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ぷれしす  作者: みずきなな
ココロもカラダもそして俺たちも
125/173

125 正雄の決意と俺の不安

 正雄に正体がばれた次の日の放課後。

 俺はいつものように特別実験室へ行って、野木に悟の姿にしてもらった。

 正雄も後にやってきて俺の変身過程をずっと見ていた。

 そして「すげぇな」なんて人ごとみたいな事を言いやがった。まぁ人ごとだけどな。

 でもあれだ、確かに初めて見れば魔法は凄まじいものだ。

 そもそも人の姿が変わる魔法なんてすごいを通り越している。

 途中で「俺も変身できるのか?」なんて正雄が野木に質問していた。

 野木は「可能だ」なんて簡単に答えていた。

 ここでわかった。野木の魔法の対象は俺だけって事じゃないって事に。

 だからどうしたって話でもあるんだけどな。

 でも、そう考えると正雄を俺の姿にする事だって出来る訳だ。

 まぁ確かに、今の野木の姿は変身した姿だし、元の輝星花とはまったく似ても似つかない雰囲気だし、魔法で誰でもどんな姿にでも出来るっていうのは理解はできる。

 だからこそ魔法世界の住人は容姿で人を判断しないんだったな。

 確か、心の色とか言ってたよな。


 しばらく野木と話をした後、俺と正雄は特別実験室を後にした。

 そして廊下を下駄箱へ向かう。


「また一緒に帰る事が出来るなんて嬉しいです」

「そうか? その割にはお前はずっと一人で帰ってたじゃないか」

「先輩、それには事情があるんですよ」

「事情?」

「そう、私は高校で中学までのなよなよした自分を捨てようとしてたんです」

「そっか、お前、高校デビューしたんだもんな」

「まぁそうです」

「……しかし、その口調は違和感があるな」


 正雄は唇を尖らせて眉間にしわをよせた。


「そ、それは言わないで下さい! 仕方ないでしょ? 野木の言う通り今の私は綾香なんですから。不特定多数の人にあの声は聞かせられないんですよ」


 そう、俺は野木にどんな場合であっても綾香として行動しろと念を押された。

 だから今は女言葉を話している。


「まぁ、そうだな」

「でも、もしあの声を聞きたくなったら……私を先輩の家に呼んでいいですよ?」

「お、おま! その声でそういう事を言うな!」


 ちょっと頬を桜色にした正雄。

 なんだこいつ、すっげぇ面白いじゃん。

 そっか、こいつは綾香に気があるから、今の俺から女々しい声を聞くと綾香とリンクすんのか。


「私、先輩の家に行きたいなぁ」


 俺が上目遣いで甘い声を呟く。

 その声に正雄はきっとすごく照れた反応をするのかと思ったら違った。

 正雄は厳しい目で睨んでいる。って、俺と違う方向を睨んでいるじゃん。

 俺も正雄の視線を追う。するとそこには……。


「お前ら……やっぱりそういう関係か」


 下駄箱の隅から俺達の目の前に巨体が現れた。

 俺はその巨体を見上げる。正雄の表情がさらに険しくなる。


「正雄、お前、姫宮綾香と付き合ってたのかよ」


 薄暗い下駄箱に現れたその巨体の持ち主は大二郎だった。

 大二郎は拳を震わせて正雄を睨んでいる。まるで喧嘩寸前の様子だ。

 やばい、なんかわかんねぇけどやばい。俺は直感でそう感じた。


「付き合ってはいない」


 正雄ははっきりと即答した。しかし大二郎は信じている様子がない。

 もしかして俺が正雄の家に行きたいとか言ったから誤解したのか!?


「えっと、清水先輩! 私と桜井先輩は本当につきあってなんかないです!」


 大二郎が今度は俺を睨んだ。鋭い目つきの中に悲しさを感じる。

 こいつ、悔しいって思ってる……。俺は直感でそう感じた。

 そしてそれと同時に胸に突き刺さる痛み。


「ある情報筋からお前らがつきあってるって情報が入ったんだよ」


 ある情報筋って? 誰がソースだ!?


「何だそれ? だから付き合ってないって言ってるだろ?」


 正雄は断固として付き合ってるとは認めない。

 確かにそれは正解だ。正雄は俺とは付き合っていないのは事実だから。


「そのソースは誰だよ? お前は誰に踊らされてるんだよ?」

「誰だっていいだろ? それに俺は踊らされてなんかいねぇ。俺は……」


 今度は悲しそうな目で俺を見る大二郎。

 少し潤んで見えたのは気のせいだろうか。


「綾香、最近は俺と距離を置いてるよな? 俺が挨拶しようとしても逃げるように去る。出会っても何かギクシャクしてる。そうだよな?」


 また胸が痛くなった。

 大二郎の言葉に罪悪感が一気に湧いてでたからだと思う。

 そう、俺は大二郎の言う通りに大二郎を避けていた。

 それは大二郎が俺の……女としての俺のキーになる人物だからだ。

 大二郎に対して俺は一回だけど女の気持ちになっている。

 だから、もうああいう事が起こるのは嫌なんだ。

 俺は男でいたい。男に戻りたい。女になりたくない。

 だからこそ大二郎を避けていた。


 ―――でも、大二郎を避ければ解決するって事でもないし、女性化が進む確証がある訳でもなかった。


「ごめんなさい」


 その一言は素直にでた。


「謝るな。俺は謝って欲しくて言ったんじゃない。ただお前と話がしたかっただけだ。でもな……」


 また正雄を睨む大二郎。


「正々堂々と付き合ってるならいいが、こっそりと、俺に黙ってこっそり付き合うとか、俺はお前を許せねぇんだよ!」


 大二郎の右拳が震えている。

 やばい、このままじゃ喧嘩になる。


「だから俺はこいつとは付き合ってないって言ってるだろ?」

「じゃあ、何で一緒に下校すんだ! おい!」

「どういう事って? 俺は姫宮妹と同じ部活に入ったから一緒に下駄箱まで来たんだよ」

「ほう……なるほど、今はそうだったとしてやろう」

「今はってどういう意味ですか?」


 大二郎は険しい顔のまま俺の言葉をスルーした。


「正雄、聞くぞ?」


 大二郎がごくりと唾を飲んだ。

 緊張した表情が俺まで連鎖的に緊張させる。

 何だ? こいつは何が言いたい?


「何だよ?」


 大二郎の震える両手。さらに歪む表情。


「昨日、姫宮綾香と抱き合ってたのはどういう事だよ」


 正雄の表情が一瞬だが歪んだ。

 俺の心臓も跳ねるように鼓動を早くする。

 一気に顔まで熱くなりやがる。


「どうなんだよ? 正雄と綾香が下校中に抱き合っていたって情報が入ったんだよ!」

「……え、えっと、そ、それは……」


 何かフォローできればと思ったけど何も台詞を思いつかなかった。

 今何を言っても、すべての言葉が言い訳になると思った。

 そう、だって俺は……昨日正雄と抱き合ったんだから。

 それは嘘じゃないから。


「そうだな。俺はこいつをぎゅっとしたよ」


 正雄はニヤリと微笑みながら言い放った。

 大二郎のこめかみに血管が浮いている。

 ま、何だよ? 何で正雄の奴はそんな事を言うんだよ?

 ここはうまくごまかす方法を考えなきゃじゃないのかよ?


「や、やっぱりそうかよ!」

「でも、それだけだぞ? 俺はマジでこいつと付き合ってないし、こいつが好きでも何でもない。昨日は姫宮妹をからかう為にぎゅっとしてやったんだ。それだけだ。なぁ姫宮妹、お前は俺の事が好きか?」

「えっ? あ、えっと? 普通?」

「なんだよその典型的な日本人な答えは。ちょっと好きですくらい言えよ」


 そう言いながら笑う正雄。場の空気がだんだんと緩んでゆく気がする。


「おい正雄? お前らマジで付き合ってないのか?」

「何で俺が嘘を言う必要がある? もしも俺が姫宮妹とつきあってるなら、ここで正々堂々お前にこいつと付き合ってるって教える!」


 正雄の言葉には重みがあった。嘘っぽくなかった。

 その言葉に大二郎はゆっくりと上げていた拳を下げた。


「でも、俺はマジで綾香に避けられてるだろ。正雄と付き合ってなくったって俺が嫌われたら同じだよな」


 ずんと沈んだ表情になった大二郎。っていうか一気に落ち込みすぎだろ!?


「馬鹿か? 嫌われてなんかないだろ? お前は一言でもこいつに嫌いって言われたのか?」

「いや……そうじゃないが」


 正雄は視線を下げて俺を見る。


「姫宮妹、お前は大二郎が嫌いか?」


 その問いに俺は全力で首を横に振った。


「そんな事ないです! 清水先輩は私が大宮で乱暴された時に助けてくれたし、見た目よりもとっても優しいし、嫌いになれるはずありません!」

「らしいぞ? 大二郎」


 大二郎は右手で口を押さえて俯いてしまった。


「先輩? 大丈夫ですか?」


 俺が声をかけながら顔を覗きこむと、あの大二郎の顔が真っ赤だった。


「み、見るな! 恥ずかしいから見るな……」

「お前ってさ、マジで馬鹿だよな? 勝手な妄想をして、それで勝手に勘違いする」

「くっ」

「お前は覚えてるか? 中学校の時にお前が悟に空手で負けたのを」


 俺は声を出さずに驚いた。

 なんで今になってその話題なんだ?

 じっと正雄の顔を見る。

 正雄はニヤリと微笑むとさらに大二郎に向かって言葉を続けた。


「お前はひょろっとした悟が弱そうだから、先生と練習してもまったくだめだめだった。だから弱いって思い込んでいたんだよな? だから簡単に負けた。お前はそういう所があるんだよ。色々ときちんと考えて行動すりゃ最強なのに、相手を見かけで判断するだろ」

「うぐぐ」

「で、お前は俺と姫宮妹がたった一回ぎゅっとしただけで付き合ってると思ったんだよな?」

「ぅっ」

「お前ってさ、男女が並んで歩いてるだけで【あいつらカップルだ】なんて思うタイプだろ?」

「うぅ」

「マジで馬鹿だよ。ちゃんと確認しろよ!」


 大二郎は正雄に完全に言い負かされてしまった。

 でも、正雄の言う事は正しい。

 何度も言うが俺と正雄は付き合っていない。


「おい、姫宮妹」

「は、はい?」

「こういうお願いはすべきじゃないと思うんだが、こいつを、大二郎を一回だけぎゅってしてやってくれないか?」

「えっ!? せ、先輩をですか?」


 俺が驚くと、それ以上に動揺する図太い声が下駄箱に響いた。


「い、いや! 俺は別にそんな事をして欲しい訳じゃ……」

「ほしいんだろ? 本音を言えよバカ!」


 正雄は本気でクスクスと笑ってやがった。

 まぁそうだな。正雄にだけぎゅっとするっていうか、されたのは大二郎に申し訳ないし。


「し、清水先輩」

「な、なんだ?」

「私に……ぎゅってされるのは嫌ですか?」


 大きく首を横に振る大二郎。

 なんかすっげー可愛く見えるじゃないか。

 で、なんで俺、ドキドキしてんの?

 緊張だよなこれ?


「い、嫌なはずないです!」


 け、敬語だと!?


「クスクス」


 俺は思わず笑ってしまった。


「な、なんだよ綾香?」

「先輩って可愛いですね」


 カーっと耳まで真っ赤になった大二郎。

 でも何でだろう? さっきまでのドキドキがちょっと落ち着いた。

 これは正雄が横にいる安心感なんだろうか? それとも緊張がほぐれたからか?

 まぁ、大丈夫だよな。正雄がいれば大二郎を抱いても女の気持ちになんてならない。

 これなら大丈夫だな。


「清水先輩、これって付き合うのと違いますからね? 勘違い禁止ですよ?」


 そう言って俺は大二郎の正面からぎゅっと抱きついた。

 まぁ、俺の身長が低いので胸に頭をつけるような感じになったのだけど。


「あ、綾香がぁぁ! 俺にぃぃ!」

「ねぇ……先輩ってすごく逞しいですね……」


 厚い胸板が俺の頬にあたる。そして……。


【ドクドクドク】


 激しい大二郎の心臓音が俺の体に伝わってきた。

 すると、俺の体がまるで音叉おんさのように心拍数を高め始めた。


【ドクドクドク】


 先ほどまでの落ち着きが嘘のように自分の顔が熱くなってきた。

 そして……正雄にぎゅっとされた時よりも心地よさと緊張を感じてしまった。


「終わりだ!」


 俺を大二郎から引き離したのは正雄だった。

 そして、正雄が唇を噛んで俺を見ている。


「お、おう! 終わりだな! わ、わかった」


 大二郎は動揺したままだ。そして俺も……。


「ど、どうでした? 私にギュッとされて」

「あ、あれだ。死ぬかと思ったほど快適だった!」

「快適って……意味が……わからなくもないですけどね、あはは」


 大二郎は照れくさそうに頭を掻く。

 俺も顔が赤いのがばれないかドキドキだ。


「これで満足か? 大二郎」

「ま、満足って! 俺はべつに満足しに来た訳じゃねぇ!」

「わかってるよ。でもわかったか? 俺はこいつと付き合ってない」

「ああ、わかった」


 大二郎はやっと納得したみたいだ。

 色々あったけどこれって結果オーライなのか?

 いや、でも……さっきの俺って。

 俺は自分の胸をぎゅっと手で押さえる。

 心臓はまだドキドキと激しく鼓動している。そして……。


「正雄……」

「なんだよ? まだ何かあるのか?」

「俺も天体観測部に入りたい」

「へっ!?」


 思わず声が出た。まさかの言葉に驚いてしまった。


「俺は綾香と一緒に部活をしたい! お前のいる部に入れてくれ!」


 大二郎の目は真剣そのものだ。俺は思わず正雄を見る。


「こう言ってるけど、どうなんだ部長さん?」

「へっ?」


 正雄? 何を聞いてくるんだよ? ていうか、俺が部長なの!?


「最初に入ったお前が部長だよな? 野木先生がそう言ってたぞ?」


 そ、そうだったのか! 俺が知らない間に俺が部長だと!?


「なんだ? 綾香がボ長なのか?」

「ボ、ボ長じゃないです! 部長です」


 大二郎!? どうしてここで噛むの? でも笑えない。

 大二郎が部活に入るってだけでもかなり迷惑なんだけど……って言えないし……くぅ……。


「ダメなのか?」

「いや、ダメじゃないですけど」

「姫宮妹、お前ってそういう権限ないのかよ?」

「ええと、どっちかというと野木先生に一任してるから……」

「そ、そうか! じゃあ野木先生に俺から言ってみるぜ!」


 そういい残して大二郎はその場から消えた。すっげー勢いで。

 でも、お前の意気込みは買うけど、まず承認はされないだろうな。

 野木は俺の正体を隠す場としてあの部をつくった。

 だから、部外者である大二郎を入部させるなんて考えられない。

 それに……大二郎が入ると俺は……困る。


「おい、悟」

「へっ!?」


 俺は正雄に【悟】と呼ばれて動揺してしまった。こんな場所でどうしていきなり?

 正雄は俺を真剣な目でじっと見ている。

 何かその瞳には刺すような鋭さがあった。


「お前、さっき……大二郎に抱きついた時……表情が女になってた」


 俺は思わず息を呑んで俯いてしまった。

 やっと落ち着きかけた心臓がまた鼓動を早くした。

 顔は熱くなり、そしてなんだか悲しくなってきた。


「そうか、あれが女性化ってやつなのか……くっ」


 言葉を返せない。胸がいっぱいいっぱいで苦しい。

 そう、俺さっき普通じゃない気持ちになっていた。

 大二郎の心臓の音を聞いて俺は……。


「お前、もしかして大二郎がマジで好なのかよ?」

「わ、私は……」


 違うって言えなかった。

 そう、俺は大二郎と一緒にいるのが嫌じゃない。

 あいつの性格も嫌いじゃない。

 そうだ……俺は……。


「私の中にいる【女性】が……大二郎を好きになりかけてるかもしれない」

「……そうか」


 そう、俺の中のもう一人の俺が大二郎が好きなんだ。

 好きだからあんな反応をするんだ。

 大二郎の心臓の音を聞くだけで体が芯から熱くなるんだ。

 やばい、マジやばい。俺、やばすぎ。


「さと……じゃないな。姫宮妹」

「……はい」

「俺はやっと理解できたよ」

「……何を」

「お前の苦しみだよ。お前がどれだけ苦しいかをだよ」

「……どういう意味?」

「お前は男に戻りたい。だけど、大二郎と一緒にいると女性としてのお前が出てきてしまう。そしてその時は男のお前が上書きされている」

「……かも」

「だったら俺が守ってやるよ。今日はマジで俺のミスだ。安易に大二郎に抱きつけとか言ってすまん。もう少し真剣にお前と向き合えばよかった。もうこんな事はしない。もう少ししたら戻る本物の姫宮綾香が現れるまでお前を守ってやる」

「正雄!?」

「俺が相手なら女の気持ちにならないんだろ?」

「うん……さんきゅ……そう言ってくれて嬉しい」


 正雄の言葉に俺は少しだけ落ち着きを取り戻した。不安も少しだけなくなった。

 俺の唯一の今の状態を知りうる人間。そして俺の親友だ。


「だから」

「だから?」

「お前は今から俺の彼女になれ」

「!?」


 開いた口が閉まらないとはこの事を言うのだろう。

 マジで口が開いたまま閉じられない。っていうか何を言い出すこいつ?

 さっきまで大二郎につきあってないとか言っておいて!


「お前と大二郎を引き離す。他の男とも引き離す。それには俺がお前の彼氏になるのが一番早いだろ」

「お、お前……何を言ってんの?」

「何って、別に形だけだ。マジで何かするって訳じゃない。高校生カップルなんて登下校が一緒だけでもつきあってるイメージになるだろ? それに、どこソースだか知らないけど昨日の俺とお前が抱き合った場面を見られている。きっと運動会の時みたいに噂は広がる。それを打ち消すよりも肯定する方が簡単だろ」

「で、でも、大二郎は? さっきあんな事を言い放っていまさらだろ!?」

「ああ、今さらだ。でもな? さっき大二郎とお前が抱き合っているのを見て俺は不愉快だった。そう、俺はさっきの行動で実は姫宮綾香が好きだって自覚した」

「す、好きって!? ま、正雄!? 俺を好きなのか!?」

「っていう設定だ」

「せ、設定な」


 焦った。って、そんなの言葉のなりゆきでわかるだろ俺!

 でも、何でこんなに動揺してんだ?

 もしかして、正雄が彼氏になった設定で綾香がどうなるか心配なのか?

 いや、違う! 俺はそんな心配していない。なら……まさか?


「不安そうな顔してんじゃねぇよ。大丈夫だ。お前に抱きつきもしないから。万が一でもお前の女性化が進む可能性があるような行為はしないから」


 そうだ。俺は正雄にも危機感があったんだ。

 男性に対する俺の特別な感情。

 そのうち大二郎みたいに俺の中の【女性】が正雄を好きになる事に懸念してたんだ。


「信じろ。俺はお前の親友だ。唯一無二の運命共同体なんだよ。男同士なんだよ」

「う、うん。ありがとう……」


 正雄……なんて良い奴なんだよな。


「お、おいこら!」

「へっ!?」


 気がつけば俺の胸に正雄の両手があたった。

 あたったというよりも俺の胸が二つとも正雄の手のひらで押されていた。

 正雄がわざと俺の胸に触った訳じゃない。

 ハッと気がつくと俺はとんでもない行為に及んでいたのだ。


「言ってるそばからいきなり俺に抱きつこうとするな!」


 そう、俺は無意識に正雄に抱きつこうとしていた。

 これは本能なのか。これは俺のじゃない。中の【女】の本能がそうさせたのか?


「す、すまん! 自動で動いてた」

「自動って、お前は機械か! マジで危険だな」

「だ、だよな」

「マジ、俺が頑張らないとお前ってあぶなっかしすぎだよ」

「あはは……でさ」

「ん?」

「い、いい加減に俺の無い胸から手を離してくんない?」


 無意識なのか正雄が制服ごしに俺の胸をぎゅっと掴んでいやがった。

 おかげで離れる事すら出来ないじゃないか。

 っていうかさ、マジこいつ俺の胸を揉みやがったし!


「す、すまん! つい」

「ついって何だよ! 綾香の代わりに俺の胸を揉んでみたのか? あーいやらしい。こんな奴が綾香の彼氏とかになったらどうしよう?」

「バカ、だから勢い余ってだろ!」


 真っ赤になる正雄。俺もちょっと熱い。でもさっきのこみ上げる気持ちとはまったく別物だ。

 これは男としてのはずかしさだ。


「で、どうだった? 俺の胸って柔らかかったか?」

「ま、まぁ……ちょっと張りがあってちょうどいいかな……って何を言わせる!」

「ぷっ、正雄、おもしれー!」

「くっそー!」


 こうして俺と正雄が擬似カップルになる事が決定した。

 しかし、本当にこんなんでうまくいくのだろうか?

 心の底では不安は拭えなかった。

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