126 恋愛フラグは知らない所で立っている 前編
大二郎が撃沈した。
そのニュースはすぐに俺の元に飛び込んだ。
正雄が入部したのが影響なのか、それとも俺と一緒にいたいのが本心なのか、俺と同じ天体観測部に入りろうとした大二郎。しかし、結局は野木に天体観測部への入部を許可されなかった。
まぁ予想は出来ていた結果だったけどな。
あの野木が大二郎の入部を許可する訳がない。
撃沈のソースは絵理沙だ。
絵理沙は野木から聞いたのかその話題を朝から俺に振ってきた。
「綾香ちゃんがそそのかしたんじゃないわよね?」
怪訝な表情でそんな事を言い放ちやがったが、なんで俺が大二郎をそそのかす?
俺は大二郎と一緒にいると大変な事になるんだぞ?
なんて俺は絵理沙には言ってない。
俺が大二郎の前では女っぽくなるなんて言ってない。
こいつにそんな事を言うとやたら心配するからだ。
とりあえず、俺は大二郎をどう断ったのかを聞いてみた。
すると、野木は大二郎は三年生だし今はもう十一月だ。卒業も迫っているこの時期に入部はダメだ。そう言ったらしい。
大二郎は正雄はどうなんだと野木に食いかかったらしいが、正雄は目指している大学でも天体の勉強をしたいという事で特別にOKしたと言われたみたいだ。
しかし、正雄が天体の勉強をするなんて、今まで一ミリも聞いた記憶はない。
たぶん、正雄は星の名前なんて月と太陽くらいしか言えないんじゃないのか?
あ、太陽系くらいは言えるかな。
大二郎はさらに食い下がったが、どう見ても大学で天体観測なんてやるような奴じゃない。
あいつは空手バカだし、星空を眺めているとか想像もできない。
俺も天体に興味があるんですって言っても、やっぱりダメだったみたいだ。
まぁ、いくら大二郎が食い下がっても野木に言葉で勝てるはずもないんだけどな。
しかし、これはこれで困った事態になったな。
「綾香ちゃん、どうするのよあれ」
絵理沙が顰めっ面で教室の入り口を見た。
「まぁ……私がどうにかしてくるしかないよね」
そう言って俺は入り口のドアへと歩いた。
足取りが重い。すっげー重い。
まったくもって迷惑すぎるだろ……。
「先輩、なんですか? こんな朝から」
そう、朝から大二郎が俺のクラスにやって来た。
「綾香、俺もうだめだぁ」
意気消沈した大二郎が暗い表情でダメだった報告をしてくれる。
声まで沈んでいる。
まぁ、ショックなのはわかるけどさ……。
「先輩、仕方ないじゃないですか」
なんでわざわざ教室まで報告に来るんだよ。
「見て、あれって清水先輩だよね」
「そうそう、綾香に告白した先輩だよ」
くっそ、クラスメイトの視線が痛い。
はたから見ればこのシチュエーションはおかしな誤解を与えるてるだろ。
クラスメイトの会話が完全にそうだしな。
「綾香、本当にすまん」
「だから、何で私に謝るんですか?」
ここで、ちょっと先輩、こっちに来てください。
そう言って手を引っ張ってゆけば会話は聞かれないと思うのだけど……。
今の俺が大二郎と二人っきりの状況をつくるのは得策じゃない。
ここは聞かれていてもこの場でなんとかするしかない。
「何があったのかな?」
「喧嘩でもしてるのかな?」
「ここに謝りに来るって事はあれだよ。先輩の方が立場が弱いんだよ」
好き勝手に言うクラスメイトを背に俺は大二郎を睨んだ。
「いくら天体観測部に入れなかったのがショックだったからって、私に謝るのっておかしいですよね?」
俺は天体観測部という所を強調して話すと、クラスメイトも痴話喧嘩だとかは言わなくなった。
だけど、マジで後輩の女子生徒に悔しそうな表情でダメだった報告に来る先輩男子とかありえない。
そして、俺を綾香とか名前で呼び捨てにするな。
いくら空気の読めない大二郎でもこのくらいは空気を読めよな。
「でも、俺はどうすればいいのかわかんねぇんだよ」
俺だってわかんねぇよ! って言いたいけどなんて言えるはずもない。
「いや、どうすればって……」
「清水先輩、姫宮さんが困っています。そろそろ教室に戻って頂けませんか?」
背後から厳しめの女子の声が聞こえた。
これは絵理沙の声だ。
振り返れば絵理沙が険しい表情で大二郎を睨んでいる。
「あ、す、すまん」
大二郎は周囲の空気をやっと悟ったのか、俺に謝ると教室へ戻って行った。
「絵理沙、ありがとう」
「ほんと、貴方は私が居ないとダメなんだからっ」
なんだその台詞は!?
まるで彼女みたいな台詞を吐いて絵理沙は席へ戻って行った。
「綾香、大丈夫だった?」
次に騒ぎを聞きつけた真理子ちゃんがやって来た。
本当に心配そうに俺を見ている。
いつもそうだけど、本当に真理子ちゃんは気遣いが出来るいい子だよな。
「うん、なんとかね。絵理沙さんにも助けてもらったし」
「そっか、それにしても清水先輩には困ったものよね」
「いや、別に困ってはないけど。あれだよ、先輩は先輩でそれくらい私と一緒に居たいんじゃないのかな」
真理子ちゃんがパチパチと瞬きをする。
「綾香、もしかして清水先輩に好意を持ってるの?」
好意!? いや、それって好きなのって聞いてるのか!?
「へっ!? な、ないよ! ないない!」
大二郎に好意? あるはず…………。
心の中では無いと言えない俺がいた。
マジでこれが不味いんだな。
「でも……綾香が嫌がってないように見えるから」
真実、嫌じゃない。でも、
「単純に清水先輩が嫌いではないだけ。好きとかそういうのは……ないよ」
「本当に?」
「うん」
「そっか、そうよね、うん、そうだよね」
何を納得したのか、こくこくと頷いて真理子ちゃんは席に戻った。
その時、笑顔の真理子ちゃんの表情がちょっと曇っているように見えた。
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放課後になった。
「綾香、ちょっといいかな?」
帰り支度をして鞄を持ち上げたところで俺を引き止めたのは真理子ちゃんだった。
振り向けば真理子ちゃんが笑顔で立っている。
「真理子ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと相談があってね」
珍しい。真理子ちゃんが俺に相談だなんて今の今までに一度もなかった。
真理子ちゃんに俺から相談した事はあるけど、俺に相談とか何なんだろう?
思い浮かべてみるけど、何も想い浮かばない。
そんな間にもクラスメイトが俺と真理子ちゃんに声をかけて帰ってゆく。
「時間ない?」
「いや、そんな事ないけど?」
「じゃあ、ちょっとだけ時間を貰えるかな?」
真理子ちゃんの表情から笑みが消えていた。
唇を噛みながら俺をじっと見ている。
真理子ちゃんを見ていて心臓がドキドキと鼓動を早める。
ま、まさか、俺がやっぱり大二郎が好きなんじゃないかって突っ込むとか?
「わ、私は清水先輩はどうも思ってないよ!?」
真理子ちゃんは少しあきれたような表情でため息をついた。
「違うわよ。綾香の事じゃなくって私事よ」
「へっ?」
と言う事は、純粋に真理子ちゃんに関する相談って事になるのか?
真理子ちゃんが俺に相談? 何だろう?
「ここは人がいるから、ちょっと移動しない?」
そう言いながら周囲を確認する真理子ちゃん。
表情が少しだけ深刻に見えるのは気のせいか?
でも、勉強も出来て学級委員もやっている真理子ちゃんが俺に相談とか、マジでなんだろう?
すると、真理子ちゃんは俺の手を持って移動を始めた。
「ま、真理子ちゃん?」
そして、俺は真理子ちゃんと一緒に人気のない第二校舎へとやって来た。
「真理子ちゃん!? どうしたの?」
「後で話す」
後でって……。
真理子ちゃんは俺の手をしっかりと持って引っ張ってゆく。
そして俺は第二校舎の階段をどんどん上がってゆく。
【カツンカツン】
第二校舎に二人の足音だけが響く。
相変わらずこの校舎は人気がない。
そんな人気がない校舎に俺を連れて来たって事は人に聞かれたくないって事だよな。
人に聞かれたくないって事は、結構重要な相談なんだよな?
「ここでいいわ」
第二校舎の屋上手前の踊り場で真理子ちゃんはやっと立ち止まった。
俺はもしかして屋上まで行くのか? なんて思ったけど、流石に屋上までは行かなかった。
「で、相談って何? 真理子ちゃん」
そう聞きながら周囲を見渡した。
俺はこの場所は久々に来た。そして、ここには想い出がいっぱいある。
そう、この先の屋上では忘れられない事態がいっぱいあった場所だ。
輝星花が野木と同じ人物だって知ったのもこの先の屋上だった。
まぁ、でもそれは真理子ちゃんにはは関係ない。
「えっと……」
真理子ちゃんはちょっとモジモジしながら頬を桜色に染めている。
こんな真理子ちゃんを見るのは初めてだ。
そう、真理子ちゃんが照れているのだ。
「ま、真理子ちゃん?」
も、もしかして、この仕草は恋愛相談の合図なのか?
真理子ちゃんが恋愛? 想像すらした事なかったけど……。
でも、真理子ちゃんだって女の子だ。好きになる事だってあるだろ。
人を見た目で判断とかダメだよな?
でも以外だった。
真理子ちゃんは恋愛相談なんて人にはしないように見えていた。
「あのね、綾香って桜井先輩と同じ部活なの?」
そして、出た名前がまさかの正雄だった。
で、正雄と俺が一緒の部活か聞いている。
真理子ちゃんどうしたんだ?
まさか、真理子ちゃんは正雄が!? いやいや、その素振りはまったくなかった。
正雄と真理子ちゃんが仲良くしてる所なんて見てないし、正雄だって真理子ちゃんから好意を持たれてるってわかったら俺と偽装カップル提案なんてしないよな。
やばい、なんかすっげー緊張してきた。
「うん、そうだけど? それがどうかしたの?」
真理子ちゃんは再び周囲を見渡した。
見渡すと言っても周囲に何がある訳じゃない。
ダンボールやらなにやらゴミゴミと置いてあるだけだ。
「綾香、今から相談する事は絶対に内緒だよ?」
「内緒?」
「そう、内緒」
内緒か……そう言われるとますます緊張する。
まさか、重い話にならないよな?
「わかった」
「じゃあ……嘘ついたら針千本飲ますからね?」
なんか、今日はいつもよりも女の子っぽい口調に感じる。
真理子ちゃんが妙に可愛く見えるのはこのギャップ補正のせいか?
しかし、針千本とは……。古い!
「千本は簡便して欲しいな」
「じゃあ二千本でいいよ?」
「増えてるじゃん!」
クスクスっと真理子ちゃんが笑った。
しかし、その表情もすぐに納まった。
なんか、さっきよりも緊張した表情になっているけど。
「あ、あのさ……桜井先輩って彼女いるのかな?」
俺の予想の右斜め上をゆく言葉だった。
いきなりのストレート直球を放たれた気分だ。
「な、なんで?」
俺の心臓が急激に鼓動を早める。怪しい汗が額に浮かぶ。
やばい、まさか? まさか? まさか本当に真理子ちゃんは正雄が?
「い……言わなきゃわからないかな?」
頬を染めて恥ずかしそうに視線をそらす真理子ちゃん。
今の台詞。その表情。想像するに結論は一つしか見つからない。
まさかと思っていたけど、どう考えてもそのまさかしか思い浮かばない。
額から汗が滲んでいるってわかる。
ますます俺は緊張している。
だけど、ちゃんと言わないと真理子ちゃんに申し訳ない。そしてここでボケるなんてありえない。
「真理子ちゃんは桜井先輩が好きなの?」
俺は思った事を思い切って聞いてみた。
しかし返事は返って来なかった。
ただ、真理子ちゃんは真っ赤な顔で固まっている。
その表情は答えを聞かなくても答えと同じだった。
「そ、そうだったんだ……」
こくんと真理子ちゃんが頷く。
【ドキン】
それと同時に胸に杭を打ち込まれたような激痛が走った。
汗が手のひらや背中や額や頭皮から、さっきまでとは比べものにならない汗が噴出す。
かゆいくらいに汗が噴出して顔まで熱くなる。
やばい。これってすげーやばい。
まさかの現実。
まさかの告白。
俺はゴクリと唾を飲んだ。
俺は……俺は正雄と偽装カップルになるんだよな?
でも、でも……真理子ちゃんが正雄を好きなのにそんな事をしてもいいのか!?
そして数秒間の沈黙が俺の緊張を煽った。




