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ぷれしす  作者: みずきなな
ココロもカラダもそして俺たちも
133/173

133 終演へ向けてのプロローグ 前編

 いつの間にか寝ていたのだろうか?

 気が付けば俺は特別実験室のソファーにうつぶせていた。

 周囲を見れば暗い。どうやら夜になったようだ。


「さっきのは夢じゃないよな」


 ゆっくりと立ち上がって周囲を確認した。

 そこにはいつもの特別実験室があった。

 何も変わらない。何も変化がない教室があるだけ。

 やっぱり夢だったんじゃないかって思うほどに静かだった。


「帰ろう……かな……」


 俺は特別実験室を後にした。振り返るがもう部屋には誰もいない。

 鞄が置いてある教室まで重い足取りで向かう。

 幾度となく出るため息に欝な気分になった。

 ため息をつくと幸せが逃げるって言うけど、今の俺だと逃げまくりだな。

 いつか回収できるのかな? なんて下らない事を考える。


「あはは……」


 思わず笑いが出た。


「そう、これが現実なんだよな……そうなんだよな」


 ぶつぶつと文句を言いながら俺は廊下を歩いた。

 いっぱい泣いたはずなのにまた涙が出る。


「でも……やっぱりひどすぎだろ」


 右手で涙を拭うと目の前に影が現れた。

 ふと顔をあげるとそこには見覚えのある顔がある。

 記憶の底に残っているどこかで見た事がある女子生徒。


「お久しぶりだね、覚えてるかな?」


 声にも聞き覚えがあった。

 そう、この声は確か……。


「羽生だよ羽生和美はにゅうかずみだよ。綾香ちゃんにラブレター渡したよね? 覚えてない?」


 思い出した。毎月1日のお手紙の日に手紙をくれた女子生徒だ。一年先輩だったと思う。

 そうか、こいつが羽生和美なのか……。


「思い出したよ」

「そっか、そりゃよかった」


 ニコリと和美は微笑んだが、俺は笑顔で返すなんて出来なかった。


「ねぇ、ちょっと暗すぎじゃない?」

「悪いかよ……」


 俺は和美から視線を外した。


「別に悪くないけどさ、でもさ、仕方ないでしょ? もうそうなっちゃったんだし」


 俺はその言葉にまた怒りを覚えた。

 腹の中から何かが溢れるように出てくる。


「仕方ないだと!? こんな事になったのはお前ら魔法使いのせいだろ! なんだよ! 人を散々振り回しておいて勝手にいなくなるとか、話が違うだろ!」


 和美は困った表情で唇を噛んでいた。

 でも、本当はこいつが悪い訳じゃない。こいつだって命令でここにいるんだ。

 絵理沙だって色々と事情を説明してくれたじゃないか。俺だって理解していたじゃないか。

 だから、俺が今やっている事は八つ当たりなんだ。

 そう実感だってしている。だけどさ!


「俺はどうすりゃいいんだよ!? もうわかんねぇし……」


 気持ちはぐちゃぐちゃに乱れまくっていた。

 どうしていいのか解らなくなっていた。


「綾香ちゃん、私は私たちのやった事を許して欲しいなんて言わない。私も今回の件はこっちの世界が悪いと思っているからね……でも、もう少しだけ我慢してほしい。私は絵理沙や輝星花と友達だった。だからこそ私は貴方とも友達になりたいし、貴方の為に頑張りたいから!」


 嘘じゃないだろう。和美の言葉は本当に強く優しい言葉だったから。

 でも素直に受け入れられない俺がいた。

 もっと落ち着けば話だって聞けるのかもしれない。

 だけど今日の俺はダメだ。


「今度……またゆっくり話してくれないか」

「あ……うん……」


 俺は意気消沈している和美の横を通過して教室に入る。

 鞄を取るとまた和美の横を通過してゆっくりと下駄箱に向かった。

 ちらりと横目で見ると和美は心配そうに俺を見ていた。

 俺はそのまま廊下を歩く。

 廊下には蛍光灯がついているが少し薄暗い。俺の足音だけが響いている。


「はぁ……」


 またため息が出る。

 もう今日は誰とも会話をしたくない。なんて思っていた俺だけど、一年の下駄箱に入ると一気に焦りが体を支配した。


「だ、大二郎!?」


 そこに立っていたのは大二郎だた。

 そうだ、確かに待ち合わせはしていたんだった。俺がすっかり忘れていたんだ。

 下駄箱の時計を見ればもう7時だ。あれから3時間は経過してる。

 こいつ、こんなにここでずっと待っていたのかよ。


「よぅ」

「こ、こんばんは」


 後ろめたい気持ちでいっぱいになるが、でも今日の俺はもうこれ以上は話しをしたくない。

 大二郎には申し訳ないけど、もう話しをしたくないんだよ。


「綾香、遅かったじゃないか」

「あ、えっと、ごめんなさい」


 大二郎は怒っている様子もなく、それどころか心配している様に見えた。


「まぁいいよ。お前が無事ならさ」

「あはは、学校で何もないでしょ」


 俺は大二郎の横を通過して自分の下駄箱に上履きを入れる。

 そして、靴を取り出すとそのまま玄関へと向かった。


「申し訳ないけど、話は別の日にして下さい……」


 俺は顔を俯いたまま大二郎の横へと差し掛かる。

 横を通らないと外にいけないから仕方ない。


「おい、綾香」


 俺を呼び止める大二郎。でも、俺は振り向かない。


「おい!」


 ぐっと左肩が掴まれた。そう、大二郎にだ。

 大二郎が俺のあまりの対応に肩を掴んできたんだ。

 そりゃそうだよな。ここまで待たされてこの対応だ。腹が立つよな。


「何で逃げる?」

「逃げてません」


 いいや、逃げていた。

 だけど……やっぱり逃げられないのか。

 ああ、そうだ。そうだよ、だったらここでハッキリすればいいんじゃないか。

 俺が大二郎にきちんと伝えておけばいいんだ。

 綾香を頼ったりしなくてここで言えばいいんだ。


「あはは……」

「綾香?」


 ああ、そうだ。良い事を考えた。俺は明日から学校に来なきゃいいんだよ。記憶喪失後の経過が思わしくなくって欠席。最終的には記憶を再び喪失。

 そうだよ、戻ってくる綾香が事故後の記憶をなくしているんだし、これでいいんじゃないのか?

 いいんだよ! 別に俺の記憶を綾香に継承してもらう必要なんてないんだ。

 綾香が戻ってきたら俺は綾香じゃなくなる。別の人間になるんだしな。


「あはははは」

「おい、どうしたんだよ? 今日のお前はおかしいぞ?」


 ああ、俺はおかしいよ。すっげーおかしいよ。

 でもいい。もうそれも終わりだ。俺は綾香としての生活を終了させる。

 あはは、なんて良いアイデアなんだろうな。

 きっと学校なんて来なくてもさっきの魔法使いが俺の家にやってくるだろ。

 だって俺を別人にしなきゃいけないんだからな。

 説明もなしでいきなり別人にはしないだろうしな。

 よし、とりあえず大二郎の件は終わらせよう。


「ねぇ先輩」

「なんだ? どうした?」


 俺はゆっくりと振り向く。

 目頭がすごく熱くなっている。

 まったく、今日はもう泣いてばかりだな。男なのに最悪だよ。


「大事なお話があります」


 大二郎は眉間にしわをよせて表情を強張らせた。


「な、なんだよ?」

「えっとですね、私は病気で明日から学校には来れないのです」

「びょ、病気!?」

「そうです。ちょっと脳内に傷がみつかったみたいで、それを治すんです」


 俺は自分の頭をこつんとたたいた。


「そ、それって大丈夫なのか? 死んだりしないよな?」

「縁起でもない、私は死にません。ただ、記憶が死んじゃうんです。事故からの記憶がなくなるんです」

「な、なんだと!?」

「そういう診断がすでに出ているんですよね」


 俺は頑張って笑った。大二郎はわなわなと体を震わせている。


「う、嘘だよな?」

「いいえ、嘘はつきません。こんな嘘をついてもメリットなんてないですしね」


 大二郎に動揺に色が濃く出ていた。焦り戸惑いに視点が定まっていない。

 でも、それでも俺は言い切らないといけないんだ。嘘を。


「ど、どうにかならないのか?」

「どうにかなればいいのですけど無理なんです」

「じゃあ、俺とお前との想いでも消えるっていうのか?」

「そうですね……うん、消えちゃうかな」

「うぐぐ……」


 大二郎が頭を抱えた。額には汗が滲んでいる。


「先輩、あと先輩にだけは言っておきますね。私は桜井先輩とは本当は付き合ってませんよ? そうそう、病気の件はまだ誰も知りませんので、言わないで下さいね?」


 大二郎の顔がすごく歪んだ。


「そ、そんな馬鹿な……嘘だって言えよ」

「あと、本当の事を言うとですね、私は先輩が好きでした……でもどうせ忘れてしまうから……そんな気持ちは忘れてしまうから。事故から今までの私はいなくなるから……言いませんでした」


 今度は大二郎の顔色が青くなる。


「な……なんだよそれ? じゃあ俺は綾香とは両思いだったって言うのか?」

「そうですね……その寸前だったのかな? まだ本当に恋心なのか自覚してなかったので」

「い、今はどうなんだよ? 俺を好きなのか?」

「そうですね……どうなんでしょう?」


 どうなんだ? 俺の女としての部分さん。

 お前は大二郎が本当に好きなのか? 本気で好きなのか?

 今ならお前の意見を聞いてやるよ。


「えっと、私の手を持ってもらえますか?」


 俺は右手を差し出した。

 きっと大二郎に触れられれば女としての俺が出てくるだろうから。

 女性化のリスクはあるけど、だけど綾香として大二郎と話すのは今日で最後なんだから。特別だぞ? 女の俺。


「お、おう!」


 大二郎のゴツゴツした両手が俺の右手をしっかり握った。

 瞬間的に痺れるような感覚が体に流れる。

 体の中心から溢れるような熱い想いが溢れた。

 心臓はドキドキと鼓動を初めてまともに大二郎をみられない。

 顔が熱い。胸が苦しい。そうか、俺の中の女の部分はやっぱり大二郎が好きだったんだな。


「先輩、答えがわかりました」

「お、おう!」

「私は先輩が好きです!」


 頑張って笑顔で言い切った。すると大二郎は俯いて体を震わせた。


「おお……おおおおおお!」

「だけど、うん、この言葉も想い出として先輩の心にとどめておいてください。一瞬だけど存在していたこの姫宮綾香という存在も忘れないでください」


 大二郎はもう言葉が出なくなっていた。俯いて動かなくなっていた。


「お願いだから嘘だって言ってくれよ!」


 大二郎に似合わない小さない声。


「嘘じゃないとは言いきれます! ここにいる私は消えるんです!」


 そう、こう答えるしかなかった。


「くっそ……」


 でも、これで踏ん切りもつけられた。

 色々あったけど、これでリセットされるんだよな。

 正雄には家に戻ったら電話で言っておこう。

 きっとアイツは怒るだろうな。でも仕方ないな。

 そうだ、正雄に真理子ちゃんの事も伝えておこうかな。

 どういう反応をするか楽しみだな。

 で、大二郎は……。


「くそ……くっそぉぉぉ!」

「先輩、ごめんなさい」

「謝るな!」

「謝ります。だって今のこの私は完全に消えるのですから、だから今しか謝れない

。また戻ってきた私は私じゃないんですから」

「すまなかった……」

「えっ?」

「俺の方こそすまなかった。色々と強引だった。でも、俺も覚えておいて欲しい。お前は……この綾香は消えるのかもしれないけど、だけど俺がお前を大好きだったって事を覚えておいて欲しい……」


 急激に胸に熱いものがこみ上げてきた。

 絵理沙や輝星花が倒れたのもつらかった。

 でも、大二郎と別れるのもやっぱりつらい。

 そりゃそうだ。俺の女の部分はこいつが好きなんだからな。


「大二郎」

「なんだよ」

「最後のプレゼントをあげます」

「えっ?」

「しゃがんで下さい……」


 ここまで言えばわかるだろ。

 ごめんな綾香。綾香をちょっと汚れものにする。

 だけど、この体は俺のだし、俺の中の女がマジでこいつ好きだったから許せよな。


「こ、こうか?」


 真っ赤な顔になっている大二郎。

 まったくもって初心だなこいつも。

 まぁそういう想像するのもわかるよ。

 こんなお願いをすれば目的はそれとしか思えないしな。

 でもな? 残念ながら口はないぞ? しないぞ?


「言っておきますけど、頬にですからね?」

「えっ!? あ、ああ……」


 真っ赤な大二郎の声のトーンが下がった。

 お前はエロすぎだろ! 俺はゲームのヒロインじゃないんだぞ? って、まぁ男だから仕方ないよな。


「あのぉ、目を一応だけど瞑ってください」


 何気に見られるのは恥ずかしい。


「わ、わかった」


 大二郎は瞼を閉じた。

 よし、一世一代の男の頬への初キスだ! 頑張るか! って何を頑張るのかわかんねぇけど。


「じゃあ、これでさようならですね」


 俺はそっと唇を大二郎の頬へ近づけた。と思ったら躓いた。ここでかよ!

 やばい、何だこのエロゲのテンプレ的な展開!? って思ったらもう遅かった。


「チュ」


 頑張って大二郎の体を持って体制を立て直そうとしたのも悪かったし、大二郎が慌てて顔を戻したのも悪かった。

 俺は体制を崩して大二郎の唇に唇を触れさせてしまった。

 いや、キスと言えるものじゃないけど、触れただけだけど……。

 でもやっぱりこれってキスなのか!?


「なっ!?」


 大二郎がいきなり目をカッと見開く。怖いぞお前は!


「わ、忘れろ! 絶対に忘れろ!」


 思わず男口調になったけど、そんなの関係ねぇ!

 くっそ、なんて大失敗をしてしまたんだ。

 顔が熱くて仕方ない。はずかしい!

 しかし、誰も見てなくってよかったよ。


「忘れるとか……無理だ!」


 ですよね~。


「じゃ、じゃあ……絶対に人には言わないでくださいよ。もちろんまた戻ってきた時の別の私にもです」

「わ、わかった」


 俺は大二郎に背を向けた。


「じゃあね、大二郎! 今まで楽しかったよ! また……または無いけど、新しい私になっても優しくしてあげてね!」


 俺は大二郎の返事も聞かずに駆け出した。

 暗くなった外を俺は駐輪場へと向けて走った。

 すでに駐輪場には自転車はほとんどなかった。

 俺は急いで自転車に跨ると思いっきり漕いで戻った。


「落ち着け悟、いいじゃないか、綾香が戻ってくるんだ」


 そう言い聞かせて暗い田んぼ道を駆け抜ける。

 走っている最中にまるで走馬灯のように色々な想い出がよみがえった。

 綾香が事故にあった事。

 絵理沙に殺された事。

 生き返った事。

 野木が俺の胸を揉みまくった事。

 大二郎に告白された事。

 輝星花の正体を知った事。

 茜ちゃんの涙。

 佳奈ちゃんの優しさ。

 真理子ちゃんの恋心。

 複雑なキス……。


 でも、もうそれはすべて想い出だ。

 俺は別の人間になるんだ。そして綾香が戻ってくる。

 あ、そっか。綾香は事故後の記憶が消えているけど事故前の記憶はあるて事だよな?

 じゃあ、俺が悟だって解ってくれるか? 理解してくれるのか?

 俺が綾香の代わりに頑張ったって話をしてもいいのか?

 それは羽生にでも聞いてみよう。とりあえず今は……


「姫宮綾香! 今までお疲れ様でした!」


 はぁ……自暴自棄に言葉にしても全然お疲れ様になんねぇな。

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