130 渦巻く陰謀と双子の未来 前編
輝星花が倒れる十数分前のこと。
野木絵理沙は第二校舎の階段をゆっくりと上っていた。
「やっぱりおかしい……」
階段の途中で立ち止まった絵理沙は、自分の右手のひらを見ながら表情を強ばらせる。
グウ、パーと何度か繰り返して「ふぅ」と息を吐いた。
そして、右手の平を天井へ向ける。
「我の名に応じよ、魔界の炎よ、その姿を具現化させて我の前に現れよ……」
呪文の詠唱の後『ボッ』と手のひらの上に炎が現れた。
炎を見た絵理沙は慌てて手をグウにする。すると先ほどまであった炎が何事のなかったかのように消えた。
「やっぱり……なんで? どうしてなの?」
絵理沙は手のひらを再び見る。
私は確かに魔法を封印されたはず。
なのに最近になって魔力が戻ってきている気がしていた。
現に大魔法は使えないかもしれないけれど、さっきみたいな初期魔法なら使えるレベルにまで戻っている。
おかしい……私は悟君に魔法を封印するカードを入れているのに……。
どうしてこうなったの?
私に何がおこっているの?
「あれ? もしかして魔法力が戻ったのかなぁ?」
絵理沙の背後から声が聞こえた。女性の声だ。
絵理沙は慌てて後方を振り向く。
すると二階の廊下部分に立っていたのは絵理沙の知る人間、いや魔法使いだった。
「和美がなんでここにいるのよ」
眉を寄せて絵理沙は睨んだ。
立っていた魔法使いは【羽生和美】この高校の二年生だ。
「ねぇ、私は一応は先輩なんだけど?」
「あ、そうですか。で、何の用事ですか? 先輩」
絵理沙の嫌々な対応に和美は頬を膨らませて腕を組んだ。
「もうっ! つまんない女だね」
「別におもしろくなりたいなんて思ってませんから」
「あーあー、本当につまらないの」
和美は大きくため息をついた。
そんな和美を見ている絵理沙がぐっと歯を食いしばる。
「和美、私に用事があるなら早めに言ってくれる? 私も暇ではないから」
階段の途中で立ち止まった絵理沙は二階の廊下に立っている和美を睨んだ。
「もうっ、睨まないでよ、怖いなぁ。あと、先輩だって言ってるでしょ?」
「ふざけないで。何の用事なのよ?」
「まぁ、そうだね。単刀直入に聞くけど、絵理沙の体に異変っておきてない?」
「異変?」
絵理沙は自分の手のひらを見た。
「ごめん、聞くまでもなかったわね」
「そうね、一応先輩はさっき見たでしょ? 私が魔法を使ったのを」
「うん、しっかりね。あと一応が余計だから」
ニコリと和美が微笑む。
「だったら聞かなくても解るわよね」
「うん、でも一応は聞いてみたんだよね」
笑顔の和美。それに対して険しい顔の絵理沙。
まったく違う緊張感で二人は見詰めあった。
「用事は……それだけ?」
「ううん、違うよ?」
「違う? では、なんなの?」
「ちょっと……私と一緒に校長室に来てくれるかな?」
「校長室……に?」
「そうだよ……」
絵理沙は考える。
私が校長室に呼ばれたという事は魔法関連での大事な話があるって事だよね。
何だろう? 私に魔法力が戻った事が関係するのかな?
それとも……もっと違う何か?
「解ったわ」
「OK! じゃあ一緒にいこっか」
絵理沙は羽生和美と一緒に階段を下りて行った。
☆★☆★☆★☆★☆
校舎がオレンジ色に染まってゆく。
だんだんと日が傾いてゆく。
肌寒さを感じる人気のない校内を俺はひたすら走った。
心臓が苦しい。息も苦しい。もう立ち止まりたいと思った。
だけどここで立ち止まる訳にはゆかない。
あいつは俺のせいでこうなったんだから。
あいつが苦しんでいるのだから。
「くっそ、なんでいないんだよ!」
絵理沙はきっとマンションにいると思っていた。
だけど、行ってみたけど誰もいなかった。
絵理沙がマンションにいないという事はまだ校内にいるって事になる。
あいつは学校から出る事はない。
いまのあいつは監視されているのだから、勝手な行動はしないはずだ。
だけど見つからない。
あらゆる場所を探したがみつからない。
「まさか、体育館か?」
探していないのはグラウンドと体育館だ。
まさかグラウンドにいるなんて考えられない。
俺は急いで渡り廊下へと向かった。
ちょうど渡り廊下へと続く扉が開いている。
「ラッキー!」
勢いはそのまま渡り廊下へと入った俺だったが……。
『ガツン!』
「キャッ!」
俺は何かにぶつかってはじき返され、そのまま尻餅をついた。
「大丈夫か?」
男の声だ。俺は顔をあげる。
「なっ!? だ、大二郎」
「綾香!?」
そこに立っていたのは大二郎だった。
「大丈夫か、綾香?」
またしても呼び捨てだが、今はその文句を言っている場合じゃない。
そして、ここで正雄と付き合っていると言うべきタイミングなのだろうが、今はそれよりも優先な事がある。
今の大二郎の反応からすると、俺と正雄が付き合いだした事を知らないっぽい。
ここは無理して話すよりも、今回はスルーで次回に話したほうがいいだろ。
俺は伸ばした大二郎の手を掴んで起き上がった。
「先輩、すみません、よそ見してました」
「いや、いいけど、どうした? 体育館に何か用事なのか?」
「あ、はい、ちょっと人捜しをしてて……」
「人捜し? 誰を捜しているんだ?」
「いえ、大丈夫です。私で探せますから」
そう言って俺は大二郎の左横を……。
『ギュ』
「へっ?」
通過できなかった。
俺の右腕を大二郎がしっかりと掴んでいる。
「せ、先輩? 何ですか?」
「姫宮綾香、ちょっとだけ話をさせて欲しい」
真面目な表情で俺を見る大二郎。
その視線に俺の体中の穴から一気に汗が吹き出る。
心臓は心拍数を高めて顔が熱くなる。
やばい、これってまさか? でも絶対にそうだって訳じゃない。
ここで俺から話をふってバレる可能性だってある。だからここは……。
「え、えっと……今は時間があまりないんです」
頑張ってスルーだ! でも……無理か?
「……そうか」
と思っていたが、案外素直に大二郎は腕を放してくれた。
「先輩、また後で話を聞きますので」
この一言が余計だった。
「わかった、で、お前は何時に帰るんだ?」
テンプレートのような質問が返ってくる。
「えっと……あと一時間くらいで帰りますけど」
「そうか、わかった。そのくらいに下駄箱にいる」
やばいしまった。そう思ったけどもう遅かった。
ここまで言われてしまうと断れない……。
それにここで話を引き延ばす訳にはいかない。
「わ、わかりました」
俺はそう返事を返してその場を後にした。
☆★☆★☆★☆★☆
「あれって綾香?」
体育館ではちょうどバレーの練習をしていた茜。
その茜の目に入ったのは懸命に体育館内を走り回る綾香の姿だった。
こんな時期なのに汗を額に滲ませて何かを探している。
「綾香!」
大きめの声で呼んでみたが綾香はまったく反応しなかった。
そして、綾香は体育用具室へと入っていった。
「部長、ちょっとすみません」
「んっ? どうした?」
「いえ、綾香がそこにいたので」
「綾香? 姫宮さんか?」
「はい」
「で? 何してるんだい? あの子は」
「解りませんけど、だけどすごく険しい顔をしてたから心配なんです」
バレー部の部長である野田はすぐに笑顔になった。
「OK! 行ってこい。ただし、あんまり長くはずすなよ?」
「はい、ありがとうございます」
茜は勢いよく体育用具室へと入った。
「綾香?」
薄暗く埃っぽい体育用具室。中ではゴトゴトと音がする。
よく見れば綾香が跳び箱の一段目をはずして中を見ていた。
「か、かくれんぼなの?」
「へっ!?」
ここでやっと綾香は茜に気がついて振り向いた。
「あ、茜ちゃん!?」
「ねぇ、何してるの? こんな所で」
「いや、えっと……人捜し?」
そう言って苦笑する綾香。
「人捜しって……跳び箱の中に隠れる人なの?」
「いや、それはないと思うけど……」
おかしい、いつもの綾香と全然違う。
茜はすぐにそう感じた。そして綾香の手を引っ張って体育館へと戻す。
体育館へと戻るとすぐにバレー部のメンバーも寄ってくる。しかし、野田部長がすぐに練習に戻れと命令してメンバーは練習に戻っていった。
その場に残ったのは茜と野田部長。
「で、綾香ちゃん、誰を捜しているのかな?」
「うん、私でよかったら協力するよ?」
「あ、いや……えっと……」
まさに困った状況に陥った綾香。中身は悟。
この状況を打破するにはこの二人に正直に話すしかないのか?
でも、なんで探しているのか理由も聞かれるはずだよな。
理由? まさか輝星花の話題を出せるはずもない。
じゃあどうすればいいんだ?
困惑する悟。
そんな悟を見てさらに心配そうな表情になった野田と茜。
「話せない事なのかな?」
「言えないの?」
二人の顔がまともに見られなくなった。
後ろめたい気持ちが心を覆う。だけど……。
「ごめんなさい、言えません……」
「言えないって? なんで? 誰かを捜しているんだろ?」
野田先輩が眉間にしわをよせた。
「どうしたの綾香? 本当に変だよ? なんか変だよ?」
茜ちゃんがすごく心配して両肩を持つ。
でも言えないものは言えない。説明も出来ない。
ここは……もう……仕方ないよな……。
『ごめん、綾香、すこし嫌われるかもしれない』
悟は心でそう叫んで立ち上がった。
「綾香?」
「綾香ちゃん?」
「すみません! 心配してくれてありがとうございました!」
そう叫ぶと悟は野田と茜を放置したまま体育館を飛び出した。
☆★☆★☆★☆★☆
「ねぇ輝星花……なんでこんな事になったのかな?」
絵理沙は「ふぅ」とため息をついた。
「今日ね? 校長に聞いたんだ。色々な事をね……」
舌で乾いた唇をなめる。
「でもさ、私はすっごく納得できないの。魔法世界の実験のために……こっちの世界を巻き込むとかさ……輝星花もそう思うでしょ? それで私たちも実験台なんだって。納得できないよね」
絵理沙はソファーの上で眠る輝星花を複雑な表情で見ていた。
廊下側から夕日が差し込みオレンジ色に染まった特別実験室で絵理沙はまたため息をついた。
「輝星花、私はやめれるなら魔法使いをやめたいわ。それでずっとこっちの世界で暮らしたい……人間としてね」
絵理沙はゆっくりと輝星花の傍へと座った。
「ねぇ。私たちって小さい頃にずっと離れて暮らしていたじゃない。それって何でだろうなって思っていたんだよね。でもね、わかったの。なんで私たちが引き離されていたのか……」
そっと右手を輝星花の頬へと当てる。
「でもね、本当は私は知ってたんだよね。私たちの境遇って奴を……」
寝息をたてる輝星花の口へと白い錠剤を入れる。
「だけどね、それって逆に言えば可能性だと思ってたの。魔法世界住人とこっちの世界の住人との可能性だってね」
白い錠剤は輝星花の口の中で溶けてゆく。
「輝星花、校長から話しを聞いた私はあと少ししかこっちに居られないはず。きっと強制的に戻されるわ。だから私は決めたの、ちゃんとここでケリをつけるって」
先ほどまで悪かった輝星花の顔色が徐々に戻ってゆく。
「それにしても、私が気がついてないと思っているの? 私たちは双子なんだよ? だから言ったでしょ? いつかこうなるって……本当に輝星花はバカだよね」
絵理沙はゆっくりと立ち上がると一度深呼吸をする。
「違うわけ……私もバカだったわ」
そして、覚悟を決めたような表情で特別実験室のドアの方向を向いた。




