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ぷれしす  作者: みずきなな
ココロもカラダもそして俺たちも
129/173

129 異変の始まり

「なるほど、それで君はそんな表情をしているっていう訳なのかい?」


 輝星花は飽きれた表情で目を細めた。


「おい、もっと真剣に考えてくれよ」


 息を切らせて俺は特別実験室に飛び込んだ。

 教室に入ると輝星花はいつもの野木の格好じゃなくって輝星花の姿だった。それも白衣。

 正雄にでも見られたらどうするんだ? なんて思ったけどそれ所じゃなかった。

 俺はすぐにさっきあった出来事や悩みなんかをマシンガンのごとく輝星花に放したのだ。

 輝星花はきっと真剣に俺と一緒に悩んでくれたと思っていたのだが……。


「なんだい? 僕はいつでも真剣だよ?」


 なにがいつもだ。マジで真面目に真剣に俺の悩みを聞いて欲しいのに……こいつは……くっそ。

 さっき輝星花なら相談にのってくれると思った俺がバカみたいじゃないか。


「ふむぅ……べつに君を馬鹿にしてはいないのだけど?」

「お、お前、心を読んだのか?」


 条件反射的に両手で胸を隠してしまう俺。


「いやいや、読んでないよ? それに何で胸を隠すんだい?」

「……あ、いや……そっか」


 俺は両手を胸から下ろした。

 やばい、パブロフの犬みたいになってるな俺。


「で、でもあれだ! お前は危機感というか、緊張感というか、そういうのがないだろ!」

「うむ……そうだねぇ……」


 輝星花が腕組みをして瞼を閉じた。

 相変わらず蛍光灯がつけていない特別実験室は今日も薄暗い。

 輝星花の表情はなんとか確認できる程度しか見えない。

 しかし、なんでいつも薄暗い環境なんだここは? お前はヴァンパイアじゃないだろうが。って一度言うべきか?


「今日は電気をつけないのか?」


 俺の声に反応して輝星花は瞼を開いた。

 キョトンとした表情で俺に視線を送る。


「えっ? 照明かい? 別にそんなものは必要ないだろ?」

「いや、普通にここは暗いだろ?」

「そうかい? 僕は丁度いいと思うけどね? それとも君は自分の愛くるしい表情を僕にじっと見て欲しいのかな?」

「……いや、それはない」

「それでは、僕に自分の胸の成長を見せてくれるのかい? 出来れば直接がいいな」

「絶対ない! それにお前の願望が入ってるぞ!」


 俺は明るさを求めるのを諦めました。


「まぁ、冗談だけどね」


 輝星花は再び瞼を閉じると天井を仰いだ。

 こいつは何か考えているようには見える。

 だけど、何でだろう? やっぱりまったく緊張感がないというか、焦りがないと言うか……すごく俺の相談を軽く考えているように見えるのは気のせいか?


 十秒くらいの時間が経過して輝星花は「ふんっ」と息を吐きながら瞼を開いた。


「綾香君」

「なんだよ」

「まず、宮代さんの件だけど」

「あ、ああ! 何か良いアイデアあったのか?」

「いや、率直に言うと君が気にする必要は一切ないのではないかな?」

「えっ? 何でだよ?」

「理由は簡単だ。宮代さんはもう諦めたんだろう? だからだよ」


 軽くそんな事を言い放ちやがった。


「おい、何だよ? 真理子ちゃんが諦めたからってそれでいいのかよ? 真理子ちゃんは正雄が好きなんだぞ? なのに俺が正雄とつきあうとか、それも偽者カップルとか……普通にないだろ?」

「普通にないねぇ……では君はどうしたいんだい? 今さら俺と正雄は偽装カップルだったから真理子ちゃんに譲りますとか言うのかい?」


 輝星花は目を細めて鼻でふんっとまた息を吐いた。

 こいつは恋愛というものを馬鹿にしてるのか?

 こいつは真剣に人の事を考えてくれる優しい良いやつだと思っていたのに。

 俺が買いかぶりすぎてたのか?


「だから、何かいい解決方法がないかって……お前に相談したんじゃないか」

「そうだね……綾香君……ではなく今日は悟君と呼んでいいかな?」

「聞くな。好きにしろよ」

「では、悟君」


 いつもより低い声で輝星花は俺の瞳を見据えた。


「なんだよ」

「同じような事を言うが、僕はすでにその問題は解決していると思っている」

「なんで!? 解決してないだろ?」

「では、もう一度聞くけど、宮代さんと話は終わっているんだよね?」

「そ、そうだけどさ……でもっ!」

「悟君、最後まで僕の意見を聞いてもらっていいかい?」


 輝星花は俺の話に割って入ると、今度はさっきより真剣な顔つきで俺を見た。


「あ、ああ……話せよ」


 その表情に押されて俺は口を紡いだ。

 輝星花は三歩ほど俺に歩み寄るとソファーには座らずに立ったまま腕を組みなおす。そして俺を見下ろした。


「君は恋人同士という関係が長らく永久に続くとでも思っているのかい?」


 いきなりの質問に俺は何も答えられない。

 永遠? 恋人が永久? なんて考えていると輝星花は言葉を続ける。


「僕は思っていないよ。ましてや偽装カップルには永遠なんてない。それどころか始まってすらいない。それは君も理解できるよね?」

「まぁ……うん……そうだな」

「よろしい。あと言っておくと、偽装であろうが、普通の恋愛であろうが、綾香君と桜井君が付き合う事は別におかしい事ではない。そして、綾香君と桜井君がいつ別れてもおかしくはないという事にもなる」

「そ、そうかもな……」

「恋愛とはそういうものなんだろ?」

「まぁ……そうかもしれないけどさ」

「だったら気にしなくとも良いんじゃないのかい? 宮代さんは君に桜井君が好きだと教えた。だけど桜井君を嫌いになるとは一言も言っていないのだろう?」

「そ、そうか……確かにそうだよ。だけどさ……」

「悟君、宮代さんが君に桜井君が好きだと教えた理由はただ一つだと思うよ。それは君に自分も桜井正雄を好きだったと知っておいて欲しいかった。君に諦めて欲しいとか、譲って欲しいとか言いたい訳じゃない。自分の気持ちを教えておきたかったんだ」

「そ、そうだったのか……」

「そうだよ。後で自分が好きだったなんて知られたら君はきっと後ろめたい気持ちになるだろ? きっと宮代さんはそう考えて教えたんだよ」

「なるほどな……」

「どうだい? これでも、問題は解決していたと思わないのかい?」


 輝星花がニヤっと微笑んだ。自信満々な表情だった。

 確かに輝星花の言う事は正しいとは思う。

 真理子ちゃんは俺に正雄が好きだとは言ったけど、嫌いになるとは一言も言っていない。

 輝星花の言うとおりで俺に教えたのはきっと優しさからだろう。

 後から自分が好きだったと知って綾香が困るのであれば、最初から教えておきたい。

 きっとそうだったんだろうな。


「宮代さんは君が桜井君と別れたら告白するかもしれないだろ?」

「そうかな? まぁそうかもしれないけど……」

「なんだい? その歯に物が挟まったような納得できない表情は? まさかその理由は罪悪感なのかい? 君は偽のカップルだから申し訳ないとまだ思っているのか?」

「多少は……」

「では、最初からそんな事はしなければ良かったんだ。そんな事を企まなければよかったんだろ? なのにそれでも君は実行した」

「……う」

「今の君を見ていると僕はイライラする!」


 輝星花は正面から俺の目を見据えた。

 表情が本当に怒りに満ちている。

 いや、でも……悲しそうな表情にも見えなくもない。


「君は知っているかい?」

「な、何を?」

「本当に人を好きになったら……そう簡単に嫌いになんてなれないんだって事を」


 輝星花が唇を噛むと少し俯いた。


「お、お前、そういう経験があるのかよ?」


 思わずそんな事を聞いてしまう。

 なぜか俺の心臓がまた鼓動を早くする。


「僕がかい? わからない。僕は実際に本当の恋なんてした事はないと思っているからね」

「じゃあ、お前がそんな事を言いきれるのは何でだよ?」

「それは……ないと思っているのに、知らない間に僕の心を支配している異性がいたんだ。そういたんだ……過去にね」

「待て、って事は、輝星花が想いをよせていた奴がいたのか? お前に好きな奴がいたのか?」


 輝星花の恋愛話は初めてだ。

 こいつはきっと恋愛経験はないと俺は決めつけていた。

 だからだろうか? ものすごく動揺してる俺がいる。


「君は失礼だな! 僕はこう見えても女性だぞ! 無感情のロボットではない! でも……それは過去の話だよ。心配しなくていい」

「し、心配してないし!」


 俺はどこのツンデレだという反応をしてしまった。

 やばい、変な勘違いされたらどうするんだよ!?

 両手で頬を押さえるが、輝星花はそんな俺を優しく微笑んで見ているだけだった。

 少し頬を桜色に染めている輝星花。

 こう見ると、こいつは女性なんだと俺も再度自覚する。


「優しいな、君は」

「優しくないよ、別に……」


 どうやら輝星花の話は本当の事らしい。こいつがこんな場面で嘘を言う理由はない。

 でもビックリした。本当に驚いた。

 まさか輝星花に色恋沙汰があったとはな……。

 ……相手はどいつだろう? やっぱり俺の知らない奴なんだよな?

 魔法使いなのか? そうだよな? で、どんな男だ? どんな顔なんだ?

 俺より格好いいのか? ……って、何で俺が輝星花の恋愛を気にしてるんだよ!


「悟君、本当に人を好きだと自覚してしまったら……いくら自分で否定をしても嫌いになんてなれないんだ……僕はそう思うよ」


 ぐっと唇を噛んだ輝星花。そして小さくため息をついてく左斜め下へ俯いた。

 輝星花をこんな表情にさせる奴。なんかちょっとイライラした。


「知っているかい? 絵理沙は今でも君が大好きなんだよ?」

「な、なにを突然!?」


 ここでいきなり絵理沙の話題。

 俺の脳裏に絵理沙の顔が浮かぶと同時にドキンと俺の心臓が跳ねた。


「僕は諦めろと言ったんだけどね。それでもダメらしい。やっぱり君を嫌いにはなれないらしいよ」

「そ、そう言ってもさ……」


 輝星花の顔と絵理沙の顔を重ねる。そして最近の絵理沙を思い浮かべる。

 今はすっかり普通の態度に戻っていた絵理沙。どう見ても俺を好きにだなんて見えない。

 俺は吹っ切れたのかな? なんて思っていたけど……。どうやら違っていたらしい。


「大丈夫だよ、君は気にしなくてもいい」

「いいのかよ?」

「ああ、いいんだよ。魔法使いと人間はどちらにせよ結ばれないからね」

「そ、そっか……わかった……」


 俺はそう答えながら胸に小さな痛みが走った。

 他人の好意を拒むのはやはりつらい。

 ここでふと思い浮かんだの大二郎だ。


「僕はね、君には何事もなく平和に過ごして欲しいと思っているんだ。綾香君が戻ってくるまではね」

「そうか……ありがとう」


 俺はお礼を言いつつも大二郎の想いが脳裏を巡る。


「別にお礼なんかいらないよ」


 輝星花は柔らかい笑みを浮かべてくれた。

 なんだか俺の傷ついた心が少し癒される気がする。


「ああ、そうだ。本当の姫宮綾香が戻ってきたら桜井正雄と別れなければダメだぞ? 実の妹に偽装カップルの延長のお願いは出来ないだろう?」


 ニヤリと嫌らしく微笑む輝星花。


「ああ、そうだな。流石に俺もそう思ってるよ。いくらなんでも偽装カップルの延長は無理だしな」

「うん、それでいいよ」


 俺は輝星花の顔を見る。笑顔の輝星花。

 色々と気にするなと言っている輝星花だけど、やっぱり俺は聞いておきたい。相談しておきたい。

 やっぱり聞こう。


「大二郎は? あいつにはどう話せばいいかな?」


 俺は思い切って大二郎の話題を出した。

 瞬間的に表情を曇らせる輝星花。

 そんな表情を見て冷や汗が流れる。

 輝星花は俺にくるりと背を向けた。そして小さな歩みで自分の机へ向けて歩きだした。


「今の……ありのままを伝えればいいんじゃないかな。私は桜井正雄と付き合ってますってね」

「でも……それでいいのかな?」


 輝星花はピタリと立ち止まり、そして顔をこちらに向けた。


「それいいも何もそれしかないだろ!? じゃあ、君はどうしたいんだい!? まさか清水君と付き合いたいのかい?」


 声のトーンが高くなった輝星花の言葉に俺は大きく首を振った。


「ち、違う、そうじゃない! 俺はただ、大二郎を傷つけたくないだけなんだ」

「ふぅ……またそれかい?」


 輝星花は目を細めて厳しい表情になった。


「そ、それかいって……人を傷つけたくないって考えるのが悪い事なのか?」

「別に悪くはないよ」

「だろ? だったら何でそんな目で俺を見るんだよ」


 輝星花の態度にドキドキと知らない間に強く鼓動を始めた心臓。

 俺は胸を押さえてごくりと唾を飲んだ。


「君は悪気はなくとも既に絵理沙と宮代さんを傷つけているんだよ。それでも君は清水君は傷つけたくないって言うのかい? 君はいまさら何を言っているんだ? 矛盾してると思わないのかい?」


 輝星花の言葉が胸に突き刺さる。

 輝星花の言った事はまさに正論だった。

 俺はその正論を言い放たれて何も言い返せなくなった。


「人を傷つけたくない気持ちは大切だよ。だけど人は傷つく生き物なんだ。喜怒哀楽のある生き物なんだよ。それは魔法使いでも人間でも同じだよ。君ならわかるだろ? 人は傷つかずに一生を過ごすなんて無理なんだよ。君は人を傷つけた。でも君だっていっぱい傷ついてるだろ? それが人間なんだよ」

「それは……わかるけど……」


 俺は輝星花をまともに見れなくなった。

 思わず視線を下げて背中を丸める。

 すると、左肩にあたたかさが……。

 見上げれば輝星花が俺の肩に手をあてていた。

 先ほどまで俺に背を向けて遠ざかっていっていた輝星花がそこにいた。


「悟君、君は優しすぎるんだよ……」

「別に……優しくないし……」

「そんな事はないよ。君はすごく優しい。優しいから僕にこんな相談をするんだろ? 思い悩んでいるのだろ? でも僕はね? 僕は君がそんなに悩んでいるのを見ていると……つらいんだよ」


 輝星花が俺の肩から手を離すと、今度は白衣の上からぎゅっと自分の胸を掴んだ。表情は苦しそうだ。

 まさか俺のせいなのか? 俺が輝星花を苦しませているのか?


「輝星花? お前、そんなに俺を心配してくれていたのか?」


 輝星花は歯を噛み締めるように表情を強張らせた。

 そして体を震わせている。


「な、何を言ってるんだ? この下等生物め!」

「なっ!? か、下等生物だと!?」


 輝星花は一瞬だけ俺を見下すような表情になったが、それはすぐに納まった。

 それどころか、さっきよりもつらそうな表情になっている。


「なんてもう言えなくなったね」

「いや、言ってただろ……」


 勢いなく一応は突っ込んだ。しかしやっぱりボケは返ってこない。


「あはは……うん、まぁ、僕は……本当に君が心配で仕方ないんだ……」


 ボケるどころか輝星花は辛そうに俯いてしまった。

 俺はそんな輝星花を見て胸が苦しくなった。

 絵理沙や真理子ちゃんや大二郎だけじゃなくって、俺は輝星花まで傷つけているのか?

 そんな考えが頭をめぐる。

 心配ばかりかけて心労をかけているんじゃないのか?

 そして色々と思い出した。

 そうだよ、今までこいつは……俺をいっぱい心配してくれてたじゃないか。


「輝星花……俺っ!」


 俺は無意識に彼女の両肩をしっかりと両手で持っていた。

 そこで気がついた。輝星花の肩はぷるぷると小刻みに震えていた。

 彼女の体が震えていた。その震えが両手から伝わる。


「輝星花、本当に本当にマジでごめん!」

「悟君? だから謝るなって言ってるじゃないか」


 顔をあげて潤んだ瞳で俺を見る輝星花。

 その表情を見て俺の心臓がまた跳ねた。

 俺の目の前で体を震わせる輝星花はまるでか弱い女の子に見えた。

 いいや、こいつは最初から女の子なんだ。

 こいつは結構脆いやつなんだよ。この前だって……こいつは暴走しそうになったじゃないか。

 野木があまりにも大人の対応をしているから……俺はまた気にすらしていなかったんだ。

 だけどこいつは……俺とそう年端も変わらない女の子なんだった。思い出した。


「輝星花……マジすまん」


 考えてみればそうだよ。

 俺と正雄が付き合ったからどうだって言うんだ?

 確かに真理子ちゃんが正雄が好きだったってわかった時には申し訳ないって思った。

 だけど、もし茜ちゃんが別の誰かを恋人にしたからって俺はどうにかできるのか?

 俺はそれだけで茜ちゃんが嫌いになるのか? 諦めるのか?

 それはないだろ。それで嫌いになったら所詮はその程度の好きだったって事だろ。諦めたらそこまでだって事だろ。

 それは大二郎だって同じだよ。

 俺と正雄が付き合ったからってきっとあいつは俺を嫌いになんてならない。そういう奴だ。

 そうだよ! 本当に好きなら……好きな奴を奪い取りたいって思うだろ!?

 俺だって……。


「君が謝る必要はない……のに」


 恥ずかしそうに顔を再び伏せる輝星花。

 相変わらず体は震えている。


「いいや、ここできちんと謝らせてくれ。俺は輝星花に頼りすぎてたよ」

「だから別にいいって言っているだろう……僕は君を監視する役目があるし……頼られるのも仕事なのだから……」


 輝星花は俯いたまま顔をあげない。


「いや、ダメだ! マジでそれじゃダメなんだよ! 俺は一人でもきちんと考えなきゃダメなんだよ。だからこの先はお前を頼りすぎないようにするよ! 約束するから元気をだしてくれよ! 俺はお前が元気じゃないと俺だって調子が狂うんだよ!」


 素で出た言葉だった。俺の素直な今の気持ちだった。


「ぼ、僕が元気じゃないと調子が狂うって? ないよね?」


 輝星花は俺の言葉に少し動揺しているみたいだった。


「ある! だって、本当に俺はお前を頼りにしているし、明るく元気なお前が好きなんだからな!」

「すっ!?」


 ビクンと輝星花の体が震えた。そして同時に輝星花の体が熱くなってきているような気がする。

 どうしたんだこいつ? まさか照れたのか?


「わ、わかったから手を離してくれ!」


 俺を振りほどこうとする輝星花。しかし俺はガッチリと輝星花の肩を持つ。


「ダメだ! お前が元気になってないからじゃないとダメだ! もう俯くな! 早く顔を上げてくれよ。俺は元気の無い輝星花を見てるとつらいんだからさ!」


 そうは言ったが、実は俺より背の高い輝星花は俯いて表情は若干見えていた。

 少し覗き込めばいつでも輝星花の表情は確認できた。

 でも、そうじゃない。俺は無理やり輝星花の顔なんて見たくないんだよ。

 だから……顔をあげろって!


「輝星花っ!」


 ゆっくりと、やっと輝星花は顔を上げた。


「今の僕は情緒不安定なんだ……だからあまり見ないでくれないかな……」


 輝星花は顔をあげたが目は合わせてくれない。

 無理矢理につくった笑顔。そして頬と瞳が赤かった。


「情緒不安定なのか。そうだよな、ごめん、マジで俺はお前の事を考えてなかったかもしれない」

「いいよ大丈夫だ……僕はちょっと疲れているだけだから……」

「そうなのか? じゃあ休んだ方がいいんじゃないのか?」

「うん……そうだね、そうするよ」

「じゃあ、ソファーに横になれよ。具合が悪いんだったら横になれって」

「ああ、そうさせてもらおうかな……」


 輝星花がニコリと微笑んだと同時だった。


「き、輝星花!?」


 輝星花の目から光が消えた。

 口を開けて糸の切れた人形のように俺の方へと倒れてくるじゃないか。

 このまま避けると輝星花の頭は中央のテーブルに激突する。


「うぐっ!」


 俺は体に力を入れる。同時に輝星花の全体重が俺にのしかかった。


「輝星花! 大丈夫か!?」


 しかし、輝星花は気を失ったのかまったく返事もない。

 開いた口から涎がぽたりと床に落ちている。

 これは普通の状態じゃない。俺はすぐに察した。


「ぐぞ……」


 やばい、今の状況の輝星花の体が重く感じる。失礼だと思うけどやっぱ重い。

 綾香の小柄な体で支えておくにはつらい状況だ。


「輝星花っ! 起きろって!」


 しかしまったく起きない。起きる感じがない。

 体をゆすってみるが反応がない。

 心臓の鼓動は俺に伝わっているから死んではないようだけど……。


「くっそ!」


 輝星花の豊満な胸が俺の胸の少し上に押し付けられている。

 こいつ独特の良い香りが鼻腔をくすぐっている。

 だけど今はそれ所じゃない。なんとか輝星花が倒れないように支えるのが精一杯だ。


「マ・ジ・デ……ダイジョウブカヨッ!」


 ぐいっ、ぐいっと俺は輝星花を引きずった。

 頑張ればなんとか移動は大丈夫だ。


「いま……横にしてやるからな」


 俺はなんとかソファーに腰掛けさせた。。


「よいしょっと……」


 そして、そのまま輝星花を仰向けにソファーに寝かせる。

 顔を乱れて覆っていた髪をどけてやった。

 開いた口を閉じてやった。

 目はやはり生気を失っている。輝きがない。

 体が熱いのに顔色が最悪に悪い。暗くてもわかるくらいだ。


「輝星花? 輝星花! 大丈夫か? おい!」

「……ぅ」


 輝星花が小さく声も発した。表情が少しゆがんだ。

 でも状況は改善しない。なんかやばい予感がする。

 俺は輝星花の右手を両手で持った。


「輝星花? 大丈夫か? しっかりしろって!」


 生気のない視線が俺の方を向いた。でも返事はない。


「おい、わかるか? 俺がわかるか? 悟だ」


 輝星花が弱々しく俺の手を持ち返す。意識は少しはあるみたいだな。だけど返事をしないという事は言葉を言い返せないくらいに弱っているって事か。

 なんで? なんでいきなりこんな事になったんだ?


「俺に何かして欲しい事はあるか? 今なら何でもしてやるぞ? そうだ、絵理沙は? 絵理沙を呼んでくればいいのか?」


 また弱く輝星花は手を握った。


「そうか、絵理沙を呼べばいいんだな?」


 俺は一応は特別実験室を見渡したが役立ちそうなものはなかった。

 となると、今はやっぱり絵理沙を呼ぶしかない。

 こいつは魔法使いだし一般人は呼べないし救急車だって呼べない。

 だったら同じ魔法使いの絵理沙を呼ぶしかない。


「待ってろよ、輝星花!」


 俺は勢いよく特別実験室を飛び出した。

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