131 渦巻く陰謀と双子の未来 中編
ガタガガタ!
俺は特別実験室の前で焦っていた。
さっきまで開いていたはずの扉が開かないからだ。
「な、なんで閉まってるんだよ」
周囲を気にしつつ、懸命に扉を引くがびくともしない。
確実に中から鍵がかかっている状態だ。
だけど俺が出た時には絶対に開いていた。っていうか開いてないと出れないだろ。
まさか輝星花が目を覚ましたのか?
「おい、開けてくれ!」
声を張り上げないように、周囲に気をつかいながら扉を叩いてみた。
もしかすると本当に輝星花が意識を取り戻して鍵を閉めた可能性もある。
鍵を閉めたまま、また寝てしまったのかもしれない。
色々な可能性を考えなら扉を数度叩いた。
【ガチャリ】
すると、特別実験室の扉が開いた。
「……輝星花なのか?」
ゆっくりと中に入る。
すると中央付近に人影が見えた。
「輝星花か?」
しかし返事はない。俺はよく目を凝らして見る。
「えっ!?」
思わず声が漏れた。そう、俺の目の前に立っていたのは輝星花じゃなかったからだ。
俺の目の前に立っていたのはさっきまで探しまくっていた絵理沙だった。
「絵理沙なのか?」
「おかえりなさい、悟」
おかえりなさいじゃないだろ。と心の中で文句を言う。
しかし、ここに来ているとは予想外だった。
どうりでマンションにも学校中にもどこを探してもいないはずだ。
ほっと胸を撫で下ろしたが、しかし納得がいかない。
「なんでここに絵理沙がいるんだよ! すっげー探したのに!」
「何よ? 私がここにいちゃだめなの?」
絵理沙は機嫌が悪いのか、睨むように俺を見ている。
「ダメじゃないけどさ……」
「じゃあ、いいでしょ? 私がどこにいようが」
「それはそうだけど……って、今はお前と言い合ってる暇はないんだよ。あれだ、輝星花が大変なんだ」
俺は慌てて輝星花を見た。すると輝星花は普通に寝息を立てているじゃないか。
「あれ?」
顔色も元に戻ってるし、表情も普通に戻っている。
「ああ。輝星花ね」
「もしかしてお前が治したのか?」
「ええ、さっき私が薬を飲ませたの」
「薬? 薬って……まさか輝星花は病気なのか?」
そう聞くと絵理沙はソファーに横になった輝星花の頬にそっと右手を当てた。
「そうね……今はちょっと調子がわるいみたい。でももう大丈夫よ」
「そっか……輝星花のやつ調子が悪かっただけなのか。それならそうと言えばいいのにな。ふぅ……」
緊張の糸が切れたのか、一気に疲労感が俺を襲う。ちょっと走りすぎた。
「絵理沙、俺はすこし休むよ……疲れたし」
そして俺は輝星花たちのいるソファーの対面にあるソファーに座った。
「よかったよ……輝星花が無事でさ」
無意識にそんな言葉が出た。
「そうね、今はね……」
ドキッとする言葉を絵理沙が発した。
「えっ? 今はってどういう意味だよ?」
「別に……私たちの問題だから気にしなくていいわ」
何故だか沈んだトーンで絵理沙はうな垂れた。
「待てよ、そんな事を言えば気になるに決まってるだろ?」
「そっか、そうよね。でも気にしたら負けって言うでしょ?」
「な、なんだそれ?」
「クラスの男子が言っていたから、なんとなく言ってみたの」
絵理沙は元気のない笑顔でそう答えやがった。
見ててわかる。何かあるのは絶対だ。
いったいこいつは何を隠してる?
「絵理沙、俺には話してくれないのか?」
すると絵理沙は真剣な表情で俺を見た。
あまりの真剣な表情に俺は気押しされる。思わず唾を飲み込んだ。
「覚悟はあるの?」
「覚悟?」
「そう、聞いたら戻れない。そんな感じだよ?」
俺は再び唾を飲んだ。
でもここで「やっぱやめた」なんて言えるはずがない。
「わかった、覚悟を決める」
「そっか、わかった」
絵理沙は小さく息を吐いた。
ソファーでは輝星花が今も寝息をたてている。
「じゃあ、話すからね? 本当にいいのね?」
「あ、ああ」
「これはとても重要な話だから……覚悟して聞いてよね」
「重要なんだな……」
その言葉が俺の心臓は緊張を高めた。
嫌な汗が額や手のひらに滲む。
でももう後には引けない。
こいつがこんなに真剣な顔をしてるんだ。本当に重要な話なんだろうし。
「まずは、悟君、ありがとう……」
そしていきなりお礼を言われた。頭を下げられた。
何でここで俺にお礼をするんだ?
一気に俺を不安が襲い掛かる。説明はできないけど、だけど何か不安だ。
「べ、別にお礼なんていいから本題はなんだよ?」
すると、絵理沙は両手を上に向かって広げた。
「な、なんだ?」
絵理沙が理解できない言葉を羅列する。呪文なのか?
すると絵理沙の体はほのかに光を帯びた。
そして、いきなり周囲の感じが変わった。
何がかわったのかは説明できないが、ともかく空気が変わった。
「お前、今なにしたんだ?」
「結界を張ったのよ」
「結界!?」
「そうよ、今から話す事を誰にも聞かれたくないし、今から私がする事もバレたくないから」
「お前、何をしようとしてる?」
絵理沙は何も答えずにゆっくりと歩み寄ると俺の手を取った。
「こっちに来て」
俺はそのままついてゆく。
「そこに座って」
そして言われるがままに座った。
絵理沙も俺の横に座ると繋いでいた手に力を込めた。
「え、絵理沙?」
「私は今から重要な事を二つ伝えるわ」
「わ、わかったけど、なんで手を繋いだまま……」
「悟にはきちんと聞いて欲しいの」
こいつ聞いてねぇ!
「あのぉ? 絵理沙さん? 手がですねぇ……」
絵理沙の手が俺の手に絡む。そして右手がいつの間にか恋人つなぎになってやがる。
やばい、なんでここでこんな行動をする?
心臓がずっとドキドキとして、手の平にまで汗をかいてしまう。
「絵理沙さん?」
絵理沙を見ると瞼を閉じて深呼吸を始めてやがった。
おまけに恋人つなぎの手にも力が篭っている。
そんな動作を見てたら余計にこっちも緊張するじゃないか。
「あのぉ? 絵理沙さん? 本当になんでしょうか? この手」
絵理沙がパっと目を開いた。
「悟!」
「はひ!?」
おもわず焦って噛んだ。
しかし絵理沙は突っ込みをするどころか、噛んだ事をまったく無視している。
「私は悟が好き!」
そしていきなり告白された!?
いや、なんとなくそういう事は想像してなくはなかったけど……。
でも、ここで告白なのか!?
「え、絵理沙さん!?」
「あの夏の日から私はずっと貴方の事が好きでした」
あの夏!? えっ? 夏って俺を殺した日から?
「あ、あのさ、ちょっと意味が通じない部分があるんだけど? 夏って何?」
「気にしなくていいの!」
「よくないだろ!?」
「いいの! 私が勝手に好きになったんだから!」
「お、おい!?」
「悟っ!」
で、いきなり絵理沙は俺に抱きついた。
体が俺よりも大きめの絵理沙は、俺を優しく包み込むように抱いてくる。
「ねぇ聞こえる? 私の心臓が壊れそうに鼓動しているのが……」
聞こえていた。いや、伝わっていた。
俺の心臓もすごくドキドキしているが、絵理沙の心臓もすごくドキドキしていた。
体と体が触れ合った部分からドキドキが伝わってくる。
それにしても何で絵理沙はいきなり俺に告白なんてしてきたんだろう?
まさか、正雄と俺が擬似カップルになるって知ったからこんな行動にでたのか?
そうか、それが原因か?
「絵理沙、だから俺と正雄とは擬似カップルだから、俺は今は恋人なんて考えてないから!」
「擬似カップル? なんの事?」
「はいぃ?」
絵理沙さんは正雄と俺の擬似カップルを知りませんでした。
これって失敗してしまった感じか?
俺は絵理沙の顔色を伺ったが怒っている様子はない。ただ驚いてはいるようだった。
「桜井と悟って偽装カップルなの?」
「そ、そうだよ。とりあえず俺に悪い虫がつかないようにだな……うん」
「ふーん……でもそんなの関係ないわ」
うん、関係ないらしい。
「ねぇ、やっぱり私って恋愛対象として見れない?」
絵理沙の顔を見て唾を飲んだ。
恋愛対象として見れないのか? そう聞かれたが、ぶっちゃけて言えば見れる。
こいつは魔法使いの前に女だ。女をそういう目で見るのは男として当たり前だ。
でも、今の俺がそんな事を言っちゃだめなんだ。
「そういうのはダメなんじゃないのか? 俺は人間だし、お前は魔法使いだろ?」
俺がそう言うと抱擁が解けた。絵理沙から抱擁を解いてきた。
「絵理沙?」
絵理沙は小さくため息をついた。
「悟、聞いて」
「な、なにを?」
「私はこれからとある物語を語る」
「物語?」
「そう、とある魔法使いの物語よ」
いきなり理解のしずらい話に正直焦った。
物語ってなんなんだ?
俺はごくりと唾を飲む。緊張が走る。
今も俺の心臓はドキドキと鼓動を強くしている。
体には絵理沙の温もりが残っている。
で、手はいつになったは離すのだろう?
「一人の魔法使いの少女がいました。その魔法使いの少女は試練のために人間世界へとやってきました」
俺の緊張を余所に絵理沙はゆっくりと物語を語り始めた。
「その少女は人間世界にいる間に数多くの人に出会いました。その人たちと苦労し、笑い、泣き、なんとか試練の一年間を過ごします」
どうやら魔法世界の少女の物語らしい。
「そして、少女がついに魔法世界に戻る時でした……一人の人間の男性が少女に告白をしてきました」
……恋愛ものらしい。
「実は少女はその男性の事がとても好きでした。男性の心の色は暖かいオレンジ色で、彼女は彼に出会ってからすぐに恋心を抱いていたのです。ですが、魔法使いと人間は結ばれない。その常識が彼女を縛りました」
やっぱり魔法使いと人間とは結ばれないのか。
「彼女は彼の告白を断りました。胸に突き刺さるような痛みに耐えて断りました。そして彼女は魔法世界へと戻りました」
結局は悲恋の物語なのか?
でも、なんで俺にこんな話をしているんだ?
「魔法世界に戻った少女はずっとずっと彼の事が忘れられませんでした。そして三年の月日が流れます。彼女はとある事情で人間世界へと再び行く事になりました」
この展開って……。
「そして、彼女は不運にも彼に回り出逢ってしまいます。彼はすぐに彼女をあの時の少女だと気づきます」
なんかドキドキするなこの話。
「彼女は知らないと突き通してなんとか彼と離れようとしました。しかし、彼は諦めませんでした」
どうなったんだ?
「彼は彼女に再び告白をしました。『君が僕の事を忘れていてもいいです。だけど僕は君の事を忘れない。ずっと三年間想い続けていました。そして僕にはやっぱり君が必要だと思いました。君が好きです。ずっと一緒に居たいです』と」
おぉぉ……ヘタレな俺では考えられない展開だ。
「彼女の決心は彼の想いで打ち砕かれました。彼女の中に封印されていた三年間の想いが一気に解放されました。彼女は決心しました。そう、彼女の心は彼に奪われてしまったのです……そして……」
絵理沙はここで少し口ごもった。
ハッピーエンドになるだろう物語なのに、絵理沙は辛そうな表情になった。
何でそんな表情をする?
「そして、彼女は彼と結ばれました……二人は禁断の恋を実らせたのです……」
絵理沙は弱々しく微笑んだ。
ここで俺は考えた。と言うか思い出した。
輝星花が言っていた。魔法使いと人間は一緒になれないと。
でも、こいつの物語では人間と魔法使いが結ばれている。
まぁ、物語だからそういう設定なのかもしれないけれど。
「そして、二人の間には双子が生まれます。時間軸の違う世界の人間同士で結ばれた二人はお互いの世界に生まれるはずだった生命を魔法世界だけで生んでしまったのです。それも本来であれば男女という性別の違いがあるなのに、双子は両方とも女の子で生まれてしまったのです」
俺はこの一文で滝のような汗をかいた。
今の一文の双子という言葉が俺の目の前の双子姉妹とリンクしてしまったからだ。
まさか、ないよな? こんな創られた話が……。なんて心では否定する。しかし……。
「そうだよ、悟が思った通り、結ばれた二人は私の両親で生まれた双子は私と輝星花の事なの」
絵理沙の寂しそうな笑み。ぎゅっと握る手。
俺は今までで一番の衝撃を受けたのだった。




