今の俺がいる。
そう言えば校長もこっちの味方なんだよな? だけど校長ってどんな奴だったっけ? 思い出せない。というか気にした事がなかった。
「そろそろ時間だね」
和美が携帯を見て時間を確認した。
時間か。そうか、綾香が戻ってくるんだよな、そして俺がついに綾香じゃなくなるのか。
なんか実感ないな。別の女になる……あれ? そう言えば……。
「和美」
「何?」
「俺が別の女になったらだけどさ」
「うん」
「俺は誰の家で生活するんだよ?」
そう、俺って今の生活は続けられないんだよな? そうなると俺はどこで生活するんだ?
生活用品だって用意しないとだし、どうするんだ?
今になって気がつくとか、俺ってダメすぎだろ……。
しかし和美は目をパチパチっとして普通に笑顔をつくった。
「とりあえずは私の所かな? 私と一緒に生活かなぁ?」
「へっ!? ちょっと待て!」
キョトンとしている和美。
待て待て! 一緒って軽く言うけど、って言うか俺は男だぞ? 女と同棲なんていいのかよ!?
これって同棲だよな……同じ屋根の下で生活だよな……うぉぉぉ!?
「悟君、何で顔が真っ赤なのかな?」
「い、いや、だから俺と一緒に生活とかダメじゃないのかって思って……」
「あー! もしかしてエッチな事を考えてる系!?」
蔑んだ目で和美が俺を見やがった。いや、まぁ正解なんだけどさ。
男だから妄想をするのは仕方ないんだよ!
「お前に言っておくけど、俺の中身は男なんだぞ?」
「そんなの知ってるよ?」
「だから、思考も男なんだぞ?」
「そうだねーそうじゃないと困るよね?」
「で、そんな俺がお前と一緒に暮らすとかいいと思うのかよ?」
「じゃあ、悟君は男と暮らしたいの?」
「えっ? 男と?」
俺が男と暮らす。そんな場面をちょっと想像してみた。
お風呂あがりの俺。それを見てムラムラする同棲相手。
最初は我慢が出来ていたけど、そのうち我慢が出来なくなる。
所詮は俺の中身は男だからきっとやらせてくれる。そんな事を安直に考える相手。
そして俺は寝込みを襲われる。抵抗するが抗えずに……。
最後までやられるだと!?
「和美……」
「なに?」
「男は簡便してくれ」
「でしょ~?」
和美は笑顔で俺の肩を叩いた。




