132 渦巻く陰謀と双子の未来 後編
「輝星花が男として育てられた理由はただ一つ。輝星花は本来ならこちらの世界で生まれるべき存在だったから。何かあった時の為に輝星花は男として育てられた」
汗が止まらない。胸が苦しい。
それでも俺はここでもういいなんて言えない。
「それを輝星花は知っているのか?」
俺は懸命に言葉を発する。絵理沙はゆっくりと首を振った。
「マ、マジか……」
輝星花はこの事実を知らない……。
俺はスヤスヤ眠る輝星花をじっと見た。
彼女にこんな過去があったなんて……俺は気づかなかった。でもそれが普通だ、だけど……だけどさ。
「今回の飛行機事故は魔法世界が故意に関わった事故なの。そして輝星花がこの世界に来たのも魔法世界の実験のため」
「実験? 実験ってなんだよ? じゃあ俺たちはその実験に巻き込まれたのか?」
「そうね、考えなくても飛行機事故で死者がいないはおかしいと思うでしょ?」
「ああ、おかしい。おかしすぎる」
「なのに大量の行方不明者が出てる」
「ああ、すごくおかしいよ。それはこっちの世界の人間だって思っている事だ」
報道ではありえないと何度も繰り返していた。
しかし、現に人間が消えていなくなっていた。
世間では宇宙人が攫ったとか色々と変な報道すらされていた。
そうか、そうだよな。結局は魔法かよ……。
「私が魔法薬の実験で失敗して貴方を殺してしまったのもおかしい」
「そうなのか?」
「うん……魔法実験の失敗はあるわ。でも、死者が出るのって万が一くらいの確立だもの。それもあんな狙ったような爆発が起こる事ってないわ」
「そ、そっか」
「あと、何で今まで離れて暮らさせていた輝星花を監視役として呼ぶのか。私と輝星花の仲もよくないって知っていてわざわざ呼ばなくてもいいのに」
「なるほど……」
「まだあるの、行方不明者を魔法使いが本気になっても探し出せないとかおかしすぎた。私たちが総力を挙げても見つけられないなんて……。でも結果は行方不明者は魔法世界にいたのよね」
聞けば聞くほど矛盾点がいっぱいだった。
確かにおかしい事だらけだった。
「私は色々と調べていたんだけど、魔法世界がこっちの人間を本気で隠せば私でも気がつけないから。まぁ私は魔法を封印されていたから調べるにも限界があったんだけどね」
言葉が出ない。なんて言えばいいのかわからない。
「あとね、魔法世界の人間は貴方を元に戻すつもりはないわ。悟が元に戻ればあなたは自分が魔法で姫宮綾香だったと言い触れる可能性があると考えているから。魔法世界の人間はあなたの弱みを永遠に握っていたいと思っているの」
「な、なんだよそれ?」
「だから、上層部の考えではあなたは男には戻さない予定だった。万が一あなたが自分が悟だと言っても、DNAすら変化しているから気が狂った少女扱いになるだけ」
「なんだそれ!? 酷いじゃないか」
「そう、酷いよね……」
一気に崖から突き落とされたような精神的なダメージが俺を襲った。
戻れない? 話が違う。なんだそれ?
俺は一生このままなのか? いや、待て!
「じゃ、じゃあ綾香が戻って来る件はどうなるんだよ? 本当に戻ってくるのか? 戻ったら俺はどうなるんだ?」
絵理沙は悔しそうに顔を顰めた。
「綾香さんは……事故後の記憶を消されている状態で戻ってくる予定よ。魔法世界での記憶をすべて消した状態でね」
「綾香が……記憶を操作されるのか?」
「そうね。そして貴方は……羽生和実に形成変換魔法をかけられるの」
「形成変換!? なんだそれ」
「さっき男には戻さないって言ったけど、それは悟に戻さないだけなの。でも綾香さんは戻ってくる。だから悟は別の女の子にされるの」
一気に体の血液が引いてゆく感じがした。
寒気と同時に体が震える。崖から落ちたら奈落だった。こんな感じだ。
「な、なんだそれ?」
絵理沙がそっと俺を抱きしめてくれた。
震える体を優しく覆ってくれた。
暖かい。震えがすこしだけ和らぐ。
「悟、ごめんなさい。私も輝星花も今まで気がついてなかった」
「絵理沙、俺は……」
「それで、ここからがもう一つの重要な話なの。つらいと思うけど聞いてくれるかな」
「わかった……話してくれ」
ここまで来てもう聞かないはない。俺は震える声でそう答えた。
「ありがとう……」
絵理沙の顔は見えない。抱かれて顔をうつぶせたまま話を聞く。
「私が今ここで話した内容は聞かなかった事にして欲しいの。そして今から起る事すべてを受け入れて欲しいの」
「な、なんだよそれ?」
「姫宮綾香さんが戻ればあなたは綾香じゃなくなるわ。魔法でまた違う人間にされる。それでも悟には受け入れて欲しい。我慢して欲しい」
「なんでだよ? どうしてだよ?」
「約束するから! 私はきっと戻ってきて悟に戻すから! だから今は受け入れて欲しいの!」
「で、でも……」
「今の私には何の権限もない。魔法世界の上層部がどうにかできるはずがない。でも、この実験が終われば上層部の人間も今回の事に関心がなくなるはず。だから、時期を見計らって悟を戻しに戻ってくるから!」
「いつ……まで? いつまで待てばいいんだよ?」
「そうね……一年か二年か……もっと先か……でも絶対に戻るわ」
「そうか……」
「あと、一応は伝えておく事がもう一つ」
「えっ? まだ何かあるのか?」
「私が魔法で調べたんだけど、輝星花はもう殆ど人間になっている。もう自力で魔法回復も出来ないし、魔法もほとんど使えなくなっている」
「えっ? それってどうなるんだよ? 輝星花はどうしたんだよ?」
「言ったよね? 輝星花は本当はこちらの世界で生まれるべき存在だったって」
「ああ……だから? だから魔法が使えなくなるのか?」
「そうよ。輝星花は本来は人間。でも生まれた世界が魔法世界。輝星花の存在自体が矛盾した存在だったの」
「よくわかんねぇよ」
「世界はね、間違ったものを正そうとする力を常に働かせているの。だから輝星花はこの世界に強制的に人間化させられそうになっていた」
「な、ん、だ、と?」
「上層部の人間は魔法世界で生まれたこの世界の人間が、こちらの世界戻っても対応できるかを見てみたかったの」
「なんだよそれ……本当に実験じゃないか! 最低じゃないか」
「うん、最低だよ。でも私たちには何も出来なかったわ」
「じゃあ輝星花はどうなるんだよ?」
「……任せておいて。私がどうにかするから」
そっと絵理沙は抱擁を解くと俺の瞳をじっと見た。
潤んだ瞳に桜色に染まった頬。
俺の心臓は鼓動をすごく高める。
「ごめんね、複雑で嫌な話をしてしまって……」
「いや、ありがとう。話してくれて」
「うん……で、私は悟が好きだよ」
「えっ? えぇぇ!?」
ここでまた告白されたとか予想外すぎだろ!?
「私は人間と魔法使いのハーフだから。だから私と悟が結ばれてもおかしくないわ」
「あ、あのぉ?」
いや、もう何か色々と話をされまくって脳内が混乱しまくって、それで思考がまわらない。
でも告白を受けちゃダメだってなんとなく理解は出来る。
いやいや、なんとなくじゃなくって受けちゃダメだろ?
俺は人間だし、本来は人間と結ばれなくちゃだし、だから俺には茜ちゃんが……茜ちゃん……でいいのかな。
「なんてね♪ もういいよ。今は結論はいらない」
「えっ!?」
「こんな状態じゃ答えなんて出ないでしょ?」
「あ、ああ……」
俺は動揺した気持ちを抑えようと目を瞑った。そして冷静に考える。
要するに、絵理沙は俺を元に戻すために上層部とは違う動きをしようとしてくれているんだ。
だけど、いきなり反抗なんて出来ないから俺に別の人間になる事を受け入れて欲しいと言っているんだ。
今の俺じゃどちらにしてもどうしようもない。
自分で元の姿に戻れもしない。魔法が使える訳じゃない。
ここは嫌でも絵理沙の提案を受けるしか選択肢はないんだ。
正雄の件はどうしよう。
せっかくあいつも俺の事を考えてくれているのに。
でも、偽装カップルをわざわざしなくてよくなるんだし、よかったのかもな。
真理子ちゃんだって俺と正雄つきあわない方がきっと良いはずなんだ。
そうだ、大二郎はどうしよう? あいつもどうするかな?
無視する? それが一番か? 綾香にはなんとかしてもらって断ってもらうしかないな。
そんなに都合よく行くかわからないけど、でも大二郎とは無理に接点を取るのは綾香が戻るまでやめておこう。
で、俺は綾香が戻るまでどうすればいいんだ? 大人しく綾香として生活するしかないのか?
そうだ、どうやってバトンタッチするんだ? 記憶の引継ぎとかできるのか?
ああ、冷静になろうとしたのに余計に混乱してきた。
「そんなに悩まないでも大丈夫だから。和実はああ見てても面倒見は良い子だから。あの子に任せて」
「和実って?」
俺は瞼を開いた。
「そう、羽生和実よ。今回私に色々と教えてくれた一人」
「教えてくれたって? いや、それっていったい誰なんだよ?」
「私と同じ魔法使いよ。今後は悟のサポートもしてくれる。悟とも面識があるはずよ」
しかし脳裏のそんな名前の女子は浮かばなかった。
「心配するなとは言い切れないわ。だけど心配しすぎないで。彼女には色々と託したから、大丈夫だからさ」
「そんな事を言われても……」
「あとさ、悟君ありがとうね」
「何がだよ」
「私に恋を教えてくれたお礼だよ。すっごくドキドキしたよ」
絵理沙は俺から離れるとこれでもかって言うくらいに可愛く微笑んだ。
こんな表情をされたらどんな男だってイチコロじゃないのか? なんて思ってしまう。
でも、なんで俺にこんなにお礼なんて言うんだよ?
和実に託したとか言うんだよ。色々と一気に話すぎだろ。
「悟、さっきも言ったけど、告白の返事は今は聞かないわ」
また告白の話に戻るのか?
正直脳内回路がぐちゃぐちゃで思考ルーチン崩壊しそうだ。
「あのね? さっきの物語じゃないけどさ、今の私が父と同じ立場かな? 私は悟に告白をして魔法世界に戻るんだよ」
「おい、ちょっと待て! 戻るってなんだよ……さっきはいつかみたいな事を言ってなかったか!?」
まさかこいつすぐに魔法世界に戻るのか? それはないよな?
「うん、今決めたの。すぐに戻るって」
「待て! 待て待て!」
「待たないわ。だってもうここに居るのがつらいから。輝星花だってつらいはずだから。あと……やらなきゃいけない事を思い出した」
「いやいや、俺が納得してないんだよ!」
「しなくていいよ?」
「なんでだよ!」
「私って悪い女だからね。勝手に悟を殺して、勝手に悟を好きになって、勝手に去ってゆくんだから」
「俺はもう怒ってないって言わなかったっけ? 別に殺した事をもうどうこう言わない!」
「そっか、それでも私は魔法世界に戻るわ」
「くっ……」
「でも、お土産は欲しいかも……」
絵理沙は満面の笑みで俺の両頬を固定した。
まさかこいつ!? キ……!?
「んっ……」
そのまさかだった。
絵理沙は俺の唇を奪いやがった。
「な、な、な、なにするんだよ!?」
「お別れの挨拶かな?」
突然俺の胸が熱くなった。
何かが俺の体内で燃えるように熱くなっている。
これは恋心? いや違う。物理的に熱を感じているのだ。
俺は視線を下げる。すると胸からゆっくりと黄色いカードが出てきている。
「これは回収しておくね」
「こ、これって」
「貴方に入れた私のカードだよ。わぁいっぱい貯まってるね」
「おい、マジで戻るのかよ? 冗談じゃないのか?」
「こんな事を冗談で言えない」
絵理沙は笑顔のまま立ち上がると輝星花の横まで歩みよった。
そして、何を言っているのかわからない呪文を唱える。
「え、絵理沙!? まさか輝星花も一緒に戻るのか!?」
「うん、輝星花は魔法世界に戻さないと危ないからね」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は輝星花に何も言ってないんだぞ!? おい絵理沙!」
俺は咄嗟に立ち上がったが、すでに遅かった。
絵理沙と輝星花は激しい光に包まれるとそのまま消えてしまった。
ふっと一気に周囲の感じが元に戻る。
何事もなかったかのように俺の目の前に輝星花の寝ていたはソファーがあった。
俺は慌ててソファーに駆け寄ると、ソファーには温もりが残っている。
「い……いきなりすぎだろ! なんだよこれ!」
俺は怒鳴りながらソファーを叩いた。
「何が大丈夫だよだ! 何が和実に任せろだよ! 何がいつか悟に戻しに戻って来るだよ! お前は言いたいだけ言って魔法世界に逃げただけじゃないか……輝星花まで一緒とか最低だろ!」
悔しさと怒りが入り混じって俺を暴れさせた。
「結局は俺は置き去りかよ! 俺は一人でこの世界に残されるのかよ! 女性化はどう対応すればいいんだよ! マジ最悪だ! 最低だよ!」
悔しい。そして寂しい。つらい。酷くつらい。
やばい、もうダメだ……。俺はダメだ……。
「うわぁぁぁん」
俺は大声で泣いた。
人との別れがこれほど辛いと思った事がない。
絵理沙と輝星花の双子姉妹はそれほどまでに俺には必要な存在だったんだ。
それを今更になって実感した。
でも……もう遅い。
「なんでだよぉ! ふざけるなよ!」
ダンダンと何度もソファーを叩く。
現状が変わるわけでもないのに俺が手が真っ赤になるまで叩いた。
「絵理沙……輝星花……」
そして俺の意識はだんだんと遠のいていった。




